六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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本編・Ⅳの章、スタート


六連星・Ⅳ
鼓動・Ⅰ


 

    

 

 

 草原の北西、雪と氷の峰が連なる、深い深い山岳地帯。

 

 一際高くそびえる峰は、この星でもっとも空に近い地面。

 その山の、頂上直下の山腹に、信じられない事にヒトの手による建造物がある。

 見上げるような氷柱のそそり立つ神殿で、山を堀り抜いて奥深く設えられている。

 いつどのようにして造られたかは誰も知らない。

 

 神殿の前庭は大きな棚になっていて、昼の明るい季節なら、遠くの海まで見渡せる。

 今宵は、霧に朧(おぼろ)の三日月が、棚端に佇む一人を照らすのみ。

 

 白いヴェールに雪を散らせた、冬空色の女性。

 霜の降りた睫毛を瞬(しばた)かせながら、其処に積まれた氷のケルンに、新たな一片を積み重ねる。

 

 気配に女性は振り向いた。

 建物の方、玄関エントランスの階段前、ヒトの背丈程の高さに、異空間の窓が開いている。

 窓から覗くは緋色の羽根の少年。女性と同じ色の瞳で、じっと此方(こちら)を見ている。

 

 女性は雪を払って、そちらへ歩く。

「久しぶりですね、今日はリリは一緒ではないの?」

 

 少年は左右を見て首を傾ける。

 彼と共にいる小さな女の子は、散歩に出歩いて、居ない事が多い。

 

「今日はこちらは少し暖かいの。そちらはどうかしら」

 すぐそこに居るのに少年の髪も衣服も水中のように揺らめいて、別世界に居るのだと思い知らされる。

 少年は硬い表情のまま後退り、窓枠の奥へと姿を消した。

 ……と思うと、今の窓が消えて、階段の上に新たに波紋と共に窓が現れ、羽根の後ろ姿が通過する。

 

 そうして何回か消えて現れ通過して、波紋を残しながら神殿の奥へと向かう。

 女性も後に続いた。

 

 玄関ホールから奥に向かって真っ直ぐに伸びる廊下。廊下の入り口から先は分厚い氷がビッシリ詰まり、何人たりとも立ち入れない。

 窓の向こうの少年はそちらをチラと見てから、女性を振り向いた。

 

「ああ、また……力を増したのですね」

 女性は細い手を挙げて術を唱える。

 緩みかけていた氷はミシミシと白い筋を伸ばし、固く凍結した。

「教えてくれてありがとう、シンリィや」

 

 

 

    ***

 

 

 

「うぃ――い、帰って来たあぁ!」

 

 懐かしい草木(そうもく)香る草原地帯の空気を、フウヤは胸一杯に吸い込んだ。

「砂漠の風紋も綺麗だったけれど、やっぱり山の匂いを嗅ぐとホッとするよね、ヤン……ヤン?」

 

 振り返ると、黒髪の相棒は地面にしゃがみ込み、集めかけの柴を地面に落として、両腕で頭を抱えている。

 

「ヤン! どしたの、具合悪いの!?」

 慌てて引き返して覗き込む白い髪の少年に、ヤンは低く呻いた。

 

「……ちっくしょおぉ……」

 

「え?」

 

「ぜんっぜん脈ナシだったんじゃないかぁ……」

「ええっ!? 今、そこっ?」

「すぐ側に意中の相手がいたとか、普通ある? 反則だよ、反則ぅ」

「ヤン……」

 

 平気そうな素振りだったから大丈夫と思っていたけれど、そういえばヤンっていきなりスイッチ入るんだった。

 フウヤは屈んで、相棒の背中をポンポンと叩いた。

(まったく脈ナシでもなかったと思う……なんて言ったら、余計に傷口抉(えぐ)るかな?)

 

 

 不意に地面を影が覆った。

 ギクリとして見上げると、空が波紋を広げて、緩く渦を巻き始めている。

 

「えっ、嘘っ」

「お、落ち込んでません、何も落ち込んでません――!」

「いいから逃げるよ!」

 

 

 わざと波紋に飛び込んで西風の里までの距離を縮めた話を大長さんにすると、冗談のヒトカケラも差し挟まない形相で激しく怒られた。

 飛び出した所が安全とは限らない、水中や高空に放り出されたらどうする、流砂も肉食獣の巣もあるんだぞと。

 言われてみれば、確かに運が良かっただけなんだ。知らないって恐ろしいな。

 

 

 二人が慌てて馬に飛び乗ると、上空を光の筋が過った。

 草の馬に跨がったユゥジーン。

 

「引き付けて置くから、とにかく離れて!」

「あ、ありがとう!」

 

 二人は必死に馬を駆って、その間にヤンは一所懸命頭の中を空にしようとした。

 まったく、落ち込む事も許してくれないのかよ。

 

「ヤン、ヤン!」

「何、フウヤ」

 

「族長さんちのさ、末の女の子知ってる?」

「何今その話要るっ?」

「あの子がさっ、次の祭りでヤンに誘われたいって」

「…………」

 

「ちょ、ちょっとは気分上がった?」

「あの子まだ四つじゃないかあ――!」

 

 

 二人がヘロヘロになって藪に隠れていると、やはりヘロヘロのユゥジーンが降りて来た。

 

「人里離れた遠くまで連れてって巻いて来たから」

「サ、サンキュ」

「また落ち込んでる誰かを見付けて狙いに行くのかな」

 

「一旦引っ込んで全然別の所に現れるか、そういうのが集まって大きいのになるか、分からない。とにかくシンリィが来ないと消滅はさせられないから」

 

「でも波紋がどんどん生まれるんじゃ、イタチごっこだよね」

「うん……」

 

 西風に滞在していたユゥジーンだが、交代要員が来たので蒼の里へ帰る所だという。

 せっかく会えたのにそんな会話で、三人とも沈んでしまった。

 三峰の二人にはどうしようもない事だし、ユゥジーンだって自分の知っている範囲で出来る事は限られている。

 

「そのさ、波紋を生み出す大元の悪い奴を、退治しに行きゃいいじゃん」

 フウヤの言葉に、ユゥジーンは喉を詰まらせた。

 その悪い奴が蒼の一族の縁者だという事は、さすがに伝えていない。でもこの二人に隠し事を持たなきゃならないのは、彼にはとても憂鬱な事だった。

 

「悪い奴の居場所は見当付かないの? 風が情報を持って来てくれるとかないの?」

 ヤンがまた微妙な所を突いて来る。

 

「さあ・・そういうのは、蒼の里じゃなくて、山にある風の神殿だし・・」

 

「何それ!?」

 フウヤが興味深く反応する。

 

「『風出流山(かぜいずるやま)』って霊峰に、風の神様の神殿があってね。世界中の風が集まって来るんだって。ナーガ様の母君が守り人をやってる。長になって忙しくなる前はナーガ様、ちょくちょく訪ねて相談に乗って貰っていたらしい」

 

「へええっ、それは聞いた事がないや」

「参拝出来るのかな、行ってみたいな」

 

「いやいや、トンでもなく高い山にあるから。俺も行った事ないし、並みの草の馬じゃ飛べないような場所らしいよ。今の蒼の里でそこまで飛べるのは、ナーガ様ぐらいだって話」

「ほぉ~~」 

 

 二人の興味はそちらに落ち着いてくれ、ユゥジーンはその隙に手綱を握った。

 

「じゃ、俺は行くね。二人も道中気を付けて」

 

「あ、うん…… ・・ねえ!」

 沈んだ顔のまま馬に跨がるユゥジーンに、フウヤが声を掛けた。

「神サマっていうとね、三峰の山の神サマのお祭りがあるんだ、秋に。それまでに波紋の問題を片付けてさ、遊びにおいでよ。お客さんOKだから」

「祭り? いいな」

 

「御馳走が並ぶ。広場を飾り付けて。女の子達が凄いスカートで踊る。美人が多い、それなりに」

「へえーー」

「紹介してあげるよ、僕、顔が利くんだ」

「またまた」

 

「本当だよ、フウヤは女子ウケがいいんだ」

 ヤンも話に乗って来た。

「猫っ可愛がられ体質っていうの。触ると嫌がるから余計に触りに来る」

 

「僕は猫じゃない!」

 

「あはははは」

 

 ユゥジーンは笑顔のまま風に乗った。

 

 うん、本当に遊びに行こう。

 空の波紋の問題を頑張って片付けて、一度まとまった休みを取ろう。それくらいは許して貰えるだろう。

 ヤンとフウヤの家に止めてくれるかな。あの二人とバカみたいな男子トークを一晩中やってみたい。

 頭の中にカラフルなスカートをクルクル回らせながら、ユゥジーンは帰途に付いた。

 

 遠くの山には黒い雲が掛かっている。

 その中に僅かに水の波紋が揺れた。

 

 

 

    ***

 

 

 

 空に幾重もの波紋が広がり、青銀の髪の妖精が、落ちて来る波紋の渦を鋭く見据える。

 錫杖(しゃくじょう)を構えて緑の槍を創り出すのにも、すっかり慣れた。

 放たれた槍は渦を蹴散らし、一瞬見えた向こうの世界では、紫の前髪の女の子がニンマリ笑って手を振っていた。

 

 

 大長とソラの二人が根城にしている洞窟。

 ソラが火を焚いて待っていると、大長が雨粒を払いながら入って来た。

 最近は別行動で波紋退治に出るようになっている。それだけ波紋の出現頻度が増えているのだ。

 

「あの、大長様、そろそろ聞いてもいいですか」 

 

「はい」

 大長は静かに改まって、ソラに向いて座り直した。

 

「この空の波紋は誰が何の目的で作り出しているのか、何処からどうやって燃料を流し込んでいるのか……そういう事とか、あと、大元を叩きに行く事は可能なのか、可能だとしたら何故すぐに行かないのかとか……」

 

「ああ、はい」

 聞かれるのは予測していただろうが、大長は少し止まって考え込んだ。何から話し始めればいいのかと迷っている風だ。

 

「……・・あぁ―― あの、やっぱりいいです。今まで言わなかったのには理由があるんでしょうし、話せる時になったら話して下されば。僕は何があっても大長様を信頼していますし」

 

 いえ、と言って大長は、遠回りですみませんが我慢して付き合ってくださいね、と前置きして話し始めた。

 

「幼子(おさなご)が、大人に相手にして貰いたいのに振り向いて貰えない時、どうしますか?」

 

 え、本当に遠回りだな・・と戸惑ったが、ソラは真面目に考えて答えた。

「泣いて騒ぎます」

 

「その声が相手に届かないと分かったら?」

 

「んと……物を投げるとか、後は、何かを壊して気を引こうとしたり」

 

「それです」

 

「は?」

 

「波紋の渦を作る理由と目的。まぁ、さすがにそれだけではないとは思いますが、根底にあるのは、多分それです」

 

「ぇぇ・・・・」

 

「でも、そういう気持ちを相手に気取られたくない、優位に立っていたい、悪さをして困らせて、相手を下手(したて)に降(くだ)らせて、機嫌伺いの言葉を貰いたい……大体そんな所です」

 

「……あの、何だか、それって……」

 

「はい」

 

「西風の元老院を思い出しちゃったんですが」

 

「はい、まさに。西風にとっての元老院みたいな存在が、蒼の里にも在るのですよ。とてもとても厄介な形で」

 

「・・・・・・」

 

 ソラにとっては、この上なく分かり味深かった。

 結局具体的な事は聞けず終いだが、それよりも深い所をザクリと打ち明けてくれたのだと思えた。

 だから、「それは心中お察しします」と素直に話を閉じて、練習しかけの呪文の詠唱法に話題を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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