これまでのあらすじ
ギリシャ系陰キャイキり女神、母親の手によりウマ娘になるため一度畜生道へ疑似転生させられる
1974年7月7日
長野県軽井沢町
南軽井沢菱沼乗馬クラブ:放牧場
【悲報】意識が落ちたと思ったら馬になっていた件【神転失敗?】
目が覚めるとそこは牧草地でした。
まさかマジで馬にされるとは思ってなかったね。実際に体験すると四本足で大地に立つのってすごい違和感。これが正常だって本能的に感じるのが余計に違和感を与えてくるのだ。
しかし、これだと生まれる時を体験しなくてよかったかもしれない。
前に聞いたクサントス君の話じゃ相当大変らしいし。結構痛いし苦しいんだって。あいつも普通の生まれじゃない牡馬だからまた聞きだけど。
それに私的につらい話もあったし。
———最近こっちにも来るようになったスタイルのいい娘たち、サラブレッドって言ったかな? なんか子供産んでも、すぐ立ち上がって初乳飲めない子は処分されたりするらしいんですよ。自力で生きられない奴が冥府に行くのは摂理っすけど、半日待たずに冥府に送るのは俺らの時代じゃ考えられないっすね。
出産の加護持ちとしては、なかなか納得のいかない話ではある。生まれる全ての子に祝福を与えてやりたいのは当然だ。
けれども、生きていけないだろう障害のある子を冥府に送るのは産婆や私の神官の仕事でもあった。
今世で苦しむより来世に幸せになってほしい。そういう女たちの悲痛な祈りを聞き届けるのも私の権能であったのだから。
命を守りたいのに、命を奪うことを許す。
これは私が私として存在することになってから、常に私の中にある矛盾だ。
———それにしてもあの娘たち、皆ムチムチした孕ませたいトモしてるんすよね。なんか王族っぽい子とかも一族単位でガンガン声掛けてくるし誘ってんのかな? ヘカテー様はどう思います?
———うるさい死ねこの種馬野郎。
そりゃお前は神の私から見てもイケウマだが、干物女神相手とはいえいきなり下の話を振るんじゃねぇよ。まじめな話との落差で風邪ひくわ。
あの後娘だの孫だのひ孫だの、目についたら次から次へと種付けて加護を送る相手増やしやがって。
一族まとめていただきますとかお前はゼウスか。
人が松明持ち出した瞬間に駆け出した駄馬を思い出して疾走していると、後ろから私の名が呼ばれた。
「ヘカテーちゃーん、ご飯の時間よーお腹すいてないのー?」
馬イヤーに響く圧倒的ゆるふわボイス。今世の母であるアステリア―である。
よりにもよって実母と同じ名前の馬から産まれるというのは、このシナリオを作った奴の強烈な悪意を感じる。
現世に戻ったら探し出して頭でポールバッティングしてやる。絶対にだ。
「おいちぃ!」
「一杯飲んでくれてうれしいわー、おっぱい張っちゃって痛いのよねー」
等と考え事をしていたら、今世の母様の乳首にむしゃぶりつきごくごくと母乳を摂取していた。
くそ、また本能に負けてしまった。でも仔馬だからね、おっぱい飲まなきゃ大きくなれないし。ウマ娘になるには勝てるウマじゃなきゃだめだから仕方ないのだ。
けっして、けっして神生では味わえなかった母性たっぷりママの合法授乳プレイが癖になったとかじゃないんだよ。私は大人だから、ママみになんて負けないし。
「けぷっ」
「一杯飲めてえらいねー、よしよし」
口の周りをぺろぺろしながらいっぱい褒めてくれる。
ママァ……。
「わたしもままみたいにおっきくなれるかな?」
「いっぱい飲んで、いっぱい遊んで、いっぱい寝たら大きくなれるわー、私がそうだったもの」
「がんばる!」
今世の母もすこぶる巨乳である。神生では大きくなれなかったが、馬ならなれるかもしれない。そうすればウマ娘になったときも……。くくく、夢が広がりますなぁ!
巨乳ウマ娘としての姿に希望を見出し、私は全力で馬生を生き抜く決意を新にしたのだった。
1974年8月17日
レースに勝てる競走馬を目指すには何をすればいいのかを考えた。
母様のいう通り、仔馬としての生活を満喫するのも重要だろう。
だが、それだけでいいのか? せっかく私という女神が実装されているのに、平凡な馬と同じことをしていていいのだろうか。
良くはないだろう。そこで経産馬さんたちから話を聞き、母馬から離れるのを早くしながら体を鍛えることにしたのだ。
「ふっ、ふっ、ふっ」
呼吸と足の回転を合わせて極力体力消費を抑える。曲がるときは足と体の向きに気を付けてしっかり芝を踏み抜く。
昨日よりも一歩でも遠く、コンマ一秒でも早く走れるように。
一周400m程度の牧場を、ゆっくりと三周したり、全力で一周したり。
これはほかのみんなは遠慮してくれて、私が駆け抜けるルートから離れてくれるからできることだ。
皆が私の夢を応援してくれている。
──―頑張るのはいいけれど、私のようにケガをしてはいけないよ。
けれども新馬戦前に骨が折れて、乗馬になることになった牝馬さんが言っていたことだって守るんだ。
無理をしてはいけない。少しでも違和感があれば辞める。
ケガをしたら夢はなくなってしまうんだよと、寂しそうに言っていたんだ。
だから今はまだ無理をしない。これから体が出来上がっていくのだから、鍛えすぎだって良くはないんだから。
神としての知識だって使っていく。大体全部アニメや漫画の受け売りだけれども。
トレーニング前や終了後には柔軟で関節の可動域を確かめ、強張った筋肉を解す。
『柔軟みたいな動きをするんだね』
『犬猫の真似でもしてるんでしょうか』
菱沼さんと、細身のイケオジがこちらに視線を向けながら会話している。
菱沼さんはともかく、イケオジがかっこよすぎて柔軟に集中できない。
だってだって、たぶん190㎝近いのにシャープな印象を与えるくらい絞り込んだ肉体(決して細枝じゃない、だってまくり上げた二の腕がバキバキだもの)にクール系正統派ギリシャ美形の顔が乗ってるんだよ。形のいい唇から放たれる声は深みのあるバリトンで、女神の時に聞いたら腰が砕けそうだし。
『そうだ、呼んでみたらどうです。会うのはあれ以来でしょう?』
『そうだね。おいで、ヘカテー』
夢音声かな? 名前呼ばれるとすんごい威力。思わず全力で走っちゃう。
彼らの目の前の柵に体を押し付けながら首を伸ばす。
撫でて撫でて―。
『ふふ、私のことを覚えてくれていたのかな?』
『どうでしょうね、賢いとはいえ、ゲオルギウスさんに最後に会ったのは生まれてすぐでしたから』
やっべぇ意識飛んじゃう。絶妙なテクニックで撫でられるだけで夢心地なのに、耳元でささやかれるとほんとにヤバイ。脳みそとろける。
それにしても気になるのは、このゲオルギウスなるイケオジと昔あったことがあるって話だ。
私の記憶にはないんだが、どこか安心するこの感覚。ほんとに昔撫でられたことがあるんだろうなと思う。
多分私が目覚める前の話だ。もったいねぇ。
『かわいいね、私のヘカテ―。元気に成長しなさい、今度息子もつれてこよう』
『息子さんはびっくりするでしょうね。馬というのは一気に大きくなるものですから』
『私も子供のころはびっくりしたよ。それもまた経験というものさ』
愛をささやかれるとほんとに惚れてしまいそうだからやめてよ。やっぱりやめないで。最高すぎる。
それにしても息子さんがいるんですか!? ま、こんなイケメンほっておくわけないよね。
息子さん、どんな子なんだろうな。クール系かな、わんこ系かな、はかなげ系かな。
美少年なのはもはや保証されたも同然だろうし、会うのがすごく楽しみだ。
喜んでもらえるように、もっと体を大きくするぞ!
「だから無理しちゃダメって言ったでしょ!」
「ごめんなさい」
そのあと張り切りすぎて体力を使い果たし、馬房で元競走馬さんにしこたま怒られてしまった。
反省しきりである。
1974年11月18日
時は流れて霜の降り始める秋の終わり。離乳で母様から離されて落ちてた気分が食事の美味しさに盛り返してきたある日のこと。
私は感動に打ち震え目をかっ開いていた。目尻とか裂けそう。
何しろ柵を挟んだ目の前に、以前見せられた癖っ毛黒髪美ショタが興奮した様子で立っているのだから。生きてる姿の完成度はマジで変態神が来そう。
その後ろにはショタパパらしきゲオルギウス君もいる。やだ、成長後も約束されてるとか幼年、少年、青年、壮年、初老、老年と一粒で6回おいしいじゃないですか!!!!
『父さん、トリウィアが凄く尻尾振ってるよ』
『鼻息も荒いし随分興奮しているね、耳もあちらこちら向いているし、警戒してるのかな』
美ショタの透き通ったソプラノボイスとイケオジの腰が抜けそうなバリトンボイスが奏でるギリシャ語で耳が妊娠しそう。馬を気遣って小声で話すとか実質ASMRですよこれは。
周囲を警戒してるのは、美ショタを変態神が編隊組んで攫いに来そうですからね! 白い動物がいたらなんとしてもミンチにしないと!
かわいい白い小動物がゴリマッチョ半裸ヒゲに変身したら、幼い心に深い傷が残ってしまうからね、貴重な美ショタ保護のためには警戒はいくらしても足りないというものです!
フンフン鼻を鳴らしていると、美ショタとゲオルギウス君からとても安心する良い香りがすることに気づいてしまった。
「なんでいいにおいがするの」
なに、美ショタとイケオジからは天然のアロマが出てるの? 納得だわ。美形は纏う空気感から違うもんな。いい匂いがしそう、いやしてる。
なぜこんないい匂いを嗅いだことがある気がするのか、その謎を解き明かすため私は柵にぶつかりながら必死に匂いの方向へ首を伸ばす。
いっぱい嗅いだらわかる気がする。具体的には肺一杯分くらい。ぎぶみーもあないすすめる。
「あなたが生まれた時に二人は体を拭いてくれてたのよー、その時に匂いを覚えたんじゃないかしらー」
「え、ま、へ?」
幸せいっぱい胸いっぱいに香りを堪能してトリップしている所へ母様からお出しされた衝撃の事実に、思考が一瞬止まった。
まって、生まれた時? 粘液まみれのロリボディを、母親に舐められながら美ショタとイケオジに全身くまなくタオル拭き拭きプレイしてもらったってこと?
なにそれ、なんで私はそんな天国を覚えてないの?
二人の手の感触の違いや、私の体を蹂躙しながら漏れる感想を覚えてないとか理不尽が過ぎない?
自分の性癖捻じ曲がる音を覚えてないとか!
今すぐねっとりしっとり描写した本を描きたくなっちゃたのに!
『急に止まっちゃったんだけど、触っても大丈夫かな』
『鼻をしきりに鳴らしていたし、ニコの匂いを覚えていたのかもしれないね、ゆっくり触ってあげてごらん』
さわりと首筋に感触を覚えて意識を覚醒させると、さっきとは比べ物にならないほどの濃厚な香りに脳が焼き切れそうになった。
視界に映るのは喜びをあらわにした紅顔の美少年が、色気のある笑みを浮かべたイケオジに抱かれながら私を撫でるとかいう宗教画のごとき尊い姿。
なぜこの目は下界が誇る32Kビデオカメラではないのかと悔やみつつ、未来永劫再利用するために脳内にRECしていく。爛れたオリュンポスではまずお目にかかれない美しい光景だからね、仕方ないね。
『うわ、すごいサラサラだ。とってもきれいだね』
『菱沼さんたちが丁寧にお世話してくれるおかげだ、後でお礼を伝えなさい』
『はい!』
あ”ぁ”──、肯定感で溺れそう。
スタイルに自信のない陰キャ女神があこがれるシチュエーションの一つが、自分の髪をなでられながら褒められるってやつなのだ。
あまり外に出ないから痛まないし、暇さえあればコンプレックスから目をそらすために手入れしてるんだよ、陰キャ神はみんな。
唯一陽キャに負けてないなって、ちっぽけな自尊心のよりどころになるのが髪の毛。
結局、美神とかあの辺は手入れ無しに完璧を保つので勝てないんだが。権能とは理不尽であるから権能とはよく言ったものである。
『この仔の成長度合いはどうなんだい?』
『当歳馬としてはかなりのもんですよ、ゲオルギウスさん』
ショタのなでなでに脳みそバチバチされていると、菱沼さんとゲオルギウス君の会話が聞こえてきた。
『ただ障害の練習を見ていたようで、きれいなフォームで脱柵されるのは困りますがね。単に飛ぶのが楽しいだけみたいですが』
『そうか、次はダートでも走らせてみようか』
『芝の覇者ニジンスキーの仔がダートを走りますかね、いやでもアハルテケの特徴が出てるから走れるのか?』
柵を飛び越えるのは楽しいのよ。芝の上を走るよりも楽しいかもしれない。
けどペーダソス君がサラブレッドちゃんたちに言ってたのはやっぱり出来ないのよね。
———いいですかマイハニーたち。早く走るためにはまず大気を踏みしめ、空を飛ぶところからです。
普通の馬は大地ならともかく大気は踏めねぇんだよあの駄馬が。みんな困惑してただろうが。
なに自分はできたって? ガチの神馬とタメ張れる神代生まれと現代生まれのカワイコちゃんたちを一緒にすんなよ常識ねぇのか。
『育成厩舎はどこにするんです。そろそろ決める時期ですよ』
『一応車岱総帥の伝を当たっているんだが、あまりいい所がなくてね』
『ゲオルギウスさんなら札束で殴れるでしょうに』
『そういうところは信用ならないんだよ』
なにやら私が調教を受けるところの話をしている。有望なところがないようだ。
あまり劣悪では困るが、とりあえずレースに出る資格さえもらえれば勝ってみせますとも!
『一つ考えている所があるんだ』
『というと?』
『北海道に今年少し早く生まれたニジンスキー産牡馬がいるらしくてね。話を通して同じところにと考えている』
へー、半分血がつながった兄がいるとはびっくりだね。馬の兄とか別にどうでもいいけど。
『トリウィアにお兄ちゃんがいるの!? なら家族は一緒にいた方が良いよ!』
『そうか、ニコがそういうならそうしようか』
美ショタきゅんはニコっていうんだね! かわいいね!!! おなまえはニコラオスとかかな!!!!!! とってもはかどるよ!!!!!!!!!
それにしてもゲオルギウス君いくら何でも息子に甘すぎない? その甘い表情なんて万一女神に向けるとほんとに妊娠しちゃうレベル。
でもニコきゅんがかわいいから仕方ないよね。
『よかったね、トリウィア! お兄ちゃんと仲良くね!』
ニコきゅんがそうしろというのだ、待っていろよ見知らぬ兄馬。
私は妹を全力で遂行してやるからな、覚悟しておけ!
次話は育成編