六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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ここまでで約14万文字・・
まだ半分弱・・
あれもこれも書きたい書きたいで、当初の予定より膨張



風紋・Ⅲ

  

 

   

 

 細いいななきが森の奥から聞こえた。

 置いて来た粕鹿毛の声だ。

 

 カワセミと呼ばれた有翼の妖精は顔を上げたが、他の三人には聞こえなかったようだ。

 彼は少年達から離れて、スッと立ち上がった。

「ソラ、キミは明日から水ごりの回数を倍に増やせ。呪符は、段階を置いて教える」

 

「は、はい!」

 青銀の髪の少年は、目を輝かせて返事をした。

 

「シド、キミはその時間、ユユに付いて騎乗訓練。以上、ボクは見回りに行く」

 

「えっ?」

「もう、スープ温まるわよ」

 

「先に食べていてくれ。いや、ボクは要らない。今日は術が逃げる、ダダ漏れだ」

 有翼の妖精は、半透明の訪問者達をチラリと見て、とっとと茂みに分け入った。

 ルウもリリと連れ立って、慌てて追い掛ける。

 

 

 焚き火が見えなくなる辺りで、粕鹿毛が駆け寄って来て、今一度いなないた。

 降りた時は暗くて気付かなかったが、馬も半透明だ。

 

「ふうん」

 有翼の妖精は美しい斑馬を一瞥してから、ルウ達の方に向き直った。

「こいつの力ではない。キミ達のどちらかの力か」

 

「えっと……やっぱり私達、時間を跳んでしまったのか? 私の知っているシドとソラはあんな子供ではなくて……」

 男性が鋭い目で睨んで、唇に指を当てたので、ルウは黙った。

 確かに、彼が過去の時間を生きるヒトなら、一言も喋るべきではないのだろう。

 

 二人を順番に見据えていた男性は、やがてリリの前に進み出た。

「キミの仕業か」

 

「あたし、何にもしていないわ。ただ、るぅの悩みが一日でも早く解決して、あたしに書物をくれればいいのになって考えていただけで」

 

 リリには、男性は睨む代わりに頭に手を置いた。

 

「いい子だ、静かにおし。それは過ぎた力、存在してはいけない力だ。帰ったら封印して貰え。ボクか大長の所へ行け。キミらの生きる時代にも……いるんだろ?」

 

「帰れるのか、私ら?」

「ああ、帰れる。この娘に手綱を握らせ、来た時と同じ経路を辿れ」

 

 え”っ もう一度あの高空へ? 

 一瞬ゲンナリしたが、帰れると分かった安堵の方が大きかった。

 

「さあ、もう行け。あまり長く居ると帰れなくなるぞ」

 男性は、背を向けて歩き出した。

 

 リリは素直に従って馬の方へ進んだが、ルウシェルは躊躇した。

 この後何年かして、世界を黒い災厄が襲う。

 ソラのお師匠さんも、シドのお師匠さんも、シンリィの両親も、ユゥジーンの家族も、ヤンの兄弟も、沢山の沢山のヒトが、命を落とす。

 もしもこのヒトに、それを伝えたらどうなるのだろう。

 

「喋るな!!」

 

 後ろ姿の男性が鋭く一喝した。

 うなじも肩も、触れば切れる刃物みたいな気を発している。

 

「一言も喋るな! 時間も運命も、何処の誰にも弄ばれていい物ではない! ・・喋るな!!」

 

 怒られても自分がどうなっても、言葉を発すればこのヒトの耳に入れる事が出来る。

 戸惑うルウの手首を、リリがギュッと握った。丁度革の腕輪の真上だった。

 ふと、その横の花模様の剣も目に入る。

 そうだ、このヒトはこれも見えていた。

 ユユと呼ばれた女性の剣が、今は私の腰にあるのを……

 

 

 ――ちゃんと、受け継いで行きます――

 

 言葉にせず、心だけで念じた。

 

 

 有翼の妖精は、もう一度も振り返らず、自分の『今』を生きる為、焚き火に向かって歩き出した。

 

 

 舞い上がる馬の上から、小さくなる焚火が見える。

 二人の男の子は、もう暖まっただろうか。

 

「あたしって、凄い事が出来たんだね」

 前で手綱を握るリリが、ぽそりと言った。

 

「うん、凄いな。でも……」

「分かってる。帰ったら、すぐにじじさま……大長さまの所へ行くよ」

「偉いな、リリは。私だったらきっと、あれもこれもやり直せたら、って欲が湧いてしまうぞ」

「う~ん、あたし生まれてまだそんなに経っていないし、やり直したい事とかないモン。やりたい事は一杯だから、後戻りしている暇なんかないし」

 

「そうか……」

 ではもしかしたら、やっぱり、……私の為に跳んでくれたのかもしれないな。

 リリの能力を使って粕鹿毛が……

 

 

   ***  

 

 

 風紋の原の上空に戻って来ると、出発した時から月があまり動いていなかった。

 

「帰れたね―― ホッとした」

 リリは手綱をルウシェルに渡して、二度と触らないように腕を胸で組んだ。

 それから西風の宿屋跡にそっと降りて、客間で寝ているユゥジーンを起こさないよう、毛布と暖かい馬乳酒のポットだけを持って、元の場所に飛んだ。

 

 風紋の原に二人座って、明け方まで色んな話をした。

 

 だいたいが、シンリィってこうだよね~ うんそうそう、的な話だったが。リリの父親の名前を聞いてルウは驚いたし、先日西風の上空に現れた波紋を一緒に退けた仲間に、母がしょっちゅう話していた母の弟がいた事に、リリは驚いた。

 

「世界中の皆が何処かで繋がっているんだね」

 

 朝焼けの伸びる光でルウが書物を広げて読み上げ、リリが即興で曲を付けた。

 二人で唄っている内に、二人共すっかり覚えてしまった。

 

 その時、遥か上空の朝焼け雲がホンの少しだけ流れたのだが、まだ気付く程でもなかった。

 

 

  ***

 

 

 西風から証言にやって来た者が年端も行かぬ小娘だった事に、修道院の聖堂に集った首長達は苦々しい顔をしたが、歴々を前に朗らかに説明を述べる娘に皆感心し、最後は賛辞と礼に包まれてのお開きとなった。

 首長達に「良き孫を持ったな」と肩を叩かれた砂の民の総領殿は、いかつい顔の中の鼻の下を、分かりにくくちょっとだけ伸ばした。

 

 

  ***

 

 

 降りしきる雨の中、青銀の髪から水滴を散らせて、西風の青年が緑の槍を放つ。

 

 それは悠々と波紋を広げる空に吸い込まれ、一旦止まるが止まるだけ。

 再び動き出さぬ内にと、青年は慌てて二段目の槍を作る。

 二つ、三つ、四つ目でやっと波紋は反転を始めてくれた。

 やがて端から分解するように渦巻いて散り、薄れて消滅に至る。

 

「ぜぇ、ぜぇ」

 最後まで見届けて、青年は雨に打たれるまま膝を付く。

 

 ひとつ向こうの山でも翡翠色の光が広がり、そこに鎮座していた波紋が消えて行く。

 こちらの波紋より遥かに大きかったのに、あちらは一撃か…………

 

 暫くしてから、一撃を放った本人が、夏草色の馬に乗って飛んで来た。

 

「ソラ、大丈夫ですか?」

「ぜぇ、ぜぇ」

 

「あちらにも続けて波紋が出現しています」

「ぜぇ……」

 

「ふむ、私がまとめてやっつけちゃいますから、貴方は先に戻って火を焚いていて下さい」

「いえ、ぜぇ……行けます」

 

 ソラは額の雨粒を拭って立ち上がる。

 一月も共に行動すれば、大長が言うほど余裕でもない事には気付いている。

 

 

 

 深山の麓の風穴に戻り、大長が火を起こして濡れた衣服を吊るす。

 結局ソラはぶっ倒れて指一本動かせない。

「……すみません」

 

 雨が続いて地上がぬかるみ、人心に余裕が無くなるせいだろうか。

 空の揺らぎの大きさと出現頻度が倍々に増えている。

 

(大長様の半分も動けなかった)

 修業を名目に里を後にしたのではあるが、世話になったこの方の微々たる助力にでもなれれば、という思いもあった。

 が、蓋を開けてみると、歯痒い程に能力が足りない。

(井の中の蛙だったか……)

 

 力は必要だ。

 守りたいモノを守り抜くにも、正論を主張するにも、絶対的な力があってこそだ。

 力を持ち確固たる立場を築けていれば、ルウシェル様の婚礼を指を銜えて見過ごすなんて羽目にならず、当日を待たずに阻止出来た。今回身に染みて思い知った。

(だから蒼の一族のヒト達は、無茶な鍛錬をして、許容量一杯まで力を引き上げるんだ。キレイ事だけでは通らない事が世の中に溢れているのを知っているから)

 

 

 ぽゎん、と音がして、目の前に小さな波紋が出現した。

 水の輪っかをくぐって紫の前髪が現れ、次いでピンピン跳ね上がったヤマアラシ頭がポンと抜け出る。

「じじさまお疲れ、ソラさんこんばんは」

 紫の前髪のリリは、波紋の向こう側の反対側の異空間に侍(はべ)っているのだが、こうやって穴を開けては遊びに来る。

 

「この辺の波紋は、さっきので終いみたいだよ」

「そうですか、リリもよく頑張りましたね」

「へへ、しんりぃを補佐する呪文が使えるようになったモンね、えっへん」

「それは素晴らしい」

 

「ソラさんはまたヘタってるの? やぁい、ヘタレヘタレ~~」

「リリ、ヘタっているヒトに追い討ちを掛ける子の所には、ズンドコベロンチョが来ますよ」

「ひいっ、それは嫌だぁ!」

 

 世界を揺るがす災厄と闘っているのに、ズンドコベロンチョの何が怖いのだろうか。

 ソラは黙って目を閉じる。

 

 大長がリリの額に手を当てて、「封印は上手く効いていますか」等と尋ねる声が遠くに聞こえ、遠去かる。

 

 

「あれぇ、ソラさん、寝ちゃったねぇ」

 リリはしゃがんで、彼の額に張り付いた髪を、丁寧に払って整える。

「破邪の術って大変なんだね、しんりぃも疲れて寝ちゃうと、全然起きなくなる」

 

 目の下に隈のある青銀の妖精をしばらく眺めてから、リリはおもむろに聞いた。

「ねぇじじさま、同じ位の能力の、優しいヒトと怖そうなヒトのどちらかをお師匠さんに選びなさいって言われた時、わざわざ怖そうなヒトを選ぶのって、どうしてだと思う?」

 

 大長は、少し考えてから静かに答えた。

「そうですね……怖そうなヒトの方に何か思い入れがあるとか?」

「怖そうなのに?」

「自分がこのヒトに師事した方が、より深い所まで行けると確信を持っていたのではないでしょうか」

 

「怖いお師匠さんはイヤだけどなぁ」

「強く守りたい物がある時に、無理をしてでもそういう選択を取ってしまうのですよ。リリだって、シンリィやお母さんを助けるとなると、嫌な事でも受け入れるでしょう?」

「あ、うん。あとじじさまを助ける時もだよ」

「それは嬉しいですねぇ」

 

 

 桃色の頬の幼娘と青銀の青年の眠れる顔を見比べて、大長はしみじみと思う。

 子供というのは、知らない間に何たる速度で成長している物なのか。

 自分のように一つ所から往々にして踏み出せない者は、いつもいつもその変化に歓ばされ、慄(おのの)かされるばかりだ。

 

 

 

 

 

       ~風紋・了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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