六連星(むつらほし)   作:西風 そら

17 / 71
ユゥジーン

     

  

 

「あっ、金鈴花」

 

 上空から見えた放牧地の土手に、明るい黄色の点々が散らばる。

「今年一番だ。暖かい日が続いたからな」

 

 コバルトブルーの髪をなびかせ、ジュジュは馬を降下させた。

 腰に大小の二刀を携えているが、表情の端に幼さを残す、蒼の妖精の少年。

 

 馬繋ぎ場に降り立って係りの者に馬を渡し、中央の坂を駆け登る。

 執務室に戻って報告書を提出するまでが任務なのだ。

 デッキを上がって御簾を開くと、大柄な男性がもう目の前に迫っていた。

 

「おかえり、ジュジュ、どうだった!?」

「問題ないですよ、ホルズさん、近い、顔が近いですっ」

「そ、そうか、いや、すまん」

 

 執務室統括者のホルズは、外仕事に出初めたばかりのジュジュ少年が、心配でしようがない。

 

「棘の森の大猪殿はヘソを曲げたらすぐ暴れだすってぇから、気が気じゃなかったぞ」

 

 子供時代から放課後に小間使いに通って、一所懸命働いていた健気な少年を、彼は大いに気に入っている。春に修練所を修了して執務室の正式メンバーになった時は、本人よりも大喜びした。

 

「ナーガの奴、何であんな偏屈爺さんの担当にお前を据えちまったんだ。もっと易しい所があるだろうが」

 

「そうですか? 二、三回お使いに行った事もあるし、そんな大袈裟に心配する程じゃないです」

 少年はシレッと返して、さっさと報告書を書き出した。

 難しいお年頃だな・・とホルズは肩を竦め、自分の事務仕事に戻る。

 

 ジュジュがキッチリ報告書を書き上げて提出した所で、御簾が開いて、ナーガ長が入って来た。

 

「只今戻りました。やっぱり草原の風は良いですねぇ。ホッコリホッコリ」

 

「おぉ、ナーガ、お疲れ。西方はどんな感じだった? んん……う――ん?」

 ホルズが立ち上がりかけて、ちょっと言葉を詰まらせた。

 

「俺もやっぱり、お前さんの事『様』付けにして敬語で喋るようにした方がいいか? これからジュジュの下の者も入って来る事だし」

 

「嫌ですよ、今更。ホルズに『ナーガ様』なんて呼ばれたら、自分の名前じゃないみたいで。対外的な場面だけ繕ってくれればいいですから」

 

「……そうか」

 

 その対外的な場面でボロを出したら困るから提案しているんだろうに、相変わらずフワッフワなヒトだなぁとジュジュが口を結んでいると、ナーガは思い出したように彼に向き直った。

 

「ああ、名前と言えば、ジュジュ」

 

「は、はい」

 

「出先でピンと来た言葉がありましてね、あまりに素敵だったので、貴方の成人の名前にしちゃおうかと……」

 

「ちょ、ちょっと待て、ナーガ!」

 ホルズが泡喰って、ゴツイ手を伸ばして長様の口を押さえた。

 蒼の長であるナーガが口に出してしまうと、その言霊はもう覆せない。

 

「こいつまだ修練所を出たばかりだぞ。幾ら何でも早いって」

 

「モゴ・・早くもないと思うんですけれど、モゴゴ・・ジュジュはどうですか?」

 

「え、えっと?」

 蒼の妖精は、一人前と認められて初めて自分の名前が貰える。

 それまでの仮名(かりな)を外して成人の名を貰うのは、人生の一大イベントだったりするのだが……

「ちょっと今、急過ぎて頭が追い付いていないです」

 

「儀式とかしたいですか?」

 

「あ、そういうのはパスで」

 

「では、命名してしまいましょう。貴方の名前は『ユゥジーン』。西方の言葉で『目映(まばゆ)い誕生』という意味です。宜しく新たな光」

 

「あぁあ、本当にサラッと命名しちまいやがった」

 

 頭を押さえるホルズの横をすり抜けて、ナーガは、では、と御簾を潜って出て行ってしまった。

 

「西方の年寄り連中との会合報告がまだだろうが! まったく何しに来たんだ。なぁ、ジュジュ。……ジュジュ?」

 

 少年は、目の前で何かが炸裂したような表情で、自分の両手を見つめている。

 気のせいかキラキラ光が飛んでいるような。

「・・ユゥ・ジー・ン・・」

 

 ホルズは溜め息吐いて、突っ立ったままの少年は放置して、大机に戻った。

 まったくあいつ、こういう所でしっかり『蒼の長』を見せ付けて行きやがるんだよな……

 

 

 本日の外回りメンバーが全員帰還して、ホルズと少年が二人で仕舞い仕度をしている所に、御簾が開いて、恰幅のいい壮年の男性が入って来た。

 

 ホルズの父親で、前長のノスリ。

 現役時代は里一番の剣士で、今は少年の剣の師匠をやっている。

 

「ナーガに聞いた。ジュジュが名前を貰ったんだってな。おめでとう、ユゥジーン」

 

 少年は背筋がビビッと伸びた。

 名前って不思議。

 呼ばれる度に自分がカタチ創られて行く。

 

「そうなんだよ、あいつ、通りすがりにサラッと付けて行っちまいやがって。……親父の所に居たのか?」

 

「ああ、さっきまで、ちょっと相談されていた。大した事じゃない」

 

 引退した後、表舞台から引いているノスリだが、ナーガはしょっちゅう彼の隠居部屋へ訪ねて行く。

 三年前まで蒼の長だった訳だし、当然と言えば当然かもしれないが、ホルズは一抹の寂しさを感じている。

 

「今の執務室を切り盛りしているのはホルズさんなんだから、ホルズさんに話せばいいのに」

 少年が的確に上司の心情を口にし、ホルズは揃え掛けていた書類の束を落っことしそうになった。

 

「いやいや、本当に大した事じゃないんだ。プライベートな相談。ナーガの子供の事だ」

「風露の里で育てているって子供か?」

 二人は声のトーンを落とした。

 少年も口を挟まず黙っている。

 

 ナーガ長が妻を娶った事と子供が生まれた事は、ごく僅かな者しか知らない。

 超機密事項なのだ。

 

 三年前に妻を持ったナーガだが、相手は実家に住まわったままで、夫が通う形を取っている。

 先方の部族の掟が非常に厳しく、こういう形でないと一緒になれなかったのだ。

 

 だが先方は、結界どころか何の防衛手段も持たない風露の部族。

 偉大なる蒼の長の妻子がそんな所に居るなんて、そら恐ろしくて誰にも言える訳がない。

 

「何でそんな面倒くさい部族の娘に惚れちまったんだよ」

 とブツブツ言いながらも、あの草食がやっとその気になってくれたのだからと諦めて、ノスリは祝福に行ったのだった。

 

 

「で、子供って女の子だよな。そろそろ二歳だっけ?」

 

 七つまでは母親の元で養育し、修練所に入る歳になったらこちらへ引き取るという事で、話は付いている。

 まぁ、ナーガだってそうだったから、ホルズ達にとって違和感はない。

 

「その娘の成長速度が、異常に早いって言うんだ」

「早いってどのくらい?」

「まだ二歳の誕生日を迎えたばかりなのに、五つか六つ位。言葉もそれくらい喋るってさ」

 

 勿論風露でも前例が無く、子沢山のノスリ家でそんな例はなかったかと、ナーガは相談に来たらしい。

 

「う――む」

 蒼の妖精の成長の仕方はまちまちで、たまに極端に遅い子はいる。

 ナーガの妹ユーフィなどは、子供時代が長くて、双子なのにアンバランスな時期があった。

 

「しかし、幼児の内から早いって珍しいな。ちゃんと中身が詰まるのか心配になっちまうぞ」

 

「後な、更に困った事に」

「んん?」

「嫌われてるんだとさ、その五、六歳に見える二歳の娘に」

 

 後ろを向いて掃除をしていたユゥジーンが、思わず吹き出した。

 

「相談事の八割方はそれだった。な、大した事じゃないだろ」

 

 ノスリは肩を竦めて締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。