六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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飴色の跳ね駒・Ⅲ

  

 

 

「へぇ、じゃあ、『西風の一族』って、風の妖精の仲間なんだ」

「それで飛行術も使えたの?」

 

「ああ、私が生まれる前は、蒼の里とも結構交流があったって聞いた。だけれど、『飛行』って全然違うんだな。私はまだまだ下手クソだ、あんな風になんて、とても飛べない」

 

 逃げた三騎が合流したのは、前日にアケビを採りに寄った谷。

 蔦(つた)が覆って身を隠すのに良さげだったので、集合場所に決めた。

 シンリィにはアケビを見せたらすぐに理解した。

 

 四人は取り敢えず蔦の下に潜り込んで、これからの相談を始めた。

 

「あ、でも、西風の妖精でも、シドの飛行術は凄いんだ。蒼の妖精の一番上手いヒトにも負けていないって母者(ははじゃ)が言っていた」

 

「ふむ、じゃあ、上空から探されたら一発で見付かるよな。西風の妖精は夜目は利く?」

「あんまり得意じゃないと思う」

「じゃあ夜を待ってこっそり移動しよう。今の内に食料を調達して来るよ」

 

 ヤンが立ち上がり、マントを裏返して目立たない色にして、谷へ降りて行った。

 シンリィも真似をしてマントを被り、ホテホテと着いて行く。

 

 残った女の子はモジモジした。

「その……草の馬をちょっと貸して貰うって訳には行かないのか? お前らはこれから反対方向へ旅する予定だったんだろう?」

 

「う――ん……」

 フウヤは腕組みする。

 貸すのはあり得ないが、シンリィが二人乗りでこの娘を送ってひとっ飛びして戻って来る、って手もあるんだよな。

 白蓬なら多分、片道一日か二日もあれば蒼の里まで行き着けそうだし。

 でも……

 

「ね、あの髪の長い術者のヒトに『貴女には無理です』って言われた時、悔しくなかった?」

 

 女の子は目を見開いて、喉をグッと鳴らした。

「く、悔しいよ。ソラはいつだってそうなんだ。でも、正論しか言わないから、説き伏せられてしまう」

 

「無理じゃない事を証明すれば、もうそんな事を言わせずに済むじゃん」

「・・!!」

 

「ルウシェルの能力だけで、頑張って蒼の里へ行き着くんだ。そうしたら留学も認めて貰えるんじゃない? 少なくともナーガさんはそういうの大好きだから、ヘラヘラして受け入れてくれるよ」

「……ヘラヘラ?」

「ね、僕らも一緒に行ってやるからさ」

 

「で、でも、お前らの旅は……」

 

 

「喜べ! ホロホロ鳥が捕れたぞ」

 藪が揺れて、オナモミだらけのヤンとシンリィが上がって来た。

 丸々とした野鳥と、あと大量のヤマブドウを抱えている。

「煙は出せないから、焼くのは薄暮まで待ってくれ。……ん、何の話をしていたの?」

 

 フウヤの微妙な目配せで、ヤンは女の子に向き直った。

 

「まさか、僕達と行きたくないとか言っているんじゃないだろうね? それは困る。あの大人達に『君を送り届ける』ってカッコ良くタンカを切ったんだ。そもそも君を拐った時点で、僕らには責任が生じちゃってると思うんだけれど。どう? フウヤ」

「うん、さすがうちの正論番長」

 

 女の子は目を丸くして口を結んだ。

 何だかどちらにしても正論で説き伏せられているような……

 

 シンリィはすまして、ヤマブドウの房を彼女に差し出した。

 

 

 ***

 

 

 ルウシェルは、何にでも驚いて感激する娘だった。

 

 野鳥の羽根むしりなんてやった事ないと言いつつ、教わって神妙に挑戦した。

 小さな焚き火で頭を突き合わせて食べる焼き肉を、世界一のご馳走だと何度も讃えた。

 

 ヤンの夜目の利き具合や、フウヤの身軽さ、野営の空の高さ、鳥の飛び立ち、霧の中の花の鮮やかさ……何にでもいちいち感動した。

 女のコに見えるようにとフウヤが編んでくれた三つ編みにすら感動した。

 

「どんだけ箱入りだったんだよ」

「元々が素直で真っ白い娘なんだろ。フウヤ、変な事教えるなよ」

「誰が!」

 そんな事を言いながらも、虫だらけの野営や、馬を下りての険しい岩場も弱音を吐かずに着いて来る娘を、二人もだんだん応援する気持ちになって行った。

 

 何で親分子分って、そんなにこだわったの? と聞いたら、『父者(ててじゃ)の教えだ!』と、ルウシェルは胸を張って答えた。

 彼女の父者(ててじゃ)は、子分が一杯いて、何だかしょっちゅう『子分を守る為』に喧嘩をしているらしい。

「滅茶苦茶強くてカッコ良いんだ。だから私も父者みたいになるのが夢だ」

 

「そ、そう……」

 どんな所なんだ、西風の里……

 でもこの娘(こ)にとっての『親分』が、他人を従わせたがるのではなく、ただのヒーロー願望だったのに、ホッとした。

 

 

 そうして、三日目の明け方に森を抜け、山麓の大きめの街に辿り着いた。

 幾つかの通商ルートが交差する土地で、ヒトや物資が賑やかに行き交っている。

 

「ヤン、ここまで来たら昼に移動しても大丈夫でしょ。とっとと食料だけ仕入れて、明るい内に先に進んで置こうよ」

「うん、でも、ここでルウの馬を調達したいなと思って」

 

 ヤンの提案に、ルウシェルは顔を輝かせた。

 三頭の馬に順番で二人乗りさせて貰っていたのだが、これで『自力で旅をした』と胸を張って言えるだろうかと、モヤモヤしていたのだ。

 

「でも、資金が……」

 ルウシェルは一所懸命自分の身体中を探した。

 少しの銅貨に、地味な腕輪とチョーカー……ケバケバした装飾品は嫌いだったし、そもそもが西風はそんなに裕福な部族ではない。

 

「これはどうだ? 琥珀のピアス」

「う――ん、馬一頭って言うと厳しいかも。取り敢えず、商人さんの所へ交渉に……」

 

「ああぁ――――っ!!」

 

 ルウの絶叫に、少年達と周囲の通行人も、びっくりして振り向いた。

 目の前で、到着したばかりの家畜商が、街に入る手続きをしている。

 

「その馬! その馬ぁ!!」

 商人の連れている幾頭かの馬の中の、小柄なブチの馬にルウは突進した。

 

「お嬢ちゃん、危ないよ」

 商人の助手が、女の子の脇をヒョイと抱える。

「この子の親御さんは何処だ? 子供が馬に蹴られてもいいのか!」

 

「あ――、すみません、一応僕が保護者です」

 ヤンが手を挙げて進み出た。

「ルウ、どうしたの?」

 

「これ、西風の馬だ。その粕鹿毛、間違いない、私の馬だ。私の……」

 ルウは真っ青でワナワナと震えている。

 

「ええっ、取り上げられたって奴?」

 フウヤも驚いて馬を見た。

 明るい鹿毛に、白い染料を振り撒いたような斑点。

 言われてみれば、全体的に細身で飛節が妙に長く、他の馬とシルエットが違うような……

 

「ああ、確かに『西風の馬』って言っていたな」

 助手があっさりと言った。

「でも、うちの旦那が買ったんだからうちの馬だよ、お嬢ちゃん」

 

 ルウは、素早く彼の腕を掻い潜って、馬の首に抱き着いた。

 馬は驚いた目を見開いた後、すぐに嬉しげにクルクルと喉を鳴らし、鼻を押し付けて来た。

 

(酷い! 取り上げたばかりじゃなく、他所へ売り払っちゃうなんて!)

 フウヤは後ろで眺めていて、胸が苦しくなった。

 自分が黒砂糖と生き別れにされたらと考えると、心底ゾッとする。

 

「あぁ……」

 助手も困り顔だ。

 家畜商をやっていたら、こんな光景は茶飯事なんだろう。

 

「どうした? 子供を近付けちゃいかんだろ」

 手続きを終えた親方商人が戻って来た。

 

「商人さんや、あの馬、あの子供の愛馬だったらしいよ。偶然会ったみたいだし、ちょっと位大目に見てやれんかね」

 親切な通行人が声を掛けてくれた。

 

「愛馬は分かるが、馬とは売り買いされる物だ。あんた達の馬だって、何処かの誰かから買った物だろう」

 同情的に眺めていた通行人達も、罰悪そうに口を閉じて、その場を離れた。

 

「私の馬なのに……私の馬じゃ無いのか……」

 ルウはただ目を見開いて呟いている。

 

「商談して貰えませんか?」

 ヤンが進み出た。

 

「折角だが、あの馬は買い手が決まっている」

 

「えっ?」

 

「南の珍しい馬を集めてくれと、注文が入ったのだ。馴染みの上客だし、目玉商品のこの馬は外せない。悪く思わないでくれよな、嬢ちゃん」

 

「…………」

 

 

 ***

 

 

「売っちゃうなんて有り得ない、有り得ない、有り得ない――っ」

 

 街の中央広場のベンチ。

 フウヤが鼻から暴風を吐きながら荒ぶっている。

 

「うん……」

 ヤンはさっきから言葉少なに考え込んでいる。

 

 ルウシェルは渡されたパンに手も付けず茫然と俯き、シンリィは不安そうに皆を見ている。

 

 馬商人によると、買い取りを約束している上客は、明日来るという。

「取り敢えず今日はここに一泊して、明日、その『馬コレクター』とやらに直談判してみよう」

 

「すまない、私のせいで、旅の予定が……」

 

「予定なんかあって無きが如しだよ。やりたい事をするのが旅だもの」

 フウヤが鼻息の荒いまま、残りのパンを飲み込んだ。

「さしあたって来年の旅でやる事は決まったな。砂漠のルウの故郷へ行って、馬を売っ払った奴をギッタンギッタンにしてやる!」

 

「はは……」

 ルウシェルは少し笑って、パンをかじった。

 

 

 中古のカップを買った雑貨屋の店主が、街の『夜営場』を教えてくた。

 様々な旅人が行き交う街なので、宿代の無い者や巡礼托鉢の者等が、そこいらで寝転んで治安を乱さぬよう、野宿する場所が決められているらしい。

 

 が、行ってみると、そこ自体の治安が、あまり宜しくなさそうだった。

 敷地一杯にゴミゴミと天幕が張られ、昼間っから怠惰な連中が輪になって、怪しげな葉っぱの煙を漂わせている。

 

「街を出て、ヒトの居ない木の下とかで寝た方がよくない?」

 そんな事を話していると、輪の中の男の一人が声を掛けて来た。

「お――い、門の所で騒ぎを起こしていた娘っ子じゃねぇか」

「へへ、こっち来い、こっち来い」

 

「ルウ、相手にするな」

 ヤンがルウシェルを覆い隠すように後ろへ押しやった。

 

「愛馬を買い戻したいんだろ。簡単じゃねぇか」

 

「簡単なのか?」

 ルウは思わず聞いた。

 

「行くぞ、ルウ!」

 

「お前さんはけっこうな値打ちモンだぜ。どんな高級馬を買ったってお釣りがくるわ、あっははは」

 

「何? 値打ちって? 何なんだ、それは?」

 

 ヤンとフウヤは本当にもう泡喰って、ルウシェルをそこから引き剥がした。

 行くんじゃなかった……

 

 

 四人は馬を引いて、街の外の古い外壁の側に天幕を張った。

 案の定ルウシェルは、男達に言われた事をヤンとフウヤに問いただして来たが、二人とも濁して答えなかった。

 彼女もしつこくは聞かないで、諦めた感じで早々に横になった。

 

 フウヤはまだ鼻息を吹いているし、ヤンは考え込んでいる。

 この時のシンリィは、本当に気の毒だった。

 

 シンリィが夜中に目覚めた時、右隣で寝ていたヤンとフウヤが居なかった。

 特に気に止めないで再び眠り、次に寒くて目が覚めたら、左で寝ていた女の子も居なくなっていた。

 

 皆で寝ていた筈の天幕で独りぼっち。

 さすがに哀しい。

 そして寒い。

 シンリィは外に出て馬を繋いでいる所へ行き、両手を広げて白蓬に張り付いた。

 両側に居たヤンの四白流星とフウヤの栃栗毛も、首を伸ばして彼に同情してくれた。

 

 

 

 




挿し絵:三つ編みルウシェル 
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