六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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今年も宜しくお願いいたします
まあ御屠蘇を一献


砂漠の閑話、もう一つ


蜃気楼・Ⅰ

     

 

   

 

 シドの一日は、書き物やら資料やらに埋もれたカオスなベッドから始まる。

 今日の講義の準備稿が、途中からのたくったミミズ状態。

 慌てて起き上がって散った原稿を掻き集める。

 

 西風の里、丘の上に建つ、子供達の為の修練所、それに隣接する付属棟。

 元は身寄りの無い子供が寝起きする場所として建てられたが、今はそういう子供はおらず、仕切られて単身者の寮となっている。

 

 相部屋のソラは不在。

 外交官の彼は元々里を空けている事が多く、部屋の反対側の彼の領域は、生活感のない書物の壁となっている。

 

 古今東西の書物を収集するのがあの堅物の唯一の趣味なので口出しはしないのだが、改めて見るととんでもない事になっている。

 紙束を綴じた物、竹簡を丸めた物、解くと術が発動する怪しげな結び目の束……あれも書物、これも書物、書物、書物、書物。

 律儀にシドの領域にはみ出していない分、あちらは壁もベッドも見えない。

 たまに帰って来ると、書物の隙間で器用な寝方をしている。あれでよく普段は鉄心を通したようにピシリと立っていられる物だ。

 

 そんな奴が、花嫁を略奪して婚礼の儀式をぶち壊すなんて天地が引っくり返る所業をやらかした。そして「修業し直す」などと戯(たわ)けた事をぬかして、このクソ混乱している時期に本当に里を離れやがった。せめて他部族への説明を済ませてから行けよ、あの朴念人。

 

 ルウシェル様はあいつを妙に至高に捉えているから、何か先を見据えた考えがあるんだろう位に思っておられるが、違いますから、あいつただ行き当たりバッタリなだけですから。

 そうでなきゃ儀式の直前に花嫁を拐うとか、ヘッポコ過ぎるだろ。

 デキル奴ならそうなる前に何とかしている。まぁ、その点は自分も同罪だが。

 

 そんな事をグチグチ呟きながら講義の資料をまとめ、身支度を整える。

 ピンピン跳ねる髪をターバンで押さえて外に出ると、朝霞が深く里を沈めている。

 冷えた空気を一息吸って、白靄の中を泳ぐように、厩舎に通じる道を下った。

 

 シドは、仕事が詰まって忙しい時でも、毎朝必ず自分の馬の顔を見に行く。

 時間があったら運動もさせてやる。

 子供の頃厩番だったのもあるけれど、基本馬好きなのだ。

 

「よっす、おはよう」

 馬房の前にヒョイと顔を出すと、いつもクルクル言って鼻を擦り付けて来る青毛が居ない。

 三本ある馬栓棒が全部外れて落っこちている。

「あいつ、またかよ」

 

 シドの愛馬は器用で賢く、馬栓棒くらいは簡単に外す。

 脱走して散歩しているなんてしょっちゅうだが、大したイタズラもせず小馬場で砂遊びしている程度なので、敢えて厳重にはしていない。

 馬栓棒を抜けないように縛って置こう物なら、機嫌を損ねて夜通し暴れるので、他の馬の迷惑になってしまうのだ。

 

「あ、シド教官、おはようございます」

 出勤して来たのは、去年修練所を修了した厩係の少年。厩番は他にもいるのだが、彼は朝一番に来るのでシドとよく顔を合わせる。

 

「ああ、おはよう。青毛がまた脱走したみたいなんだ。捜して来るよ」

「では居ない間に掃除しちゃいますね」

 少年は慣れた感じでホックを担いだ。

 

「あ、待って」

 シドはポケットに手を入れながら呼び止める。

「いつもご苦労様、君が来てから馬の毛艶が良い」

 そう言って、干菓子の袋を探り当てて、幼さの残る少年の手に渡す。

 

 この子が甘い物を好きかどうかは知らないが、仕事を認めて誉めてくれるヒトは、いないよりはいる方が良い…… それはシドの小さな信念だ。

 子供の頃、ここでよくモエギ長に飴を貰った。当時は子供扱いされる事にひねくれて、彼女が見えなくなってから馬にくれてやっていたのだが、大人になると何でかそんな場面を、嬉しかった事として思い出す。そのモエギ長が病に臥せっている今は尚更だ。

 

 少年と別れて、小馬場の方に回ったが、研いだ鉄色の愛馬、青毛の姿は無かった。

「勝手に遠くへ行くようなタマじゃないんだけれどなぁ」

 

 靄が深くて見通しが悪い。

 シドは、いつもの口笛をヒュッと鳴らしてみた。

 靄の中から、聞きなれたクルルという声が聞こえる。灌木帯の奥の林の方だ。

 ホッとしたのも束の間……

 

「ひゃあぁ!」

 

 女性の悲鳴?

 

 あいつがヒトに悪さするとは思えないのだが。

 シドは声の方へ走った。

 

 大きな木の下に青毛。

 シドが近寄っても気になる物があるようで、首を上に伸ばして何やら口をモグモグさせている。

 悲鳴の主と思われる女性は、樹上に居たのだが……

 

「えっと? 何やってんです?」

 

 間抜けな言葉が出た。

 だって寝不足の朝っぱら、高い木の上に張り出した枝に、手足を巻き付けて宙ぶらりんになっているイイ年をした女性が、垂れ下がった長い三つ編みを馬にしゃぶられている図なんて目撃したら、脳をどう働かせたらいいか分からなくなるだろう?

 

「あああ、引っ張らないで、落ち落ち落ちちゃう!」

 

 シドは我に返って、馬の背にヒョイと登って立ち上がった。

「受け止めるから手を離して」

 

「ほ、ほ、本当に?」

「貴女がゾウガメより重いんなら無理だけれど」

「ゾウガメって何? こちらにはそんな生物がい……あ、あ、ひゃああ」

 

 手を離す前に枝が折れ、女性は間抜けな格好のままシドの懐に降って来た。

 

 ――吹き上げろ――

 

 軽く唱えて風を起こし、シドは女性を抱えたままフワリと地上に降りた。

 ソラほど術の素養は無いが、彼だって蒼の里で風使いの術の基本は習っている。

 

 風が収まると、三つ編みがフサリと落ち、女性の硬直していた手足から折れた枝が転がった。

「あわ、わわ……」

 

「一体何だってあんな事になっていたんです?」

 シドは女性を降ろして真っ直ぐ立たせた。

 水平に切り揃えられた青い前髪の下はソバカスだらけの白い顔。西風部族の者ではない。

 成人ではあろうが、泡食っている表情は子供みたいだ。

 

「あの、キナの実が見えて、本物かなって近くで確かめようと……」

 

「キナ?」

 見上げた樹木には確かに小さな目立たぬ実が付いていて、女性の手の中にはそのひと房が握られている。

「それ、名前は知らないけれど、苦くて食べられないから誰も採らないんだけれど」

 

「はい、肝心なのは実よりも樹皮の方で、乾かして砕いて……ひゃあっ」

 女性の後ろから青毛が首を伸ばして、またお下げを噛っている。

 

「凄い食い付きだな。君の髪の毛何で出来てるの? まさか馬酔木(あせび)の蔓とか?」

 

「見てないで止めて下さい。いやぁ、よだれイヤッ、ひぇっ、うひゃあっ」

 

 

    ***

 

 

 西風の里中央の、昔の宿屋跡。今は長のモエギと長娘ルウシェルの住まい。モエギは療養中で、奥の部屋で臥せっている。

 来客用広間の椅子で、プンスカするソバカスの女性。

「このヒト、笑って見ているだけで、止めてもくれなかったのよ」

 

「いや青毛があんなに愉しそうなの見た事がなくて。(それにリアクション面白かったし)」

 女性の素性を聞いて送って来たシドが、こめかみをポリポリ掻いて睨まれる。

 

「交代要員がエノシラさんとか、ナーガ様、何考えてんだ」

 早朝叩き起こされて、寝惚け眼で客間から出て来たユゥジーン。

 高速気流で送って来た当のナーガ長は、彼女を下ろすと誰にも会わずに即座に帰ってしまったという。多分夜を徹して飛んで来てトンボ返りで戻り、そのまま蒼の里で本日の業務に着くのだろうから、西風の年寄りなんぞに捕まっている暇はないのだろう。

 相変わらず無茶してるな、あのヒト。

 

「そうか? エノシラの持たされた手紙には、彼女が最適な人材だと書かれているぞ。私はエノシラが来てくれて嬉しい」

 家主のルウシェルは嬉々として、ソバカス娘の後ろに陣取り、馬にベタベタにされた毛先を洗ってやっている。

 蒼の里に留学していた頃世話になり、姉のように慕っていたエノシラ。来てくれたなんて夢みたい……と、ウッキウキな表情だ。

 

 久しぶりに和やかなルウシェルを見て、確かに最適な人員かもしれないなと、男性二人は思った。

 

「では僕は、今日の講義がありますので」

 シドが挨拶して外へ出ようとした時、入り口で横柄な元老院集団と鉢合わせた。

 

「ごめん、長娘殿はご在宅かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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