六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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風出流山・Ⅴ

 

 

 

 

 

 

「ルウ、しっかり」

 

「しっかりしている……つもりだ……」

 

 氷のクレバスを登る、ユゥジーンとルウ。

 どの位意識を失っていたか、手足が凍えて力が入らない。

 氷の壁の遠くでヤンの指笛が聞こえた気がして、ようよう目覚めたのだ。

 

 身体が芯まで冷えきっている。特にルウシェルは頭も上手く回っていないようだ。

 

「ルウ? ルウシェル!」

 止まってしまったルウの所まで引き返して、ユゥジーンは彼女の下に潜った。

「俺が押し上げるから」

「大丈夫だ……それよりユゥジーンが先に登って、安全な所から何かを講じてくれた方が……」

 

「…………」

 ユゥジーンは上を見た。

 明るくはあるのだが、ゴールは見えない。しかも何かの妨害が効いていて、術がほとんど使えない空間。今、彼女をここに置いて行く訳には行かない。

 

 マントを外してルウの身体を背負い、ユゥジーンは自分の胴に縛り付けた。

「ユゥジーン、置いて行け」

「ここでルウを連れて行かないと俺が後悔するから、好きなようにさせて」

 

 密着した身体に恥ずかしがるどころじゃない。西風の女の子の身体は、本当に氷のようにガチガチで、一ヶ所も温かい部分が無かった。

(ヤバい、ヤバい!)

 背負った女の子の分増えた重みが手足に掛かる。一歩たりとも踏み外せない。

 

「意識は保って、しっかり掴まっていてくれよ」

「すまな……い……」

「だから寝るな!」

「じゃあ……何か話して……何でもいい」

 

「あのさ、婚礼の儀式の時」

「うん……」

「ソラさんの差し出した手に着いて行ったけれど」

「うん……」

「差し出されたのが俺の手でも着いて来てくれた?」

「…………くぅ」

「だから寝るなぁ――!!」

 

 女の子の全幅の信頼が肩に掛かる。

 ユゥジーンは生まれて初めて、全力で滅茶苦茶頑張った。

 筋トレを課してくれたノスリ様本当にありがとうと思った。

 

 

 ――どん!

 

 振動! 落石? 慌ててルウを庇って身構えたが、逆に周囲の氷の壁がメキメキと音を立てて左右に開いた。

 見上げる光の中に、逆光の人影。

 

「見ぃ付けた」

 

 次の瞬間、ユゥジーンの両手がガッシリ掴まれた。

(ナーガ様?)

 と思ったが、吹き上げる風と共に引っ張り上げてくれたのは大長だった。

 

「いやいや貴方を引っ張り上げるのは二度目ですねぇ。随分と側が付いて重くなりましたね、こちらの腰がもちません」

 上がった所は氷をブチ割って無理矢理作ったような棚で、大長の馬と自分達で一杯だった。

「三峰の少年の指笛が聞こえましてね。あれ、凄いです。一直線に仲間の元へ飛んで行く。お蔭で貴方達を見付ける事が出来ました。ああ、ルウシェルを寄越して下さい」

 

 マントで包んだルウに大長が治癒を施している間、ユゥジーンはここに居る理由を説明した。

「ナーガ様の母君とシンリィが落ちていくのを夢で見て、助けなければと思って……」

 

「はい」

 冷えて凍えた娘の手足に術を施しながら、大長は静かに返事をした。

 

「結局全然役に立てなくて……シンリィには逆に助けられるし、変な罠にハマって誘惑に乗りそうになるしで…………すみません」

 

(乗らなかった事を、諸手を広げて褒めてあげたいのですが)

 その辺りは自分が口出しする事ではないと、大長は頬をムズムズさせながら娘の手当てを続けた。

 

「ナーガ様の手助けもしたかったのに。こちらに来ている筈ですが知りませんか?」

 

「ナーガなら先程まで一緒に行動していましたよ。貴方達が視えたので手分けしたのです。あちらは神殿の守り人を助けに行きましたが、補佐が付いたので多分大丈夫です」

 

「補佐?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 氷の長い長いトンネルの中。

 ナーガは馬を疾駆させながら、先程から自分の前を走る、一つの光を追っていた。

 多分、トンネルの長さも体感時間も幻影だ。

 この光が無ければ、延々と迷わされ続ける種類のモノ。

 

 季節終わりの蛍のようにあやふやな光を、ナーガはじっと睨み付ける。

 光はたまに消えそうになりながら、ポッポッと残り火の如く瞬いては復活する。

 やがてトンネルは緩く溶け、溶解して落ちて来る。

 光は溶ける幻影に惑わされずに、突き進んでその先へ飛び込んだ。

 

 不意に、丸い部屋に出た。壁も天井も水晶球の内側のような球体の部屋。

 辺り一面冷たい光を反射させ、来た道は既に消えている。

 

 部屋の中央、一人の女性が横向きに倒れている。光はその側で停止していた。

 ナーガは馬を下りて駆け寄った。

 

 ――キィン・・!

 

 歯の浮く高音と共に、球体の内部が外側から一気に凍った。

 咄嗟に術の掛かったマントで凌ぎ、慌てて女性の方を向き直って、ナーガは凍て付く息を呑む。

 

 

 ・・炎の赤い狼・・

 いや今は殆ど炎が消えて、終い燠(おき)のようにくすぶるだけの痩せた獣が、女性を覆うように立っていた。

 白い凍て付きは彼の周囲で湯気を上げて防がれている。

 

「お前……やはりお前だったか、あの道先案内の光」

 

「へ、相変わらずドン臭ぇな。こんな罠も嗅ぎ分けられんとは」

 

「……生きていたんだな」

 

「もう、お前さんの目にしか映らん」

 

「・・・・」

 

 銀の瞳は輝きを失くし、あんなに猛々しかった炎の体躯は藁灰のように、今にも崩れ落ちようとしている。

 

「もう俺様を嫌って憎んでくれるのはお前さんだけになってしまったからなぁ。あぁ、それももう終いか。まぁこのドチビを守る間は存在を保てていたから……・・」

 

「狼・・?」

 

 ・・・・満足だ、それなりに面白かった、あぁ、面白い生涯だった・・・・

 

 

 

 ついさっきまで狼のカタチだった灰塵の前で、長い時間か短い時間、ナーガは茫然としていた。

  

 我に返って罠を破壊し、倒れている女性に駆け寄る。

「母上、母上!」

 神殿の守り人はぐったりしていたが、睫毛を小刻みに動かした。

 大きな怪我は無い、良かった…… ナーガは肩の下に手を入れて抱き起そうとした。

 母の身に触れるのは幼児の頃以来だが……こんなに、こんなに軽かったか……

 

「大丈夫、一人で起きられます」

 薄く目を開けた母が、色の無い唇で囁いた。

「アレは、消えてしまったのですか」

 

「狼ですか。……母上を守っていました。満足したと、面白い生涯だったと」

「…………」

 母は身を起こそうとしたが、力を入れられず、またうつ伏せてしまった。

 これがあの気丈だったヒトか? 夫を亡くした時も、娘を亡くした時も、ここまで脱力した姿を見せはしなかったのに。

 

「彼は私(わたくし)の子供の頃からの、敵でもあり指標でもあり、この世の何処かで生きていると思うと安心出来る存在でもありました。私にもっと力があれば、私の事など放って置けただろうに……」

 

「母上? でも狼は、何がしかの代償を貰って母上を助けていたんでしょう? あいつが代償を貰わないで何かをする筈がない」

 そこまで言ってナーガは、返事をしない母を見て、驚愕の表情になった。

「え? まさか、『欲望の赤い狼』でしょう!?」

 

「・・私は何も、彼にあげられた事がない・・」

 母は俯いてポツンと言った。

「お礼すら言わせて貰えませんでした。だって、感謝されるのとお礼を言われるのが大嫌いだったもの」

 

 項垂れる女性は、ナーガのまったく知らない母だった。

 思えば息子の自分は、この女性(ヒト)の事をどれだけ分かろうとしていただろう。

 

「母上、狼は子供の僕に、初めての恐怖と挫折をもたらしてくれました。彼の存在は僕にとって意味のある物でした。彼の生涯はきっと色んな者にとって意味のある物だったと思います」

 

 母は、霜を被った睫毛を見開いて、息子を見た。

 

「そんな風に何でも自分のせいにして追い詰めないで。眉間の縦線がそこに凍り付いてしまいますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

            




挿し絵:がんばれジーン 
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