星女神の系譜-三界駆ける冥府の灯火-   作:haruhime

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大人げない女神と仔馬の戯れ


第四話 兄との同居生活(北海道編)

1975年3月3日

橋本牧場放牧地

 

「んしょ、よいしょっと」

「何やってんだ?」

「柔軟」

 

放牧された私は、さっそく芝の感触を確かめながら全身の関節を解していく。

北海道はまだまだ寒い季節だから強張った筋肉と関節を柔らかくしないと無駄なケガをしかねない。

 

「兄さんもやったら?その足が外に広がってるのもよくなるかもよ?」

「そうか?まぁ、これが良くなるかもってんならやるかな」

 

私がそう唆すと、シルさんとだいぶ違うその広がった足を気にしていた兄は素直に柔軟を始めた。

競走馬としては割と不利だよなぁ、あの足の広がり方。前に見に来たおじさんたちもそう言ってたし。

踏み込んだ時の力が斜め横方向に関節へ掛かるから壊れやすくなるよね。

 

半分血のつながった兄貴だし、彼がより良い馬生を送れればいいとは思ってるんだぞこれでも。

 

『また変な動きしてますよあの二頭、柔軟スか?』

『向こうの牧場でもしてしてたらしいぞ、どうもシルやストロングも覚えたみたいでしょっちゅうやってる』

『トリウィアヘカテーは本当に馬なんスか?』

『わからん、柔軟も厩務員とか猫の動きを見て覚えたようだし』

 

聞こえてるぞ人男ども。

私をUMA認定してきた真井君と端本さんをじっと見つめていると、慌てて二人は退散していく。

 

『やっぱり人の言葉わかってないスか?』

『わかってるかもな、アレは相当頭いいぞ』

 

わかってるなら馬耳で聞き取れるとこでこそこそ喋んな!

 

 

 

1975年4月16日

橋本牧場放牧地

 

「ハッ、ハッ、シャァッ!俺の勝ち!」

「だぁ~ッ!また負けたぁ!?」

 

たった今開催された端本牧場放牧地、1歳新馬戦芝4ハロンはマルゼンスキーに大きな差をつけられての敗北に終わった。これで10度目の敗北である。体もさらに出来上がってきたし、前の牧場では一番早かったんで自信があったんだが完膚なきまでにぶち壊されたね。

加速力に差がありすぎる。スタミナは圧倒的に私の方があるんだが。多分3000m以上なら負けない。もしくはダート。芝はなんか滑るんだよな。

 

「兄より優れた妹などいねぇ!」

「あぁん!?野郎ぶっ殺してやる!!」

 

この野郎ちょっと芝の上じゃ速いからって調子乗りやがって!

テンション上がってるマルゼンスキーに肩をぶつけてガッツリ嚙みついてやった。

 

「いってぇ!?なにすんだこの馬鹿妹!」

「うるせぇ!ぶっ殺してやるアホ兄!」

 

ヒンヒン鳴きながら逃げ惑うマルゼンスキーを放牧地を何週も追い回し、出入り口でへとへとになって足を止めたところで鬣や尾をむしゃむしゃしてやった。

野郎は死んだ目をしながら成すがままだ。兄さんのくせに生意気なこと言うからだぞ。

 

『マルゼンスキーがまた泣かされてるし。お前は本当にトリウィアヘカテーに弱いな』

ヒィン

 

呆れたような目でマルゼンスキーを見る真井君。

そうだそうだ!もっと言ってやれ!

 

 

 

 

1975年5月29日

橋本牧場放牧地

 

「ちっくしょ~!?また負けた!」

「はい勝ち~!10連敗おめでと~」

「むかつくな!?」

 

私たちが走りすぎて地面が露出した荒地のうえで、マルゼンスキーが棹立ちする。

ついさっき行われた端本牧場放牧地、1歳新馬戦ダート4ハロンは私が圧勝して終わった。十連勝目である。

やっぱ私ダート向きだわ。めちゃくちゃ走りやすいもん。

 

「兄さんのざ~こ♡年下の女の子に負けちゃう負け牡馬♡」

「調子乗んな!」

 

テンション上がって煽り倒す私に、マルゼンスキーは肩をぶつけた上軽く嚙みついてきた。

 

「いたぁ!?なにすんのこの馬鹿兄!」

「うるせぇ!わからせてやんよ妹モドキ!」

 

奴はヒンヒン鳴きながら逃げ惑う私を放牧地の端に追い込み、身動きが取れず足を止めたところで鬣や尾をむしゃむしゃされた。

私は死んだ目をしながら成すがままだ。妹のくせに生意気なこと言いました、ごめんなさい。

 

『トリウィアヘカテーがまた泣かされてるし。お前は本当にマルゼンスキーに弱いな』

ヒィン

 

呆れたような目で私を見る真井君。

うるさいぞ!そんな目でこっちを見るな!

 

 

 

1975年6月12日

端本牧場馬房前

 

日差しが温かくなり、風も徐々に暖かくなってきた頃。

馬房前では私とマルゼンスキーの馬装馴致が始まっていた。

 

「それは嫌いだって言ってるだろー!」

『マルゼンスキー、暴れんな』

 

馬装をやけに嫌がるマルゼンスキーを尻目に、私は一足早く騎乗馴致に到達していた。

当然である。そもそも菱沼牧場で馬装まで済ませていたのだから何の問題もない。銜を目の前に出されたら口は全開にするし、頭絡をつけるときは首を下げ目を瞑って耳ピンする。鞍をつけるときも微動だにしない。

非常に馬装しやすい体勢を心掛けているのだ。

全ては馬装なんぞとっとと済ませて、一秒でも早くあの憧れのコースに入りたいため。

この牧場に放牧場から見える位置にオーバルコースがあるんだし、個人的には競争練習に入りたいのだが端本さんは奴と一緒に走らせたいようでそうはさせてくれないのである。

シルさんがたまに走りこんでいたり、ストロングさんが凄まじい重さの橇をガンガン引っ張っていたりする姿を、マルゼンスキーと共に眺めていたのでとにかく走ってみたい。

 

『うわわっ!?』

 

危ないぞー、ちゃんと鐙に体重掛けて膝を締めろ膝を。ってまだ無理か。子供だし。

 

今は端本さんの娘である祥子ちゃんを載せ(乗れてないから載せてやっているのだ)、乗馬を教える日々を過ごしている。

二歳なり立ての私でも10歳くらいの子供なら何時間載せていても苦にはならないし、人を乗せる練習にもなっているからよい。

しかし、端本さんは幼い娘相手にスパルタが過ぎる。最初私に乗せたと思ったら乗り方は馬に教われとか言って人の尻に鞭くれるんだもの。

アマゾネスの戦士でも育成しようというのか。

 

「なんだこれなんだこれ!歯がキーンってする!絡みついて気持ち悪い!やめ、やめろー!」

『そろそろ慣れろよマルゼンスキー、あ、動くなおバカ耳に絡むぞ』

「引っ張るな!耳が曲がっちゃうだろやめろよ!」

 

動いて銜を歯にぶつけては嘶き、頭絡をつけられては頭を振り回しと、暴れまわるマルゼンスキー。

あれ真井君大変そうだわ。よし、私が一肌脱いでやろうじゃないか。

マルゼンスキーの視界に入るように、ゆっくりと近付いていく。

 

『危ないよヘカちゃん!?』

『ヘカテーのおバカ、祥子ちゃん乗っけてるんだからこっち来るな』

 

大丈夫だよ祥子ちゃん、兄さんが立ち上がろうが走り出そうが避けれる位置までしか近寄らないし。

それと真井、貴様私を兄さんと同類扱いしたな。助けてやらんぞ。

 

近寄ってきた私をいぶかしげに見つめるマルゼンスキーを、上から見下ろしつつ鼻で笑う。私は奴より体がでかいので見下ろす形になるのだ。

 

「兄さんダッサ」

「これ気持ち悪いだろ!なんでお前は平気なんだよ!」

 

慣れるまで気持ち悪いのはわかる。というより、服を着る文化を経験してないとこの感触はなかなか不快だろう。

陰キャオフ会の罰ゲームでつけさせられたボールギャグとラバーマスクよりはましだけど、あんなもん普通は一生に一度もつけない。

まぁ、それでも煽るわけだが。

 

「これができないと大人になれないし。むしろ妹より遅れて兄として恥ずかしくないの?」

「なんだなんだ妹モドキ、挑発してんのか」

 

挑発してるんだよ、早く馬装終わらせて私と走れや。

 

「早く頭絡つけて、鞍載せて、人間さん乗せて勝負しようよ。兄さん待ちでずーっと祥子ちゃん載せてるんだけど」

「いやだね。勝負ならしょっちゅうやってるし俺が勝ってる!」

「は~!?それは芝だけでしょ!?ダートで毎回ぼろ負けしてるくせに!」

 

我儘な奴だな!人がこれだけ下手に出てやっているのに!

いいだろう、覚悟を決めてやってやろうじゃないか。オリュンポスで効果抜群だった煽り技をなぁ!

首を大きく下げ、奴を下から見上げるようにしつつ心のメスガキを起動する。

 

「あれあれ?もしかして妹に負けるのが怖いのかな~?」

「は!?妹モドキなんぞに負けないが?実際芝では無敗だが?」

 

効いてる効いてる。しかし女神に対する事実陳列罪は許されんぞ。

 

「でもでも~、馬装も騎乗も私が先に終わらてるんだよ~?」

「」

「それってもう負けてない?えー?年下の女の子ができることすらできないとか、兄さんなさけな~い♡」

「」

「兄さんのざーこ♡ざーこ♡一生仔馬ちゃん♡尻尾と鬣すかすか♡妹相手に負け癖ついちゃえ♡」

「あぁ?やってやろうじゃねぇかよ!真井ィ!とっとと銜と紐と鞍着けろやぁ!」

『うわぁ、急に落ち着くな!』

 

マルゼンスキーは私の煽りに耐えきれなくなったのか、大きく一度嘶くと一気に落ち着きを見せて真井君に頭を差し出した。

 

いやぁ、負けず嫌いには効くのよねこれ。ねちっこい陰キャ神にもよく効く。

陽キャ?ギリシャの陽キャ神相手じゃ、アフロディーテ怒らせた時みたいに『イキり陰キャがわからせプレイをおねだりとか興奮してきたわね』ってなって、貞操と生命の危機が訪れるから……。

女神だって24時間降りてこれないと死んじゃうんだよ?冥界神の1柱なのにハデス様に送り返されなかったらあれで死んでた。大事なものは守り切ったがな!

 

しっかしなんかまじめな雰囲気なのに、馬の頭に頭絡がぐちゃっと絡みついてると面白いよね。

 

「ぷふっ」

「妹モドキィ、お前今俺を笑ったか?」

「べつに?」

 

 

 

 

1975年6月22日

端本牧場オーバルコース

第二コーナー前

 

いよいよ初夏に向けて強まる日差しの中、北の大地特有の涼しい夏の風が良く整えられた芝を揺らしている端本牧場のオーバルコース。

私と兄は馬装を整えられ、いよいよこの場所へと引き出された。

放牧場から見えるこの美しい場所に焦がれてはや数か月、私は念願のコースの感触を蹄に感じながら柔軟を念入りにしていた。

 

長く苦しい戦いを経て(何度も兄を宥めすかし)馬装馴致をし、とにかく覚えの悪い兄と並走しながら並足や襲歩のお手本を見せ、最後には騎乗馴致を完了した兄のようなナニカ(マルゼンスキー)をみた端本さんは、知り合いの厩務員も引っ張ってきて私たちを競わせることにしたらしい。

 

『トリウィアヘカテーちゃん、よろしくね』

 

私に乗るのはまだ若い女の子、奴に乗るのは端本さんの息子全一さん。二人とも細身だが、体重差はそれなりにあるように見える。

彼女を乗せゆっくりと歩きながら調子を合わせていると、息子さんを乗せた奴が鼻息荒く近寄ってきた

 

「妹モドキに実力の差をわからせてやるぜ!」

「あぁん!?へっぽこ兄さんのくせに!!やってみろよぉ!!!!!」

 

『仲がいいなぁ』

『ヘカテーは随分機嫌が悪いみたいだけどね』

 

この女の子の目は節穴かもしれない。全一君の言うとおりである。

見ればコースの端に端本さんがシルさんと立っている。スタート役をしてくれるのだろう。

 

『それじゃ、いつも通りにね』

『はい、全一さん』

 

なんかこの二人通じ合ってない?もしかしてもしかするのかな?

 

『ゴホン!左回り芝1000!用意!』

 

端本さんがにらみを利かせると、二人はすっとレースの準備を始めた。

オーバルコースの第2コーナー奥に設置されたウッド式発馬機の内ラチ側にマルゼンスキー、一枠開けて外側に私という並びで入る。

私は全く問題なくすっと入るが、マルゼンスキーはちょっと嫌がっているようだ。

 

「狭いところにに入らなくてもいいだろ!」

「ゲートに入らないと兄さんの負けが決まるけど?実力の差が分かっちゃうね?兄さんのざ~こ♡ざ~こ♡未来永劫発走再審査♡レース出れずに負けちゃうよわよわ牡馬♡」

「やってやらぁ!!!!」

 

ちょろい。

煽ったらさっきまでの嫌がりはどこに行ったのか、非常に冷静にゲートインするマルゼンスキー。

本当に手間のかかる兄である。

 

『いくよ』

 

鞍上の彼女の合図と同時に、ゲートが開く。

 

「いっくぜぇ!!!!!!」

 

私は全力で駆け出すが、それよりも早くマルゼンスキーが前にすっ飛んでいく。

野郎、相変わらず腹が立つくらい強烈な加速だ。踏み出すごとにぐんぐん伸びていきやがる。

それに比べて無駄にデカい馬体が重く、芝が苦手な私の加速は鈍い。

乗用馬の皆さんよりも早いのは確かなのだが、奴と比べれば雲泥の差だった。

 

「けどなぁ!お前のスタミナと根性のなさは分かってる!差し切ってやるからなぁ!」

 

400mの直線を駆け抜ける頃には、奴の姿は10馬身以上前にあった。

だがここで差は大きくならなくなった。じわりじわりと私の速度が伸びていく。

前を走る奴は速すぎてコーナーがまだ苦手だ。体が出来上がればきっと違うのだろうが、今はまだまだしょぼい。

 

「外に膨らんでたまるかぁ!!!!」

 

うるさい奴だな!

 

マルゼンスキーはわずかな減速と引き換えに内ラチを掠めるようにコーナーを曲がっていった。

あいつ直前の放牧場レースより成長しやがったぞ。あの時はぐんぐん外によれて柵を掠めそうになってたのに。

 

「だが減速したな!しかも足を使ったな!直線で伸びてこない兄さんなんざ怖くねぇ!!!」

 

マルゼンスキーがコーナーを抜けるまでに3馬身は詰めた。

前半馬鹿みたいに飛ばしてコーナーで足を使ったマルゼンスキーはさらに減速するだろう。

残り400mの直線でぶっちぎれるはずだ。

 

そう、思っていたのに。

 

「負けてたまるかぁ!!!!」

「ここで伸びるの!?」

 

マルゼンスキーは直線に入った瞬間、猛烈な加速を見せた。

芝が抉れ飛び、蹄が大地を抉る重い音が響く。

これまでにない強い踏み込みだった。

 

『マルちゃんやるぅ』

「野郎逃がさん!」

 

鞍上!お前はどっちの味方だ!

だがそれでも、その加速は最初の直線には劣るものだ。

ならずっと加速を続け、ようやくまともに走れる速度帯にたどり着いた私に負けはない。

最終コーナーを抜け、より強く、より大きく踏み込み、より早く足を回す。

 

6馬身。

 

良いぞ足が軽い、さらに速度が乗ってきた。内ラチ沿いを、膨らんだ奴を内側から差し殺すつもりで進む。

 

4馬身。

 

順調に距離を縮めていく。奴と視線が合った。

 

2馬身。

 

「うおぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

だがそれでも、マルゼンスキーは私よりも速かった。

足りないと思っていた根性を見せた。

 

2.5馬身。

 

奴の背中が遠ざかる。白い線を踏み抜いて、それでもなお加速していく。

 

3馬身。

 

手綱が引かれた。

 

後ろを振り返れば、ゴールフラッグを振る厩務員さんとストップウォッチをのぞき込む端本さん、隣に佇むシルさんの姿が見えた。

 

負けた。私は芝じゃ奴には勝てないのか。

あいつは苦手だと思っていた長い距離を走り切れるようになっていた。これから成長すれば、もっと長い距離を走れるようになるだろう。

その時、スタミナ以外ない私に、マルゼンスキーに勝つレースなどできるのだろうか。

 

「ぜぇ、はぁ。どうだ!妹モドキ!俺は勝ったぞ!」

 

私よりも先にゴールラインを駆け抜けたマルゼンスキーが、汗で馬体を煌めかせながら私のそばに寄ってくる。

よくよく見れば、まだまだガキだと思っていた顔つきはすっかり牡馬になっていて、体つきもがっしりしてきていた。

 

なんだよなんだよ。へっぽこのくせに。

 

「私の負けだよ。流石だね兄さん」

 

ちょっぴりカッコいいじゃないか。

 

 

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