六連星(むつらほし)   作:西風 そら

24 / 71
薄暮の唄・Ⅳ

 

 

 

   

 

 背の高い男性は、糊付けされたように微動だにせず、目を閉じている。

 

 手持ち無沙汰のユゥジーンは、改めて周囲を見回した。

 

 風露の谷のある山影がすぐそこに見える。

 自分達が波紋に呑まれた場所からそんなに遠くは離れていない。

 空は、さっき恐ろしい渦があったとは思えない程澄みきって、三日月が煌々と輝いている。

 

 馬が落ち着いて草を食み出した頃、男性は目を開けた。

 

「えーと、貴方?」

「ユゥジーンです」

「おお、良い名前だ。ではユゥジーン、伝言を頼まれて下さい。リリの母親に」

 

「!?」

 俺、リリの名前、言ったっけ?

 

「ちょっぴり用事が出来たので、帰るのが遅れると」

「リリが、ですか?」

「はい」

 

「…………」

「どうしました?」

「責任持って伝言出来ません。俺は貴方を知らないし、リリ本人の口から聞いた言葉じゃないと、母親に伝えるのは無責任だと思うので」

 

 男性は表情を止めて、マジマジとユゥジーンを見た。

「えーと、ユゥジーン、蒼の里にずっと住んでいるんですよね? 歳を聞いてもいいですか?」

「先日十五になりました」

 

「ほぉ、十五で拝命。それは素晴らしい」

 

 その時、ユゥジーンの頭の引き出しから、突然一つの記憶が飛び出した。

――ほぉ、一人で闘牙の馬によじ登ったと? それは素晴らしい――

 俺、このヒトを知ってる!?

 

「ぉ……ぉ……大長様ぁっ!!」

 

 そうだ、ヨチヨチ歩きの幼児の頃、一度だけ抱き上げて貰った。

 ナーガ長の叔父上、二つ前の蒼の長。

 

「うああああ!! ごめんなさい! すみません!」

 

「いやいや、思い出して貰えて何よりです。私が最後に蒼の里を出たのは十三、四年前ですから、覚えている方が凄いです。用心深さも責任感も兼ね備えて、さすが十五で名前を授かるだけありますねぇ」

 

 行方知れずだった筈? 何でこんな所に? あの渦巻き何? シンリィが見えた気がするんだけれど? 疑問が押し寄せ過ぎて、折角誉めて貰っているのを総スルーしてしまう、残念なユゥジーンだった。

 

 でも今は、リリだ。

「リリは、無事なんですよね」

 

「はい、早く親御さんを安心させてあげてください。さぞかし心配しているでしょう」

 

「居場所と用事の内容を、絶対に聞かれると思うのですが」

 ナーガ長そっくりな瞳がまたじっと見て来たが、ユゥジーンは頑張って言葉を選びながら継いだ。

「リリは、蒼の里に来るのを拒んでいました。小さいけれどちゃんと自分の意志を持っている。もし蒼の長の娘としての用事なら……あの子の気持ちをじっくり聞いてやって欲しいです」

 

 大長は、少年の言葉をきちんと最後まで聞いてから、目を細めて答えた。

「まだヒビすら入っていない卵を、無理矢理割るような事はしませんよ」

 

「そうですか、安心しました」

 けして安心しているのではないという強い目の少年に、今度は大長から聞いて来た。

 

「ね、貴方、さっき流された時、自分そっくりな誰かさんに会いませんでしたか?」

 

「ああ、会いました。あれ、地霊か何かでしょう? 俺そっくりに化けて。自分の姿をした奴に、エライ言われようでしたよ」

 

「エライ言われようでしたか」

「はい……え……?」

 大長が眉間にギュッと縦線を入れて真剣な表情なので、ユゥジーンは不安になった。

 あれは、デタラメだよな? 心を読んでデタラメを捏造して来る地霊の類いだよな?

 

「言ってしまうとね、残念ながら、貴方その物なんですよ、それ」

「ええっ、嘘でしょ! リリの事を流されて良かったとか、世の中くだらない奴ばっかりとか、滅茶苦茶言ってたんですよ」

 言ってユゥジーンは口を抑えた。ほ、本当にあんな陰険な奴が俺の本心だとしたら、このヒトに軽蔑されてしまう。

 

 大長は、青くなる少年の前で、静かに口を開いた。

「誰にでもあるんですよ、そういう心の奥の奥。恥ずかしがって隠そうとするのは、貴方がちゃんと健全な証(あかし)です」

「はぁ……」

 

「あの水底の空間に居続けるとね、その『陰険な奴』に絡まれて、多分貴方が『奴』と同じになるまで離してくれないですよ」

「ええっ・・同じになるって? あんな陰険に? なりませんよ、なる訳ないです」

 

「どうでしょう。あの渦巻きは、心が弱って隙が出来た所を嗅ぎ分けてやって来ます。植物が陽に向かって蔓を伸ばすように」

「俺、弱ってなんか……あ、リリがか?」

 

「向こうは体力も時間も無限。時間を掛けてこちらの神経が参るまでゴリゴリゴリゴリ磨り潰されて、理性も何もかも剥がされて、いたぶられて、挙句、魚の骨みたいなペイッと放り出されます」

 

「うぇ・・」

 何それ恐い。そんなの、修練所でも執務室でも教わらなかった。

 

「嫌でしょう? ゾッとしますよね。そういう被害を出さぬよう、私達はさっきみたいに、渦巻きがこちらに膨らんで来るのを叩いています。それをリリがお手伝いしてくれるって……」

 

「だからっ! 何でリリじゃなきゃ駄目なんですっ? 蒼の長の娘だから? あの子まだ、生まれて二年なんですよ」

「生まれて二年だからです。あの空間に居てもダメージを受けないんですよ、私や貴方と違って」

「~~!!」

 

 生きている年数も経験値も百段違うこのヒトに、理屈で勝てる訳がない。

 それでも、ユゥジーンは頑張った。

 

「そ、そもそも、そんなヤバい空間があるんなら、もっと皆に知らしめて、協力を仰いだ方がいいんじゃないですか。俺、ナーガ様に言っちゃいますよ」

 

「ナーガには告げました。ちょっと前、彼が西方から帰って来た時に」

 大長は努めて穏やかに言った。

「ナーガがノスリに告げて、二人で相談してホルズにも告げたらしいです」

 

「俺……俺達、何も聞いてな……」

 ユゥジーンは、ハッとした。

「あの、片羽根に白い帯のある鷹、大長様のですか?」

「はい」

 

 ホルズさんは、大長様から渦巻きの出現情報を受け取って、注意喚起の手紙を送ったりしていたんだ。

 

「貴方は注意を受けなかったですか? もっと脅し気味に書いて置けばよかったですね」

 

「いや、多分言ってくれたと思います。俺がちゃんと聞いていなかっただけで。でも……

……はぁ………」

 少年は脱力して、拗ねたようにしゃがみ込んだ。

「何でそんな秘密主義なんです? 皆にちゃんと説明して知って貰った方がいいに決まっているじゃないですか」

 

「知らなければ知らないに越した事はないんです」

「そんな事ないでしょう!」

「あるんです」

 

 大長は、自身も屈んで、少年にぐいっと顔を近付けた。

「あの水底の空間が、急にバランスを崩してこちらの世界へはみ出し始めたのは、こっそりエネルギーを流し込んだ者がいたからです。真意は測りかねますが、この世に害為すけしからぬ輩です」

 

「意図的にやってるんですかっ。どこのどいつです!」

 

「我々蒼の一族の源流の物です。祖先です」

 

「!!」

 

「どういう事か分かりますよね。何故広めてはいけないか」

 

「……………・・はぃ・・……」

 

「私は祖先と対峙する為に、蒼の一族から離れて何者でもない身となりました。そうしてずっと、彼らのやる事を阻み続けて来たのですが……今回は後手に回ってしまった、手が回りません。だから私は貴方にこうして話しています。おそらくナーガは貴方を『頭数』に入れていると思いましたので」

 ……()()()()()…… 

 成人の名前を貰った時の、何とは無しの唐突さを思い出した。

 

「我が娘も加えねばならなくなって、今頃さぞかし苦悩していると思います。出来れば責めないでやって下さい」

 

 

 ユゥジーンは小さく頭を下げて、馬に跨がり、後ろを見ずに発った。

 振り返らなかったけど、自分を見送る視線は感じた。

 

 

 確かに広めてはいけない。

 最小人数に留めなければいけない。

 

 草原の平穏は、『蒼の長への無垢の信仰』で成り立っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。