星女神の系譜-三界駆ける冥府の灯火-   作:haruhime

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調べても調べてもマルゼンスキーの本郷入厩前の経歴が分からない……。
まさかとは思うが、某善吉氏は本郷入厩前の騎乗馴致を全部自前でやったのか?
さすがに軽種馬農協関係者に預ける形でお願いしていたとは思うのだが。
でもマルゼンストロングホース買った後だしな。やったかもしれない。

本作では、いったん全部自前でやってたということで進めます。そのあたりの事情知ってる人がいたら感想か活動報告に投げてくれるとありがたい。




第三話 北方千里行

 1974年1月16日

 北海道勇払郡安生町

 端本牧場:厩舎前

 

 

 食べ物が濃厚飼料交じりに切り替わった結果、ものすごい勢いで体が大きくなったころ。

 菱沼さんは追い運動どころか馬装への凄まじい順応を示した私(当然である)のことを、追い運動しては放牧に送り出し、大量の飼料を食わせながら検査する日々を送っていた。

 そもそも自発的に追い運動を繰り返していた私にとって、乗馬組の皆さんを日々ローテしての追い運動ですら負荷が不足し始めていたのである。

 

 月に一度のニコきゅん訪問が終わり、絶望と共にすっかり暇を持て余していたある日、突然大きなトラックの後ろに乗せられ牧場を後にさせられた。

 最初は何が起きているのかさっぱりだったが、途中で持ち主と菱沼さんのやり取りを思い出したのである。

 

「あ、兄とやらのところに行くのか」

 

 今生初めての長距離移動にワクワクしていたのは最初の数分だけ。

 外の景色は見えず、自動車の騒音や走行振動にイラつき、狭苦しい車内馬房に不満を垂れ、おいしい食事に舌鼓を打っては寝るサイクルを何度か繰り返す羽目になった。

 イライラのあまりガッツンガッツン前掻きしてごめんよ、同乗してた菱沼さん。

 

 途中で日が落ちて、それでも移動が続いたときにはびっくりしたものである。

 おそらく船に乗ったと思える揺れを体験し、そのあとまた長距離移動。

 

『よーし、ヘカテー降りろ』

 

 ようやく車が止まり、菱沼さんの先導で後部扉を降りたその先は広大な銀世界であった。

 考えてみれば、今日で彼の不毛の大地(薄ら禿げ)も見納めか。鼻息でもしゃもしゃにするの結構好きだったんだけどな。

 

「それにしても寒いなおい」

 

 体がブルっとするほど寒かった。

 馬運車から降りても、カチカチに凍り付いた固い土の感触に驚く。そして這い上がってくる冷気にはうんざりした。

 これからこんな環境で過ごさなくてはならないとは。

 思わず耳は後ろに伏せ、前掻きしてしまう。

 

『やぁ、ご機嫌斜めだね。長距離移動お疲れ様ヘカテー』

 

 不機嫌極まる私の姿を見かねたのか、馬運車の横に止めた真っ赤なスポーツカーから降り立ったゲオルギウス君が声をかけてきた。

 

「あーカッコいいわ。スチルかな?」

 

 普段と違って髪を撫でつけ、深紅のタイとスーツにロングコートまでカッチリ決めたイケメンとスポーツカーの組み合わせは無敵である。そこに笑顔を添えるのはもはや反則に近い。もっとやって。

 そんな彼が私の首を黒の革手袋をした手で撫でてくれる。いつもの繊細な指とは違ったこの感触がたまらない。

 

『おっと、これから端本さんと話をするんだ。今擦り付けは我慢してくれ』

 

 いつものように体を擦り付けようとしたら止められてしまった。

 そうだよね、これから人と話をするのに馬の毛だらけというのはいただけない。

 しょんぼりしたのに気づかれたのか、彼は苦笑しながら撫でるのを続けてくれた。

 

『終わったらかまわないから、今はね』

 

 ご褒美宣言に、おすまし顔しながら彼から離れる。ここは我慢だ我慢。

 そんなやり取りをしていると、厩舎の中から一人の中年と青年、少女が出てきた。

 薄いサングラスをかけた強面の中年はこちらを見て近づいてくる。ほかの二人はこちらを見てそわそわしている。

 にしても圧が強いなこのおっさん。

 

『わざわざこんなド田舎にようこそ、ゲオルギウスさん』

『こちらのお願いを聞いていただいた方に直接あいさつするのは礼儀だと思いまして。そちらのお二人を紹介していただけますか?』

 

 お互い仏頂面で握手を交わすと、なんだかとげとげしい感じで会話が始まった。

 

『娘の祥子と世話を担当する真井です、ほれ、挨拶』

 

 端本さんに肩を押され、ゲオルギウス君の正面に出てきたのはハーフアップのもこもこ美少女だった。

 

『はい! 私は端本祥子です! 小学生です! お父さんのお手伝いしてます!』

『私はゲオルギウス・メルク―リ。この仔はトリウィアヘカテー。どうか仲良くしてあげてほしい』

 

 がばっとお辞儀してから顔を上げ、握手のために手を差し出す少女。緊張でお顔が真っ赤である。10歳くらいかな、かわいい。

 ゲオルギウス君がちょっと屈んで目線を合わせ、握手してあげていた。そのまま流れるように手の甲に軽く口づけを落とす。

 え、ファンサ良すぎない? 祥子ちゃんちょっとお目目ぐるぐるしてるよ。

 

『はい! 毎日お世話してあげます!』

『元気だね。祥子ちゃんと呼んでもいいかな?』

『お願いします! ゲオルギウスさん!』

 

 とっても元気にお返事した祥子ちゃんは、そのまま端本さんの後ろに回って、ちらちら顔をのぞかせている。かわいい。

 まぁ、あんな小さい子にこんな丁寧イケメンムーブぶつけたらそうなる。性癖がぶっ壊れた音がしたね今。

 

『はは、いい子じゃないですか端本さん』

『もうちょっと落ち着てくれればいいんだがな。真井は挨拶してねぇだろ。馬にまだ近づくんじゃない』

『あ、終わりましたかね。俺、いや私は真井芳樹です。ここで馬の世話やらしてもらってます』

 

 ふらふらと私に近づいていた青年がゲオルギウス君たちの方へ振り向き、キャップを外しながら頭を下げた。

 オールバックにリーゼントをカッチリキメた髪型とかいかにもやんちゃしてそうな感じ。がっつり鍛えているのが防寒服の上から見て取れる。鋭い系だけど顔は悪くないな。これはこれで需要在りそう。

 

『この仔をよろしく頼むよ。それと、言葉遣いは好きにしていい。私たちはこれから仲間になるんだからね』

『ならそうさせてもらうッス。敬語とかわからなくてめちゃくちゃシンドイッス』

 

 雑ぅッ! 

 いきなりタメ口通り越した何かになったぞこいつ。いやまぁ、ゲオルギウス君がOK出したんだから外野がどうこう言う話ではないんだけどさ。

 端本さん頭抱えてんじゃん。

 

『ゲオルギウスさん、御覧のあり様だが本当にうちに預けるのかい? 車岱の総帥からいろいろ紹介されたんだろう?』

『信用ならなかったのですよ。通訳を連れて行ったら、私が日本語をわからないと思ったのか随分無礼でね』

『ま、海外良血の仔を引っ張ってきた外人が気に入らない連中だらけだろうからな』

 

 そんな連中の世話にならずに済んだのはよかった。万一目の前でそんなことされたら私の蹄が深紅に染まっていたかもしれない。

 

『その点、自分の目を信じて回りを蹴散らし、マルゼンスキーを手に入れた端本さん。あなたの方が信じられる。あなたは決して馬をないがしろにしないタイプだ』

 

 ゲオルギウス君がそういうと、端本さんは照れながら頭を掻いて私を見た。

 

『そうまで言われちゃ、仕方ないな。それにしてもデカいなこいつは』

『自慢の娘だ。当歳馬としてはかなり大きな子だよ』

 

 二人とも当初とは全く雰囲気が違い、緩やかな表情をしている。お互い納得できたのだろう。

 ゲオルギウス君や菱沼さんが言うことには、この年の子としてはかなり大きいらしい。体が大きいというのはいいこともあれば悪いこともあるというが。

 

『ただ肉の付きは良いが骨盤が小さい、繁殖牝馬としてはダメだろう。産めて一匹、それでも母親は危ないかもしれん』

 

 私の周りをぐるりと半周した端本さんは、なんとも言い難いコメントを言い放った。

 いや、活躍した牝馬の宿命として子孫を残すことが期待されるのは分かっていたが、出産に不安があるとは思っていなかったわ。

 

『けどトモの張りとかはバリバリにいい感じッス。よく走ってくれそうッスね』

『無事に走り抜いてくれればいいさ。勿論、次代の子が生まれてくれればそれに越したことはないけれど』

 

 ゲオルギウス君の言葉にキュンときちゃう。イケメンに期待されるとついついやる気になっちゃうよね。陰キャの悪い癖である。

 しかし、繁殖かぁ。ん? 繁殖? 

 

「お馬さん相手に神生含めての初体験は辛くないか? うお、ぶるっと来た」

 

 よくよく考えると、馬相手の異種姦である。初手アブノーマルプレイというのは変態度が高い。異常な思考に体が震えてしまった。

 だが考えてみれば、割と異種姦状態でヤる逸話があるのが我らがギリシャ神話である。ケダモノプレイが好きな変態が多すぎる。

 

 それを考慮すると、精神的処女を馬にくれてやるのは普通なのかもしれない。そもそも今は私馬だし。

 

 ……いや、考え直せ。普通じゃないから。

 

『お父さん、ヘカちゃん震えてるよ?』

 

 いつの間にか近づいていた祥子ちゃんに心配されてしまった。

 さっきまであわあわしていたのに、今は真剣な目で私を見ている。本当にいい子だなぁ。

 

『ん、ああ、そうだな。この寒空に出しっぱなしはよくない。厩舎に入れんと』

『私が連れて行ってあげる!』

 

 祥子ちゃんが私の誘導を買って出てくれた。いやまあ誘導なんていらんのだけど。

 正面の建物でしょ? 馬房の入り口だけ開けといてもらえればいいんだが。

 祥子ちゃん小さいからすごくゆっくり歩かなきゃダメだしね。

 

『お前はだめだ。真井、トリウィアヘカテーを厩舎に入れてやれ』

『ウッス』

『なんでよー!』

 

 拒否された祥子ちゃんは端本さんの足にしがみつき、がくがく揺さぶっている。

 まぁ、普通は当歳馬を子供に任せようとは思わないよね。止められないし。

 

『この仔をたのむよ、これ引綱ね』

『あざっす。菱沼さんッスよね、しっかり面倒見させてもらうッス』

 

 真井君は菱沼さんから引綱を受け取ると同時に挨拶を受けていた。

 ちょっと涙ぐむとは思わなかったよ、菱沼さん。今日は素直にすりすりしてやろう。

 彼は無言で私の首を撫でると、端本さんとゲオルギウス君に呼ばれて別の建物に向かっていった。

 

『真井君! 誘導したい!』

『お嬢さんじゃまともに引綱持てないでしょ、一緒に持ちます?』

『持ちたい持ちたい!』

『はいはい』

 

 端本さんの説得をあきらめた祥子ちゃんは、引綱を持つ真井君を直接懐柔することにしたようだ。

 真井君が端本さんを見れば、あきらめたように手を振っている。

 大人が持ってる綱の端なら、危なくはないかもしれない。それでも私はゆっくり歩かなきゃいけないが。

 

『こっちこっち! お友達もいるよ!』

 

 踏みしめられた雪の道をゆっくりと進み、真新しい厩舎の中に入ると予想以上に温かかった。

 セメント打ちの床面は平坦だし、汚れやにおいも少ない(馬の住環境なのでどうやっても臭いは臭いが)

 思ってたよりはいい環境なのでは? 

 

「おや新入りかな」

「仔馬さんが来たわね」

「お、お世話になります」

 

 足に帰って来る感触を確認しつつ、周囲をきょろきょろと眺めながら歩いていく。

 次々に馬房を通り過ぎ、ものすごい大きな体の栗毛馬や大人の鹿毛牝馬さんにキョドりつつもあいさつした。

 いやぁ、陽キャ系がいなさそうで良かった。牛と温厚な馬しかいないなら静かに過ごせそう。

 

「ん? なんだなんだ、ってでっか!?」

「あぁん?」

 

 などと思っていると、いきなり横の馬房から無礼極まるガキの嘶きが響く。

 視線を向ければ、おそらく1歳馬だろう栗毛の牡馬が私をじろじろと()()()()()()

 キッと睨みつけると、ちょっとビビったらしい。馬房の中にさっと引っ込んだ。

 

『仲がよさそうでよかったねぇ』

『マルゼンスキー、お前同い年の牝に負けたのかよ』

 

 別に仲良くないよ祥子ちゃん。

 

 無礼者がヒンヒン鳴いてるのを無視して、そいつの隣の馬房に誘導される。

 中を見て回ると、大量の寝藁といい三和土といいよく整えられた清潔な空間だった。ちょっと寒いが、まあ寝藁に転がればましだろう。

 あちこちに体を擦り付けて臭い付けを済ませるのを見ていた祥子ちゃんと真井君は、馬房に鍵をかけるとそのまま歩き去っていしまう。

 

『またあとでねー』

『おとなしくしてるッスよ』

「はーい」

 

 二人の声掛けに返事をして、何もすることがないのであちこち見回す。

 よく見れば水と飼葉があるじゃん、食ったろ。

 馬房の外側に置かれた飼い葉桶と水桶に首を突っ込んでもしゃもしゃしていると、真横から奴のぶしつけな視線を感じる。

 瞳を向ければ、さっきの無礼な馬がくりくりとした目をキラキラさせながら見ていた。

 

「本当にデカいなあんた。何歳くらいなんだ?」

「いくら何でも初対面の牝馬に無礼すぎんぞお前」

「え、牝馬だったの? 毛艶とかは若そうなのに体がすげぇ仕上がってんだもん、気になるじゃん」

 

 子供すぎる。いや、毛並みといい顔つきといい多分仔馬だわこいつ。そうであっても人を牝扱いしなかった時点で許さんが。

 静かに切れていると、奴の背後から先ほどあいさつした二頭の馬が顔を出して仔馬をたしなめた。

 

「マルちゃん、牝馬さんに失礼よ」

「坊主もうちょっと気にしないとモテねぇぞ」

「ママにストロングさんまで言わなくてもいいじゃん」

 

 二頭の大人に怒られ、ちょっとバツが悪そうに視線を逸らす仔馬。

 それを睨みつけていると耐えられなくなったのかしぶしぶ頭を下げる。

 

「……ごめんわるかった」

「まあいいけど。私1歳にしてはかなり育ってるみたいだし」

 

 さすがに子供が反省してるのに大人が許さないのはダメだろということで許した。体は仔馬でも精神は大人だぞ私は。

 私の返事を聞いたマルゼンスキーは、喜色満面こちらに首を伸ばしてくる。急になんだ!? 

 

「だよなぁ! 俺はマルゼンスキー! あんたの名前は? 何をしたらあんたみたいに大きくなれるんだ? 教えてくれよ!」

「私はトリウィアヘカテー。いやいっぱい食べて、いっぱい走って、いっぱい寝ただけだけど……」

「マジか! なら俺もでかくなれそうだ!」

 

 許されたと思ったら途端にぐいぐい来るなこいつ。

 明らかに陽キャの気配を感じる。なんか一気に苦手意識が出てきたぞ。

 

 

 

 この後、心がへとへとになるまで質問攻めにされた。

 シルさんとストロングさんの助けがなかったらどうなったことやら。

 正直ここでの生活がちょっと不安になっってしまった。

 

 それにしても兄とやらはどこにいるのだろうか。




端本全吉
(全)端本牧場のオーナー
重馬種のマルゼンストロングホースを輸入し、北海道競馬に新風を吹き込んだばかり。
もともと牛の生産者として日米で有名だったが、一目見て優れた繁殖馬と判断したシルを購入し、産駒での競馬界殴り込みを決意した。
購入費や輸送費、馬房改装費での膨大な出費をゲオルギウスからの預託費他で埋めることができたためどうにか一安心。
心配をかけたため娘と妻には頭が上がらない。

端本祥子
全吉の娘。ハーフアップの少女。
馬に乗ったり動物の世話をするのが好きな活発な少女であったが、ゲオルギウスに情緒を破壊され少女漫画も好きになった。
割と何でもできる運動神経抜群。

真井芳樹
オールバックとリーゼントでばっちりキメた見た目硬派。
口調は緩々で適当だが、地元でも有名な真面目系である。
動物への愛情はかなりのもので、体調や感情を見る目は確か。

ゲオルギウス
車岱総帥からの紹介された厩舎の対応に腹を立て、同じ父の仔がいる端本牧場に預託することを決意した。
巨額の出費に苦しんでいるところに、巨額の投資で頬を殴った形。
端本の奥方からは感謝されている。

ニコラオス
月に一度のヘカテーとの面会がとても楽しみだった。
今は都内のインターナショナルスクールに在籍しつつ、家庭教師複数から様々な学問を学んでいる。
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