六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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ジュジュ・Ⅲ

  

  

 

 

 

「パスパス――!」

「戻って、戻って、守れ――!」

 

 春のうららかな陽射し、昼下がりの修練所広場。

 元気一杯の子供逹が蹴り球遊びに興じている。

 いつもの喉かな光景。

 

 広場の隅の土手では、女の子達が輪になって、可愛いらしい色に染めたお手玉(シャガイ)を投げ上げている。

 

「ルウシェル!」

 大きなリボンを付けた娘が叫んだ。

「こちらへいらっしゃいよ。一緒に遊びましょう」

 

 声を掛けられた飴色の肌の娘は、前に抱えた大量の書物の脇から顔を出す。

「ごめん、これ今日中に帰さなきゃならなくて」

 

 そぉお? また今度ね、とか言いながら、女の子逹は速攻お手玉に戻る。

 一度は誘ったんだから義務は果たした、って感じだ。

 

「ちょっとぐらい遊んだってバチは当たらないぞ」

 建物の入り口で、横から扉を開けてくれた大柄な男性に、ルウシェルは顔を上げた。

 留学生の彼女を受け持つ、サォ教官。この砂漠の土地から来た女の子が、友達も作らずひたすら読書に専念しているのに、ちょっと気を揉んでいる。

 

「ここの図書室には、西風には無い書物が沢山ある。居る間に出来るだけ読んでしまいたい」

 娘は真面目な声で言って、お辞儀をして建物に入って行った。

 

「フラれちゃったね」

 教官が振り向くと、明るい髪色のジュジュが、肩を竦めている。

「留学して来るまでに紆余曲折あり過ぎて、遊んでいる暇なんか無いって気持ちになってんだよ。無理もないと思う」

 

「うむ……」

 確かに、ここまで来る旅の途中で、友達が一人行方知れずになってしまった。ショックが尾を引いているのだろう。

「しかし、書物の知識だけが留学の価値でもないと思うのだが」

 

「何が勉強になるかは本人次第じゃん」

 ジュジュはませた事を言って、建物に入って行った。

 

 執務室で小間使いをやっていたこの少年は、最近見習いに昇格した。

 生活が執務室中心になり、修練所には必要な講義の時間にしか来なくなった。

 サォ教官から見たら、この子だってまだ蹴り球遊びをしているような年頃なのに、そんなに急いで大人びなくてもいいのにと、これまた気を揉む種になっている。

 

 

 廊下をルウシェルの後ろから追い付いたジュジュは、手を伸ばして書物の上半分を取り上げた。

「前が見えていないとまたコブを作るぞ」

「すまない、ジュジュ」

「センセの立場もあるからさぁ、ちょっとは馴染んでる振りをしてやれよ。日誌書かなきゃいけないんだよ、あのヒトも」

「そうか、ジュジュは物知りなんだな。教えてくれてありがとう」

 

 本当に分かってんのかこいつ、と、横目でツンとした唇を眺めながら、少年は図書室まで書物を運んでやった。

 

 蒼の里の近くで、到着した彼女を迎えに行った時、一緒に旅した二人との別れを惜しんで、オイオイ泣いていた。

 友達を作れない訳でもないんだよな。

 ただ、誰とでも友達になれるタイプじゃないだけだろ。

 

 

 夕方、講義を終えたジュジュが外に出ると、広場ではまた蹴り球遊びが繰り広げられていた。

 本当に飽きないな。まぁ自分だって、いかに上手くシュートを決められるかが人生の最重要事項な時期があったよな。

 そんな事を考えていたら、目の前に球(ボール)が飛んで来た。

 

「ジュジュお兄ちゃ――ん」

 手を振るのは、ハウスで一緒に育った子供だ。

「蹴って蹴って、シュート見せて――」

 

「しようがないな」

 足の間で球を遊ばせながら、土手を下りる。

 

「全員で止めろ――!」

 と一斉に駆け寄って来る男の子逹。

 一人一人の相手をしてやりながら綺麗にかわして、最後には踵で蹴り上げた球を、空中からシュートして見せた。

 

 教えて教えて! とまとわり付く子供逹を振り切って、土手を上がると、二人の人物が立っていた。

 長い三つ編みの、助産師見習いエノシラと、本を抱えたルウシェル。

 

「凄いじゃない、ジュジュ。教えてあげればいいのに」

 

(いや、そんな簡単に言われても……)

 

 見習いになってからジュジュは、前長のノスリに付いて、剣技と格闘を習っている。

 まずは基礎体力からだと無茶なメニューを課せられて、子供の遊びに混じっちゃいけないような身体能力が身に付いてしまっている。

 

「走り込みと反復運動って言っても、あいつらはそんな時間があったら、蹴り球で遊んでいたいでしょ」

「ああ、まぁ、それはそうね」

 女性は喉かな声で答え、三人で土手を歩いた。

 

 留学生は寮に入るのだが、ルウシェルは、この先の山茶花(さざんか)林の奥の、エノシラの家に厄介になっている。

 着いたその日にエノシラが申し出た。

 寒さに弱いルウの健康管理をしっかりしたいという理由だが、シンリィが帰って来ない寂しさを埋めたかったのかもしれない。

 

「たまにはご飯を食べにいらっしゃいな。前はよく来てくれたじゃないの」

 

「うん、でも毎日遅くなるから」

 シンリィが居た時ならともかく、女性だけの家庭なんてトンでもない。

 

「ハンプク運動って何をするんだ?」

 黙っていたルウシェルが、いきなり口を開いた。

「私もジュジュみたいに、カッコ良く球を蹴れるようになりたい」

 

 ジュジュだけでなくエノシラも、え? という顔になった。

「蹴り球遊びをやりたいの? でもあれは男の子の遊びだわ」

 

「そういう区別があるのか。お手玉は綺麗だと思うが、見ているだけでいい。やってみたいと思うのは蹴り球だ。私が皆と遊べば、サォ教官は日誌に書く事が出来るんだよな、ジュジュ」

 

「…………」

 ジュジュは口を結んで、目を逸らせた。

 エノシラさんの婚約者はサォ教官だ。要するに筒抜け。

 

「わ、分かったわ。ルウが蹴り球遊びに入れて貰えるよう、サォ教官に言ってみるわ」

 

「それはダメだ、エノシラ」

 

 オレンジの瞳の娘はピシッと言った。

 この娘は、たまに大人もたじろぐ迫力を発する。

 西風の長娘というし、血筋から来る物だろうか。

 

「教官の口利きで皆の仲間に入ったのを教官が日誌に書くのはおかしくないか? なあ、ジュジュ」

 

 もう振らないで欲しい……

 

「皆の仲間に入れて貰うのは、しっかり実力を付けてから、自分で申し込む。それにはハンプク運動なんだよな、ジュジュ!」

 

 

 ・・・

 ・・・・・・

 何でこうなる・・・

 

 執務室の雑用を終わらせてメンバーが帰って来るまでの時間。

 裏手の庭でノスリに手合わせして貰うのがジュジュの日課なのだが、今日は隣にオレンジの瞳の娘が、鼻を膨らませて立っている。

 

「宜しく頼む、ノスリ殿」

 

 ハンプク運動から何故か剣の稽古の話になって、何故か無茶苦茶興味を持たれてしまった。

 まぁ、ちょっと手合わせをして小突かれれば、遊びとは違う事を理解してくれるだろう……位の気持ちで連れて来たのだが。

 

 娘の構えた木刀の切っ先が、淡い緑に光って震えた。

 

 

 ・・・

 ・・・・・・

 

「ナーガを呼んでくれ」

 

 木刀を置いたノスリが、口を手で覆いながら青い顔で言った。

 

 

   ***

 

 

「剣は父者(ててじゃ)に教わった。術はソラに。その術を剣に乗せるやり方は、母者(ははじゃ)に教わった。それは……良くない事だったのか?」

 

 ホルズも交えた大人三人が話し合うのを離れた所で待ちながら、ルウシェルは眉間に縦線を入れて沈んでいた。

 

「俺に言わせりゃ、超恵まれた環境だと思うけれど?」

 またこのパターンかよ・・って顔で、うんざりするジュジュ。

 一生懸命何かをやろうとしたら、血統だの生まれ持ったナニカだのに恵まれた奴が、スルリと割り込んでかっ浚って行く。

 

「そうか? 元老院の年寄り逹は、私の剣は汚い、邪道だって言う。私はソラの術は綺麗で凄いと思うんだけれど、それも汚い、綺麗に見えるのはお主の血が濁っているからだ、って言われる」

 

「……??」

 

「ここでもそう言われたらどうしよう。やっぱり剣技なんか見せなければよかった。全力を出さなきゃ失礼だと思ったんだ」

 

 ジュジュが言葉に困っている所に、話が終わったナーガが歩いて来た。

 後ろでノスリが顔を覆って俯(うつむ)き、ホルズがその背に手を当てている。

 

「え――とね、ルウシェル、貴女の剣は私が教えます」

 

「ナーガ長が直々に? ノ、ノスリ殿に何かあったのか?」

 

「心配しなくて大丈夫です。いきなりでびっくりしただけですから」

 

 ノスリは手を振って元気な様子を見せ、そしてホルズと共に執務室に入って行った。

 

「とにかく今の貴女に剣を教えられるのは私だけですから。明日から、早朝、修練所が始まる前に、ここに通って下さいね。……それと、ジュジュ」

 

「はい」

 何か言いたそうにして必死で堪えていた少年が、ぶっきら棒な返事をした。

 

「剣に術を乗せる。貴方にも必要になる技術です。ノスリ殿に基本を叩き込んで貰った後と思っていましたが、この際一緒に覚えて貰いましょう。毎日のノスリ殿の指導をしっかりこなし、その上でこちらにも参加出来ますか?」

 

 ……!!!

 い、今でもヘロヘロなのに。

 だけれど『はい』以外の返事はない。

 里で一番の剣士はノスリ様だけれど、ナーガ長から教えを受けるというのは、全くの別物だ。

(っていうか、俺の練度もちゃんと見ていてくれたんだ……)

 

「ノスリ殿は大丈夫なのか?」

 ルウシェルはもう一度、執務室に入った彼を心配した。

 

「ああ、貴女の作った緑の槍の光がね」

「??」

「亡き親友の作るそれと全く同じで…… 二度と見る事は出来ないと思っていた光。不意打ちにそんなのを見せられたら、誰だって動揺するでしょう?」

 

「…………」

 

「ソラに習ったのですか?」

 

「うん、ソラの得意技だ」

 

「そうですか。ソラは留学から帰った後も、精進していたのですね」

 

「…………」

 

「だからね……

 

 ――そういうのをキチンと継承して貰って、真っ直ぐに伸びるのを手助けするのも、私達の役割なのですよ――

 

 

 少し休んだノスリに稽古を付けて貰い、いつもの雑用をこなした後、ジュジュは夜更けの帰り道を歩いていた。

 

 真っ暗な放牧地に誰かが立っている。

 碧緑の髪をなびかせて、西風の娘が、月に向かって緑の槍を放っていた。

 

「綺麗だな」

 

 声に娘は振り向いた。

 

「ジュジュにお礼を言いたくて」

 

「俺は何も。ナーガ長が師匠になってくれたのは、ルウシェルの今までの積み重ねがあったからだろ」

 これは今さっきノスリ様に言われた受け売りだ。

 

「違う。いや、それもあるけれど……全部含めて、私は今とっても幸福なんだ」

 

「そうか」

 

「里に来た時、すぐに聞いた。私が師事したかったソラのお師匠さんはもう亡くなっていて、母者やシドが話してくれていた昔の駐在者達も、ほとんど亡くなっていた」

 

「……ああ」

 

「ガッカリして、それでせめて勉強だけでも頑張ろうと書物に没頭していたんだ。でも今日、私の術がそのお師匠さんそっくりだって言って貰えた。全然邪道じゃなくて、綺麗だって」

 

「うん、綺麗だよ。誰、汚いなんて言うの?」

 

「私は凄く恵まれていた。教えてくれるヒトが居て、ちゃんと継承させて貰って。それを知る事が出来て、今、幸福ではちきれそうなんだ」

 

「…………」

 

「外に出て初めて分かった。蒼の里へ来て良かった。今日ジュジュと話して良かった。内にこもっているだけじゃ、何にも知る事が出来なかった」

 

「……そうだな、その通りだな……」

 

 

 

 翌日の昼休み。

 修練所広場に、皆と共に蹴り球を追って走り回る、西風の娘がいた。

 彼女が瞬く間に蹴り球界のヒーローになり、教官の日誌が書ききれない程の文字で埋まったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

         ~ジュジュ・了~

 

 

 

         ~草原の閑話・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ・・・
「あと、一人だけ所在の分からない駐在者がいるんだ」
「誰?」
「『ナナ』ってヒト」
「ああ、それは……」
「母者に横恋慕して、『すとぉかぁ』ってのをやっていたんだって。
 そんで、父者に決闘を申し込んで、一発でのされたって。
 見たいんだ、あの父者に勝負を挑んだ勇者の顔を」
「…………」


閑話の終了
次回から本編開始です
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