六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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愁雨・Ⅱ

   

 

 

 

 『あっち側』の空間にだって雨は降る。

 地上みたいに満遍なく蕭々(しょうしょう)と降るのではなく、所々で固まって、滝のようにドシャアッと落ちて来る。

 落ちた水は地面を流れず、そのまま何処かへ通り抜けて行く。

 

「一体どういう仕組みなのかしら」

 白蓬(しろよもぎ)のお腹の下で、リリはシンリィと寝転がって、滝の流れを眺めていた。

 ここの所、朝から朝まで波紋の相手をしてヘトヘトだ。

 特にシンリィは疲れが激しい。破邪を使うのは外の世界には何人かいるのだが、こちらはこの子一人。

 最近リリが呪文を助ける術を会得したので、ちょっとだけ負担が減ったが、波紋の増え方の早さには追い付かない。

「あたしも早く破邪を使えるようになりたいなぁ」

 

 ウトウトしていたシンリィが、ピクリと動いて身を起こした。

 空気が流れて、何処かで波紋の大きいのが揺らぎ始めているのが、リリにも分かった。

 

「もぉ、やっと寝かせてあげられたのに」

 

 シンリィは、胸のピンクの石を握って目を閉じる。

 これで地上の、羽根や石板のカケラを持っているヒト達に伝わるらしい。

 

 

 

「あれ、じじさまと違う?」

 水底に開いた窓の向こうの地上に、髪の長いシルエットが見えたが、大長より線が細い。

 雨衣のフードから滴をしとどおらせて此方(こちら)を見上げるのは……

「父さま……」

 

 蒼の里のナーガ長は、既に抜刀して術を唱え始めている。

 今まさに雨雲の中から、黒い波の輪が禍々と出現した所だ。

 シンリィが指を組んで羽根を広げる。

 リリも慌てて呪文を唱えた。

 

 

 じじさま程の迫力はないけれど、真っ直ぐな光が正確に届き、波紋は誕生するや否や消滅した。

 父さまも、まあまあ凄いのね……

 

「??」

 そのナーガが、まだ閉じていない穴からこちらを見て手招きをしている。

 

「えぇ…… しんりぃ、どうしよう」

 振り向くと、もう羽根の子供は、白蓬のお腹の下に潜り込み、コロンと横になっている。

 まぁ疲れているのは分かるけれど……

 今一度地上を見ると、ナーガはまだ手招きをしている。

「もぉ!」

 

 小雨のけぶる山の頂(いただき)に、小さな波紋と共に丸窓が開いて、紫の前髪がポンと顔を出した。

 

「やあリリ、久し振り」

 

「……何かご用?」

 リリはそっけなく言った。大きくなったねとか言われるのはウンザリなのだ。

 

「ああ、手伝って貰おうと思って」

 ナーガは有無を言わせず、娘の手を引いて穴から引っ張り出し、自分の雨衣を被せた。

 

「な、何を?」

「これこれ」

 地面から何かを摘まみ上げて差しだす。

 

「??」

 リリはつい手を出してしまった。

 掌に乗せられたのは、小指の爪よりも小さい赤い実。

「何、これ?」

 

「苔桃(こけもも)っていうんだ。風露の山には無いだろ? 食べてごらん」

 ナーガは赤い粒を一つ口に入れて見せた。

 

「…………」

 リリも恐る恐る口に入れて噛んでみる。

「ゔ! すっぱい!」

「あはは、酸っぱいだろ」

「もぉ! すっぱい、すっぱい!」

 

 ナーガは笑って、実が沢山生っているあたりを指差した。

「手伝っておくれ。小さいから集めるのが大変なんだ」

「どうすんの? こんなにすっぱいの」

「糖蜜と混ぜて煮込んだら美味しいジャムになる。鍋一杯分要るのに、全然増えて行かなくて」

 

「…………」

 リリはそちらへ行って屈み、足元の実をチマチマと摘み始めた。

 何やってんだろ、このヒト。

 何やってんだろ、あたし。

 

「苔桃採りに来たら、いきなり波紋が現れてビックリしたよ」

 ナーガは布袋の口を開けて、娘に向ける。

 リリは両手一杯になった実をそこに放り込んだ。

 こんな大変な時に、夜明け前一人で、雨の中、苔桃採ってる長さま……

 

「呑気ね……」

 ポツンと出てしまった。

 ナーガは聞こえなかったように、黙々と実を摘み続ける。

 リリも何だか摘み続けた。

 

 リリの胸のお守り袋がピカピカと明滅を始めた。

「あ、もう帰らなきゃ」

 穴が閉じかけたら知らせてくれる術を、前にじじさまが掛けてくれたのだ。

 

「そうか、うん、リリのお蔭で一杯になった」

 ナーガは馬を呼んで、赤い実の布袋を鞍鞄にしまった。

 

 濡れた髪の後ろ姿に、リリは思わず叫んだ。

「ねぇ、蒼の妖精の長さまなら、こんなの家来に命令してやらせればいいじゃない。何、雨の中一人でチマチマこんな事やってんのよ」

 

「わあ!」

 振り向いたナーガは、目の中に星をキラキラ煌めかせている。

「初めて一杯喋ってくれた!」

 

「~~~~!!」

 リリは思いっきり口をつぐんだ。

 だからイヤなんだ、このヒトと喋るの!

 引っ剥がすように脱いだ雨衣を父親に押し付け、頬を膨らませたまま丸窓に飛び込む。

 

「ありがとうね、リリ。その毛糸可愛いよ」

「知らない!」

 

 リリが水底の空間に戻って穴を閉じると、シンリィが寝惚け眼でこちらを見ていた。

「しんりぃは父さまの事好き? あたし、分かんない」

 

 

 

   ***

 

 

 

 秋に色付く森の深奥の風穴。

 大長とソラの拠点の一つ。

 地衣を敷いた床の奥に、ソラが術切れでぶっ倒れて寝ており、細い火を炊く大長の横で、リリはカマイタチの術の練習をしている。習得はした物の、全然力が弱くて、茘枝(ライチ)の皮を割る程度にしか使えない。こんなのより早く破邪の術を覚えたいのに。

 その内嫌気が差して、いつもの綾取りに移行し、今朝の事を大長にボヤき始める。

 

「ホンット、父さまって呑気。蒼の長さまって、あれで務まるの?」

 

「まぁ……ナーガはやってみたかったのでしょうね、今の内にそういう事を」

「??」

 

 風穴の外では雨が上がって、夕陽の薄日が差し掛けている。

 雨が降ると波紋が多い。今日も昼間に波紋がこれでもかと出現し、大長達はフル回転だったし、シンリィはあちらの空間で眠りこけている。

 食べ物は、あちらの空間にどこからか張り出した木の実を採ったり、大長から貰ったりしているのだが、食も細いシンリィは、食べながら眠ってしまう。お蔭でずぅっとやせっぽちなままだ。

 リリが一緒にいるようになってからは幾らか食べるようにはなったらしい。それでも、もう自分に背を追いこされそうになっている彼に、リリはやきもきしている。

 

 最近は、街や村単位で襲う巨大な波紋以外は対処しないで、見逃す事が多くなった。

 地上に負の空間の被害に遭うヒトがポツポツと出始めている。

 そうして、少しずつ少しずつ、ヒトの世の何かが変わって行く。

 

 

「ねえ」

 リリは綾取りの毛糸を髪に巻いて、大長を振り向いた。

「その、ネンリョウを送って波紋を作り出す悪い奴を、やっつけに行かなきゃいけないよ、やっぱり」

 

 彼女はそれを前から言っている。

 そして大長の答えはいつも同じだ。

『出来得るならば直接やり合いたくない』

 こちらが潰し続けていれば、あちらがエネルギーを枯渇させて諦める…… そもそも『あちら』にはそんなに大した力の蓄積は無い筈なのだと。

 だが今回は、枯渇どころか波紋はどんどん数を増やして大きくなっている。

 エネルギーを何処から得ているのかが謎なのだ。

 

「悪い奴らなんか滅ぼしちゃって、二度と復活させないようにすればいいのに」

 

 大長は少し眉根を寄せてから、穏やかに、ゆっくりと返答をした。

「ねえリリ、何が良いとか悪いとか、世の中の一部でしかない私達が、勝手に決め付けてはいけないのですよ」

「んん? んーーと?」

 

「例えばね、リリがお腹が痛くなった。でもだからといって、痛いお腹を切って捨てる訳には行かないでしょう?」

「ひえぇ、イヤだぁ!」

 

「だってそれは、冷たい物を食べ過ぎたリリがいけないんです。お腹は痛くなって、リリに『それは身体に良くないよ』って教えてくれているんです」

「ふうむぅ……」

 リリはお腹をさすりながら、目をパチパチさせた。じじさまが言の葉に出すと、本当にお腹が痛くなるような気がして、結構怖い。

 

「そしたらリリは、もう食べ過ぎたりしないでしょう? そうやって学んで成長する為に、世界には良いも悪いも満ち溢れているのですよ」

 

「ふうぅん…… でもさ、セカイの皆が気付くの、間に合わないよ? あっちの水は流れなくなるし、こっちの山は崩れて行くし。水底の世界の窓は見渡せるから、そういうのが本当に分かる」

 

「そう、皆が気付くのを待っていたら、遅きに失する時がある。その為に蒼の一族が居るのです」

「へ?」

 

「世の中の流れを見据え、正しい方向へ風を流す。その判断する力を培う為に、私達は多くの寿命を頂いているのですよ」

「えっそうなの? 寿命って貰う物なの? 誰に?」

 

 大長は苦笑した。

「さあ、リリは誰だと思います?」

「ええ~ 神さまとか、そういうの?」

 

「リリの信じるモノでいいのですよ。そういうモノから役割を渡されて、私達は過分な寿命を頂いている。その寿命で得た知識や能力は、個人のモノではない、役割に添って供されねばなりません。それが摂理です。責任を果たさねば、私達の寿命はたちまち短くなって行くでしょう」

 

「うぅ~~」

 リリは眉間にシワを寄せた。

 何でも答えてくれるじじさまは好きなのだが、たまにセツリだのセキニンだの、お説教じみると嫌になる。

 

「あたしには関係ないモン。蒼の里なんか行かないし」

 そう言うと、明滅し始めたお守り袋を押さえて、リリは帰りの穴に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:愁雨 
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