六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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蜃気楼・Ⅱ

 

  

 

 

「蒼の里より新たな客人がみえられたのなら、当然一番に大僧正の所へ挨拶に来られるとお待ちしておったのじゃが、我々の心得違いであったかのう?」

 朝っぱらから連れだって押しかけて来た元老院の老人は、用意していた台詞を嫌味ったらしくネチネチと喋った。

 

(何時だとおもってんだ……)

 こんな早朝に訪ねて行ったらそれはそれで文句を言うくせにと、シドが辟易した顔をしていると、ユゥジーンがシレッと口を挟んだ。

「そういえば俺、挨拶って行ってない」

 

「そなたはよいのじゃ、まだ子供じゃからな」

 成人の名を貰っているユゥジーンに、何とも失礼な扱い。要するに、ハキハキ反論出来る活きの良い男性を相手にしても自分達には面白くない、ってだけなのだが。

 

「それは失礼を。すぐに伺いますわ」

 か弱そうな女性のエノシラは、慌てて立ち上がった。

 

「もうよい、大僧正は眠っておられる」

 

 挨拶に来いと言いに来たのに、行こうとすると来るなと言う。

 エノシラはキョロキョロと周囲を見回した。

 相手は初対面だしよく分からない。皆が自分の役割に添って合理的に動く蒼の里では遭遇しない絡まれ方に、困惑している。

 

「客人は長旅で大層汚れておられる」

 ルウシェルがピシリと言った。

「女性なのにこの惨状、酷いと思わぬか? 僧正殿が気の汚(けが)れで具合を悪くされても困る。挨拶の前に、手足や髪の清浄をお勧めしていた所だ。僧正殿が目を覚まされる昼頃に送り届けよう。それで良いな」

 

 朗々と言われて、老人達は二言三言口の中で捏ねくり返しながら、退散した。

 言えるようになった物だ。

 シドも安心して、遅刻しそうな講義に走った。

 

 

 

 ユゥジーンは午前の内に引き継ぎを済ませ、手を振って蒼の里へと帰って行った。

 彼は最後まで元老院と関わらなかった。

 

 エノシラは陽が高く登ってから三つ編みをきっちり編み直して、シドに付き添われて大僧正の自宅へ挨拶に行った。ルウシェルは他部族に出掛ける急用が入ってしまったのだ。

 

「道だけ教えて頂ければ、私一人でも行けますのに」

「そうは行かない。ここは蒼の里と似ているようで違う。言葉ひとつでも変な意味に取られて揚げつらわれても嫌だろう?」

「そんな事をするヒトがいるのですか……」

 

 仕事の昼休憩を抜けて来たシドは、あまり分かっていなさそうな娘にヤキモキした。

 とにかく元老院との付き合いは難しい。長をトップに整然と運営出来ている蒼の里の者には、分かり辛いだろう。それを察知して、分からないながらも関わらないようにしてくれたユゥジーンは、有り難かった。

 

 元老院のトップ大僧正は、三年程前から体調を崩して寝たきりだ。それが今元老院を意固地にさせている起因でもある。弱味を見せたら侮られると思っているのか、詳しい病状を長サイドに明かさない。

 だからエノシラにも、その辺には触れないで最低限の挨拶だけして去るようにと言い含めた。

 言われ過ぎて委縮したのか、彼女はベッドの大僧正に本当に形式通りの挨拶しかせず、控えている年寄りに「この在り様に見舞いの言葉もござらぬとは」と嫌味を言われた。

 

 外に出てから憮然とした表情のエノシラに、あれでいい、気にするな、と言うと、

「そういう問題じゃないわ!」

 と、ソバカスの頬を膨らませて更に憮然とした。

 

「どうかしたのですか? シド教官」

 むくれている女性相手に辟易しているシドの前に、今あまり会いたくない顔が現れた。

 シドより少し年上の同僚、スオウ教官だ。

「祖父に届け物があって。……あ、貴女が蒼の里から来られたというお客人ですか。初めまして、スオウと申します」

 

 シドは心の中でウンザリした。

 この涼しげな青い目の教官は、悪い男ではない。大僧正の末孫なのにそれをひけらかさず、控え目で物腰柔らか、育ちの良さを絵に描いたような善人。

 嫌味な奴なら避け合うだけで済むのに、裏を読まず全方位に社交的なので、こちらの言動が元老院に筒抜けになる。シドからしたら非常に対応に困るタイプなのだ。

 おまけに……

 

 エノシラが、膨れっ面は何処へやら、物に憑かれたように彼を凝視している。

 そう、精悍な顔立ちに真っ白な歯、分厚い胸板割れた腹筋、ルウシェルの花婿探しで声が掛かった時、『私はそのような列に加われる者ではございません』とキッパリ断った男前。

 容姿中身共、百点満点なのだ。

 

 その百点満点男が、無邪気に、初対面の女性に話し掛ける。

「遠い所をよくいらして下さいました。慣れない土地でお困りの事などありましたら、遠慮なく声を掛けて下さいね」

 ・・勘弁してくれ!

 

 

   ***

 

 

 それから暫くは何事も無かった。

 というか、シドはルウシェルの所に顔を出せなかった。疎遠になった訳ではなく、人事異動で新しく上になった者が能力主義で、受け持ち講義がドカンと増えたのだ。

 

「シド教官の実力からして、今の講義数では勿体ない。子供達の為にその知識を惜しみなく発揮して下さい」

 

 新しい上司、スオウ教官は、そう言って白い歯を見せて爽やかに笑った。

 いや元老院の横槍で、今まで地味で手間の掛かる仕事だけを押し付けられて干され気味だったのだがと、喉元まで出掛かって言うのをやめた。

 彼に悪意は多分無く、人事異動は以前から決まっていた。おかしな裏操作は無いと思いたい。

 

 まぁ、長様宅にはエノシラが居るし、医療の知識もあるというから、身体の優れないモエギ長を抱えるルウシェル様にとっては、頼もしいだろう。

 長の代理を務めるルウシェル様も、ここの所自信が付いて堂々とされている。

 自分が少しくらい遠のいても問題無かろう。

 

 そう思って安心していたのだが……

 

 

「エノシラを知らないか?」

 

 久し振りに修練所の書類を持って里の中心を訪れた時、出迎えたルウシェルの沈んだ表情に、当惑した。

 

「ここの所エノシラがしょっちゅう出掛けて、行き先を聞いても濁して教えてくれないんだ。彼女は明るくて賢いから、里で友達が出来ても不思議じゃない、でも……」

 

 内緒にされたら寂しい。それは分かる。

 事務仕事やモエギの看病は疎かにしないのだが、空いた時間は自分の部屋に閉じこもり、出掛けてしまう事が多いという。

「その内、話してくれるんじゃないですか? 出来た友達が臆病なヒトなのかもしれないし」

 

「……でも、顔を赤くしてぼぉっとしていたり、眠れていなさそうだったり……」

 ルウシェルはまだ何か口の中でモゴモゴ言ったが、書類を受け取るとすぐに頭を切り替えて、仕事モードに入った。

 

 

 

 シドが目撃したのは、翌日の夕方だった。

 珍しく放課後の仕事が無くて、青毛を連れてポコポコ引き運動していた時だ。

 

 青毛が立ち止まって、低く喉を鳴らした。

 木立の向こうは、西風の里のシンボルである大池の湖畔。

 白い砂の水際を、青い三つ編みを垂らした娘が歩いている。

 

 水辺は、西風の者が大切にしている聖域だ。

 余所者が足を踏み入れては、元老院にまた嫌味を言わせる種となる。

 大声で呼ぼうとした所で、彼女が一人ではない事に気付いた。

 

 後ろから追い付いて、親しげに隣に並んで、今摘んで来た花を渡すのは……

(スオウ教官……)

 

 ・・本当に、遠目に見ても、均整が取れて女子ウケする外見だよな・・

 

 シドは青毛を引いて、スッとその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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