六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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風出流山・Ⅱ

 

 

 

 ・・・・・・

 

 真っ暗だ、鼻の先も見えない。

 ユゥジーンは慌てて、後ろのルウシェルの腕に自分の腕を絡ませた。また逸(はぐ)れさせられては敵わない。

 あまりに暗くて、身体の感覚すらあやふやになる。

 上も下も、地面に足が着いているのかさえも自信がなくなってしまう。

 

「ルウ、居る? ルウ」

「ちゃんと居るぞ、狼狽えるな、ユゥジーン」

 

 凛と返って来た声を聞いて、安心したが落ち込みもした。

 年下のルウの方が明らかに肝が据わっている。

 そりゃそうだ、西風の長の直系だものな。俺なんかと違う。

 そういうのが頭を過った瞬間……

 

 ――キィン・・   嫌な耳鳴り。  

 

《 よく来たな  我が愛する末裔達 》

 

 聞こえた声は大仰なエコーが掛かっていて、二人は顔をしかめた。

 漆黒の闇の奥に、何かがボォッと浮かぶ。

 水底を通したように揺れているそれは、だんだんに像を結び、やがてヒトガタとなった。

 

 背の高い男性で、一見して歳長けているのか若いのか分からない、しいて言えば植物のような顔。白に近い銀の長髪に薄い色の瞳、宗教画で見たような金銀刺繍の重たそうな法衣を纏っている。

 しかし一番に目を引くのは彼の背中、頭上から爪先まで伸びる、分厚い立派な羽根だった。

 一対ではない。何枚もが積み重なって層になっている。

 

《 そなたらを 待っていた 》

 

「誰だ?」

 ルウが油断なく、花模様の剣の鍔(つば)に手を掛けた。

 ユゥジーンも腕を交差させ、二刀を握って構える。

 

《 そう気色ばむな 我も風の民  そなたらと血を同じくする始祖だ 》

 

(大本命きた――っ!)

 ユゥジーンの背筋をビリビリと震えが駆け上がった。

 俺が遭っちゃってどうするの? ナーガ様とか大人のヒトが対峙すべき相手なんじゃないの!?

 

 そのあたりを聞かされていないルウは冷静だ。

「ご先祖様……? 私達を待っていたと言われても、私には貴方から於曾気(おぞけ)しか伝わって来ない。失礼だが貴方は『生きた』存在なのか?」

 

 有翼の男性は、少し眉を動かした。

《 我に肉体は無い。そして個人でもない。太古からこの神殿と共にあった風の始祖の総意、精神と意志の集合体、神に近い存在と言うと理解しやすいか? 》

 

「・・・・」

 ルウは剣の柄から手を離さない。

 自分を神だなどと言う者ほど胡散臭いモノはない。

 

「あの、神殿の守り人の女性と、小さな男の子を知りませんか? ここに出来た穴に落っこちちゃったのを助けに来たんですけれど」

 ユゥジーンは取り敢えず聞いてみた。

 

《 さて、何処かに居るのかもしれないな 》

 

「えっとじゃあ、波紋を作って地上に迷惑を掛けているって貴方なんですよね? 何でそんな事してるんですか?」

 

《 さて、それはどうだろう 》

 

 組んだ腕からルウのピリッとした怒りが伝わって来た。

 まぁユゥジーンだって、まともに答えて貰えるとは思っていない。

 

《 そんな事よりも…… 》

 

 少年少女は身構えたままだが、有翼人は無頓着に自分の話をサラサラと語り始めた。

 

《 我はそなたらを買っているのだ。だから特別にここへ招いて対話をしてみる気になった。そなたらの幼いながらの正義感と賢さに、好感を抱いているのだ 》

 

「だから何だ? ご褒美に飴玉でもくれるってのか?」

 ルウは斜(はす)に構えた。ネチネチした誉め言葉には必ず裏があるって、尊敬する父者(ててじゃ)から叩き込まれている。

 

《 褒美、そう、褒美を与えてやろうと思ってな 》

 

「褒美? ヒトの婚礼に土足で踏み込んでおいて、どの口が言うか」

「ルウ、何かくれるってんなら、話だけでも聞いてみない?」

 

 ルウシェルにしたら大切な西風を襲った憎い相手だが、婚礼の儀式ドコロじゃない事態を引き起こしてくれた事に多少の有り難みを感じているユゥジーンは、ちょっと譲歩した。

 

 しかし二人の意見が割れた瞬間。

 

《 そうだ、お前は賢い 》

 

 絡めていた腕がスゥッと引き抜かれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

(しまった!)

 ユゥジーンは慌てて周囲を探るが、ルウシェルの身体はもうそこに無い。

 代わりに、目前にぼんやりと、何かの塊が浮かぶ。

 

 鳥? 違う、羽根、翼? 

 薄い銀色の、一対の、閉じられた羽根。

 

《 我の羽根を一つ、そなたに授けよう 》

 

「は? ・・ええっ!?」

 

《 我はな、風の末裔の未来は、そなたらのように賢い若者にあると考えたのだ。古き慣習に慣らされた体制ではない、自由な発想で新しい風を吹き込める初々しい世代に 》

 

(胡散臭ぇ・・)

 本当に初々しく、自分を賢いと思っている無敵の若者なら乗せられたかもしれないが、身の程を知り過ぎて自己肯定感が皆無に近いユゥジーンには響かなかった。

「あ、俺は大丈夫です。他を当たって下さい」

 

 有翼人は一時(いっとき)黙ったが、すぐに声音を変えて畳み掛けて来た。

《 術力を秘めた護りの羽根だ。あらゆる術が使えるようになるぞ。本当に要らないのか? 》

 

「どうせ『個人差があります』とかいう後付けがあるんでしょ。そういうのいいですから」

 

《 また黒の災厄が来ても、そう言っていられるか? 》

 

「え」

 

《 来ないとは限らないぞ。羽根があればああいう物も恐れずに済む。そなたのすぐ身近にも居ただろう。黒の病を被りながら、羽根に守られて永らえた子供が 》

 

「…………」

 

《 ・・ユゥジーン・・ 》

 

 名を呼ばれて、少年はビクリと揺れた。

 ――ま、まずい!!

 言霊(ことだま)だ、名前を呼ぶことで相手を支配する術。

 心の扉の少し開いた隙間を突いて、無理やり足先を捩じ込んで来る奴だ。

 

《 病を跳ね退けるだけではない。長の血筋に匹敵する能力を得られる。昔の蒼の里に居た翡翠の羽根の術者のように 》

 

 ……カ、カワセミ様? 確かにあのヒト凄かったらしい。『不世出の術者』とか言われて、いまだに語り継がれているぐらい。そう、長の血筋でも何でもなく、突然の先祖返りで羽根を持って生まれたって聞いた……

 

《 想像してみるがいい、彼のような術者が今一度舞い降りた蒼の里を。どれだけの者を助けられる? どれだけ強く里を守護する事が出来る? その救世主にお前がなれる。何を拒む理由があるのか? 》

 

 ・・・・あれ? ・・考えてみたらそうじゃん?

 ナーガ様の負担を減らせるし、ホルズさんも助かるし、悪い事なんか無くネ?

(え、いやいやいやいや、待て!)

 持って行かれそうな心を、ユゥジーンは必死で繋ぎ止めた。

 

《 ・・ユゥジーン・・ 》

 

 また呼ばれる。

 まずいって、マズイ……

 ヤバ…………手が羽根に伸びてるじゃん、止まれ、止まれ!

 

 

 

 ***

 

 

 

 ルウシェルの目の前にも、一対の羽根が浮かんでいた。

 

《 この羽根を得れば、そなたは絶対者になれる。もう西風の里は弱い部族だなどと侮られない。里内の誰にも何も言わせない、元老院にも 》

 

「力尽くの権力など得ても、録な事にならない」

 

《 綺麗事を並べるだけなら簡単だ。だが、そう言っていて倒れてしまった母親、才能を飼殺しにされ擦り減るばかりの二人の若者、寄り掛かる事しか出来ない里人。それらひ弱い者々を、そなたが羽根を背負う事によって救えるのだ。皆を守れる強い存在となれるのだ。あの翡翠の羽根を持ったカワセミのように 》

 

「・・・・・・」

 

《 ・・ルウシェル・・ 》

 

 西風の娘がピクリと揺れた。

 

《 我は見返りを求めない。お前のように理不尽な苦労を強いられている若者を手助けしたいだけなのだ。さあ、手を伸ばせ、伸ばせ。 ・・ルウ――シェル・・ 》

 

 オレンジの瞳から光が消え、眼前でゆらゆら揺れる羽根をじっと見つめる。

 

 

 

 

「やめろ――――!!」

 

 空間を切り裂いて、ナーガの深緑の馬が飛び込んで来た。

 しかしもうそこには誰もいなかった。

 

「ナーガ」

 大長の夏草色の馬が、別方向から空間を渡って来た。

「二人は羽根を、受け取ってしまったのですか?」

 

「いえ、僕の接近に気付いた先祖が、一瞬早く空間を断ち切ったようです」

「そうですか……」

「まったくイタチごっこだ。しかしあちらの目的が、子供達を呼び込んでたぶらかす事だったとは」

「本当に、こちらの嫌がる最低な所を突いて来ますね」

 二人は苦い顔で唇を噛み締めた。

 

「正面から真面目にやり合うと双方タダでは済まない。それはあちらも避けたいのでしょう。だから子供達を取り込んで、闘わずして上に立ちたいのですよ」

 

「まったく、舐めてくれる」

 ナーガは群青の髪をめらめらと湧き立たせた。

「ルウシェルは、あのモエギ殿とハトゥンが大切に育て上げたんだ。甘い言葉に転ぶ娘じゃない。ユゥジーンだって……あの難しい子が一筋縄でどうにかなると思ったら大間違いだ」

 

 大長は、苦労しているんですね、という顔を一瞬だけした。

「しかし、『言霊』を使われると厄介ですよ。多分、連中は使えます。水底のマボロシは言霊攻撃の併せ技みたいな物ですし。私や貴方は時と場所を選びますが、連中は平気で使って来るでしょう」

 

「その点は」

 ナーガは二人の消えた虚空を見据える。

「一つ保険がかけてあります」

 

 

 

 ***

 

 

 

 空間に浮かぶ羽根をじっと見つめるルウシェルの目の端を、白い何かが過った。

 そちら側、強い術で封じられた壁の向こうに、闇雲に飛び回っては弾かれるモノが、薄く見える。

 羽根の子供を背に乗せた、白い馬のカタチをしていた。

 ルウの胸に縫い付けた半分の羽根が、小さく震える。

「シンリィ・・!」

 

 ちぃっ! と忌々しそうな声がして壁がグルンと回り、騎馬の陰は消えた。さっきも一度あったが、多分部屋ごと場所を移動させられているのだ。

 

(――大丈夫だ、シンリィ)

 ルウシェルは口の中で呟いて、空中の羽根から視線を逸らせた。

「折角のお心遣いだが、私は遠慮させて頂く」

 

 空間の奥の有翼人が、動揺を隠せぬ顔をした。が、平気な素振りで、何故、と聞いて来た。

 

「私の母も、側の二人も、里人も、ひ弱くなどない、強い。安易に手に入れた形骸なんぞを持ち帰ったら失笑されるわ。ましてや、カワセミ殿の誇り高き清廉(せいれん)さも知らぬ者にその名を語られると、於曾気(おぞけ)が走る」

 

《 ………… 》

 

「あと、残念ながら、私の本当の名はルウシェルではない」

 

 

 

 

 

 ユゥジーンの近くにも、白い馬の影は飛び回っていた。

 

「シンリィか? そうだな、お前楽なんかしていなかったよな。いつもいつも自分の役割を一所懸命探してさ。お前をチートだとは思っても、羨ましいと思った事は一度も無かった」

 

 少年は両手を下ろして身を引いた。

 

「あ――、俺、いいです。カワセミ様はカワセミ様、俺は俺、っスから」

 そりゃ確かに、また黒の災厄クラスの奴が来て、後悔する日が来るかもしれない。でもそんな来るか来ないか分からないモノの心配をするよりも、こんな代物を持って帰った時のナーガ様の反応の方が、確実に心臓にクルんだよ。

 

 有翼人はもう平気な素振りはしなかった。

《 お前も、真名(まな)では無かったというのか? 》

 

「は?」

 

 暗闇に亀裂が走り、次の瞬間二人の足元が割れて崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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