ユゥジーンが風露の谷に引き返した時には、関に多数のカンテラが灯っていた。
馬を降下させると、複数の者が手招きしたので、そのまま小屋の前に降りた。
「リリは? 一緒じゃないんですか?」
一人の女性が走り寄って、青い顔で詰め寄った。
「リリのお母さんですか?」
「ええ、ええ!」
「リリからの伝言を持って来ました」
「ああ……」
女性はよろめいて膝を付いた。
山菜採りから戻った子供が、変な渦巻きがリリと男のヒトを呑み込んだのを見たと、リリの靴を持ち帰って泣いて騒いだのだ。
母親はパニックになり、若者達が捜索に行こうと話し合っていた所だった。
「それで、リリは、リリはどこに?」
「用事が出来て、ちょっと帰りが遅くなると」
「あの子は、蒼の里ですか? どうして、私は何も聞いていません」
興奮する母親を、周囲の者がなだめた。
ユゥジーンは山であった事を大まかに話した。
自身も分からない事だらけなので、本当に大まかだ。
「俺、取り急ぎリリの無事を告げる為に、ここへ来ただけです。詳しい事は全然聞かせて貰えなくて」
ここまで話してユゥジーンは、大長様は、俺が嘘を吐かなくてもいいように教えなかったのかも、と思った。
母親は少し落ち着いた様子で、番人が持って来た椅子に腰掛けた。
「リリの伝言を教えてくれた方は、ナーガ長の叔父君です。信頼出来る方だと思います」
周囲に居た若者達にも、安堵の空気が広がった。
「なあ、蒼の妖精さん、その空飛ぶ馬でフウリを自宅まで送ってやってくれないか? よせって言うのに、ツタを滑ってここまで来てしまったんだ」
「はい、勿論引き受けます」
ユゥジーンは女性を助けて、馬に横掛けさせた。
「ねぇ」
大人達に混じっていた数人の子供が、ユゥジーンの袖を引っ張る。
「リリ、大丈夫なの?」
「心配してくれるんだ?」
「だ、だって、あんな奴でも溺れそうになるのを見たら、心配になるよ」
「リリな、大きくなったら居なくなるかもしれないけど、今は一緒に暮らしてるじゃん。帰って来たら仲良くしてやってよ」
「うん……でもあいつ、ヒトの一番大事な物を欲しがったり、嘘ついたりすんだ」
「リリが欲しいのは物じゃないんだよ、多分」
「へ?」
「ああ、無理に物をあげたりしなくていいからさ。ダメな事はダメって教えてやるだけでもいい。頼むな」
「しようがないな、分かった」
見上げる子供を後にして、ユゥジーンは女性を乗せて、指定された塔へ飛んだ。
確かに、風露の花の精かと見紛う美しい女性だが、今は、不安な母親以外の何者でもない。
特殊だと思っていた風露のヒト達も、子供がいなくなったら心配する気持ちとか、心配している母親を見て心を痛める気持ちは、一緒なんだ。
「あの、リリと、何を好きとか、そんな話をしたりしますか?」
「えっ? いえ、そうね、あの子、甘い物とチーズは好きだけれど」
「そんな話を沢山してあげて下さい」
ユゥジーンが蒼の里へ戻った時は、もう日を跨いでいた。
里は寝静まって、馬繋ぎ場に小さなカンテラが灯るだけだ。
馬装を解いて馬を休め、坂を登ると、執務室から明かりが洩れていた。
「おかえり」
カンテラのオレンジに照らされて、ナーガ長が一人で待っていた。
何だかいつもと違った雰囲気だ。
「リリが心配を掛けたね。大長殿から鷹が来て、大体の事は把握している。伝言を引き受けてくれてありがとう」
穏やかな口調ながら、声が明らかに沈んで言葉が重い。
まだ生まれて二年の我が子を役割に組み込まねばならない事に、相当苦悩したのだろう。目の下に隈を作って酷く疲れて見える。
「あの、ナーガ様、俺、分からない事だらけなんですが。聞いても教えてくれないんですよね」
「いや、教えるよ」
「教えてくれるんですかっ!?」
ユゥジーンは口をパクンと開けた。
「ああ、だけれど先に二つ言って置く。一つは、答えられない事もあるという事。あと一つは……」
ナーガは大椅子の奥に深く収まって指を組んだ。
「知ってしまうと後戻り出来ない。君も秘密を背負う。時には嘘を吐かなければならない。ホルズには、『大長の生存』と、『渦巻きは恐ろしい物だ』という事しか伝えていない。彼がメンバーに対して隠し事を持ってしまうと、執務室が回せなくなる。僕とノスリ殿でそう判断した」
ホルズさんは確かにそうだろう。
あのヒトが朗らかに笑っていない執務室なんて、執務室じゃない。
「俺はいいんですか? そういえば頭数に入っているとか大長様が言っていましたけれど。自分で言うのも何ですが、俺、術力が低いから破邪の術とか使えませんよ」
「だから、剣に術を受け取る練習をしているだろう」
「!!」
何か最近、剣技の指導が厳しくなったと思ったら、それか!
「少なくとも、術を使えるからどうかとかは、君が今ここにいる基準じゃない。それだけは確かだ。勿論、今、拒否して踵を返す事も出来る。それでもいいんだ。僕達は明日から、何事もなかったように君に接する」
・・・・・・・・・
ズルいな、このヒト。本当に本当にホンットに、ズルいなっっ!!
~薄暮の唄・了~