六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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Ⅲの章のラスト






西風・Ⅳ

   

    

 

  西風にとって長い一日だった。

 

 朝、長娘の婚礼の儀で浮かれ騒いでいる所に、いきなり乱入者が駆け込んだかと思うと、身内に花嫁が拐われた。

 間髪入れず、恐ろし気な空の揺らぎが里の上空を覆い、婚礼どころではなくなった。

 が、長娘ルウシェルとその仲間達の活躍で事なきを得た。

 細かい事情は分からないながら、長娘殿が里を守りおおせたのはめでたい事だと、それなりに沸いている里人達。

 

 老人達が性懲りもなく、空の波紋は仕組まれた芝居だなどとブツブツ喋り始めた所に、当の花嫁の略奪者が、ヨレヨレになって帰還した。

 

 大長に連れられて、『事後処理』だとかで、散った細かい波紋を消滅させて回っていたらしい。

「逃がすとまた波紋のエネルギーになっちゃいますからね~」との事。

 

「見掛けたら僕を呼んで下さい。万が一呑み込まれたら(心を)喰われますので」

 

 シレッと言われて、老人達はゴニョゴニョ言いながら姿を消した。

 

 

 肩を貸してくれたシドに、ソラは声音を戻してボヤく。

「どれだけ破邪の呪文を撃つんだよ、あのヒト。こっちは術力が尽きてヘロヘロしてんのに、涼しい顔で……化け物だよ、バケモノ…… やっぱり蒼の長界隈はレベルが違う、はぁ……」

 

「これ言っちゃミもフタも無いだろうけれど、ぶっちゃけあのヒトが波紋の下で一人で処理した方が早かったんじゃないか?」

「それで良かったと思うか? シド」

「いや、このやり方でベストだったと思うよ、ソラ」

 

 大長が駐在していた時代なら、それで良かった。

 だけれど、あの頃よりも確実に、もがきながらも少しづつ、自分達は前に進めている。

 それを教えてくれたのだ、あのヒトは。

 

 里の入り口では丁度、騒ぎで起こったボヤを消してくれた灰色の騎馬の少年達を、里人が礼を言って送り出す所だった。

 

 

 

 西風の中心、昔の宿屋跡。

 

 ヤン、フウヤ、ユゥジーンの三人は、二間をぶち抜いた広間に通され、ルウシェルが茶を入れている。

 

 北の草原の友達が何でここに雁首揃えてるのか、三人は特に語らなかったし、ルウも聞かなかった。ルウはいつもどおりの普段着に着替え、胸には縫い付けた緋い羽根。

 ただそこに居るだけで、三年前からずっと一緒にいたみたいに、安心出来て暖かかった。

 

 シドとソラが連れ立って入って来た時には、奥の寝室でフウヤがモエギの足を掴んでいて、二人をビックリさせた。

 

「マッサージをやって貰っている」

 ルウがゆっくりと説明をする。

 大長殿が言うには、モエギは、あの渦巻きの小さい奴に遭遇してしまったのではないかと。襲われて、身体が自分を守ろうと休眠状態に入ってしまったのかもしれない、との話。

 

「前にルウが寒さでそうなっちゃった時、エノシラさんに回復を促すマッサージを教わったの。それでルウのお母さんにも効くかなって」

 言いながらフウヤは、ツボの説明をしながら、小さい手で一生懸命足を押す。

「でもさすがルウのお母さんだね。掴んだ感じがルウとおんなじ」

「何だそりゃ」

 

 一同笑った。

 ルウシェルも笑った。

 久し振りにマトモな、心のこもった会話をしている気がした。

 

 その後、小さな部屋にギュムッと詰まって、交代でモエギの足を揉みながら、シドとソラは顛末の報告をした。

 元老院に呼ばれてゴチャゴチャ言われたが、流石に説教にいつものキレが無かったらしい。

 

「説教される要素がある事にオドロキなんだけど」

「まぁ、説教が通常運行だから」

 

 それから、ルウシェルの婚姻は、当分延期にされるとか。

「『身を固めるにはまだ幼くあられるようで』だってさ。鍋の蓋の中身は、花婿候補が全員ビビって辞退したからなんだけど」

「砂の民の若衆達のヤンチャが相当怖かったみたいです」

 

「何だアレくらいで怖いのか。父者(ててじゃ)の家系の習わしに従ったら、花嫁の父親との決闘も控えているんだぞ」

 

「え゛っ!」

 少年三人は息が止まった。

 ルウのお父さんって、あの黒ずくめの全身凶器みたいなヒトだよな……

 

「ハードルたっか!」

 フウヤが叫んで、一同また笑った。

 気のせいか、モエギの足の指も笑うようにヒクヒクした。

 

 

 広間の方に移動して落ち着いて座り、ユゥジーンが、水底の世界やシンリィの役割等、話せる範囲の事を説明した。

 波紋が間近に迫った時、ユゥジーンの翡翠石やヤンの羽根、フウヤの半月石、それからおそらくベッドの下のルウの羽根も、小さく震えて教えてくれた。

 姿は見られなかったけれど、シンリィはすぐそこまで来てくれていたんだ。少年達は長く担っていた重荷を下ろせた気持ちになれた。

 

 一段落し、お茶のポットが空になる頃。

 

 フウヤの袖口をヤンが引っ張った。

 見ると、シドとユゥジーンも既に戸口の向こうに消える所だ。

 フウヤも察して、そそくさと外に出た。

 

 

 茶葉を替えていたルウシェルが振り返ると、何でかソラしかいない。

 

「あれ、皆は?」

 

「その…………」

 ソラは、出て行く全員に、いちいち背中を叩かれていた。

「あのですね、……僕の人生の問題です」

 

「はあ?」

 

「……あの白い入り口を貴女がくぐるのを何もせずに見ていたら、僕は残りの人生どう生きたらいいのか分からなくなっていました」

 

「…………」

 

「だから、僕の人生の問題で、貴女に何か押し付けるとかそんなのではなくて、えっと…………」

 

「何で今、その話をする?」

 

「ええっ、聞きたかったんじゃないんですか? 僕が手を握って引っ張った理由。シドが、それだけは即座に今日中に何を置いても説明して置けって強調していたから」

 

 ルウシェルは下を向いて吹き出した。

「いや知りたかったけれど」

 普段水が流れるように正論しか喋らない癖に……

 

「あのな」

 顔を上げて娘は真顔になった。

「反省したんだ。西風の上空にあの水の揺らぎが現れたのは、私のせいだ」

 

 ソラは目を丸くして、慌てて首を横に振る。

 しかし彼も、大長に連れられて作業しながら、波紋の性質を聞いていた。

 

「ヒトの負の心が大好物なんだろ、あの波紋。うわべだけ取り繕って笑っている捻れた心。西風にそんな空気が蔓延してしまったのは、私が楽な方に流されて逃げたからだ」

 

「あ、貴女のせいでなんかあるものか!」

 ソラは、ルウの両肩を捕まえて強い声で言った。

「皆のせいです。僕も含めた皆の、全員の非です」

 

 ルウシェルは両手を上げて、肩に置かれたソラの手を押さえる。

「では私は誓う。絶対に母者みたいに、砂漠の風を流せる者になってみせる。そうして西風を、皆が暖かく心から笑って、安心して暮らせる里にする。だから……」

 

 私を手伝ってくれ。側に居て、挫けそうになったら背中を押してくれ ……掴まれた両の手から、この娘の偽り無い意気込みが伝わる。

 ソラはただじっと彼女を見つめた。

 

 

 ***

 

 

「さてと」

 砂漠の遺跡の石の上。

 大長は馬を引き寄せた。

「私は行くとしましょう」

 

「西風に寄らずに行っちゃうんですか? 元老院に一言物申してやればいいのに」

 

「それをやったら後戻りになるんですよ、分かるでしょう、ユゥジーン」

 

「ちぇっ、大長様は、蒼の里と関係の無い所で動く存在なんでしょう? 脅しを入れるくらい構わないと思うんだけれどなぁ。ルウやシドさん達が幾ら頑張ったって、元老院ってのがある限り、明るい里なんか築けっこないだろうに」

 

「……そうでしょうかね」

 

 ユゥジーンがまた何か口答えする前に、大長は後ろを振り向いて、おや、と声を上げた。

 

 パロミノの愛馬を連れた青銀の髪の青年が、そこに立っている。

 

「あれ、ソラさん見送り?」

 と言いかけたユゥジーンは、彼の馬に旅の装備がガッツリくくり付けられているのを見て、しゃっくりしたみたいに息を呑んだ。

 

「お供します」

 

「ルウシェルは承諾してくれたのですか?」

 

「僕が、今のままでは全然駄目で、修行しなおさねばならないという事を……ちゃんと伝えられたと思います、最後は背中を蹴って励ましてくださいましたから」

 

 それ、承諾してない、絶対承諾してないってば!

 

 

 ユゥジーンのヤキモキを他所に、大長とソラは夕陽の中を、北へ向かって発って行った。

 

 

 ヤンとフウヤはその日は婚礼のお祝い料理をたらふくご馳走になって、翌朝元気に旅発った。

 シドが、もう一度飛行術を掛けてやろうかと言うと、丁寧に断った。

 あの時は夢中だったが、後から考えると何であんなに平気だったのか分からない。

 やっぱり自分達は地を行く者だと。

 

 自分も発とうとしていたユゥジーンの元に、蒼の里から鷹の手紙が届いた。

《ソラの抜けた穴を、多少でもカバーしなさい。追って交代要員を送りますから》

 

「へぇ、ユゥジーン暫く居るの? じゃあ二刀流教えてよ」

 と覗き込んで来るシドとも既にけっこう仲良くなって、

「交代要員って誰だろう……?」

 なんて考えながらも、西風に残れるのを密かに喜ぶユゥジーンだった。

 

 

 ***

 

 

 夕陽に染まる砂丘のてっぺんが、水飴みたいに揺らぐ。

 

 緋色の羽根のシンリィは揺らぎに身を任せながら、空間に開けた窓から、西風の里を見つめていた。

 

 隣に紫の前髪のリリ。

 本当は、もう半日後に現れる筈だった波紋のカタマリを、シンリィが突ついて『あのタイミング』で西風の里に落っことしたのを、彼女は見ていた。

 

(このヒトでも、そういうコトするんだね)

 

 

 

 

 

           ~西風・了~

 

 

 

           ~Ⅲの章・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、砂漠の閑話です

挿し絵:ソラはシドに触られるのは平気 
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