六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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薄暮の唄・Ⅲ

  

 

   

 

 ユゥジーンはハッと我に返る。

「あったよ! 下ばっかり探しても見付からなかった訳だ。あの枝の上に引っ掛かってる」

「本当?」

 

 木立の中はすっかり暗くなっていて、目を凝らしても、何も見えない。

 女の子はとっとと目当ての場所へ歩いた。

 

「うーん、木に登っても届かなさそう。ね、肩車して」

 隣まで来てユゥジーンはやっと、高い枝と木の葉の中に、山吹色を見付けた。

 剣を伸ばしても届かなさそうだ。

 

「ね、肩車」

「ああ、はいはい」

 

 ユゥジーンが女の子を肩に乗せて持ち上げると、彼女は靴を脱ぎ落として、肩の上に立ち上がった。

 勇気があるな。まぁ、落ちたら全力で受け止めるけど。

 

「もうちょっと左に寄れる?」

 

「オーライ、動くよ。しかしこんな暗い中、よく見付けられたね」

「え? だって分かるでしょ。あんなに光ってたら」

「光ってる?」

 上目で確かめるが、露(つゆ)程の光も見えない。

 彼女の位置からだと何かが反射しているのだろうか。

 

 ふと、肩の上の女の子がビクンと揺れた。

「リリ?」

 

「あれ、何!?」

 

 怯えた声に、ユゥジーンはもう一度視線を上げた。

 

 ――!!!

 

 水の波紋!! さっき見たのと同じ空間の揺らぎが、斜め上から迫って来る!!

 咄嗟にリリを落として抱えようとしたが、その前に一気に広がった波紋に呑まれた。

 

 ヤバい!!

 一瞬で、肩の上から女の子が居なくなる。

 

「きゃっ!」

「リリ!」

 

 腕を伸ばした。足首に触れたのに逃してしまった。

 掴め、何としてでも掴め!

 しかしユゥジーン自身も波に翻弄され、身体が逆さになって持って行かれる。

 

 周囲が一変した。

 木も森も地面も消えた。

 見えるのはどこまでも波紋を広げる渦。

 

「きゃぁぁ――」

 遠去かるリリの声。

 

 何てこった!

 リリ……リリ!

 

 

 ***

 

 

「リリ!」

 

 流されるユゥジーンの耳に、女の子の声は届かなくなった。

 

「何だってんだ、このドロドロ!」

 とにかく空気が重くて、思うように動けない。

 

「くっそ! …………!?」

 必死にもがく手を、誰かの手が掴んだ。

 小さいリリの手ではない。

 自分と同じ大きさの手。

 

 でも体温を感じられない。

 その手に乱暴に引っ張られ、耳元で声が響いた。

 

《 ――流されちまって良かったじゃないか、あのチビ 》

 

「何を、言っ……」

 ユゥジーンは顔を上げて凍り付いた。

 自分の手を握って流れに揺らいでいるのは……・・自分だった。

 ゾッとする青白い笑いを浮かべた、自分。

 

《 ――誰もが尊(たっと)ぶ蒼の長の血筋に生まれて、職人になりたいだって? バッカじゃねぇの 》

 

「バカって言うな。あの子はあの子なりに真剣なんだ」

 

《 モノを知らないだけだろ。上手く里へ連れ出して、愉しい事を一杯教えれば、コロッと考えが変わる。お前だってそう思っているんだよな 》

 

「ち、違う、俺はちゃんとあの子の気持ちを尊重して……」

 

《 へへーん、ウソウソ。お前の本心なんかお見通しさ。だって俺、お前だもん 》

 

「ウソ付け、お前は魔性だ。地霊かその類いだろ」

 

《 ふうん、その程度の頭だよな、俺なんだモン。世の中、くだらない奴ばっかりなのに目を背けて、無理矢理信じようとしている平凡な俺。どうせすぐに血統だの何か優れた物を持っている奴に出し抜かれて、傷付くだけなのにな 》

 

「!!!!」

 

 ――キィン!!

 

 視界を翡翠色の光が覆った。

 眩しさに目を閉じる中、掴まれていた手はスルリと抜ける。

 

 代わりに暖かい大きな両手が、ユゥジーンの手首と肘をガッチリ掴んだ。

 そのまま腕もちぎれんばかりに引き上げられる。

 

「ぁ痛たたた」

 

「それはこちらの台詞です。……あぁ、腰にきた」

 

 大人の男性の声。

 さっきの奴みたいにくぐもっていないで、ハッキリ聞こえる。

 助けて貰った……? 誰に? ユゥジーンはまだボヤける頭を一所懸命働かせた。

「あ、ありがとうございます……」

 

 シンと澄んだ空気。

 泥みたいな重さはもう無い。

 身体の平衡が戻ると、冷たい地面に転がっているのが分かった。

 土に沈む体重に、安心を感じる。

 

 少し離れた所に自分の馬。

 月を逆光に、その手綱を取る背の高い男性。このヒトが助けてくれたのか?

「ナーガ……様?」

 いや、違う? シルエットは似ているが、別人だ。

 

「ナーガじゃないですよ」

 そのヒトは苦笑して馬のおとがいを撫でた。

「馬を労(ねぎら)ってあげなさい。貴方を引っ張り上げるのを、必死に手伝ってくれたんですよ」

 

 ユゥジーンは立ち上がろうとしたが、下半身がワラって、尻餅を付いた。

 何処だ、ここ…… 覚えのある山影が見える、風露からそんなに離れていない丘陵だ。

 ……えっと何だっけ、大切な事……

「あ、子供! 小さい女の子が一緒に流されたんです! 知らないですか?」

 

「子供?」

 

「はい、あの、大切な子供なんです」

 

「大切じゃない子供なんていませんよ」

 

 背の高いヒトは、小高くなった場所へ歩いて、印を結んで目を閉じた。

「ん――と、子供、子供……」

 

 探索系の術を使うなんて、ますますナーガ様みたいだ……とユゥジーンが思っていると、男性は目を閉じたまま顔を上げた。

「ああ、はいはい、あちら側に居ますね。元気に走っているみたいだし、無事ですよ」

 

「本当ですか、良かった、どちらですか、すぐに迎えに……」

 

「あっ!」

 男性は突然目を開き、そこから駆け下りて丘の端へ向かった。

 

「あ、子供は?」

 

「少し待って下さい、貴方は馬を守って!」

 

 言っている間に、男性の上空にさっきの渦巻く水面みたいなのが現れた。

 

「まったく、しつこいですね」

 

 渦は星も月も歪ませながら、膨らんで行く。

 

 ユゥジーンは慌てて立ち上がり、怯える自分の馬に駆け寄った。

 鼻面を抱えてやりながら振り向くと、男性が剣を抜いて高く掲げている。

 剣が先程と同じ翡翠色に輝いた。

 

 ――破邪!!

 

 凄い! 鋭い、強い、他に言い様がない。

 ナーガ様の破邪の呪文も見た事があるけれど……ゴメン、比じゃない。

 光の中、男性が手刀で空を切る。

 渦はコマ切れに分断され、空中に散って消えて行く。

 

(えっ?)

 気のせい、気のせいか? 細切れで消えて行く渦の向こうに、一瞬、緋色の羽根が見えた……ような?

 

「これで最後でしょうかねぇ」

 

 男性は呑気な感じで戻って来て、さっきの小高い場所に立った。

 ユゥジーンに何事も言わせる前に、スゥッと目を閉じて印を結び直す。

「えーと、子供、子供……」

 

 聞きたい事が山積みなユゥジーンだが、今はリリの事が優先だ。

 ソワソワしながら待っていると、男性が目を閉じたまま、言葉を発した。

「つかぬ事を伺いますが」

「はっ、はい」

「子供って、もしかしてナーガの娘さんですか?」

「…………」

 

 ユゥジーンは口を結んだ。

 言っていいのか? 

 限りなく信用出来そうなヒトだけれど、さっき自分の形(なり)をした悪そうなモノに会った。

 ナーガ様に似ているってのが、逆に怖いんだよな……

 

 ユゥジーンの思惑に気付いているのかどうなのか、男性は目を閉じたまま喋り続ける。

「え――とね、これから彼女を迎えに行きます。身体の方が無防備になっちゃいますから、貴方が見張っていて下さいね」

 

 え、意識だけ飛ばすって事?

「いや、場所を教えてくれたら俺が行きますよ。さっきの渦みたいなのが来たら、ヤバイじゃないですか」

 

「その時はすぐに分かるから戻ります。これから行くのは、渦が生みだされる場所ですので、貴方にはたどり着けませんし」

 

 は? いやいや、リリ、何処にいるって!? 大丈夫なのか、そこ!?

 

 色々と追い付かないユゥジーンの前で、男性はシンと動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

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