六連星(むつらほし)   作:西風 そら

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終章の開始
ラストスパート


終章
朱の月・Ⅰ


 

 

 

 

 雪原に 蹄跡を連ねて二つの騎馬が行く。

 前はフウヤの栃栗毛。後ろにヤンの四白流星。

 

 赤っぽい黒髪のバンダナから下がるビーズ飾りは、残念ながらまだ未成人の仕様。

 だけれど首のチョーカーに、異彩放つ三角が光る。

 

 

 

「自己満足で成人の儀礼を拒否するなんて、育ててくれたヒト達にとんでもなく失礼な事でした。間違ったら引き返してやり直さねばならない、そんな当たり前にやっと気付いたんです。その……すみませんでした!」

 

 風出流山から戻ってその足で、ヤンは族長達の所へ行って、額が膝に付くかと思える角度で頭を下げ、来年、成人の儀礼の挑戦をやり直させて貰えるよう願い出た。

 イフルート族長と集まった主な大人達も、蒼の里のナーガ長から世の異変は聞いていたし、この二人がそれに関わって、そこで何かを学んで来たのだろうと、おぼろげながら察していた。

 だから多くを聞かずに少年を許した。

 

「ヤンはすっごい大猪を倒したんだよ。身体が崩れちゃったから見せてあげられないけれど」

 フウヤはポケットから何かを引っ張り出して、族長達の前にゴトリと置いた。

 化け猪の牙の尖端。

 

(いつの間にそんな物を持って来た?)

 ヤンは呆れたが、フウヤの

「僕が握っていた所から先だけ崩れずに残ったの。きっと族長さん達に持って帰ってあげろって事だと思ってさ」

 との屁理屈に、大人達と一緒に黙らされてしまった。

 

 全体の十分の一にもならない尖端だが、年輪はビッシリと詰まっている。

 それがどんな化け物であったのか、流石の狩猟の民達は即座に理解して、よくぞ無事で帰ってくれた物だと肝を冷やした。

 

「フウヤ、確かに凄い猪を倒したのは分かった。たまたま倒せるような代物ではない事も。だが成人の儀礼の条件の『持ち帰る』というのは、また別の意味でな」

 イフルート族長の言葉に、ヤンも同意した。

「そうだよ、第一、フウヤ以外の子にも手伝って貰った。リリの術があったから勝てたような物だったし」

 

「え、ああ、僕は成人の儀礼の達成数に加えて貰おうと持って来たんじゃないよ」

 キョンという子供に、一同目をパチクリする。

「族長さん達、ホッとするかな、って。だってヤン、すっごい勇敢だったんだよ。これぞ誇り高き三峰の民、って感じで、化け猪相手に一歩も引かなくてさ。僕が幾ら口で言っても伝えられないけれど、この牙を見て貰ったら伝わるかなと思って。ヤンは来年絶対、余裕で儀礼を通過するよ!」

 

 族長や他の大人達は、目を見開いてしばらく固まっていたが、やがて誰からともなく苦笑して、ボロボロで傷だらけの子供達の肩を抱いた。

 

 

 牙の尖端だけを切り取ってチョーカーに設えたのは、細工職人として修行中のフウヤだ。

 

「もう去年位から、木の枝を飛ぶのが難しくなっているのは自覚していたんだ。幾らチビッ子でも身体は年々重くなるからね」

 だからフウヤは、自分に出来るやり方で三峰の大人になる道を模索していた。もしも狩猟の民として成人出来なくても、彼は三峰に骨を埋めるつもりでいる。

 

「親方が筋が良いって誉めてくれている。それで……」

「うん、分かってる。母さんの方は任せて」

 

 フウヤは細工職人の親方……糸玉婦人の家の正式な養子になった。ヤンの母はちょっとだけ荒れて泣いたが、子供を育てるというのはそういう物だと、周囲に宥(なだ)められた。

 ヤンだって寂しい。でもフウヤはしっかりと将来を見据えている。二人ともいつまでも子供ではいられない。

 

 

 

 

 雪原の二騎の頭上に一羽の鷹が現れ、円を描いてヤンの腕に下りた。

 艶やかな褐色の翼の片方に白い帯。

 

「カッコいいなあ、もう慣れた?」

「ナーガさまに一通り指導して貰ったんだけれど、やっぱりまだまだ緊張する」

 

 大長の鷹の手紙には、リリの保護の依頼と共に、この鷹は三峰のヤンに譲るという宣言が記されていた。

 びっくりして辞退するヤンに、ナーガ長は、もう鷹にはそう擦り込まれていると首を振り、睫毛を伏せてその手紙をしみじみと眺めていた。そんな顔を見せられたらヤンだって、覚悟を決めて拝領するしかない。

 

 今回の旅は、遠方の文通相手の場所を鷹に覚えさせる目的もある。

 壱ヶ原の街には、設置料を払って、広場に投函箱を設置した。イフルート族長がわざわざ一緒に来て口を利いてくれた。

 移動する旅人達との文通は今まで通り投函箱で行い、辺境の者とのやり取りは鷹便に移行して行く予定だ。

 

 何だかんだ言って、愛おし気に鷹を見つめる相棒に、フウヤも目を細める。

 「『化け猪の牙』に、『蒼の里謹製の拝領鷹』。これだけ獲得した者が何で成人になれなかったんだろうな。ある意味ずっと語り継がれるぞ」と、族長や大人達が盃を傾けながら苦笑いしていたのは内緒だ。

 

 

 二頭の騎馬は、幾つもの柱状摂理のそそり立つ霧の谷へたどり着いた。

 

 霧の中、様々な楽器の音が降って来る。

 

 二人は下馬してその音を、今が一会であるかのように耳に染み込ませる。

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 音合わせの弓絃を離して、女性は窓辺から作業台に戻る。

 弦を外して胴体のかしめを緩め、今鳴らした音の濁りの原因を修正して行く。

 

 部屋の反対側に座してそれを眺める夫の腕(かいな)には、まだふにゃふにゃの赤子。

 ひとつ仕事を終えた妻が、職人の顔をフと緩め、夫の隣に来て赤子を受け取る。

 

 夫は静かに立ち上がり、ソロソロと戸口へ歩いた。

 

「やぁ、リリ」

「あっ」

 

 外壁にもたれていた娘が、慌ててピンピン跳ねる前髪を抑えた。

 父は外に出て、娘の隣に立つ。

 山陵の雪雲が切れ、隙間に昇ったばかりの朱の月が滲む。

 

「綺麗だね」

「あっ、うん、教えてあげようと思ったんだけど、赤ちゃん寝てたみたいだったから」

 

 部屋の中では赤子の起きた声。生まれたばかりなのに、むずかり声までが節を唄っているようだ。

 

「弟が風露の子で良かった。あたしが居なくなっても母さま、寂しくないね」

「寂しいよ。リリはリリで誰も代わりになれない」

「……変なの、あたしに蒼の里に来て欲しくないの?」

「来て欲しいよ」

「父さま、アマノジャク!」

 

 リリはポンと前に跳んで、崖の端までスキップした。

 ナーガも数歩離れて付いて行く。

 

「あたしね、ずっと母さまみたいに、楽器造りの職人になりたかった。でも今回、色んな所へ出掛けて、色んなヒトに出会ったら、やりたい事が他にも一杯出来ちゃった。これからももっと増えるよ、きっと」

 

 赤い月を背景に髪を振ってクルクル回る娘は、あれほど早かった成長がピタリと止まり、不安の影が払抵(ふってい)されている。

(これからはユユみたいにのんびり成長して行くのだろう……)

 

「だからね、七つになったら蒼の里へ行こうと思う。正直言うと早くお馬が欲しいから。ね、こんなあたしでもいい? ……きゃっ」

 

 後ろからいきなり肩車に担がれて、さすがのリリも面喰らった。

 

「ほら、こっちの方が月がよく見える」

「見えるけどぉ……今聞いた事のお返事は?」

「勿論いいよ。リリなら僕の知らない事を沢山見付けて来そうだ」

 

 所在なく空中を游がせる小さな手を、父はガッシリ掴まえる。

 こんな風に肩車出来る時期なんてあっと言う間に過ぎ去ってしまうのだから。

 

「ふぅん……あ、そうだ、一個だけ、もうはっきりしている目標があるよ」

「ん、どんな?」

 

「強くなりたい! あのさ、力が強過ぎるヒトって独りぼっちになりがちじゃない。誰も叱ってくれないし、誰も心配してくれない。だからそういうヒトの横へ行って、メッてしてあげられる位、強くなりたい」

「…………」

 

「例えばさ、自分の事ばっかり喋ってた石像さん」

「え、ああ、うん……」

 

「あのヒト、きっと凄く寂しかったんだよ。愚痴を言える友達もいなくてさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:きっと逢える
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