六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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六連星・Ⅴの章スタート


六連星・Ⅴ
風出流山(かぜいずるやま)・Ⅰ


  

 

 

 

 雪原を駆ける雪豹(ゆきひょう)の背中なんて勿論乗った事ないけれど、きっとこんな感じに違いない。

 ユゥジーンとヤンを乗せたコバルトブルーの馬は、主の要求に応えて、水底の重い空間を能力以上の力で駆け上がってくれた。

 

「あそこだ!」

 ヤンの類稀なる『見る力』は、通りすぎる窓々から、行くべき地平線を見極めた。

 

 ――ひ、開け――っ!

 

 ユゥジーンが急いで唱えた呪文で窓はぶち破られ、そこから飛び出すと、二人の身体は一気に高空の冷気にさらされる。

 

「うぁ、耳がぁ!」

「耳抜きしろ、耳抜き、唾呑んで!」

 多分本当に自分達の身体が耐えられる限界の高度だった。

 ヤンの眼がなければ来られなかったろう。

 

「あああ!」

 そこに広がる光景に、二人は耳の痛みも忘れて声を上げた。

 昼とも夜ともつかない澄みきった紺碧の空。

 すぐ頭の上を高速で走る百千の帯。

 風だ。この星を巡る数多(あまた)の風が、縦横に遥々(ようよう)と流れているのだ。

 

「ヤン、見える?」

「風の帯だろ? ユゥジーンと同じ見え方かは分からないけれど。色が付いているのは温度? 方向? 速さかな? 凄いね、これ」

「…………」

「あ、あの山岳地帯に通じる白い帯、あれに乗ればいいんじゃないかな。ね、ユゥジーン」

 

 ヤン、どこが一介の草の根の民だよ……

 

 

 

 

 剣のような頂が連なる白い山岳地帯。

 ひときわ高い独立峰を目指して、二人乗りの騎馬は風の帯を飛び出して降下した。

 初めての高速飛行に感動している暇なんてなく、鞍上の少年達は髪にツララを下げて青息吐息だ。

 

 頂上から少し下に広い棚があり、建物が崩れたような氷の塊が積み重なっている。

 夢で見た建物はこれかもしれないが、激しい降雪に隠されていつ崩れたのかよく分からない。おまけに白い靄も湧いて来た。

 

 馬を下りて二人は、凍った髪をかき上げて、周囲を見回す。

 

「あっちの氷の塊が夢で見た神殿の瓦礫っぽいけど。ユゥジーン、でも地面にあった大穴が見えないね。 …………ユゥジーン!?」

 ヤンが慌てて振り向くと、すぐ後ろにいたユゥジーンが消えている。

 ゾクッとして、その場から足を動かさずに360°を見回した。

 乗って来た馬すら居ない。

(そんな、ほとんど動いていないのに)

 

「ユゥジーン、ユゥジーン!」

 呼んでも返事はなく、視界はホワイトアウトして水底のように歪んで行く。

 まずい、まずい。

 ヤンは意識をしっかり保つように、頬や膝をパンパン叩いた。

 

 目前の靄の中に人影が浮かぶ。

 ユゥジーン? 違う、例のマボロシか? 性懲りもなく・・

 

「ヤン!」

 

 予想に反して、雪の中から現れたのは、思わぬ人物だった。

「これも、マボロシか……?」

 

「ううん、正真正銘、僕だよ。足に力が入らなくて、そっちに歩いて行けない。支えてくれる?」

 

「フウヤ!!」

 白い少年が目を開いて立っている姿を見て、ヤンは心が震えた。

 思わず駆け寄りそうになったが……

(いや待て、何でこんな所に彼が居る?)

 

「どうして此処に、って思ってる? 明け方、お姉ちゃん人形に呼ばれたの。寝る前に鏡を伏せていたのに、不思議だなって思って目を開けると、部屋の中にいきなり波紋が現れて」

「……それで?」

 

「波紋に穴が開いて、向こうにヤンが見えた。すっごく寒そうな場所にいて、それで羽織る物を持って行こうと」

 フウヤは手に掴んでいた鹿の毛皮を差し出そうとして、よろめいた。

 

 ヤンは思考するよりも先に足が出て、彼を受け止めていた。

 細っこくて軽い、いつものフウヤ。

 

「ねぇ、ここは何処なの?」

 毛皮をヤンに被せながら白い子供は訪ねる。

 その毛皮を寝巻きの彼に被せ返しながら、ヤンは白く霞む周囲を見回す。

「山の神殿……の筈なんだけれど」

 

「神殿ってあれの事?」

「??」

 

 フウヤの指差す先、靄が流れて柱が現れ、いきなり見上げるような神殿がそそり立った。

 雪の中なのに彫刻の細かい彫りまでが鮮明で、今造り上げたようにピカピカしている。

 

「あの中へ行けって事なんでしょ?  行こうよ、雪を避けられるし」

 

 ヤンは後退(あとずさ)って、フウヤから身を離した。

「お前…………本当にフウヤか?」

 

「フウヤだよ。疑り深いな、ヤンらしいけど。なら二人しか知らない秘密を聞いてみてよ」

「マボロシは僕の心を読める。意味ないよ」

「う――ん、じゃあ、ヤンの知らない僕の秘密、話そうか?」

「えっ・・」

 

 フウヤはいつものいたずらっぽい表情を崩さないまま、話し始めた。

「ヤンの頭のバンダナ、珍しい色でしょ。春の新芽みたいに透明な黄緑。僕、三峰に行く前、風露の関で色んな種族のヒトを見たけれど、その色を目にしたのは二回だけなんだ」

 

 ヤンは怪訝な顔になった。いきなり何を?

 確かにこの黄緑は、三峰に古くから伝わる特殊な発酵法で出す色だ。

 

「いっぺんは市場でヤンと初めて出会った時。もういっぺんはその前日。川柳(かわやなぎ)という村で、一人だけがその色の布を川にさらしていた」

「?? どういう……事?」

 

「どういう事なんだろうね。だから僕は、勝手に色々色々、考えたんだ。布をさらしていた僕を生んだお母さんは、いつ誰にその色の染め方を教わったのかなぁ、とか」

「……フウヤ……」

 

「それでね、確かめたくって、ヤンにくっ着いて行ったの」

「…………」

「これが僕の秘密だよ、ヤン」

 

 ヤンはマジマジと、白い子供の薄紫の瞳を見つめた。

「分かった。お前は間違いなくフウヤだ」

 

 

 ***

 

 

「ねぇ、どこまで行くの?」

 

 ユゥジーンは、終わりがないかと思える長い氷の廊下を歩いていた。

 前を歩くのは、オレンジの瞳の西風の娘。

「私に分かる訳がないじゃないか。明け方、妙に現実感のある夢を見て、胸騒ぎがして里の外に出たら、目の前に小さい波紋が降りて来た。波紋の向こうにユゥジーンが見えて、飛び込んだら夢で見た神殿が立っている。だったら入ってみるのが筋じゃないか?」

 

「ルウ…… 罠かもしれないとか思わないの?」

 

「罠でも何でも進んでみなきゃ、シンリィもあの女のヒトも助けられないだろ。それにしても寒いな。こちとら砂漠の服装なんだから、招待するなら少しは気を使えってんだ」

 

「ああ、ちょっと待って」

 ユゥジーンは自分の袖を裂いて、素足に草履履きの娘に履かせてやった。馬がいたら多少の予備は携帯していたのに、下りた瞬間ヤンともどもはぐれてしまったのだ。

 

「すまないな」

「まぁ俺は筋肉着てるから」

 

(しかし本当にまさかまさかだよな)

 ユゥジーンは改めて隣のルウシェルを見直した。

 最初いきなり彼女が現れた時は、波紋が見せるマボロシかと思った。

 

「どうした、ジロジロ見て?」

「いや、俺の脳内の生産物だったら、もうちょっとアチコチ出っ張ってくれたんだろうなぁと」

「何だ、それは?」

 

 二人は喧々(けんけん)言い合いながら、廊下を歩く。

 その廊下の裏側を、まるで鏡で逆さにしたように、フウヤをおぶったヤンが通過したが、お互いに気付かなかった。

 

 

 歩いて歩いて、不安になって言葉少なになった頃、唐突に突き当たり、両開きの大扉が現れた。

 高さが天井まであり、かなり重そうだ。

 

「これ、開けるんだよな、やっぱ」

 ユゥジーンは取っ手に手を掛けたが……

「ルウ?」

 ここへ来て、ルウシェルは唇を強張らせて止まっていた。

 理屈より先に、本能が扉を怖がっている。

 

「さっきの勢いはどうした? 開けなきゃ進めないぞ」

「うん、そうだな」

 ルウも意を決して、二人で協力して片側の扉を思い切り引いた。

 

 ――ギィイ・・

 

 

 

 

 

 

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