六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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ルウシェル・Ⅱ

 

   

   

 蠍(さそり)を一掃した後、砂嵐をやり過ごしていると、夜になってしまった。

 剣の汚(けが)れを砂で落として、今現在十四歳のルウシェルは、星を見ながら帰路に付く。

 

「あ……」

 見馴れた地形があった。

 あの崖を飛び降りれば結界を越えて西風の里だ。

 母者も居る。

 

「…………」

 ルウシェルは顔を背けて通り過ぎた。

 

 母の側に行きたい。

 行って、身体の優れない母に、当たり前に寄り添いたい。

 

 何故それが叶わないのだろう。

 いつまで待たねばならないのだろうか。

 大僧正が喪して元老院が力を失くすまで?

 ヒトの死を願うなんて卑しい。

 そんな風に考えなきゃならないのが虚しい。

 

(どんなに研鑚をして勉強をして頑張っても、挽回させて貰えない……)

 

 母は、自分を出産した後、何日も生死をさ迷った。何とか持ち直した物の、それまで健康過ぎる程だったのに、病気ばかりする身体になってしまったという。

 かなりな術使いな筈なのに、すぐに体調を崩すので無茶が出来ない。それで段々に、この地での西風の立場が弱くなった。

 

 ――貴女様がもっと容易(たやす)く生まれてくだされば――

 元老院が自分を疎んじるのも無理はないのだ。ハッキリ口にするのは老人達だけだが、そう思っているのは彼らばかりでもないのだろう。

 

 里の民達、シドやソラ、母者だって、そんな気持ちが心の何処かに多分ある。

 無いって言ったって、きっとある。

 だから、誰の手を握るのも怖かった。

 

 そこまで考えて、ルウシェルは天を仰いで頭を振った。

(……独りはよくない)

 詮無い事ばかり考えてしまう。

 

 明るい事、楽しい事を考えよう。

 

 手を握って交流してくれたヤン、一生分くらいお喋りしたフウヤ。

 あの子達に会いたい。また一緒に焚火をしたい。

 

 ああ、もう声も変わって、大人っぽくなっているのかな。

 三峰は十五に成人の試練があると言っていた。ヤンなら立派な狩人になるだろう。

 もう焚火をしたり、口琴を弾いて踊ったりはしてくれないかもしれないな…………

 

 ダメだ、また気持ちが沈んで来た。

 

 

 

 ―― ピチョン ――

 

 背後で水滴の音? 

 まさか、こんな夜の砂漠の真ん中で?

 

「あっ!?」

 

 ルウシェルは咄嗟に危険を感じて、馬を前に飛ばして逃げようとした。

 一瞬遅かった。

 背後の空中(?)一杯に、丸い水の波紋が広がり、その波頭がぶつかって来たのだ。

 ――衝撃! 重い!

 馬と共に、もんどりうって砂に投げ出される。

 

 急いで起き上がって辺りを見回したが、サソリの残党ではないみたいだ。

 だが……? 周囲が、一変している!? 

 

 星明かりが消えた、真っ暗だ。

 空気が水の中みたいに重い揺らいで、真っ直ぐに立っていられない。

 馬は自力で立ち上がったが、ウロウロと怯えている。

 

 剣を抜いて構えた。剣も腕も重い。

 漆黒の闇、音も無く、不穏な空気だけが増して行く。

 

 水底のような揺らぎ、重くゆっくり対流する空気。

 そうだ、フウヤが言っていた、最初に赤い狼が現れた時の状況に似ている。

(だとしたら、また赤い狼が来る?)

 

 ルウシェルは一所懸命、状況を把握して落ち着こうとした。

 呼吸は出来る。でも、胸に冷気が入って一息毎に全身が凍える。

 西風の妖精は体温が下がると動けなくなる。まずい……

 

(そうだ、蒼の里で習った破邪の術を試してみよう。邪気払いの効果があると言っていた)

 剣を頭上に掲げ、集中のやり方を一所懸命思い出して、唱える。

 

 ――破邪!!

 

 剣から薄っすら光が広がった。が、冷気が少し四散しただけだった。

(駄目だ、利いている気がしない。そもそも習っている途中だったし、私の術力は母者みたいに高くないんだ)

 

 

《 ――ああ、中途半端! 》

 

 いきなりの声に、背筋が総毛立つ。

 剣を構えたまま翻ったルウシェルは、そこに居る者を見て、口をポカンと開けた。

 

(……何で、こんなモノが居る?)

 

 薄暗い水底のような対流の中、何処かからの僅かな明かりに照らされながら浮いているのは……自分そっくりな娘だった。

 服装も髪型も、手首の腕輪も同じ。気持ち悪く感じたのは自分の声だったからだ。

 

 少し斜めで、髪を千々(ちぢ)に乱しながら、水に浮かぶようにゆっくりと回る自分。

 顔がこちらに向いた時、胸がゾワッとなった。

 自分そっくりな顔では見たくない、亡霊のように生気のない表情、色のない唇。

 

《 ――腹が立つよね、もっとちゃんと習いたかったのに、中途半端にされてしまって。あんなに苦労して蒼の里に行ったのに。ああ、嫌い、嫌い 》

 

「な、何が嫌いって?」

 思わず問い掛けてしまった、自分に。間抜けだ。

 

《 元老院に決まってるでしょ。あいつら、早く死ねばいいのに 》

 

「え……」

 こんなにズバリと言われると、つい、そう思ってもいいのかと釣られてしまう。でも……

「そんな事は言う物ではないぞ。そんな考え方からは何も生まれないと、母者が言っていた」

 

《 ああ、母者も嫌いだよね 》

 自分似の娘は、相変わらず回りながら歯を見せて笑った。

《 上辺のキレイ事ばっかり、バカみたい。もっと怒ればいいのに。そこまでするほど私の事が大事でもないんだよね、きっと 》

「!!」

 

《 シドも嫌い、ソラも嫌い、父者も爺様も、本当はみんな大っ嫌い。そうでしょ、あんた。だって私はこの世に生まれて来た時、あのヒト達に歓迎されなかったもの。大切なモエギ長の身体をメチャクチャにした鬼子だって、絶対に思われてる。あんたも薄々分かっているんでしょ 》

「そんな……コトない……」

 

《 ヤンもフウヤも嫌い。結局一度も会いに来ないじゃない。キレイ事を言っていたって、本当はもうどうでもいいんだ。結局だぁれも私を好きじゃない 》

 

「だ、黙れ、絶対にそんな事はない。私が所在を変えていたから、来たとしても会えなかっただけで……」

 

《 ――ふふ、そうか? 私はお前だぞ。お前の心の奥底が私。その証拠に、独りになったら私、こんなに虚しくて寂しいじゃないか 》

 

 ルウシェルは両腕で身を抱えて、二の腕に爪を立てた。

 惑わされるな、これは砂漠の悪霊が化けたデタラメだ。

 こちらの心を探って、誑(たぶら)かそうとしているだけだ。

 

 考えてはいけないと思う程考えてしまい、一呼吸毎に胸が凍って意識を持って行かれる。

 正面では青白い自分が、こちらへ両手を伸ばして来る。

 ダメだ、

 持って行かれるな、

 ダメ・・

 

 

 遠くに馬の蹄音を聞いた。

 

 

 ――キィン――!

 

 全てを打ち破る澄みきった高音。

 胸に挿した羽根が震えて。

 眩しさに目を閉じさせられた。

 

 ・・・・

 それは数瞬で、次にそっと目蓋を上げると、光が収まって行く最中だった。

 正面の『自分モドキ』の姿は消えている。

 その場所で泥みたいな破片が、渦巻きながら千切れて行く。

 

 十歩先に、まだ消えない光。

 照らされる中に立つ影。

 

「あ・あ・あ・あああ!!」

 

 正面の泥が消えきると、立つ者の像がはっきりと結んだ。

 

 何も考える前に、足が走り出す。

 

 何でこんなに嬉しいのか、この子が笑いかけてくれているからだ。

 この子は繕わなくていい、勘ぐらなくていい、笑顔をそのまま受け取ればいい。

 

「シンリィ!! シンリィ、シンリィ、シンリィ!!」

 

 だってこの子は言葉が無いんだから。

 

 羽根の子供は、はなだ色の瞳に彼女を映し、開いていた羽根をゆっくりと下ろした。

 同時に光も薄く小さくなる。

 

 ルウシェルは、光が消え切る前に、その光の中、彼の懐に飛び込んだ。

 

 ――ね、シンリィ、シンリィ、どこに居た? 元気にしてた? 寂しくしていなかった? 助けてくれたんだよな、ありがとな――

 喉元に言葉が溢れて、何から声にしていいか分からない。

 

 子供がそっと手を差し出した。

 掴んで……いいのか?

 

 

 ――ピシャン!!

 

 子供の背後の暗闇で、先程より大きな水音。

 彼はサッと表情を変えて、ルウから離れてそちらへ走った。

 

「あっ、シンリィ!」

 ルウは慌てて追い掛ける。

 空気は変わらずに重い。水をかき分けるように、必死で足を前に送り出す。

 砂の上だった筈が、ピシャピシャと音がして、いつの間にか湖の浅瀬みたいな場所を駆けていた。

 

 途端、辺りが薄青い光に満ち、真正面に大きな三日月が現れた。

 地平まで続く鏡のような湖。

 ルウの作った波紋に、水面に映った三日月が揺れている。

 

「ど、どこだ、ここは?」

 見回してルウは、ハッと息を飲んだ。

 

 ムーンロードの浅瀬に、黒い大きな塊がうずくまっている。

 シンリィが駆け寄って、それの前にしゃがんだ。

 

 ルウは数歩後ろで立ち止まった。

 黒い影は知っている者だったが、分かるのに時間がかかった。

 

 炎の赤い狼……

 だけれど、以前会った時とまったく違う。

 猛々しく真っ赤に燃えていた身体は、消えかけの燠(おき)のように黒く燻り、痩せ細って肋(あばら)と背骨が浮き出している。

 

 子供の裸足の足音に、獣はダルそうに首を上げた。

 

「用事は終わったか、行くぞ」

 言いながら、フラフラと立ち上がるが……

 

「あっ!!」

 獣の腹から黒いモノが垂れる。

 湖の水滴ではない。

 身体の表面が消し炭のように崩れて、ボタボタと剥がれ落ちているのだ。

 

「お、おい、狼、動いちゃ駄目だ。身体が失くなるぞ」

 ルウシェルは間抜けな言葉を発した。

 他に言いようがない。

 

「あぁん? 連れて来ちまったのか? 通路は逐一忘れず閉じろっつっただろうが」

 狼は歯を剥いて羽根の子供を睨んだ。

 子供は悪びれる風もなく、自分の羽根を数本抜いて、獣の黒い腹に押し当てた。

 崩れはどうやら止まったようで、狼は苦々しい顔をした。

 

「おい、お前さん、その来た道は、俺らが居なくなったらすぐに閉じちまう。取り残されたくなかったら、今すぐ反対を向いて走り出せ」

 彼の言い方は真剣で、意地悪には聞こえない。本当にそうした方がいいんだろう。

 だけれど、折角会えたのに、何も知れずに帰りたくない。

 

「もっとあんたらと話したいって思うのは、無理か?」

 

 狼は、本当に面倒臭そうに眉間に縦線を入れた。

「イヤなイヤ~な自分自身に会っただろ? ここに取り残されたら、ずっとアレに絡まれ続けるぞ。逃げても逃げても耳元にしがみ付かれて、心が干からびて壊れてしまうまでな」

 

「アレ……は、やはり自分自身なのか?」

 

「自分がそんなにおキレイだと思っていたか? ハハ、傲慢な」

 狼がせせら笑うと、首の回りで炎が燃え、また腹から黒いモノが垂れた。

 炎は以前とは比べ物にならないくらい、弱く小さい。

 

 シンリィは無表情で自分の羽根を引っ張り、わし掴みにして引き抜く。

 ブチブチと生々しい音。

 それをまた崩れる腹に押し当てるが、狼は身を振って拒絶した。 

 子供は構わず、傷口を追い掛けて押さえ続ける。

 

 ルウシェルはどうしたらいいのか分からなかった。

 今なら、弱っているらしい狼から、シンリィを奪還出来るかもしれない。

 だけれど、シンリィが彼を助けたがっている。

 

 少しして、羽根の子供の手から黒くからびた羽根が落ちた。

 崩れかけていた腹は多少は固まったように見える。

 

 狼は子供に礼を言うでもなく、だるそうにルウシェルに向いた。

「誰にだって心の底に押し込めた負の心ってぇ奴がある。むしろそういうのがあるから、心は分厚く丈夫になっているんだ。そう嫌わないで受け入れてみろや、お嬢ちゃん」

 

 それだけ言うと背を向けて、彼は歩き出した。

 シンリィも付いて行く。

 いつの間に、隣に白蓬も来ていた。

 

「ま、待ってくれ。もっと教えて。私の持っている物なら何でもあげるから」

 

「そういう事を簡単に口に出すんじゃねぇ! 傲慢だってのが分かんねぇのか!」

 赤い炎がまた上がった。

 子供が困った顔で狼を見上げ、狼はそれを見て忌々しそうに鎮まった。

 

「とっとと帰って上っ面を大事にして平和に生きていろ…………おっと」

 

 空の三日月が沈み出して、湖に映った三日月とくっ付いた。

 

「早く行けぇ! 本当に取り残されるぞ!」

 狼は駆け出し、シンリィも慌てて白蓬に乗馬する。

 そうして二人、水滴を散らせて跳躍し、水平線で交わった月の光の中へ吸い込まれて行った。

 

「ま、待ってくれ、もっと教えてくれ、もっと教えて・・・ シンリィ!」

 

 追い掛ける娘を、後ろからしがみ付いて止める者があった。

 

「シド!?」

 

 水を蹴る音がして、目の前にローブの背中が立つ。

 

 ――リィン・・リンリン

 

「ソラ!?」

 

 青銀の髪の後ろ姿が錫杖で地を打つ度に、月と湖は霞み、周囲は元の砂漠へと戻って行く。

 

「ああ、待って、まだ……!」

 

 ルウシェルは懇願するが、ソラは術を止めない。

 完全に空気が軽くなると、濡れた身体の娘は、砂の上に膝を折ってへたり込んだ。

 

「……モエギ様が、不穏な風が吹いていると仰って……」

 まだ息の荒いシドが、砂まみれの彼女を助け起こしながら説明をした。

「ソラと里の外に偵察に出たら、粕鹿毛だけが居て……ソラが気配を辿って空間をぶち破りまくったんです」

 

 ルウシェルはまだ動揺して

「何で止めた、折角やっとシンリィに……」

 と言い掛けて、口を押さえた。

 これでは、さっきの『自分の事しか考えていない自分』と同じだ。

 

 ソラがこちらを向いて、目の高さに屈んだ。

「声は、聞こえるのに、中々、辿り着けなくて……遅れて、申し訳、ありませんでした……」

 蒼白で、喉がヒューヒューと音を立てている。

 限界越えて術を使い続けてくれたのだろう。

 

 ルウシェルはフラリと立ってそちらへ歩き、彼と額が触れ合うかという程の正面に跪(ひざまず)いた。

 ソラは緊張の顔になる。接触しただけで相手の心に感応してしまう彼は、普段他人との距離を開けている。

 

 ルウは二人を順番に見やり、両手を自分の胸に当てた。

 

「シド、ソラ、二人とも、ありがとう、助けてくれて。いつもいつも、本当に感謝している」

 精一杯の気持ちを念じて、目を閉じる。

「 あ り が と う 」

 

 ソラには奥の方の心を視られてしまうかもしれない。

 確かに自分はあんな負の感情を抱えているのだろう。

 それでも……だからこそ、確かに上っ面ではあるけれど、今の真正面の気持ちをしっかりと伝えなくては。

 

 ソラは、薄い灰色の瞳を瞬きもしないで固まっている。

 シドがそっとルウシェルの肩に手を添えた。

「あの、ルウシェル様、こいつにも限界がありますから」

 

「ああ、すまない」

 慌てて立ち上がって照れる表情が、モエギの少女時代にそっくりだと、その時二人は思った。

 

 

 

 

 

           ~Ⅰの章・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Ⅰの終了
次回から、Ⅱの章です

挿し絵:湖畔と三日月 
これを描いた時の設定ではルウシェル九歳、シドソラはまだ若造だったので、全体的に幼い 
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