六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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星の雫・Ⅴ

    

 

 

 エノシラと別れて、ユゥジーンは無言で歩き続けていた。

 相変わらず執務室と反対方向だ。

 ヤンは戸惑いながらも黙って着いて行く。

 

 下宿に通じる放牧地の真ん中で、コバルトブルーの少年は立ち止まった。

「ヤン、教えてくれるか」

「僕が? 何を?」

 

「何か動かなきゃならないのは確かなんだ。でも俺には分からない」

「ええっ!? 普通に執務室の仕事をするんじゃ駄目なの?」

「いつもはそれでいい。ナーガ様が俺に指令を残して行ったとしても、多分そう言うだろう」

 

 頭を抱えて真剣に悩むユゥジーンを、ヤンはじっと見る。昨日、蒼の里の執務室が厳しく系統立って動いているのを知ったばかりだ。だから彼が今何に葛藤しているのか、よく分からなかった。

 

「だけれどヤン、エノシラさんに言ったナーガ様の台詞が変だった。ノスリ様も何か変だった。直前にナーガ様とどんなやり取りをしたのか分からないけれど、とにかく全てがいつもと違って…… 引っ掛かるんだ、サインは残してくれて行っているのに」

「…………」

「本当は、パッと閃いて、即座に動けなきゃいけないんだ。でも俺、そういうのじゃないから」

「…………」

 

「だからヤン、教えてくれるか」

「いや、僕こそ何も知らないよ。一介の草の根の民だよ」

 

 ヤンは面喰らっている。確かに波紋に対しては何がしかの経験はあるけれど、それでも自分は成人すらしていない平凡な山の民なのに。

 

「だからだ。柵(しがらみ)や余計な知識に邪魔されず、真っ直ぐ素直に見透す力。本当にナーガ様の役に立てるのは、俺じゃなくて君やフウヤなんだ」

「まさか、そんな……」

「じゃあ一緒に考えて。今この状況で、君はどうする?」

 

 真剣な友の顔…… ヤンは目を閉じて考えた。

 分からないなりに、一所懸命、そのまま真っ直ぐ……

 そう、僕なら…………   あ  …… 

 

 目を開けて、周囲の黒雲を見回す。

 

「僕なら、まず里の外へ出る」

「里の外……」

「うん、さっき、里の中は結界で守られていて大丈夫って言っていたでしょ。安全なのはいいけれど、分厚い膜が掛かった感じで、外の気配も音も遮断されている。ここに居たって何も分からないよ。僕ならまず外に出る」

 

「分かった、その通りだ」

 ユゥジーンは顔を上げた。結界に慣れきっている自分からは出ない答えだ。

 

 ザワつきが大きくなる居住区を背中に、二人は厩へ走った。

 

 

 

   ***

 

 

 

 ヤンを後ろに乗せてユゥジーンは、静かに馬を舞い上がらせて、低空のまま里の結界を抜けた。

 

「うわ! 何だこれ!?」

 外に出た瞬間、ザァッと鳥肌が立った。

 周囲の空の揺らぎからの圧なのか、肌を刺す怖(おぞ)付きが半端ない。

 肩越しに後ろのヤンを見ると、髪を逆立てて金縛りに遭ったように硬直している。日頃山で獣の気配に神経を張り巡らす生活を送っている彼は、何倍にも悪寒を感じているんだろう。

 

「酷いな、壁一枚の向こうでノホホンとしていたなんて、ゾッとする」

「でもユゥジーン、結界も無いフウリさんのようなヒト達は、今どんな思いをしているんだろう」

「…………」

 

「あっ」

 里の馬繋ぎ場から十騎ばかりの草の馬が、打ち上がるように一斉発進した。

 執務室のメンバー達だ。

 彼らは八方に枝分かれして、草原の各所へ散って行く。主だった部族への連携や対処に向かうのだろう。

 外に出た瞬間、ユゥジーン達と同じ感覚に見舞われたのか、皆真剣な表情になり手綱を握り直している。

 何人かはユゥジーンに気付いたが、指で敬礼するのみで、自分の役割をこなしに行った。

 

 

「ユゥジーン、もっと高くまで上がれる? 行ける所まででいいから」

「ぉ、おう」

 

 草の馬の飛行は術力をあまり要しないが、それでも乗り手の資質で差違が出る。

 ユゥジーンはこの近辺の山を越えられる程度。それ以上の山越えは、休みながら気流を探さねばならない。

 ナーガ長はその数倍まで一気に上がり、どんな高い山にも引っ掛からない高速気流を使いこなす。

『シンリィの後ろに乗せられて青空遥か足下、丸い地平線の雲の上に朝陽が伸びて行く様を見た』なんてヤンの話に、『あれは血統チートだから一緒にしちゃダメ!』と返した物だ。

 

 精一杯馬を舞い上がらせ、黒い波紋をぐるりと見渡せる位置で停止した。

 ヤンは目を閉じて感覚を巡らせ、次に目を開けて、ある一定方向を見据えた。

 

「……やっぱり」

 ハイランダー独特の節太(ふしぶと)の指が、北西をピシリと指す。

「分かる? あそこを起点に全体を見据えると、すべての波紋の流れが自然に繋がる」

 

「う――ん、ああ、何となくそうかも…………あ!」

 ユゥジーンは、彼の指先、遠くに霞む白い山々を見て息を呑んだ。

 

「・・風出流山(かぜいずるやま)?」

 ヤンの冷静な一言。

 

「そう、あそこの一番高い頂。ヤン、知っていたの?」

 

 ユゥジーンは、風の神を祀った古い神殿があるとしか知らない。高山地帯で気流がトンでもないから、それらを飛び越えて行けるナーガ長しか、参りに行けない場所だ。

 

「僕の文通相手には、この世の端で結構長く生きているヒトもいて、『風出流山』を知っていた。あの山麓住人のお爺ちゃんとかは普通に信仰しているし。最近の波紋の出現情報を時系列順に地図上に並べると……ユゥジーン、あそこを起点にしていたんだ。今、上空から見て、改めて確信した」

 

「…………」

 

「他にあの山の事で何か聞いていない?」

 

「……と言われても……ああ、エノシラさんが連れて行って貰った事があるって。だからそんな物騒な所じゃないと思うんだけれど。ナーガ様の母君がめっちゃ綺麗で、氷の円柱が幾つもそそり立つ立派な神殿に、ピカピカの鏡みたいな床や壁……」

 ユゥジーンはハッとなった。

 

 ヤンも真剣な表情で彼を見ている。

 

 二人、どちらからともなく顔を見合わせて頷いた。

 

「行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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