六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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閑話・草原編
ジュジュ・Ⅰ


 

 

  

 

  

 北の草原の真ん真中(まんまなか)に位置する蒼の里。

 

 草原台地を統べる偉大なる蒼の長を擁する、結界で囲われた美しい集落。

 地上からは見えない入れない。

 唯一外からのアクセスは真上から。

 住人の蒼の妖精達は、空飛ぶ草の馬に乗って外界と行き来をする。

 

 

 今年十二歳になったジュジュ少年は、修練所に通う学生。

 親は早世し、とっとと独り立ちしたいという理由で、放課後、長様の執務室で小間使いをやっている。

 

 執務室には十人ばかりの正規メンバーがいて、主な仕事は長様の補佐。

 即ち、草原の他部族から蒼の長を頼って寄せられる、あれやこれやの依頼への対応。

 勿論全部を相手に出来る訳ではないが、メンバー達は、魔物退治だ異変の調査だと、毎日忙しく飛び回っている。

 

 『蒼の長』という存在の捉え方は、部族によって差異はあるが、概ね『信仰』。

 何だか偉大で尊くて、凄くて強くて万能で、良く分からないけれど安心なヒト……って認識。

 だから色々と頼られる。解決するとまた信頼と信仰を得る。

 結果、争い事の仲裁なんかもスムーズに行く。

 

 この絶妙なバランスで、草原は昔から平穏を保てて来た。争い多い現世でそれは奇跡とも言え、その奇跡を維持する為、メンバー達は誇りを持って働いている。

 

 で、ジュジュの仕事は、彼らの靴に油を塗ったり、仕事道具を修繕したり剣を研ぎに出したり、お茶を入れたり書類を綴じたりの、文字通りの小間使い。

 さして不満は無い。

 働いたら働いただけ、気の利く良い子だと可愛がって貰える。

 ジュジュにしたら、報酬を貰っている限り真面目に働くのは当たり前。

 自分を特別優秀だとは思っていない。

 

 ただ唯一の不安は、修練所を修了したら、このまま執務室の正メンバーになると思われている事。

 

 蒼の長の誇り高き直属の配下。

 里の中でも誰でもなれる訳でなく、外の部族からは崇拝の対象。

 ジュジュも小間使いをやり始めた当初は、なれる物ならなってしまってもいいかな、ぐらいに思っていた。

 しかし半年経った今、考えが変わっている。

 

 理由のひとつは、ここで働く者達の熱量。

 メンバーはちょっとぐらいの怪我なら縛るだけで次の仕事に飛んで行くし、大机で事務方を預かるホルズさんは徹夜なんてしょっちゅうだ。

 皆、真面目で使命感に燃えている。

(暑苦し過ぎる。混じって行ける気がしない……)

 

 

 それともうひとつ。

 

 冬の初めの夕暮れ。

 雑用を一通り終えたジュジュが、小机で修練所の宿題をやっていると、入り口の御簾が開いて、群青色の長い髪の男性がシャンシャンシャナリと入って来る。

 件(くだん)の、偉大で尊いヒト。

 つい先日蒼の長を襲名したばかりの、まだ青年にさえ見える若き長、ナーガ・ラクシャ。

 

「只今戻りました。やっぱり里が一番ですねぇ、ホッコリします。あぁ、ジュジュ、お茶ください、ぬるい目で。はぁどっこいしょ」

 

 曇り一つない顔(かんばせ)は、どこぞの宗教画から抜け出したようで、音声さえオフにしていれば確かに尊い。

 このヒトが太古より永々続く蒼の長の血統の継承者。

『この世の流れを見据え、正しき方向へ風を流す力』の持ち主……

 

「あっ、茶柱が立ってる! ジュジュ、さすがですぅ」

 

 ……な筈。

 

「おい、ナーガ、長椅子で寝転ぶな。急の来客があったらどうしてくれる。もうちょっと通常時も威厳を醸し出していてくれ、蒼の長だろ蒼の長!」

 執務室の統括者ホルズは、ナーガが幼い頃からの兄貴分で、長になったからって態度を変えない。

 

「えぇ、いいじゃないですか、今は誰も来ません……ょ……くぅ……」

 

「寝るな――っっ! 報告しろ、報告。東方の年寄り連中と会合して来たんだろ!」

 

 そういうやりとりにももう馴れているジュジュは、長殿がいい加減に引っ掛けたマントを持って外へ行き、玄関デッキでブラシを掛けた。

 痛みがあったら補修せねばならない。

 やれと言われた仕事ではないが、外交に飛び回る蒼の長殿がほつれたマントを着ているなんて、有り得ない。

 

「あれ?」

 マントの異変に気付いて声が出た所で、帰還したメンバー達が坂を登って来るのが見えた。

 

 お茶を出したり用事を言い遣ったりせねばならない。

 ジュジュが慌てて中へ入ると、ナーガ長はもう大机で髪の毛一本隙の無い状態で悠然と座し、ホルズがその横で腕を後ろに組み、頭から鉄芯を通したように立っている。

 

「お帰りなさい。本日もご苦労さまでした」

 誇りを持って働くメンバーを、尊い蒼の長が丁寧に出迎え、労(ねぎら)う。

 何だかんだ言っていつも間に合うのがスゴい……と横目に見ながら、ジュジュは忙しく駆け回るのだった。

 

 こんな風なうわべの形式を嫌う子供もいそうだが、ジュジュは平気だ。

 世の中をキチンと回す為に必要だと思っている。

 彼が正メンバー入りをためらう理由は、もっと別の所にある。

 

 

 メンバーが全員帰宅し、ホルズはナーガと、明日の仕事の割り振りをしている。

 仕舞いの掃除をしながらジュジュは、さっき気になった事を思い出した。

 

「あ、ナーガ様、マントなんですけど」

「はいはい」

「ここん所、焼け焦げですか? よく見ると結構広いですよね。火傷とかしてません?」

 

「ああ」

 ナーガはマントを受け取って哀しそうに見つめた。

「自分の火傷は治癒の術を施したから平気なのですが……これ、酷いですね、お気に入りだったのに。染めたら何とかなるでしょうか」

 

 ホルズも来て覗き込む。

「何でまた?」

 

「あぁ、東方の年寄りの中に、ちょっと怒りっぽい火を吹く龍のお爺ちゃんが居ただけなんですが……大丈夫ですよ、最後は皆で肩を組んで笑って解散しましたから。大の字に伸びている御仁も居ましたが」

 

 シレっと言う横顔は、本当に気に入りのマントの心配しかしていない風だ。

 

(こういう所なんだよな……)

 ジュジュは、頭の端だけで呟いて呑み込んだ。

 

 帰りの挨拶をし、出口の御簾を潜ろうとして、恰幅のいい壮年の男性と鉢合わせた。

 

「し、失礼しましたっ」

「おお、ジュジュか、遅くまでご苦労さん」

 

 一つ前の長、ノスリだ。ホルズの父親でもある。

 長の血筋ではなく、次世代が育つまでの繋ぎの長だったが、ナーガの信頼厚く、内外の多くの者にも慕われている。

 一線を退いて隠居しているが、こうしてたまに遅い時間に現れる。

 

 出口でお辞儀して御簾を閉めた時、奥の二人がそれまでと全然違う表情で、書類や地図を大机に広げながらノスリを迎えたのが見えた。

 これからが、このヒト達にとって本番なんだろう。

 

 草原は平和で、その平和に保つのは、蒼の長の名の下に飛び回るメンバー達。

 しかし本当に怖いのは、信仰の届かない外からの介入だ。

 多分、蒼の長の仕事の主軸は、そういう諸々から、執務室の生業を含めた全てを護る事。

 どんなに危険な目に遭っても、不安を感じさせぬよう、飄々と。

 

 ・・・

 坂を反対側へ下って、居住区の裏手の修練所横の宿舎へ帰る。

 教官の卵や色んな職業の見習い達、あとたまに留学生が入ったりする、若手用の寮。

 黒の疫病で家族を失くして、雑魚寝のハウスで育ったジュジュには、ひとつ部屋が貰えるのは天国だ。この宿舎に入れるから、執務室の小間使いに名乗りを上げたのもある。

 

 手前に大きな放牧地があり、そこを突っ切るのが近道だ。

 ジュジュは迷う事なく土手を越え、真っ暗な草地に足を踏み入れた。

 里の人家の灯から離れ、目が慣れると、満天の星が広がる。

 里で好きな景色の一つだ。

 

 去年までは、ここでよく会う奴がいた。

 緋色の羽根の子供。

 何をするでもなく、ボケッと突っ立ってそこに居た。

 

 思えば彼に会ってしまった事が、今の悩みの入り口だった。

 

 ナーガ様がどこかから連れ帰った、言葉を使わない、背中に貧弱な羽根を背負った子供。

 彼の両親が里に居た頃、ジュジュは幼児だったが、翡翠色の鷹みたいな見事な羽根の持ち主と、その隣の天女のように美しい女性のインパクトは、よく覚えている。

 後で、『蒼の里の不世出の術者』と『ナーガ様の双子の妹で長の血統の保持者』の、黄金カップルだったと聞いた。

 

 最初にここで彼を見掛けた時、

(あのヒト達の子供なのか……)

 と思ったのが第一印象だ。

 

 子供は、しょっちゅう居なくなっては、大人を困らせていたらしい。

 でも何故かジュジュは、ここ以外でもよく見掛けた。

 何で大人には見つからないのかな? と思った。

 

 エノシラさんが彼の母親代わりを引き受け、修練所に通うようになった頃、ジュジュは多少の世話を焼いた。

 彼が他の子供と支障なくやって行けるよう、遊びのルールを作るなど、『子供でなければ出来ない事』をやったのだ。

 

 正直に言ってしまうと、その頃あこがれていたエノシラさんに、良く思われたかった。

 

 しかし羽根の子供は、ジュジュを認識し出した。

 大人のほとんどが相手にして貰えないと諦め、子供達をも十把一絡げにしか見ていない、プラチナ血統の羽根の子供が、自分の声には反応する。

 気持ちが良かった。

 

(一見ボケッとしているけれど、実は鋭い『見抜く力』を持っているんだろうな。何せ血統的には間違いないんだから)

 自分はそれをちゃんと知っていて、彼にも認められていると、自惚れていた。

 

 

 だからあの日、羽根の子供が里の外へ出たがった時、手助けをしたのだ。

 相方気取りだった。

 そうしてそれは、ヘシ折られた。

 

 三峰の山で、三つの部族が争って騒動になる事。

 その場に彼の馬、白蓬(しろよもぎ)が居る事。

 友達のフウヤが命の危険に晒される事。

 

 彼は、それらを分かって、行きたがったのだ。

 解決しに行くのではない。

 

『そこで起こる出来事の、予め用意されたパズルの空白に、自分というピースを嵌め込む為』に、行ったのだ。

 

 

(無理だ……)

 ジュジュは悟った。

 

 次元が違う。

 思考回路が違う。

 生きている舞台が違う。

 

 彼の側に居られるとしたら……

 

 我が身を盾にして、大人逹に間違いを訴えたフウヤ。

 そのフウヤとシンリィを、『普通の子供』と言い切ってしまえるヤン。

 

 ああいう、一途で純粋で綺麗で、『何かを持っている』子供達だろう。

 

 案の定、シンリィは、二人の旅に着いて行きたがった。

 ナーガ長はジュジュに、一緒に行っても良いよと言ってくれたが、『自分には自分の身の丈がある』と断った。

 

 

「俺は平凡だ。物凄く俗で平凡。『特別なモノ逹』には付き合い切れない。それを思い知らされるのも嫌なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

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