六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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飴色の跳ね駒・Ⅳ

    

 

  

 

 

 

 夜営の天幕から離れて、赤っぽい黒髪の少年が、白い綿帽子頭の少年を伴って歩く。

 

「ここまで離れれば十分かな」

 

「何なの、ヤン、話って?」

 

「えっと、まず最初に、謝る! 隠していてごめん!」

「ああ、うん」

「ぇえ?」

「ヤンが何か隠しているな――ってのは、何となく分かってた、それで?」

 

「お、怒ってる?」

「怒ってないよ、ヤンが僕に言わないって事は、黙ってた方がいいんだろなって思ってた。言うことにしたのは、そうした方が良くなったからでしょ?」

「ごめん……フウヤ」

「だから怒ってないってば」

 

「じゃ、言うよ。あの、アケビの谷で野営した時」

「うん」

「ホロホロ鳥を捕ったのは僕じゃなかった」

「ええっ、そこっ!?」

 

 ヤンは今一度天幕の方を確かめてから、あちらから見えない瓦礫の陰に、フウヤと差し向かいで腰掛けた。

 

「貰ったんだ」

「誰に? って、まさか……」

「そのまさかだよ。青い巻き毛の西風のヒト」

「うぇえ……」

 

「ルウに食べさせてあげてって」

「…………」

 

 

 ・・

 ・・・・

「ルウシェル様に食べさせてあげてくれ」

 

 身構えるヤンに、シドと名乗ったその妖精は、離れた谷の方から、狩ったばかりの野鳥を放った。

 

「?? 連れ戻しに来たんじゃないんですか?」

 

「連れ戻しには来たんだが、予定を少し変更した」

 シドは先程と違う表情を見せて、肩を竦めた。

 

 彼が言うには、ルウシェルの母、西風の長殿は、元々留学には行かせる予定だったらしい。

 ただ、我が子の性分を知り尽くしている母君は、行きたいと言うのを二つ返事で行かせては、遊び惚けて真剣に学ばないだろうと踏んでいた。

 

「その点は僕らも同意だった」

 青い巻き毛の青年は苦笑する。

 

 で、貴重な機会なんだと自覚して貰う為に、ギリギリ当日の朝まで、行かせない方針で押し通す事にしたと。

 

「え、理屈は分かるけれど……当日の朝とか、本当にギリギリじゃないですか。行く前の準備期間だって楽しいのに」

 

「そうだね、でも元老院が反対しているのは本当で」

 

 どうも西風には元老院という強権組織があって、これがゴリゴリに凝り固まった化石頭揃いらしい(シド談)。

 ゴネて長娘の留学を取り止めさせるぐらいは朝飯前。

 行かせない方針は、どちらかというと、元老院に対する隠れ蓑的意味合いが大きい。

 

 絶対君主制でなく、複数機関で話し合う政治は悪い事ではないのだろうが、うっかりカビたまま放置すると、ただのイチャモン軍団に成り下がったりする。

 それは、色んな部族を見て来たヤンにも理解出来た。

 

「当日の朝、あっという間に行かせちまえば、こっちのモンだろうって計画だったんだ、でも……」

 青年は、離れた藪でヤマブドウ採りに夢中の子供を眺め、穏やかに目を細める。

 

「何だかんだ言って元老院は、蒼の一族を上に見ている。旅行中の蒼の里のナーガ様の甥っ子とたまたま友達になって、意気投合して着いて行ってしまった……の方が、彼らを黙らせられるのさ」

 ・・・・・

 ・・

 

 

「うわぁ……」

 フウヤは脱力して、口をポカンと開けた

「頑張って夜中の山道を歩いた三日間の苦労を返してぇ」

 

「ごめんごめん。でも分かるだろ、ルウには覚悟が必要だったんだ」

 

「それは分かるけれど……あっ、じゃあ馬は? その流れで何でルウの馬を売り払っちゃう訳?」

 

「その件でフウヤに相談したくて、打ち明ける事にしたんだ」

 

 巻き毛の青年は、ルウシェルの馬の手配もして置くと告げた。

 指定の街に、彼女の馬を連れた商人を行かせるから、偶然を装って買い戻すようにと。

 

「代金も預かっていたんだ、ほら」

 ヤンは革袋の銀貨を見せた。

「一応、ルウの装飾品で買った事にして、陰でこれで払えって」

 

「ふぅん、なのに、先に買い手が決まっちゃってた……ってか。どこかで行き違いがあったのかな。確かに困り事だ」

 フウヤは白く光る硬貨をジッと見つめ、その目でヤンを睨んだ。

「それだけ? 他に隠しているコト、もうない?」

 

「えっ……と、他に路銀って言って銅貨も預かっているけれど、これは蒼の里に着いた時、そのまま里のヒトに渡そうと思っていた」

 

「うん」

 白い子供は畏(かしこ)まって腕組みする。

「ヤンはね、独りで背負い込み過ぎるの。言ってよね、独りで悩んでいないで。どうせ万が一ルウにバレた時、嫌われるのは自分一人でいいとか、そんな風に考えてたでしょ。やだよ、嫌われる時は一緒だよ」

 

「フウヤ……」

 

 

   ***

 

 

 その頃シンリィは、誰も帰って来ない寂しさを、馬と馬の間に挟まる事で癒していた。

 

 

   ***

 

 

「こんばんは、私に粕鹿毛を売ってくれ」

 

 馬商人の親方は、目玉をパチクリする他なかった。

 だってここは宿屋の寝床で、自分は寝ている所をいきなり起こされて、しかもオレンジの瞳の女の子は偉そうに腰に手を当てて、ベッドの上に仁王立ちだ。

 

「え――……いやすまん、突っ込み所が多すぎて、何から聞いたらいいのか分からないのだが……」

「そうか? 夜営場の者達は、親方殿は何もかもすぐに承知してくれると言っていたぞ」

 

「夜営場の?」

 この街の野営場のガラの悪さを知っている親方は、微妙に嫌な予感がした。

 

「そうだ、昼間に『どんな高級馬も買えるぐらいの値打ち物を私が持っている』って言われたから、さっき詳しく聞きに行ったんだ。そうしたら、『行ってベッドに乗りさえすれば、親方は何もかもすぐに承知してくれる』って」

 

 親方は、仁王立ちの女の子をマジマジと見た。

 ニコニコと得意そうに、鼻から息を吐いている。

 惚(トボ)けているのではない、ド天然だ……

 

「いいからそっちの椅子に座りなさい」

 まったく冗談じゃない、あのヒッピーどもめ。

 寝巻きの襟元を正して、親方はベッドにきちんと座り直す。

 

 女の子は素直にベッドを下りて靴を履き、傍らの小椅子に腰掛けた。

 

「あのね、おじさんはそういう趣味はないから。夜営場の連中は君をからかっただけだ。二度とあんな輩と口をきいてはいけないよ」

 

「からかった……私は値打ち物なんか持っていなかったのか」

 

 ・・いや、持っていない訳でもないのだが。

 親方だって、商人繋がりで、様々な業種に顔はきく。

 そういう『商品』の需要のある、裏の裏のルートにツテがない訳でもない。

 

(だけれど、それは、違うだろう……)

 

「えぇぇとね、値打ちっていうのは、君の人生の事だよ。でもそれは、馬一頭の為に売り払っていい物ではないだろう?」

 

 これで諦めてくれると思いきや、女の子は顎に手を当てて考え込んでいる。

「?? おじさんの言った事が分からなかったかな。君の人生を売ってしまっては、馬を買う事も馬主にもなる事も出来なくなる。それじゃあ意味が無いよね?」

 

 それでも女の子は考え込んでいる。

 

「いいからもう帰りなさい」

 

「……責任があるんだ」

 

「は?」

 

「粕鹿毛を与えられた時、母者に言われた。この馬の一生の責任は私にあると。だらしない馬になったら凄く恥ずかしい事だ、怪我をさせるのは最も恥ずかしい事だと」

「…………」

 

「なのに、私が居ない間に売られてしまった。私が逆らってばかりの悪い子だったからだろう。誇り高い西風の馬は西風の里に在るべきなのに、私のせいで他所にやられてしまう。とてもよくない」

「…………」

 

「だから私は、自分の人生を売り払ってでも、粕鹿毛を西風に帰してやらねば、って考えている。おじさん、でも、人生を売り払うって、そんなに怖い事なのか?」

 

 親方が口を開きかけた時、夜の街に声が響いた。

 

「「ルウ――――!!」」

 

 少年二人の叫び声。

 

 

 ***

 

 

「アホ――っっ!!」

 

 白い少年の吠え声に、さっき窓を開けて「うるせえっ」と叫んだ住民が、もう一度同じ事を繰り返した。

 

 本当にたまたま、夜行虫を採りに出歩いていた商人の助手が、少年二人を見掛け、女の子が野営場の胡散臭い連中の所に居たと、教えてくれたのだ。

 

「まぁまぁ君達、ちょっと静かにしなさい」

 と、窓越しの馬商人の男性。

 対する屋外の地面に、女の子の両肩に手を置く黒髪の少年と、群細を聞いて真っ青で彼女を怒鳴り付ける、白い髪の少年。

 

「すみませんでした、親方さん。ルウも謝って」

 

「ゴメンナサイ……」

 

「ホンット、ヤンって謝ってばかりだな。そういうのを貧乏クジって言うんだ」

 

 ランプの明かりに逆光の親方は、複雑な表情で三人の子供を眺める。

「あの馬を欲しい気持ちは重々分かったが、こちらとて商売人だ。客との約束を違える訳には行かない。だから、明日来るその客と交渉しなさい。紹介してあげるから」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 女の子を引っ張って白い子供が先に行き、もう一度お辞儀をして歩きかける背の高い少年に、親方はそっと声を掛けた。

「君はしっかりしているから大丈夫だろうが、あの娘(こ)の世間ずれしていなさっぷりは、非常に危ないぞ。悪い事は言わんから、旅をさせるのなら、信頼出来る大人に託しなさい。どこかイイ所の嬢ちゃんなんだろう?」

 

 ヤンは親方の言葉を最後までキチンと聞いてから、正面向いて答えた。

 

「僕はその場凌ぎに小狡(こずる)いだけですよ。いざとなったら何も出来ない。あの二人の方がよっぽどちゃんとしている。だから、僕に、彼らが、必要なんです」

 

 




挿し絵:シンリィの馬 
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