その優しい星で…   作:草之敬

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長らくお待たせいたしました。
ブログの方でも最新話更新しましたので、そちらを読んでる方はそちらもどうぞ。


Navi:04

 朝。

 いつものように窓から入る朝日で目を覚ます。

 

 下の階からはいつも通りの朝食の香り。

 アリア社長がいない、と言うことに気付いて、遅まきながら寝坊してしまったことに気付く。

 

「あわわわ………!」

 

 慌てて制服に着替えて、サイドだけを長く伸ばした自分の前髪をまとめ、それ以外はまだボサボサのまま階段を駆け降りる。

 

「す、すいません、遅れました!」

「あぁ、いいよ。君もそこらへんで寛いで待っててくれ。もうすぐ出来あがるからさ」

「はひっ すいません!」

 

 気にしないで、と言われたけど、やっぱり寝坊は寝坊だ。

 しかも自分は入社してまだ一ヶ月も経っていない。

 否が応でも気が滅入っちゃうんですよ……。

 

「気にしなくていいのよ。昨日が昨日だったんだもの、ね?」

「はひぃ。すいません、アリシアさん。今度からは気をつけます……」

 

 いつものテーブルに腰掛けて、正面にはアリア社長を抱くアリシアさん。

 それにしてもネコさんが社長なんていまだに信じられません。

 火星猫は喋れはしないけど知能が人間並らしいんだけど、それにしたってこんな珍しいことをしてるのはウチの会社ぐらいじゃないのかなぁ。

 

「アリシア、皿ってどこにあるんだ?」

「あ、その正面の棚の上です」

「了解」

 

 ニコニコと笑って対応するアリシアさんはやっぱり、流石だなぁと思う。

 私も早くアリシアさんのような立派なウンディーネにならなくちゃ!

 

「はい、お待ちどおさま」

「わぁ! とってもおいしそうです!」

「あらあら。うふふ」

 

 テーブルに並べられるのはトースト、オムレツにほうれん草のソテー、ウィンナーなどなど。

 一式の洋風朝ご飯だ。お好みでどうぞ、とジャムとバターも並べられていく。

 

「じゃ、いただきます」

「「 いただきます! 」」

 

 つ、とオムレツを切り分けると、中からはトロリとした卵が流れ出る。とてもひとつの卵で作ったとはおもえない。

 ぱくん、と口に入れると、ほわぁ……と広がる卵のやさしい味。なんて贅沢な朝ご飯なんだろー…… 。

 

「おいしーです、これ」

「ええ、本当に。おいしいわ」

「ぷいにゅ~っ!!」

 

 3人共全員が顔を赤くしての大絶賛です。

 アリア社長なんて本当にほっぺが落ちそうな顔をして……幸せそうだなあ。

 そういう私も、きっと鏡をみたらだらしない顔してるんだろうなあ。

 

「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」

 

 また、朝ご飯はオムレツに限らずその全てが絶品で、アリア社長は食べ終わったあと感動で泣いていました。

 かくいう私も少しだけ涙が出たのはナイショです。

 

「食後の紅茶ぐらい、私が入れますから」

「あ、あぁ。そうかい? じゃあ頼むよ、アリシア」

 

 アリシアさんがキッチンへ向かっていくなか、私はアリア社長と二人きり。

 

「今日は昨日の分まも練習がんばりますよ~」

 

 きゅっと社長を抱き上げると、思わず「うっ」ってなる。

 

「社長。ちょっと太りすぎじゃないですか?」

「それは俺もそう思うな。少し控えた方がいい」

「ぷ、ぷぷいにゅ~っ!?」

 

 絶品朝食のこともあってなのか、アリア社長が真っ青になって震え始める。

 ぽろぽろ、と涙がこぼれはじめ、やがてだばだーっと滝のように流れ始める。

 もう号泣です。ど、どうしよう……。

 

「じゃぁ今度作るときは社長だけ特別メニューにしておこうか。それなら文句ないだろ?」

 

 ぽんぽん、と私の抱き上げているアリア社長の頭を軽くなでてあげている。

 はひぃ……大っきい人だなぁ……ぁ、あ、れ?

 

「ん? どうかした?」

「あ、あ、あ……」

「あ?」

「あああああああああ――っ!!!」

 

 自分でも思った以上に大きな声が出た。

 そりゃもうアリシアさんが飛んでくるほどに。とかそんなことじゃなくて!

 驚きのあまり抱えていたアリア社長まで落としてしまって、下の方でぶにゅん、なんてやわらかい音がした。

 

「ど、どうしたの? 灯里ちゃん」

「あぅ、あっあっ!!」

 

 指で目の前の人を指差す。

 アリシアさんが視線を向け、そしてまた私に戻す。

 とても心配そうな顔をしている。

 

「彼がどうかしたの?」

「ゆっ、ゆ、ゆゆっ………幽霊です!!」

 

 

 *  *  *  *  *

 

 

「すいませんでした」

「いや、いいんだよ。気にしなくていい」

 

 彼女はなかなか落ち着いてはくれず、「幽霊が! 幽霊が!」と連呼していた。

 あれだ。今朝の彼女の様子を見て調子に乗って「いつ気付くかな?」なんてふざけていた俺も悪い。

 

「じゃあ改めて。衛宮士郎だ、よろしく」

「みっ、水無灯里ですっ!」

 

 がばっと頭を下げて俺に簡単な自己紹介した彼女――灯里と呼ぼう――は、そのまま勢いよくアリシアを向き直した。

 

「えっと……この方は昨日の、ですよね? 会話とか聞いてると……アリシアさんとは知り合いとか、ですか?」

 

 それはアリシアじゃなくて俺に聞くべき質問なんじゃないか?

 いや、まあ得体のしれない、それも男性とあっちゃ聞きにくいんだろうけど。

 あんまり認めたくはないけど、顔も穏やかな方じゃないしな。

 

 と、アリシアが困ったようにこっちに助けを求める視線を寄越している。

 どう言ったらいいものか、わからないんだろうな、きっと。

 誰だってそうなる。俺だってそうなのだ。

  

「灯里。俺はね、魔法使いなんだ」

「はひ?」

 

 昨晩と同じ。

 爺さん、つまり俺の義父である衛宮切嗣もこういって俺に自己紹介していた記憶がまだ俺の中に残っている。

 当時なんでそんな風に言ったのかを聞くと、「そう言ったほうがわかりやすい」と言っていたのもまた、同じように覚えている。

 確かに、魔術師なんて言葉の響きに比べればメルヘンチックで受け入れやすいかもしれない。

「なにいってんだコイツ」みたいな目で見られることも請け合いだろうけどな。当時の俺もよくあの言葉を鵜呑みにしたもんだ。

 

 もちろん、俺は厳密には魔法使いじゃない。魔術師だ。

 こういうとわからない人には同じに聞こえるだろうが、そうじゃない。

 このふたつは全く違う。

 

 魔法使い、というよりも魔法は、現存する技術ではいくら時間をかけようと、いくら金を注ぎ込もうと叶うことのない《奇跡》のことをいう。

 遠坂が俺に施してくれたのは第二魔法。【並行世界の運営】とかなんとかと言っていた記憶がある。

 この通り、並行世界へ移動することも可能らしいが、具体的な術式は俺には理解できていない。

 いやまあ、魔法なんだから理解できていないのも無理はないのだが。

 

 ちなみに、現在確認されている魔法は五つ、という話は有名である。

 こういうと勘違いされがちだが、現存の技術で実現不可能な事象が五つしかない、というわけではない。

 それこそ無限に存在するだろう。ほら、「物理的に不可能」だとかよく聞くワードだろう?

 現時点で実現不可能でかつ、魔法という形の奇跡に昇華できた事象が五つしかない(・ ・ ・ ・)のだ。

 

 閑話休題。

 

 そして魔術師。つまり魔術は、ぶっちゃけて言うとライターみたいなもんだ。タバコに火を点けたりするアレ。

 現存する技術に時間か金か、あるいはその両方をつぎ込めば、実現可能な事象を己の魔力のみで実行するのが魔術だ。

 日常における行為には『技術』の方が圧倒的に効率的だが、大掛かりになればなるほど『魔術』の方が効率的になる傾向にある。

 とはいえ、そのどちらにも熟達した魔導士なら、という前置きがつくわけだが。

 

 たとえば、ここにダイナマイトの材料と、ダイナマイト並の火力が出せる魔術師(遠坂凜)がいるとする。

 さて、ある程度の大きさを持つ廃墟を発破するならどちらが早いか?

 この場合は魔術師に軍配があがる。宝石魔術が使えるのなら、遠坂は一瞬で廃墟を吹っ飛ばすだろう。トテモ物騒。

 

 対してダイナマイトを使用した場合、ニトログリセリンをその他硝酸ソーダや、低硝化綿薬などと化合し、粉状あるいはゲル状にして、雷管に詰めダイナマイトを作成。

 発破に適した設置、安全確認ののち、発破の秒読みが始まる。そして発破、廃墟は崩れる。遠坂の魔術と比べるとこれはかなりの手間がかかる。あっちは金がかかっているが。

 と、まあ、つまりそういうことだ。

 

 こんな説明を一般人にしたところで「はあ……」という残念なリアクションしか返ってこないだろうことは火を見るより明らかだ。

 だから、半人前の魔術師とはいえ『魔法使い』で説明を済ませるのだ。

 そのせいで余計な苦労を背負うことになる場合も、あるっちゃあるんだけどな。

 

 今回がそうだ。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、半に――」

 

 んまえ、と続けるよりも早く、興奮した様子で灯里は言葉を被せてくる。

 

「じゃあ、空とか飛べるんですか?」

「飛べないなあ」

「じゃあ、変身! とか?」

「できないなあ」

「じゃあ、身体をオートマタに改造とか……」

「どっかの世界の俺はそんなことしてそうだけどなあ」

「じゃあなにができるんですか!?」

 

 いや、なにと言われましても。

 瞳をキラキラ輝かせ、羨望の眼差しが俺をちくちくといじめる。

 まあ、好意的に受け入れられたんならいいかな、なんて気楽に考えることにしておこう。

 

「灯里ちゃん、あんまり聞いたら失礼でしょう?」

 

 助け船を出してくれた――さすがウンディーネだ――アリシアに軽く手をあげて感謝してから、改めて灯里に向き直る。

 

「申し訳ないが、この歳になっても半人前でね。それに、魔法ってのはナイショにしといた方が神秘的だろう?」

「な、なるほど、一理ある気がします……」

「だろう?」

 

 どうにか誤魔化せたらしい。

 なるほどなるほど~、と灯里は何度もうなずき、「ちょっと残念です」と表情だけで訴えるにおさまった。

 まあ、見せたところで手品の延長みたいなもんだけどな。

 

「おはようございまーす、アリシアさーん! あとついでに灯里ー!」

「あ、藍華ちゃんだ。ついではひどいよ~!」

 

 ARIAカンパニーの外から灯里を呼ぶ声が聞こえた。

 友達なんだろうか。足取り軽やかに駆けて、灯里は階下へ駆け下りていく。

 その楽しげな背中を眺めていると、アリシアが話しかけてきた。

 

「士郎さんを見つけてくれた、もう一人の子です。それと、その……」

「……なるほど。なんとなくわかったよ」

 

 灯里とは違って、軽やかとは言えない歩みで階下へ向かう。

 昨晩のうち、アリシアから聞いたことのひとつ。灯里と藍華という少女についてだ。

 

 落ちてくる俺を見つけて、助けようと提案したのはこの二人だったらしい。

 加えて、俺を看病しているうちに、知らず藍華には嫌な思いをさせてしまったようだ。

 

「ちゃんと謝罪とお礼をしないとな。もちろん、灯里にも改めて」

「え? あ、はい。そうですね」

「? なんか変なこと言ったかな」

「い、いえ、そんなことない、ですよ……?」

 

 アリシアの妙な反応が気になったが、まずは彼女らに会わなければ話も進まない。

 できるだけ怪しまれないよう――もう手遅れ感は否めないが――注意せねばなるまい。

 

 

 *  *  *  *  *

 

 

「おはようございまーす、アリシアさーん! あとついでに灯里ー!」

 

 ああ、うわ、やっちゃった……。

 ARIAカンパニーに来たってんで反射的に挨拶なんてくれちゃった。

 ……いや、いやいや。挨拶は別に悪いことじゃないんだよ。

 問題なのはあの人(・ ・ ・)だ。

 

「うう……。ああ……」

 

 思わず唸ってしまう。

 灯里の近づく足音が、今日だけはなんともいえない。

 

 あの人は怪しい。怪しすぎる。

 あの気持ち悪いぐらいのキズ。うう、思い出しただけでも震えてくる。

 どう見ても考えても普通じゃない。

 

「おはよー、藍華ちゃん」

「お、うん。おはよ、灯里」

 

 にこやかに挨拶を返してくる灯里を見る限り、もしかしたらあの人はまだ目が覚めてないのかも、という期待が私を湧かせる。

 テンションを少しあげて、灯里を急かす。

 

「灯里! さ、練習いこっ。昨日の分もやるんでしょ? んじゃあ早く練習いこう!」

「そ、そんなに急がなくても……紹介したい人がいるのに」

「なぬ?」

 

 すさまじいまでの嫌な予感が私の胸をかき乱す。

 ああ、でもここで「私はいいから」とか言うとそれはそれは嫌な子になっちゃうし、そんなことでアリシアさんの好感度を下げてしまうのもいかがなものかと思うわけで、ついでだけど灯里との友情にもヒビが入るくらいならいっそ怖いもの見たさにその「紹介したい人」とやらに会ってみるのもあるいはひとつの手であるように思わなくもなくなくないわけで何言ってるのか自分でもわからなくなってきた……、ところでアリシアさんと一緒にARIAカンパニーから出てくる人影が。

 

 長身で、浅黒い肌。妙に雰囲気に合った白髪と、間違いなくその人影は、昨日の「あの人」だった。

 

「えっと、こちらは……」

「衛宮士郎だ」

「そう! 魔法使いなんだって!」

「まほ……なに? 恥ずかしいセリフ禁止!」

「ちがっ、えっと……」

 

 おろおろする灯里は、視線で黒っぽ(黒い人+のっぽ)に助けを求めている。

 なによう、助けを求めるくらいにはもう懐いちゃったって?

 

「しょ、証拠はあるんでしょうね、灯里」

「はひ? だって士郎さんがそうだって言ってるんだよ?」

「……っだー。話にならないわね」

 

 人を疑うってことを知らんのかね……。

 ほんと将来が心配になる子だなあ……。

 ていうか、そもそも魔法使いって子供じゃあるまいし。

 

「飛べたりするんですか?」

「飛べないんだ」

「動物に変身とか?」

「できないんだ」

「あっ、弓矢で幽霊退治とか?」

「できそうだけどそうじゃないなー」

 

 適当に言ってみただけだったんだけど、できそうなの!?

 いや、それもう魔法使いじゃなくて御祓い師とかそういうのじゃない?

 ていうか、こう、手品師とか大道芸人的なやつってオチじゃないの?

 ほら、そういう人って『魔術師』とかって呼ばれたりするし。

 

「怪しまれるのは当然だと思っているよ」

「む……」

 

 そんなに顔に出ていたのだろうか、向こうからなにか弁明があるらしい。

 

「今すぐ認めてくれってわけじゃないんだ。嘘か本当かって話じゃなくて、友達ぐらいにはなれたらいいと思ってるよ。相手がオジサンでよければ、だけどね」

「う、むう」

 

 にこり、と。

 やたら鋭い目元からは想像もしていなかった子供っぽい笑顔を浮かべられた。

 それに不意を突かれた私は、もう呆けるしかないわけで。

 

「あ、藍華・S・グランチェスタ……です」

 

 回らない頭は、勝手に自己紹介などしてしまうほど混乱していたらしい。

 一瞬、ハトが豆鉄砲くらったみたいな顔をしていた彼も、私の名乗りに満足したのか、先ほどよりも深い笑みを浮かべてくれた。

 その笑顔にますますなにも言えなくなって、「ぐぬぬ」と思わずうなってしまう。

 

「そんな顔しないでくれ。これからよろしく、藍華」

「……よろしく、お願いします……」

 

 ひとまず、私の中の人物評は「不審人物」から「なんか人の良さそうな人」にランクアップした。

 あんな傷だらけの身体の人に対してこんな警戒度でいいのかと、自分でも不思議に思うけど壁がなくなってしまった。

 とりあえずは、ARIAカンパニーにきてこちら、緊張しっぱなしだった身体を深呼吸ひとつで楽にする。

 

 こちとら接客を生業にするウンディーネですから!

 どんなお客様がきても、そのお客様が満足していただけるよう観光案内するのが私たちの仕事!

 そう思えば、この人との出会いはいい刺激になるのかもしれない!

 

 ポジティブに考えていこう。

 そうしよう、そうしよう。

 

「あ、あとね、藍華ちゃん。士郎さん、料理もすっごく上手なんだよ!」

「店が出せるほどじゃないと思うけど、まあ、取り柄のひとつと言ってもいいからな」

「ほほーう?」

 

 どこか懐かしそうに、衛宮さんはそう言う。

 機会があれば食べてみたいとも思うけど、それってつまりアリシアさんとも卓を囲むってことになる?

 うう、考えただけで緊張しちゃう。さっき緊張をほぐしたばっかりだっていうのに!

 

「それで、昨日は二人が助けてくれたって聞いたんだが……」

 

 うん? でも衛宮さんが気絶した原因って落ちたからじゃなくて灯里が――

 ああ、そういうことか。灯里の方を見ると、ちょっと苦笑いを浮かべていた。

 そこで、ちょっとしたことを思いつく。さんざん心配と緊張させられたお返しなんだから、黙って受け取んなさい。

 

「あすこで灯里があた――」

「あわわうわわわっ!? 藍華ちゃん!」

「ふふん? なにかしらー」

「もう、いじわるだよー!」

 

 しばらくはこのネタでいじれるわね。

 ま、やりすぎるつもりはないけど。

 

「盛り上がってるところ悪いが、それでひとつお礼をと思っている。やってやれることは少ないが、どうだろう?」

「あっ、じゃあじゃあ、私たちの練習に付き合ってもらえませんか?」

「そんなことでいいのか? 言っちゃなんだが、もっとこう……」

 

 と、言いつつ思いつかないらしく、衛宮さんはもやもやした仕草を続ける。

 そんな彼を見かねてか、灯里が私の方へと視線をやった。説得手伝えってことね。

 

「ご存じだとは思いますけど、私たちウンディーネは接客業ですから。お客様役としてゴンドラに同乗してほしいと思って」

「そうです! その通りなんです!」

「……わかった。それじゃあ、言ってくれれば必ず時間を作って付き合おう。お礼をする側としては褒められたもんじゃないが、ちょっと楽しみにしてる」

 

 本人は本当に何気なく言ったつもりなんだろうけど、私と灯里は目を見合わせて固まってしまった。

 今回一度きりのつもりだったのだけど、衛宮さんは「これからずっと」練習に付き合ってくれるという。

 アリシアさんの方にも目を向けると、なんと彼女まで驚いていた。

 

「じゃあ、さっそく練習行きましょう、士郎さん!」

「い、いきなりか? ちょっと待ってくれないか。さすがに朝食の片付けはしたい……」

「はひ……そうでした」

 

 しゅん、と灯里が縮こまる。

 それに苦笑で応えた衛宮さんは「別に行かないってわけじゃないさ」と灯里を励まして、ARIAカンパニーの中へ戻っていった。

 私はその背中を見送って、見えなくなったところで盛大に息を吐き出した。

 

 灯里はそんな私を見て「?」を頭に浮かべているが、あんたがゆるすぎるのよ、まったく。

 緊張を幾分解いていたとはいえ、それでもやっぱりあの傷! あれが引っかかって仕方ない。

 もし私の予想が当たってるなら、手品師でなにをそんなに怪我するんだろう。

 

 もしかしてどこかのサーカス団に所属してたとか?

 そうなるとどっちかっていうと大道芸人っぽいかも。

 料理もそうだけど、いつかちゃんと「魔法」も見てみたいと思う。

 

「魔法使い、ねえ……」

 

 本当に魔法なんて使っちゃったら、どうしよう。

 どうやら、灯里と付き合ってたら不思議が向こうからやってくるらしい。

 不思議体質――だとあの子が不思議ちゃんみたいだな。被不思議体質?

 

 ともあれ――。

 

「おまたせ。それじゃ、行こうか」

 

 衛宮士郎と名乗ったあの人も、被不思議体質でないことを祈っておこう。

 私の日常――主にアリシアさんとの時間とか――が壊されない程度なら、まあ、多少怪しくても仲良くなれるかもね。

 そう、ポジティブ。

 

 前向きに考えていこう。

 たぶん、それでぜんぶうまくいく。気がするのだ。

 

「それじゃ、灯里」

「はひっ。士郎さ――じゃ、なくてお客様っ、お手をどうぞ!」

 

 

 

 

 

 

 むろん。

 その後の練習で、灯里がぐだぐだになってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 




08/08/08 ブログ投稿
14/10/20 ハーメルン投稿
 

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