六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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飴色の跳ね駒・Ⅴ

 

 

  

 

 三人が街を出る頃には、辺りは薄ら明るくなっていた。

「結局ほとんど寝られなかったね」

 

「まったくルウはルウはルウは」

「すまない、フウヤ。だけれど、私は人生と引き換えにしてでも、粕鹿毛を買い戻してやりたいんだ」

「ルウ、だから人生と引き換えなくてもいい方法を一緒に考えようね……あれ?」

 

 街から離れた古い塀に天幕を張っていたのだが、自分達の馬の側に、知らない人馬の集団が居る。

 

「どうしてこう、次から次へと!」

 ヤンは慌てて走った。

 

 大人の影は一人だ。

 後は馬やロバが十数頭、鳥の入ったカゴを積んだ荷車が一台。家畜商だろうか。

 シンリィ一人の天幕を見て、なめてかかっているのかもしれない。

 影は、白蓬の頤(おとがい)に触れようと、手を伸ばしている。

 

「ダメ! 指を喰いちぎられる」

 

 走り込んだヤンの手は間に合わず、優しげな外見の馬は一転して歯を剥いた。

 ――ガチン!!

 火花が出るかって程の噛み付き音。

 

 しかしその人物は、ヤンか来る前に素早く手を引っ込めて、軽やかな声を上げた。

「はっはぁ! お前、相変わらずだなぁ!」

 

 ヤンはポカンと、暢気な団子鼻の男性を見上げた。

「お、おじさん!? 五つ森の」

 

「ん? おぉ、ヤン! フウヤも! 何でこんな所にいるんだ?」

 

「おじさんこそ……」

 

 そこに居た赤い隈取り化粧の男性。

 ヤンとフウヤが以前世話になった、五つ森という騎馬民族の、繁殖場長の息子だった。

 

 その村で二人は結構酷い目に遭ったのだが、この男性に対してだけは、ヤンは誤解から酷い言葉を投げ付けてしまった。

 大切に保護されていた白蓬を、閉じ込めて虐待していると勘違いしたのだ。

 旅に出た時に一番に謝罪に行ったのだが、和解してみると、馬好きが高じただけの、普通に優しいヒトだった。

 

「なぁ、こいつ随分大きくなったな。この羽根のチビッコの馬だったんだって? いやいやいや、ここで会えるなんて、そうかそうか、はははは」

 男性は目を三日月にして、白蓬に手を出してはガチガチやられて喜んでいる。

 

 横でシンリィが、戻った三人を哀しそうな目で睨み上げている。

「ごめん、ごめんって、シンリィ」

 ヤンやフウヤが謝っても、男性の小肥りの腹の陰に隠れて出て来ない。

 そりゃ、夜中に独りぼっちにされたら、普通にショックだよな。

 

 

「おじさんも馬を売りに来たの?」

 やっと機嫌を直してくれたシンリィがお茶を入れ、一同車座になった。

 ルウシェルは、ロバや鳥(クイナ)が珍しいのか、そちらに見入っている。

 

「ああ、五つ森産の馬はそこそこ評判が良いんだぞ」

「本当だ、皆逞しくて強そう」

 

 五つ森の集落は、疫病の被害が酷くて子供がほとんどおらず、それを知らずに訪ねて行ったヤンとフウヤが拉致られそうになったりした。

 

「我らも反省してな。籠っていないで、もっと他部族と交流を持つ事にしたのだ」

 

 良い馬を作るノウハウは一流だったので、他部族から若者や子供が学びに来るようになった。

 お返しに、壊れたままだった家屋や厩舎を直して貰ったり、新たな流通経路の口利きをして貰ったり。今では以前と比べ物にならない位、村内が活気付いているとの事。

 

「へえ――! じゃあまたお婆ちゃんに会いに行きたい!」

 フウヤも嬉しそうに言った。

 

「おお、来い来い。皆羽振りが良くなったから、以前と違って余裕があるぞ。養子を迎えた所も多い。俺の親父なんか年甲斐もなく新たな趣味に走り出したりな」

 

「どんな趣味? 骨董とか?」

 

「いやいや、あのヒト、天性の馬バカだから。前回の馬市で、北方の森林部族の馬を入手して連れ帰ったら、その大きさに度肝を抜かれてな。それから他国の馬に興味を持ち出した。だから今回も親父を喜ばせてやろうと、南方の馬商人に手を回して、珍しい馬を集めて貰っているんだ」

 

「・・・・・・」

 

 アンタだったんか――――いっ!!!!

 

 

 ***

 

 

「は――ん・・」

 

 ヤンとフウヤの説明を受け、五つ森の男性は、口を指で覆って真剣な表情になった。

 

 説明といっても、西風の長様やシドの思惑、夕べの騒ぎなんかは伏せて、ただ不本意に売られてしまった馬を買い戻したい、って事だけを告げた。

 後の説得は、張本人のルウがすべきだ。

 

 ヤンもフウヤも、この男性が、普段はひょうきんで優しいが、いざ馬に関する事となると、妥協を許さず厳しくなる事を知っている。

 だから人伝(ひとづて)ではなく、彼女が心から頼む必要があるのだが……

 ……肝心のルウは何処だ?

 

「あ、ああ――っ!」

 寝不足の頭に響く元気な悲鳴と、ガタガタ、グァシャンと軽快な破壊音。

 

「ルウ、何やってる!」

 

「ちょ、ちょっとその鳥を近くで見たくて……」

 カゴが荷車ごと引っくり返り、コロコロしたクイナが賑やかに走り出している。

 

「何で今、それをやらかす……」

「フウヤ、いいから捕まえろ!」

 

 少年二人が駆け出す横で、団子鼻の男性はお茶を飲みながらのんびりと言った。

「あ――、そのクイナ、飛ぶから」

「ええっ!?」

 

「親父が改良した、飛翔型クイナだ。トンビ並の高さまで飛ぶぞ」

 斑の翼を羽ばたかせて、丸いクイナが次々と舞い上がる。

 

「な、なんでそんな魔改造を!」

「いや珍しがられて売れるかなって」

「誰もクイナにそういうの求めてないからっ!」

 

「あ、親父の芸術を馬鹿にしたな。回収出来なきゃ弁償だ」

「うそだろ――っ!」

 

 キュン! と風切り音が響き、シンリィの白蓬が馬体を縦に、垂直上昇した。

 

「おお!」

 男性が目を煌めかせて立ち上がる。

 

「えっ? ル、ルウ!?」

 

 シンリイの後ろにはルウシェルが乗っている。

 しかも、片膝を立てて、片手に麻袋。

 

 いかに改造クイナと言えど、白蓬の前では空中に漂う風船だ。

 丸いクイナは次々と捕獲され、袋に放り込まれる。

 しかもルウは、旋回する白蓬の上で、鞍の後ろに片足を引っ掛け、ほとんど立ち上がっている。

 

「すっげぇ、怖くないのかよ」

「たまに後ろに乗せて貰ってはいたけれど、いつの間にあんな芸当……」

 

「大したモンだ、おぉ、凄い凄い、ははは、ははは」

 男性は子供みたいに手を叩いてはしゃいでいる。

 

 

 ひぃふぅみぃとカゴの中を数える男性を、皆で覗き込む。

「よし、全部居る。一羽も欠け無しだ」

 

「やったあ!」

 子供達は声を上げてハイタッチした。

 

「しかし、間近にこの目で見ると、やっぱり違うモノだなぁ、風の妖精の操馬術って奴は」

 

「ああ、はぁ……」

『シンリィと白蓬はどっかのネジが飛んでいる。他の草の馬と一緒にしないで欲しい』と、蒼の里のジュジュが声を大にして言っていたのは、言わないでおこう。

 

「君、ルウシェルだっけ、君も風の妖精なんだって? 思い知らされるよ。俺らがどんなに他種族の馬に憧れを抱いても、やっぱり、その馬はその部族の元でこそ、一番に力を発揮するんだろうなぁ。いやぁ良い物見せて貰った」

 

「えっと、じゃあ、ルウの馬を……」

 

「それとこれとは話が別!」

 

 男性がピシャリと言い切って、身を乗り出していた一同はつんのめった。

 

 

 ***

 

 

「こ、これで、いいのか……?」

 

 街の家畜市場。

 五つ森の男性が借りた敷地の一角で、ルウシェルが不器用そうに前掛けの紐を結ぶ。

 

「おぅ、じゃあ、クイナのカゴを運んで。後は馬達の足下の掃除な」

「なぁ、おじさん」

「親方だ。馬の代金分うちで下働きをするって、自分で決めたんだろう」

「……分かった、あの、親方」

「なんだ?」

「私だけでいいのに、何でヤンやフウヤやシンリィまで、一緒に働いているんだ?」

 

 

 

 ルウシェルの外した装飾品を、五つ森の男性は横目で一蹴(いっしゅう)した。

 

「うちの最上等の馬と、南の珍しい馬を交換するって段取りで来たんだ。親父と俺で作った芸術品を、こんなガラクタと一緒くたにする気か?」

「…………」

「どうしてもその馬を買い戻したいのなら、君も身を切らねば駄目だ。どうだ、市の間、うちで働いてみるか?」

 

 ヤンは、預かった銀貨で、後でこっそり商談するつもりでいたが、先延ばしにする事にした。

 子供が市でどれだけ働いたとて、馬一頭(西風の馬ならその数倍)の代金になど到底届かない。

 だけれど、これはルウにとって必要な事なのだろう。

 銀貨を渡すのは一番最後でいい。

 

 

 

「いや、ルウがまたクイナを逃がしちゃうんじゃないかと心配で」

「待っているのも暇だし……」

 と言い訳する二人の後ろで、黙々と馬糞カゴを運ぶシンリィ。

 

 向かいの敷地では、ゆうべの馬商人の親方が、目を細めてニコニコと眺めている。

 自分の扱う馬達が、願わくばあのような者達の所に行き着いてくれればいいなと、柄にもない事を考えながら。

 

 

 ***

 

 

「ただいま戻りました、モエギ様」

 

 石造りの建物の外から声がかかり、青い巻き毛の青年が顔を覗かせた。

「あれ、ソラは?」

 

「元老院に呼び出しを喰らったんで、人身御供に行ってくれている」

 中央の机に座したオレンジの瞳の女性が、豊かな碧緑の髪をかき上げながら、眉をしかめて見せた。

 

「まだ性懲りもなく、ルウシェル様を連れ戻せとか言っているんですか」

 

「無理だ不可能だで通すがな。僧正殿は、お前がひと飛びでどれだけ遠くまで飛べるのかにも、関心がお有りではないから」

 

 女性は、ペン軸でこめかみをコリコリと掻きながら、手元の書類に戻った。

「ああ、それでルウシェルはどうであったか」

 

「それがですね」

 

 偵察に行ったこの青年が、こらえきれぬばかりの笑顔を湛(たた)えている様子を見て、西風のモエギ長も豊かな気持ちになれた。

 我が娘は、かけがえのない体験を積み重ねているようだ。

 

 確かに、ただ留学に行かせるだけでは、これは得られなかったろうな。

 進言してくれたこいつらに、感謝感謝だ。

 

 

「モエギ様、聞こえていますか、モエギ様」

 

「あ、あぁ、聞いているぞ」

 

「とにかく、僕はもうご免ですよ、こんな嫌われ役。ハトゥン様なんか、『俺は娘に嫌われたくない』って逃げ回って、ずるいですよ」

 

「その点は、返す言葉も無い」

 

「今回だって、夜中に殿方の寝室に潜り込んだり、空を縦回転する馬の背中に片足でぶら下がったり、見ていて何度心臓が止まると思った事か」

 

「ははは、我が娘は凄いな」

 

「最初から馬商人に話を通して置けば、あんな苦労をさせずに済んだのに」

 

「まぁ、苦労はしてナンボだ。馬も得られそうだし、ここから先の偵察はもういいぞ、シド」

 

「いいんですか? 蒼の里はまだまだ先ですが」

 

「お前の教え子はルウシェルだけではない。修練所の優秀な教官を、我が娘の為だけに、いつまでも煩わせる訳には行かない」

 

「……はい」

 

「大丈夫だ、あの子が帰れば、西風にまた新たな風を吹き入れてくれる。昔、お前達がそうしてくれたように」

 

 

 

 

               ~飴色の跳ね駒・了~

 

 

 

 

 

 




挿し絵:ルウシェルの馬 
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