六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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冬茜(ふゆあかね)・Ⅰ

 

   

 

 

 

 ――どんん!!!!!!

 

 風圧で引っくり返る男の子三人。

 放射状に尻餅を付く、周囲を囲んだ大人達。

 

 粕鹿毛に跨がった女の子は、既に茜空の点になっている。

 

「大丈夫なのか? ルウ」

「飛ぶのは下手って言ってなかったっけ?」

 

 

 五つ森の男性の家畜市場を手伝っていたルウシェルだが、最終日を終えて、ついに粕鹿毛の手綱を渡して貰えた。

 

 その頃には、不器用ながら一所懸命働くオレンジの瞳の娘の事情は市場内に知れ渡っており、家畜商仲間達、数日前の街の入り口の騒ぎを見ていた住民達等々も、めでたいめでたいと賑やかしに集まってくれた。

 後ろの方にこっそり、野営場のフーテンどもも来ていた。

 

 皆に囃し立てられて、娘は久し振りに自分の馬に跨がってみた……ら……

 どおおん! となった次第だ。

 

「さすが風の妖精だな、あの女の子。そりゃ馬を返して貰いたがっていた訳だ」

 感心して見上げる周囲の大人の傍らで、こそこそ話し合うヤンとフウヤ。

「降りて来ないぞ」

「ヤバイ空気がビンビンする」

 

 市場の裏の馬小屋から、白い塊が狼煙(のろし)のように打ち上がった。

 シンリィを乗せた白蓬だ。

 ギャラリーはまた歓声を上げる。

 

 程なく、チャカチャカと落ち着かない粕鹿毛の手綱を引いて、シンリィが口をヘの字に曲げて降りて来た。

「やっぱり……」

 鞍上の女の子は、額に作った大きなたんこぶを押さえながら、グッタリとうつ伏せている。

 

 

 

「耳っ 耳、痛ぁっ! おでこっ、お尻っ、指っ、つき指が一番痛いっ!」

 

「それだけ元気なら大丈夫だな」

 五つ森の男性が、女の子の身体のあちこちに湿布を貼ってくれながら言う。

「まぁ、馬も嬉しかったんだろさ」

 

「大丈夫? ルウ。そんなに高くは飛べないって言っていなかったっけ」

 ヤンも男性の隣で湿布に薬を塗るのを手伝う。

 

「シンリィに乗せて貰って飛んでいる内に、身体がコツを覚えて、知らない間に飛行術が上達しちゃったんじゃないの?」

 フウヤが夕食の準備をしながら、サクッと言う。

 

「そ、そういうモノなのか?」

「馬で飛ぶって、飛行術を使う乗り手と、それを受け入れる馬の折り合いでしょ。乗り手がちょっと心乱しても悪影響が出るっていうし。現時点で、ルウの飛行術と馬の経験値が噛み合っていない……って所でしょ」

「へえ~~」

「って、風の妖精のルゥの方が詳しくなきゃいけないんじゃないの?」

「ん~~・・習ったような気もする……かも」

 

 フウヤは苦笑いして、仕事に戻った。

 そんな彼を見ながら、ヤンも心で苦笑いする。

 

 風の妖精以外にほとんど知られていない飛行術や、蒼の里の事情に、妙に詳しいフウヤ。

 三峰に迷い込んで来る前の事……シンリィと昔馴染みだった事や、ジュジュに『偽名で通して』と頼んでいた理由も、何も語らない。

(まぁいいや)

 必要になる時まで話さないってのがフウヤの流儀みたいだし、そんなに急いで聞かなくとも。

 

 

 ***

 

 

 五つ森の団子鼻は、まだ幾つかの商談を残していて、この街で取引先の到着を待つと言う。

 

「本当は一緒に行ってやりたいのだがな」

 

「ううん、商売繁盛で何よりじゃない。僕達は大丈夫」

 

 預かっていた馬代金の銀貨は、ルウが居ない隙に、事情を話して団子鼻に差し出した。

 彼は、少し考えてから受け取って、夜中に何かゴソゴソやっていたと思ったら、粕鹿毛に新品の頭絡(とうらく)を作ってくれた。

 

「オマケだ。二度と離れないようにな」

 そう言ってルウの手首に巻いてくれた腕輪は、頭絡の額飾りとお揃いの赤メノウが嵌め込まれていて、団子鼻はルゥの抱き付き攻撃を喰らって、飼い桶からお尻が離れなくなってちょっと大変だった。

 

 そうして、四人の子供は元気に手を振って旅立った。

 

 

 

 季節は冬の只中(ただなか)で、山の様相は物寂しいが、その分、下界の平野を見通す事が出来た。

 景色の美しさに感激するルゥシェルに、上空からいつも見ているのでは? と問うたら、空を飛ぶ時はあまり下を見ていないと答えた。

 

「だって怖いでしょ」

「怖いんだ!?」

「怖いよ、普通に」

 

 空を飛ぶ種族って感覚が違うんだと思っていたけれど、そうでもないんだな。

 ヤンは最後尾で馬を進めながら、前の二人の会話をぼぉっと聞いていた。

 

 元々、お喋りはあまり得意ではない。

 誰にでも物怖じなくズケズケ踏み込むフウヤに、たまにヒヤヒヤする事もあるが、彼がいてくれて助かる事の方が断然多い。

 ルウだって、フウヤがいなかったら、ここまで打ち解けてくれなかったろう。

 だからヤンは、自分だけでは辿り着けない交流を隣で実現してくれるフウヤを、眺めているのが好きだった。

 

 

 夕暮れ、本日の寝場(ねっぱ)を決めると、それぞれの仕事に掛かる。

 シンリィは水汲み、フウヤは焚き火、ヤンは天幕の設営。

 ルウは各々の手の足りない所を手伝っていたのだが、最近はシンリィと水を汲みに行く事が多くなった。

 

「だって地上のシンリィは危なっかしいんだもの。羽根と身体のバランスが悪くていつもヨタヨタしていて。空では全然違うんだけれどな。まるで白蓬と空を飛ぶ為にだけこの世に生まれて来たみたい」

 

「・・・・・・」

 

 少年二人が目を丸くして凝視しているので、ルウは水を鍋に移していた手を止めた。

「へ、変な事言ったか?」

 

「いや……」

 ヤンは答えないで、自分の作業に戻った。

 笑って済ませる話なんだろうけれど、何だか刺さった。

 あの娘(こ)は、一緒に空を飛べる分、僕らの知らないシンリィが見えている。

 

「シンリィは口琴(こうきん)だって上手いよ。水場もすぐに見付けるし、入れてくれるお茶は美味しいし。空を飛ぶだけが能じゃない」

 フウヤが元気に反論した。

 

 そこに丁度シンリィが帰って来たので、湯が沸くまでの時間、フウヤは二人で口琴を鳴らして聞かせた。

 

 手の平サイズのお手軽楽器口琴は、簡単な作りのくせに、カン、ピョン、ボオォンと、幅広い音が出る。

 ヤンも挑戦した事があるが、これが中々難しい。

 ルウも興味津々(きょうもしんしん)に覗き込んだ。

「砂漠の行商のおじさんが似たような奴を鳴らしていたな。フウヤほど上手じゃなかったけれど。おじさんのは金属だった」

 

「結構どこにでもあるみたいだよ。地域ごとに形や材料が違うって」

「フウヤのは?」

「僕は竹で作った。お姉ちゃんに材料の切れ端を貰ったんだ」

「へえ、フウヤ、お姉ちゃんいるんだ、幾つ違い?」

 

 フウヤは急に演奏を止め、口琴をしまって立ち上がった。

「お湯が沸いた。さぁさ、明るい内に食卓の準備準備」

 

「…………」

 ルゥシェルは困った顔でヤンを見る。

 ここで無理に突っ込んで行かないのが、彼女の良い所だ。

 シンリィも最後にポンと小さい音を出して、口琴をポケットにしまった。

 

 

「今日は四人いっぺんに寝ない方がいい」

 夕食を終え、茶を飲みながらヤンが宣言をした。

 

 イマイチ安全ではない場所だと、彼はそういう判断をする。

 交代での寝ずの番の為に、シンリィは眠気の飛ぶお茶を用意し、三人は薪集めに立ち上がった。

 

「ヤン、今日は起こしてくれよな」

 落ち枝を拾いながら、ルウが寄って来た。

 昨日も見張り有りの夜営だったのだが、二番目の順番だったヤンは彼女やシンリィを起こさず、結局朝まで番をしたのだ。

 

「ごめん、目が冴えちゃったから、つい」

「初めての見張り、楽しみにしていたのに」

 

「じゃあ、僕と交代してやるよ」

 フウヤが横から割り込んだ。

「一番目なら寝過ごしようがないだろ。寝ている途中で起こされるよりも楽だし。いいだろ、ヤン」

 

「ああ、そうだね、うん」

 ヤンは逆らわず、素直に賛成した。

 本当はフウヤの一番目には理由があるのだが、ルウのやる気を削ぐのも何だし、あまりうるさく言うのも気が引けた。

 

 ルウは張り切って苦いお茶を一気呑みし、薪を一本掴んで構える。

 ヤンが等分に刻んだ、同じ太さの薪、これが二本燃え尽きた時分で交代だ。

 

「ほら、早く寝て。全員が横になってからがスタートだからな!」

 せっかち娘に追い立てられ、男子三人は苦笑いしながら天幕に潜り込んだ。

 

 話し声が無くなると、夜の山はシンと沈む。

 ルウは頑張って眼を見開き、もう一度お茶を汲んで、ちびちびとすすった。

 大丈夫、馬達も一緒だし、すぐそこで三人が寝ていてくれる。

 

(これ、もし独りだったら……)

 ブルッと身体が震えた。

 あり得ない、とても考えられない。

 

 一人きりになると、色んな考えが頭に浮かぶ。

 

 蒼の里がこんなに遠いって事すら知らなかった。

 ……いや、シドは言っていた、飛ぶのが得意な自分でも何日も掛かると。

(私が素直に聞いていなかっただけなんだ)

 

 ――ガサ、

 

 藪が揺れて、ルウは小さく飛び上がった。

 風か? 

 

 ――ガサガサ

 きっとネズミか鳥だ……

 

 ――ガザザザ!

 いや大きい、大きいよ! 何、何!?

 

 そちらは真っ暗だ、何も見えない。

「ひっ」

 怖さが先に来て、思わず頭を抱える。

 

 ザク、ザクという靴の音。

 え? と思って顔を上げると、ヤンが棒も持って藪を突ついていた。

 

「ハナグマだよ」

 静かに言って、そろっと焚き火に寄り、ルウの向かいに腰掛ける。

「二人は寝ているから、小声でね」

「う、うん」

 

「この辺りを縄張りにしているオスだと思う。ずっと影で様子を伺っていたんだ。そういう動物って、こちらの寝入りっぱなに動き出す」

 

「襲って来るのか?」

 

「ハナグマは大人しいから大丈夫。用心深い質だから、今夜はもう来ないと思うよ。キツネだったら厄介なんだ。音もなく何回も来て、こちらの隙を突いて荷物にそそうをする」

 

「うゎ……」

 

「何か居るなぁ、とは思っていたけれど、ハナグマでよかった。あ、焚き火ばかり見ていない方がいいよ。適度に暗闇も凝視して、目を慣らして置かないと」

 

 ルウは口を結んで俯(うつむ)いた。

「ごめん、フウヤが見張りなら、ヤンは安心して寝ていられたのに」

 

「いや……」

 心配だから寝ずに耳を済ませていたのは確かだが、ルウのやる気を鬱陶しく思った事などない。

 しかし動物ウンチクは一晩中語れても、そういう気持ちを説明するのは、すこぶる苦手なヤンだった。

 

「ヤン、もう寝てくれ。昨日だってほとんど寝ていないじゃないか」

 

「うん、だけど……」

 どうせ二番目は自分だし、このまま起きていた方が安心なのは安心なんだ。

「ルウと話したくて」

 これは言い訳だが、

 

「えっ!?」

 妙な誤解をされた。

 

「や、やはり私に怒っていたのか」

「どうしてそうなるんだ」

 

「だって、いつもあんまりお喋りしてくれない。私に怒っているから、一言物申したいんだろう? ちゃんと聞くから、言ってくれ」

「いや、違……」

 

 ヤンはじんわり汗をかいた。

 女の子はオレンジの瞳でジッと見つめて来る。

 

 頼みのフウヤは天幕の下で、シンリィにしがみつかれて寝ている。

 シンリィは夜中に独りぼっちにされて以来、誰かをガッチリロックして眠る習慣が付いているのだ。

 

「た、単純に、昼間あんまり喋れないから、雑談してみたかっただけだよ」

「そうか……すまない、フウヤとばかり喋って」

「だからちょっと待っ……」

 

 焦ったヤンは、ルウの手を空中で掴んだ。

 途端、感電したように彼女はその手を振り払う。

 

「ぇぇ・・」

「ごっ、ごめん」

 




挿し絵:口琴 
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