六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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ようお越し下さいました
お茶はアッサムで宜しいか

『緋い羽根のおはなし』から続いて旅をしていますが、まったく別のお話が始まるので、
前作未読でもぜんぜんOKです

全71話、約25万文字で完結




序章
飴色の跳ね駒・Ⅰ


 

 

   

 

 シンリィにとって

 この世のヒトは三種類

 

 好きなヒト

 大好きなヒト

 知らないヒト

 

 

 

 ***

 

 

 

「シンリィ、こっちこっち」

 

 両手一杯の焚き木を抱えた子供が声に反応し、向きを変えて歩き出す。

 が、藪を越えようとした所でジタジタと足踏みを始めた。

 背中の緋色の羽根が棘(いばら)に引っ掛かっているのだ。

 

「あぁ―― もぉっ」

 組んでいた釜戸を放り出し、白い綿帽子頭の男の子が、そちらに走る。

「ちょっとは気を付けろよ、羽根がますますボロボロになっちまうだろ」

 

「せめて綴じていられればねぇ」

 赤っぽい黒髪の背の高い男の子が、天幕を張りながら苦笑する。

 

 二人とも彼の羽根が大好きなのだが、当の持ち主は無頓着なのだ。

 

 ここは、三峰(みつみね)から遥か南、三日月の湖を擁する森。

 草原地帯と乾燥地帯の境目。

 少年三人は、今日はここで夜営をする。

 

 彼らの持つ地図には、ここから先が記されていない。

 地図を貸してくれた三峰のイフルート族長は、若い頃冒険家だったが、砂漠地方は未踏だったのだ。

 

「楽しみだよね」

「族長さんにお土産話を沢山持って帰ってあげるんだ」

 

 黒髪のヤンと白毛のフウヤは、十二と十歳。

 狩猟民族三峰の子供で、狩りが暇になる冬の間、族長の許しを得て旅に出ている。

 目的は、『己が眼(まなこ)で広い世界を見て聞いて、色んな事を知って行く』事。

 

 対して、草原に住む蒼の妖精シンリィは、八歳くらい。ふとした事で二人と知り合い、蒼の里の近くで再会した時、二人の馬にしがみ付いて離れず、旅に着いて来たがった。

 目的? 分からない。だってこの子は……

 

「シンリィ、それ取って、そうそれ」

「こっちギュッてしてて、シンリィ、ここ」

 

 この子は『言葉』を使わない。

 喋れないとか耳が聞こえないとか、覚える力がないとかとは違って。

 『言葉』という物が、この子供の世界に存在しないのだ。

 

 彼の友達のジュジュという少年が、そう説明してくれた。

 最初要領を得なかった二人だが、一緒に旅してみたら、すぐ慣れた。

 この子供は、やって見せれば作業を覚え、表情でだいたいの意思を汲んでくれる。

 寧ろ言葉を選ばなくて済むって、楽。

 

「もっと食べろよ、シンリィ、だからいつまでも痩せっぽちなんだぞ」

 

 焚き火を囲んでの夕食。

 シンリィは、はなだ色の丸い瞳を更に丸めて、ヤンに差し出された骨付き肉を受け取る。

 そのまま、それをフウヤに突き出した。

 

「いや、そうじゃ……」

 二人とも苦笑い。

 シンリィのもう一つの習性(と言うのか?)、何かというと、他人に物をくれようとする。

 相手が欲しがっているかとか関係なしで。

 

「そういえばフウヤもちんまいもんなぁ」

「ちんまいって言うな」

 

 ただ自分があげたいと思った物を、ひたすら差し出して来る、この羽根の子供は。

 受け取ってあげると、この子にとっては終了で、後は知らんぷり。

 フウヤが食べるかどうかまで突き詰めない。

 まぁ、そういうのにも慣れた。

 

 そんな感じで三人の子供は、結構楽しくやっていた。

 

 

 

 

 早朝の湖上を、白蓬(しろよもぎ)色の馬が舞う。

 鞍上は、目一杯羽根を広げたシンリィ。

 

 山の民(ハイランダー)であるヤンとフウヤの馬は、彼らの地方で繁殖される、人間の馬に近いタイプだが、風の妖精シンリィの駆る馬は、草で編まれた空飛ぶ馬だ。

 この朝の馬のひと運動の時だけ、いつものドン臭いシンリィは一変する。

 

「岩ツバメみたい」

「よく乗っていられるな」

「ヤン、まだあれに乗ってみたい?」

「いやもう沢山」

 

 二人とも、過去に成り行きで草の馬に跨がって、エライ目に遭った経験がある。

 

 特にヤンは、幼少時から、空に草の馬を見掛けては飛ぶ事に憧れていたのだが、風の妖精だって長年の修練の末やっとまともに飛べるようになるのだと聞いて、潔く諦めた。

 遠くから見て羨ましがっているのと、実際に乗るのは大違いだった。

 それも彼が旅に出たいと思った理由の一つだ。

 

 

 朝食の準備をしがてら天幕を畳んでいると、草の馬が梢を掠めて降りて来た。

 羽根の子供は、黄色いアダンの実を抱えている。

 

「お、シンリィ大手柄だな」

 ヤンは実を受け取って、房の一つを剥がした。

「何それ美味しいの?」

「当たり外れがある……うん、甘い、当たり当たり」

「ホント? わぁ、いい匂い」

 

 少年二人で味見をしている横を通り過ぎ、シンリィは水筒を拾って、湧き水のある藪に入って行った。

 水を調達してお茶を入れるのは、シンリィの分担なのだ。

 

「あ、馬も食べるかな、アダン」

「あげてみる?」

 二人は、三頭の馬を繋いでいる方を振り向いた。

 

「!!」

 

 目が合った! びっくりした。

 藪から覗いている者が居たのだ。

「だっ!」

「誰っ!?」

 

 目深に被っているターバンで顔はよく見えないが、この地方特有の飴色の肌。

 その者は問い掛けに答えないで、やにわに藪を飛び出し、次の一歩で白蓬に迫って繋ぎ綱を引いた。

「あっ、コイツ!」

 

 馬を扱う民族の定石で、馬がどんなに引っ張ってもビトともしないが、反対側から引くと簡単にほどける結び方がある。

 それを知っているって事は、普段から馬を扱い慣れた者だ。

 そいつは……フウヤと背丈の変わらない子供だったが……綱を掴んだまま、足元の灌木を蹴って白蓬の背に飛び付いた。

 

「あ――あ」

 ヤンとフウヤは溜息を吐いて、身を守る体制で後ずさった。

 案の定、白蓬は怒って、物凄い勢いで暴れ始めた。

 

 実はこういう事は初めてではない。

 シンリィが馬を飛ばすのを遠目に見て、空飛ぶ便利な馬だと勘違いして手を出して来る輩は、これまでもちょくちょくいた。

 草原を離れて三峰の反対側まで来てみると、蒼の一族を知らない部族の方が多い。

 この子供は、単に乗ってみたくなっただけだろう。

 

「その馬は飛行術を掛けないと飛べないんだよ、危ないから下りて!」

 後ろ蹴りをブンブン振り回して来る白蓬を避けながら、ヤンが声を張った。

 

「お――い、今落ちてしまわないと、その馬容赦を知らないから、どうなっても知らないよ」

 フウヤも脅し気味に言うが、背中の子供は悲鳴も上げないで、思いの外頑張ってしがみ着いている。

 腰のやたらとデカイ剣がバタバタと背に触れて、それが馬を余計に苛立たせている。

 

 このままだと本当に危ない。

 白蓬のヤバさを身を持って知っているヤンは、無理に前に回って馬の気を反らせようとした。

 

 が、興奮した馬は繁みに突っ込んで、立ち木の中を暴走し始めた。

 背中の無礼者を枝にぶつけてこそぎ落とす気だ。

 

「は、早く飛び降りて! その馬は風の妖精でないと飛べないんだってば!」

 

 突進する先に、頑丈そうな枝を張った大木。

 危ない――――!!

 

 ――ザザザザ、ヒュオッ!!

 

 少年二人は我が目を疑った。

 暴走していた馬が、そのまま浮き上がったのだ。

 そして目前の大木の幹を縦に駆け上がり、梢を突き抜けて大空へ飛び上がった。

 

「う、嘘だろ!」

「シンリィ、戻っているのか?」

 ヤンが周囲を見回すが、羽根の子供はいない。

 シンリィが関知していない所で、白蓬が飛んだ?

 二人は茫然と空を見上げた。

 

 朝の筋雲に交わるように、白い馬が放物線を描く。

 背中の子供が興奮した仕草で身を起こし、ターバンがほどけて飛んだ。

 豊かな碧緑の髪が波打つ。

 

「ど、どうしよう……」

 主が居ない間に、馬を誰とも分からない子供に乗り逃げされてしまった。

 自分達では捕まえに行けない。

 

「とにかくシンリィに知らせて来る」

「そうだね、……あっ!?」

 

 空を見ていたフウヤが声を上げた。

 白蓬がいきなり首を下げて、急降下を始めたのだ。

 馬上の子供は慌てている。

 

「地上にシンリィを見付けたのか」

「そだね、めっちゃ尻尾が上がってた」

 

 二人が待っていると、程なく、白蓬を引いたシンリィと、たんこぶを作った子供が、藪から出て来た。

 

 

 ***

 

 

「あのさ、馬泥棒のくせに、何でそんなに態度がデカイ訳?」

 

 腕組みしたフウヤがねめつけるが、子供は負けずに睨み返す。

「泥棒と違う。ちょっと借りようと思っただけだ」

 深みのある飴色の肌に、ツンと突き出た唇が印象的な、南方の子供。

 訛りはあるが、話す言葉はだいたい同じだ。

 

「ああ、動かないで」

 ヤンは、見事な碧緑の髪をかき分けながら、たんこぶの手当てをしている。

 

「着地で馬の背峰におでこをぶつけるような下手クソの癖に」

「暴れる馬に近寄れもしないへっぴり腰な癖に」

「ああもう、とにかく落ち着いて」

 

 当の被害者のシンリィは、のほほんと、お茶を沸かしてカップに振り分けている。

 

「ねぇ、とにかく君、何処の誰なの? 一人? 大人のヒトはいないの?」

「…………」

 子供はギュッと口を結んで、ヤンは困り顔になった。

 下げている剣はやたら大きいが、言動や身のこなしは幼い。

 『子供のなりをした歳長けた妖精』って訳でもないんだろう。

 放って行ってもいいのだが、この子は頭を打っているし、馬泥棒の事はさて置いても、出来れば保護者に送り届けたい。

 

「ねぇ、君、名前だけでも」

「子分になったら教えてやる」

 

「はぁ?」

 立ち上がりかけるフウヤを、ヤンが押さえた。

「子分になるって、どうすれば君の子分になるの?」

「そうだな、子分は親分に、貢ぎ物を捧げるんだ」

 

「ふざけ……」

 フウヤが言う前に、ヤンがお茶のカップを差し出した。

「はい、じゃあ貢ぎ物」

「…………」

「生姜が入っているから暖まるよ。シンリィはお茶を入れるのが上手いんだ」

 

 子供は湯気の立つカップを戸惑いながら受け取って、上目で三人の少年を見た。

 カップが三つしかないので、お茶を入れた羽根の子供は、薄い皿ですすっている。

 

「ちぇっ」

 フウヤが朝食用の堅パンを半分に割った。

「食えば?」

 

 子供は黙ってパンとカップを見つめている。

 

 と、それを見ていたシンリィも立って、ホテホテと子供の前に来た。

「な、なんだょ・・」

 背中の羽根を引っ張り、中頃から小さい羽根を一本抜いて差し出す。

 

(わぁ……)

 ヤンは内心冷や汗をかいた。

 自分やフウヤはシンリィの羽根が大好きだけれど、初対面の者にとっては下手したらゴミだ。

 目の前で邪険に扱われたら嫌だな……

 

 子供は、真っ白な白目の中のオレンジの瞳を寄り目にして、小さい羽根をじっと見た。

 それから茶とパンを膝に置き、両手で羽根を受け取って、おもむろに上衣の胸の刺繍に絡ませた。

 

「どうだ?」

 

「えっ、ああ、似合う似合う」

「うん、いいんじゃない?」

 

 そう、こんな風に時として、魔法とも言えない程のささやかな、『何か』を見せてくれるこの羽根が、二人の少年は大好きなのだった。

 

「……ルウシェル」

 

 面食らう少年達に向き直って、子供は顔を上げた。

 夕陽のように鮮やかな明るいオレンジの瞳。

 

「西風のルウシェル。ルウって呼んでくれていい」

 

  

   ***

 

 

 

 知らない子

 でも怖くない

 

 だってこの子の事は、きっと大好きになる

 

 

 

 

 




挿し絵: ヤンの馬 
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