六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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六連星・Ⅱの章、開始


六連星・Ⅱ
薄暮の唄・Ⅰ


 

 

「あ、あの鷹」

 

 青空の鳥影を見て、坂を登っていたユゥジーンは立ち止まった。

 

 蒼の里では、夜目の利く特別な鷹や隼(はやぶさ)を育成して、通信に使っている。

 他所の部族でも鳥を使っている所が多いので、空に鳥の行き来は珍しくないのだが、最近、一羽の目を引く鷹が気になるようになった。

 

「またあいつだ。片羽根に白い帯。何処から来るんだろ。あいつメッチャ速いんだよなぁ」

 

 まだ夕方前の早い時間なので、執務室に居たのはホルズ一人だった。

 今の鷹から外したらしい紙片を広げて、片眉を上げている。

 

「只今戻りました。ホルズさん、あの鷹、何処から来るんですか? 珍しい柄ですよね」

 

「んん、あれは、情報提供屋みたいなヒトの鷹……ああ、ユゥジーン、ちょっと頼まれてくれるか?」

 紙片を広げたままホルズは、大机に着いて手紙用の萱紙を広げた。

 

 情報提供屋って初めて聞いたけれど、そんなシステムあったんですか? と聞きたかったけれど、ホルズが筆を動かし始めたので、ユゥジーンも長椅子に座って自分の報告書に取り掛かった。

 

「出来た。至急ひとっ飛びしてくれ」

 書き終えた手紙を親書用の筒に入れながら、ホルズが大机の向こうから出て来た。

 

「はい、どちらへですか」

「風露(ふうろ)のラゥ老師宛てだ」

「ええっ、やった!」

 

 いつもは風露の用事というと、必ずナーガ長かノスリが行く。

 お陰で今の執務室のメンバーは、ほぼ風露を知らない。

 蒼の長の妻子が居る場所をオープンにしたくないのは分かるのだが、ユゥジーンは、話だけに聞く風露に、かなりな興味を抱いていた。

 

 ミルクのような霧に包まれた尖塔の谷、生涯楽器作りに身を捧げる誇り高い職人の集落。どんな所なんだろう、一度この目で見てみたい。

 

「場所はここ、お前の地図にも書き込むなよ。頭に入れて行け」

 ホルズは壁の大地図の一ヶ所を指した。

 

「でも、楽器を注文する一般のヒト逹は、普通に場所を知っているんですよね?」

「昔から好事家(マニア)の間では、知るヒトぞ知る集落だった。まぁそういう人種は自分の好きな物以外に興味を持たない。我々が用心するに越した事はないだろ」

 

 

 その他にも多々の注意事項を教え込まれ、頭の中をゴッチャにさせながら、一路風露へ馬を飛ばすユゥジーン。

「直接塔に降りちゃ駄目、音合わせの邪魔をしちゃ駄目、きちんと関で手続きをして余計な事は喋っちゃ駄目。ガッチガチだな。ナーガ様、どうやってそんな部族の女のコと仲良くなったんだ?」

 

 やがて山間に、目的の谷が見えた。

 霧の海から幾十の塔がニョキニョキと突き出し、塔と塔の間にロープのような物が渡されている。

「まさかあのロープで行き来をしているのか? 怖いだろ。何で橋を掛けないんだ」

 

 手前の山腹で、馬の高度を下げる。

 重い霧が本当にねっとりしたミルクのようで、そこにヒトが住んでいるとは思えない、浮世離れした風景だ。

 

「いやしかし綺麗だなあ。こんな所に住まうナーガ様の奥方ってどんなヒトなんだろ」

 

 美しい風景に見入って、ユゥジーンは、目の前の異常に気付くのが遅れた。

 

「うあっ!!」

 

 馬が先に気付いて横っ飛びした。

 空が・・! 川面みたいに揺らいで、波打っている。

 

「な、何だ、何だこれ!?」

 

 大きな波頭が迫る。まやかしじゃない、本当に圧が迫って来る。

 

「こ、降下!!」

 

 ユゥジーンの馬は秀でた能力は無いが、主に対する忠実はピカイチだ。

 降下と言われて、身体の浮力を一気に抜いて落っこちた。

 結果、波は見事に避けたが、慣性の法則で乗り手が置いて行かれた。

 

「早い、早いって、止まれ――!」

 馬の首にしがみ付いて、ユゥジーンは何とか耐えた。

 が、次の瞬間、自分の首に掛けていた御守り袋がすっぽ抜けてしまった。

「あっ、あっ……!」

 掴もうとした指をすり抜けて、山吹色のそれは無情に霧の中へ落ちて行く。

 

「…………」

 正式メンバーになった時にエノシラさんに貰った、大切な御守り袋。

 すぐに探せば見付けられるかもしれない。

 

 しかし、ユゥジーンはその場所をしっかり記憶して、風露の関へと馬を向けた。

 落としたのは自分のミスだ。

 ホルズさんは至急と言っていたし、今優先させるのは仕事。

 

 目を上げると、さっきの空の揺らぎは消えていた。

 何だったんだ?

 

 

 ***

 

 

「蒼の里から、ラゥ老師様宛ての親書です」

 

 山肌に一番近い塔に関があり、訪問者はすべての用事をそこで済ませる形になっている。

 馬で来た者は、空からだろうと一旦山の斜面に馬を置いて、徒歩で関への梯子を渡る。細かい。

 

 番人に書状を渡し、名簿に名前を書きながら、ユゥジーンは聞いてみた。

「さっき、この上の空が川面みたいに揺らいでいたんですが、ここではよくある事なんですか?」

 

「空が?」

 番人の若者は訝(いぶか)しげに、窓から首を伸ばして空を見上げた。

「さあ、そういう話は聞いた事がありません。私どもは空を飛べませんし」

 

 どうも、自分達の集落の外の事には興味が薄い感じだ。

 

 多分伝令要員であろう小さい子供が、手紙を預かって、高い櫓(やぐら)から渡されたロープに滑車付きの棒を引っ掛けてぶら下がり、勢いよく滑って行った。

 

(ひえっ!)

 マジであのロープで移動しているんだ。見ているだけでヒヤッとする。

 

「あの、橋を掛けようとか思わ……」

 言い掛けてユゥジーンは、口を塞いだ。余計な事は喋るなと言われている。

 

「橋ですか、顧客の方にもたまに言われますが」

 番人の若者は、こちらの言葉を拾って来た。

「これは一種の自衛です。注文に来る客の中には、購入する側が神のように偉いと勘違いした乱チキ者も、たまに居たりしますので。私どもはひ弱い身ですし」

 

「ああ、なる程、納得しました」

「納得頂けて幸いです」

 

 確かに相手が空を飛べない限り、守りとして成り立っているのかも。

 それにしても、思ったより会話のキャッチボールをしてくれるな。

 

 お使いの子供が戻って来た。

「ラゥ老師から返事のお手紙です」

 

 子供は肩掛け鞄から親書の筒を出してユゥジーンに渡し、その他に石板を番人に差し出した。

「こちらは回覧板です」

 

 番人は蝋石で書かれた文字を読んで、ユゥジーンに向いた。

「さっきの『空の揺らぎ』、ここに書かれています。老師への手紙はその事だったみたいですね」

「??」

「この辺りの空間に、水中のような揺らぎが現れる恐れがある。見掛けたら、頭を無にして速やかにその場を離れるように……って、書かれています」

 

 ……酷いなホルズさん、教えて置いてくれててもいいのに……あれ? 沢山言われた注意事項の中にあったか? う~~ん?

 

 子供は石板を持って、次の回覧場所に滑って行った。

「どうもご苦労様でした」

 番人に言われてユゥジーンは躊躇した。もう帰ってもいいって事なんだろうけれど……

 

「あの」

「はい?」

「風露の集落には、我が里のナーガ長の奥方様がいらっしゃるんですよね。物凄く美しい方だと聞いて、どんな方なのかなあと……あっ、深い意味はないです。ちょっと聞いてみたかっただけで」

 

 相手が無表情なので、ユゥジーンは焦った。

 ま、不味かったかな。

 

「老師の指示なので名前は言えませんが、彼女は素晴らしい職人です」

「え、あ、はぁ」

「子供の頃から才能に秀で、二胡造りのオルグ長も舌を巻いていた。風露の誇りです」

「…………」

 

 しまった価値観が違う。

 貴重な職人をたぶらかしやがってとか、恨みを言われる流れじゃないか、これ?

 

「そんな彼女だからこそ、尊いお方に見初められもするのだろうと、私どもは納得しているのです。彼女が美しいかどうかは知りません」

 

 ・・・そっちか・・・

 

「楽器を入り用な際は宜しく」

 という見送りの声を背に、ユゥジーンは風露を後にした。

 

 何というか、思っていたのとかなり違ったけれど……色んな意味で突き抜けた部族なんだな、と思った。今度ナーガ様に話を振ってみよう。

 

「あっそうだ、御守り捜さなきゃ」

 

 先程の地点に行くまで周囲を注意したが、さっきの水の波紋には遭遇しなかった。

 そもそも何だったんだろ、あれ。帰ったらホルズさんに問い詰めてやる。

 

 目印の木を見付け、注意深く降下する。

「見付かるかなあ?」

 枝の一本一本に目を凝らしながら地面を目指す。

 

 

 あの御守り袋を貰った時、エノシラさんが中を開いてそっと見せてくれた。

「今まであたしが御守りにしていたけれど、これから危ない所へ行ったりする貴方の方が必要だわ。必ず守ってくれるから」

 

 ……出来れば絶対に見付けたい。

 

 ウロウロ飛び回ったが、山吹色の御守り袋は見付からなかった。

 夕闇が迫り、霧のせいもあって視界が悪い。

 今日は諦めて、明るい時に時間を作って探しに来るか?

 

 そう思いかけた時、幽(かす)かな唄声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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