毎日毎日、暑いことこの上ない。
そんな今は14月。
夏真っ盛りだ。
それにしても、矢のように過ぎた6ヶ月だった。
こんなのんびりした空気が流れていても、進む時間は早いのかと感心する。
そして夏に入ってすぐの頃だったろうか。
灯里がウンディーネとして正式にデビューした。そう、お客を取ったのだ。
とはいえ、名前を聞くどころか、料金さえ貰うのを忘れてしまうというなんとも灯里らしい結果となったのはご愛嬌というところか。
聞けば
ぜひ、料金含めて諸々お話を聞きたいところではあるな。
あとは、大掃除のときの社長の一日家出くらいかな?
結局、夕方には帰ってきてアリシアの料理をばくばく食っていたんで、あんまり心配はなさそうだったけど。
そして、今朝のことだ。
アリシアがニコニコといつもより少し早めにやって来て、一言。
「買い物に行きません?」
と言ったのが事の始まり。
* * * * *
「これは……」
「『夜光鈴』と呼ばれる、いわばアクアの特産品ってとこです」
「へぇ……、見た目はまるきり風鈴だな。懐かしいな」
今、私は士郎さんを誘って、アクアの夏の風物詩である『夜光鈴市』に来ている。
サン・マルコ広場いっぱいに屋台が並び、風が吹くたび綺麗な音の波にさらわれそうになる。
「『夜光』ってことは、夜光るのか?」
「そうなのだ!」
「お?」
ひとつの屋台に立ち寄ったとき、その屋台の店主が士郎さんの言葉に反応して返答する。
「ふむ。どういう原理で光るんだ?」
「それは夜光鈴の中の玉、そうそれ。が、アクアだけで採れる夜光石で出来ているからなのだ。石の中のルシフェリンがルシフェラーゼという……え? そうそうホタルとかの発光を触媒する酵素の。お兄さん詳しいのだ。で、そのルシフェリンがルシフェラーゼという酵素作用で酸素と結びついて、分解するときに効率よく光るのだ。夜光石が発する光は『冷光』といって温度がとても低く、光の減少とともに石も小さくなっていって大体一ヶ月で消えてしまうのだ……お、そうそう。本当にホタルのようなのだ。お兄さん、話せる人なのだ。だけど、ごく稀に綺麗な結晶となって残ることがあるのだ。別れを惜しむ持ち主の気持ちがそうさせるのか、はたまた神様の悪戯か。とにかく滅多にないことなのだ。いやはや。ロマンチックな話なのだ。お兄さんはどう思うのだ?」
「そうだな……確かに。いや。結晶を残す夜光鈴は、少しワガママに思うよ」
「ワガママ……? それはまたどういう意味なのだ?」
「いやなに、俺個人の意見なんて流してくれればいい。ためになったよ、ありがとう」
「? どういたしましてなのだ」
と、買いもせず、店主の説明にありがとうと一言残して立ち去ってしまった。
私も今まで『珍しい』とか、『素敵なこと』としか考えたことがなかったから、『ワガママ』と言った士郎さんの気持ちがわからなかった。
きっと、どうしてと聞いても、さっきのように返ってくる言葉は決まっている。
なぜか、胸がモヤモヤして鼓動が高まった。きゅっと絞めつけるこの苦しさは何?
「あれ……アリシアちゃん?」
急に後ろからかけられた声に、ビックリしてしまう。
雑踏の中にあって囁くような大きさだったのに、職業柄その声質は雑踏を抜けて耳にしっかりと届く。
振り返れば、十数メートルほど離れた場所に彼女はいた。
「あ、やっぱり。久しぶり~」
ふら~と歩きながらウンディーネの制服を着た人物が近付いてくる。
小麦色の肌にアッシュブロンドのショートボブ。いつになっても子供のように無邪気な姿は見間違えることも、忘れることもない、親友の姿。
「アテナちゃ――」
「まずいっ!!」
士郎さんがはじけるように飛び出す。
見れば、アテナちゃんはふら、と足元から崩れだしていて、傍らの夜光鈴屋台に向かって倒れていくところだった。
見た目通りガラス製の夜光鈴を売っている屋台に倒れる勢いでぶつかってしまえば、それが割れて、その上に倒れたアテナちゃんは――!
「
士郎さんの体が、不自然なほど加速する。
風のような勢いになってアテナちゃんとの距離を詰めて、でも、間に合う……!?
素人目には一瞬の出来事すぎて、判断がつかない。
でも、迷いなく。
士郎さんは意識と距離の両方を踏破して、アテナちゃんへと手を伸ばす。
「あっ、ダメ――!」
たぶん、いやきっと、ううん、――間に合った!
けれど、問題はそれだけじゃなかった。
アテナちゃん一人ではもはや立て直せないほど傾いて、屋台にもぶつかる寸前で受け止められた彼女は、士郎さん共々勢いだけが二人分になって屋台にぶつかってしまった。
何個もの夜光鈴が割れて、まるでカミナリのような音が広場を貫く。
誰もが固まってしまって、喧騒が遠のく。
凍ってしまった空気の中、夜光鈴の玉が地面を転がるきれいな音だけが聞こえてくる。
ひゅ、と喉のひきつる音がする。私も遅れて駆け出した。
真夏の空の下、走れば熱いはずの体はそれでも冷たかった。高鳴る心臓は熱ではなく、氷のような恐怖を全身に運んでいる。
それでも冷汗は噴き出ていて、拭うことも煩わしくて。
私の頭の中から、血で濡れた夜光鈴と、二人の姿がチラついて離れてくれない。
「アテナちゃん! 士郎さんっ!」
唇にまで垂れてきた
「はあ、はあっ、はっ。――ぅぁっ」
えずくほど息は乱れて、ようやく二人の姿が見えてきた。
倒れ伏す士郎さんと、彼の腕の中に庇われたアテナちゃん。
想像してしまっていた、凄惨な光景はそこにはなかった。
「ど、どう、して……?」
混乱と困惑とで働かない頭に、士郎さんと出会った日のことがよぎる。
――「俺は魔法使いです」
「い、つつ……ギリギリだったな……」
「し、士郎さん!」
士郎さんはアテナちゃんにガラスの破片がかからないように、のそりと起き上がる。
あまりにいつも通りの表情をしていて、ほっとして、思わず腰を抜かしそうになるのをなんとか耐えた。
「陰に移動させて、それから救急に連絡しなきゃな」
士郎さんはアテナちゃんを抱えるとすっくと立ちあがって、店主さんたちへと謝罪してから歩き始めた。
こっちはいいから日陰いけ! と口々に言われて、その言葉に甘えることになったのだった。
* * * * *
「軽度の熱中症だろう。体を冷やしてやって、救急が来るのを待とう」
広場端の日陰のある場所までやってきて、さりげなく聖骸布を投影で取り出して敷物に。
アリシアの知り合いらしい女性をそこに寝かしてやってから症状を見るに、水分不足からくる発汗による体温コントロールの喪失――だろうと思われた。
簡単な知識はあるが、専門ではない。応急処置だけして、あとは専門家に任せるが吉だろう。
余談だが、俺が無傷なのは『強化』の魔術のおかげだ。
息をするも同然に繰り出せるほど繰り返した身体強化と物質強化。
それで割れた夜光鈴の破片にすりおろされることを回避したわけだ。
「アリシアの知り合いか?」
「幼馴染です。アテナ・グローリーって言って、知りませんか?」
「ああ、確かどこかで聞いたな……」
この街に住んでいると、ウンディーネの話題はよく耳にする。
その中でも特にアリシアと並ぶほどに、あるいは比べるように、よく聞く名前が二人分。
そのうちの一人が、確か『アテナ・グローリー』だったはずだ。
「助けられてよかった」
「それは、そうですけど……士郎さんも、無茶はしないでください」
「無茶はしてないさ」
さて、これからどうすべきか。
もちろん救急隊の到着は待つとして、だ。
今もまだ意識があやふやな少女を見てから、次に夜光鈴市を見る。
どやどやと喧騒は戻ってきているが、その中心は忙しない。
「アリシア、ここ任せてもいいかな」
「はい、もちろん。親友をほうっておけませんから」
「市場のほうに、改めて謝ってくるよ」
「あ、そ、れなら、私も――」
「親友はほうっておかないんだろ? いいから、な。どっちみち俺が壊したようなもんだから」
そういって、少し強引にその場を離れて歩き出す。
近付いていく中、まだ起きてもいなかった灯里のことを思い出す。
寝坊せずに起きて、作り置きしておいた朝食を食べていればいいのだが。
それほど離れていたわけでもないので、壊した屋台へはすぐに戻ってこれた。
地面に散らばった夜光鈴の欠片をホウキとチリトリで集めている途中だ。屋台のほうも、営業は難しそうだ。
「あの、すいません」
「おお! 兄ちゃん!」
罵詈雑言も覚悟して声をかけたのだが、返ってきたのは想像以上に好意的な色のある声音だった。
それに虚を突かれていると、一人、また一人と周辺で片付けを手伝っていた人たちが集まってくる。
結果的に囲まれてしまったわけだが、特別、なにか警戒するような気配はない。
むしろ、なぜか歓迎ムードだ。
「ええと、屋台と商品、すいませんでした。弁償と、俺も片付け手伝います」
「いやあ、いいの、いいの! それよりも、アテナ嬢は? 無事かい?」
「え? あ、ああ、はい。軽度の熱中症だと思うので、水分補給と、体を冷やしてあげて……あとは救急隊が来るのを待ってるところです」
「そうか、そうかあ! ありがとう、ありがとうなあ、兄ちゃん!」
そして、波打つように周囲の人々からも「ありがとう」の大合唱が始まった。
なにがなんだかわからずに困惑していると、屋台が壊れた店主本人が、無事だった屋台に残っていた夜光鈴を取って俺の前に差し出す。
おいおい……。
「俺たちのアテナ嬢を守ってくれたお礼にしちゃつまんねえもんかもしれんが、どうか受け取ってくれ!」
「いやいや、受け取れません。むしろ屋台を壊して俺が謝罪と弁償としなければいけないことです。アテナさんを助けたのだって、当たり前のことだ」
「そうかもしれんな。だけんど、どうか受け取ってくれやしないかい? 当たり前のことでも、それがとんでもねえ大きさに感じるヤツだっているんだぜ」
なんともはや、これは。
ここまでくると断り続けるのも難しく、かたくなであれば悪者にもなりかねないな。
「で、あれば……ありがたく」
それに、考えようによっては、俺はこの人たちの幸せを守った……のかもしれない。
風が吹き、夜光鈴がチリンと鳴る。なんとはなしに、コイツからも感謝されているようにさえ思ってしまうな。
「……もうひとつ、ワガママを言っても?」
「もちろん、なんでもドンとこいだ!」
俺だけもらってしまうのも忍びない。
気持ちのいい返事をもらえたことだし、好意に甘えさせてもらおう。
じゃあ、と俺は手元の夜光鈴をちりんと鳴らした。
* * * * *
「う……んぅ」
「あ、気が付いた?」
膝枕で寝かせていたアテナちゃんが、ゆっくりと瞼をあける。
まだぼんやりとしたままの目が、私をとらえた。
「あ、れ? アリシア、ちゃん……?」
「うん」
ぽや~っとした表情のまま、アテナちゃんとしばらく見つめあっていると、ハッとなにかを思い出したように目を見開いた。
「ひさしぶり~」
相変わらずのマイペースさに、微笑みが漏れてしまう。
「もう、ひさしぶり~、じゃないよ? アテナちゃん、倒れたんだから」
そのままアテナちゃんの頭をそっとなでる。
サラサラの猫っ毛が、指の隙間を抜けていく感覚がくすぐったい。
倒れた、と聞いてもどうもピンと来ていない様子の彼女は、ああ! と思い出したように声をあげた。
「あはは。朝早くから来てて、どれにしようかな~ってずぅっと迷ってたらちょっと限界来ちゃったのかも」
「朝早くって、もう……。倒れるまで悩んじゃうのはらしいけど……」
なんといって叱ったものかと頭を痛めていると、市場の方から士郎さんが帰ってくるのが見えた。
私たちの方へ向かってくる見慣れない男性に、アテナちゃんも「?」を頭につけている。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。それで、そっちも目が覚めたみたいだな」
「ええ、と……?」
「ああ、自己紹介だな。俺は衛宮士郎。ARIAカンパニーで住込みの家政夫をさせてもらってるんだ」
「……本当?」とアテナちゃんがこちらを向く。
「ええ、本当よ。ちょうど春の終わりくらいから、かな」
アテナちゃんの警戒する様子に、士郎さんは苦笑いを浮かべていた。
その手には夜光鈴がふたつ、風に揺れて可愛く鳴っている。
「ともあれ、その様子だと問題なさそうだ。もうすぐ救急隊も来るだろうからね」
これ、アリシアの分、と言って、片方の夜光鈴を渡される。
ありがとうございます、と言ってそれを受け取る。
「謝罪しにいったはずだったんだけどな。アテナ嬢を助けてくれた礼だ、と」
きれいな花の模様が入っている夜光鈴だ。
それにこれ……造りが精巧で、明らかにスゴク高価とわかる商品だ。
士郎さんの方の夜光鈴の装飾も職人の気合を感じられるもので、毎年きれいだな~と眺めることはあったけど、プリマになった今も結局手に取ることのなかった高級品の類だ。
ちょっといやらしい話ではあるけど、ふたつ合わせて30ユーロは軽いかもしれない。
「お、お礼にしてもスゴイものもらいましたね……」
「ああ、けど、受け取らない方が悪くなるくらいの勢いだったからな。せっかくだからとアリシアの分も貰ったんだが、余計だったかな」
「いえ、ありがとうございます。ありがたく」
さすが、ファンの方の行動力はすごい。
アテナちゃんの魅力あればこそともいえるけれど、その彼女がこの体たらくなのでなんともはや、というところ。
「さて、アテナでよかったかな?」
アテナちゃんはこくりとうなずく。
「じゃあ、アテナ。よければ君のものもと言われたんだが、どうだろう?」
もう一度うなずく。
「わかった。もう一回行ってくるよ。アリシア、俺のも預かっていてくれないか。救急隊が先だったら、病院まで届けよう」
士郎さんはふたつの夜光鈴を私に預けると、もう一度市場の方へと戻っていった。
けれど、いざとなれば病院までとは、本当にお人好しというか、なんというか。思わず笑みがこぼれてしまう。
「アリシアちゃん、衛宮さんのこと、どう思ってる?」
「へっ?」
あまりに急なその問いかけに、出したことがあるかどうかもわからないくらいすっとんきょうな声が出た。
う、うーん、士郎さんをどう思っているか、か。
「う~ん……。不思議な人、かな」
「私を助けてくれたっていうのは?」
「うん。アテナちゃんが倒れたとき、そのまま夜光鈴の屋台に倒れこんだんだけど、そこを受け止めたの。そのまま屋台に突っ込んじゃったんだけど、アテナちゃんにケガがないように抱いててくれたんだよ」
「そう……なんだ。あの人は、ケガはなかったの?」
「うん。彼、魔法使いなんだって。多分、アテナちゃんを助けたときに使ってたんだと思うけど……」
魔法、という単語にも特別反応せず、そう、とだけ答えてアテナちゃんはそれきり何も言わなくなってしまった。
それから数分もしないうちに士郎さんが帰ってきて、救急隊も同じタイミングで到着した。
救急隊に連れていかれるアテナちゃんを見送って、私たちも帰路につく。
それにしても、アテナちゃんの様子。
まるで、なにかを知っているような……そんな
アテナちゃんはそう、とだけ答えて、それきり何も言わなくなってしまった。
数分もしないうちに士郎さんも帰ってきて、アテナちゃんにそれを渡すと、一礼して帰っていった。
何だったんだろう …… なにか、知ってるような
* * * * *
アテナ熱中症事件から一ヶ月が経った。
あの事件があった日、灯里たちも夜光鈴を買いに出かけて、しっかりとお気に入りを見つけてきたらしく、毎日船首にくくりつけて練習に漕ぎ出していた。
それは昼間に限った話ではなく、灯里はアリア社長と夜の海に出て、夜光鈴の光を頼りにまったりとアフタヌーンティーと洒落こんでいたりもする。
その光を見た近所の住人から「海に浮かぶ人魂」だとかなんとか言われているなんて知らずに。
「あれれ? 元気ないぞぅ」
そして今日、夜の帳も落ち始めたころ、灯里が自分の夜光鈴がポッ、ポッと頼りなく点滅を繰り返していることに気付いた様子だった。
そういえば、会社の看板にぶら下げていたアリシアの夜光鈴も、受付カウンターに吊っている俺の夜光鈴も点滅をはじめていたはずだ。
「……そろそろ夜光鈴の寿命みたいね」
「そっかぁ」大変残念そうに、けれど同時に思うところがあるようで灯里は感慨深げにつぶやく。「もう一ヶ月経ったんですねぇ」
涼し気に響く鈴の音。
この一ヶ月、夜光鈴の音が暑さをさらっていってくれていたような気さえする。
本当に、不思議なもんだ。
「今日は、私もここに泊まろうかな」
「え?」
「は?」
アリシア突然の宣言に、灯里と俺の居候組は固まってしまう。
なにやら意図してのものらしいのだが、はたして。
夜。
ここ一ヶ月、灯里たちがお茶をしにいく時間になった。
いつもなら灯里とアリア社長だけで行っていたところ、今日は俺とアリシアも付いて来たかたちだ。
「はい、アリシアさん。士郎さんも、どうぞ!」
「ありがとう、灯里ちゃん」
「ああ、ありがとう」
灯里が慣れた様子で、水筒に入れてきた紅茶を配ってくれる。
一口啜ったアリシアが「へえ」と感嘆の息を吐く。
俺もさっそくいただこうと口をつけ、うん、確かにこれは中々。一ヶ月の日課の賜物といったところだろう。
「『海に浮かぶ人魂』って知ってるか、灯里」
「あ、知ってます! このあたりで出るらしいんですけど、私は見たことないんですよねぇ」
「あらあら。それなら私も聞きましたよ」
噂については二人とも知っているらしい。
そのうち一人が犯人なのはご愛敬といったところだが。
「実は、毎晩見かけてたんだ」
「ええ!?」
「あらあら。本当ですか?」
「ちなみに正体も知ってるぞ」
「幽霊って本当にいたんですねー! さすが魔法使いさん、幽霊とだって知り合えるなんて」
魔法使いは関係ないんだけどな。
「そこにいるぞ」
「はひっ、や、やだなあ士郎さん。私のこと指さして、後ろにいるなんていたずらやめてくださいよ~」
「…………」
「や、やめてくださいよー、ねえアリシアさん。私のうしろに誰もいないですよね~」
「…………」
「は、は、はっ、はひぃ」
顔が青くなってきた灯里がおかしくて、アリシアと二人で笑ってしまう。
灯里はというとその様子に冗談だと気付いたようで、アリア社長をつぶすほど抱きしめている。
悪い悪い、と謝ってから、事の真相を伝えることにした。
「正体は灯里、お前だよ」
「は、はひ?」
言ってから、船首にくくりつけたままの夜光鈴を指さす。
「正確には、灯里の夜光鈴だな」
「あ。な、なるほどぉ!」
「あらあら、うふふ。そういうこと……」
ひとしきり笑いあうと、アリシアは思い出したように話し始める。
「そういうことなら、今晩はびっくりするかもね」
「え?」
「夜光鈴の中の玉が夜光石だって話は聞いたわよね?」
「はい」
「石は光の消失とともにどんどんちいさくなっていって、最後には器からポトリと落ちてしまうの。だから、このネオ・ヴェネツィアではね、夜光鈴との最後の別れを惜しんで水辺に繰りだす風習があるの」
言い終わるが早いか、桟橋や海岸沿いに夜光鈴を持った人たちが集まり始めた。
灯里を「人魂いっぱいだな」とからかうと、「士郎さんがイヂワルしますよぅ!」とアリシアに泣きつく場面もあったりなかったり。
そんなことをしているうちにも夜光鈴を持ってきた人たちは増え続けている。
「夜光鈴は、夜光鈴市が出る三日間でしか売られないの。だから、今日あたりから夜光鈴を買った人たちがいっぱい集まってくるわよ」
その言葉通り、時間が経てば経つほど夜光鈴の光と、人のざわめきが多くなってきている。
俺たちと同じようにゴンドラに乗ってくる人たちや、このために出てきた小型の旅客船や、おそらく身内で集まっているのだろうクルーザーまで出てきた。
これは壮観だ。まるで、蛍の群れでも見ているような――。
「わぁーっ、すごーい!」
まさしく、その言葉の通りだ。
その光景を楽しんでいると、ぽつり、ぽつり、と光が海へ向かって降りていく。
「光が……落ちていく」
「なあ、アリシア。夜光石はアクアの海底で採れるものなんじゃないか?」
「ええ、ご明察です士郎さん」
そういった次の瞬間、アリシアが持っていた夜光鈴の玉がとろりととろけるように落ちていった。
ポッ、ポッ、と明滅しながら沈んでいく。
「だから、最後の輝きを見送りながら海へ還してあげるんです」
天と海がさかさまになったような錯覚を覚えてしまう。
あるいは、俺たちが夜空へと昇ってしまったような、感覚だ。
「士郎さんと灯里ちゃんのも、もうすぐね」
そういわれて手元の夜光鈴へ視線をうつす。
灯里も船首から夜光鈴を手に持って、その儚げな光を眺めている。
「もう逝くのか」
それは自然と出た言葉だった。
特別、返事を期待したわけではなかった。
もちろん返事などすることもなく、俺の手元から光はとろりと海へと沈んでいった。
「淋しくなりますか?」
「……いや、まさか」
感慨深くはあるかな、と唱えるように付け足しておく。
そういうのを淋しいというのなら、ああ、淋しいのかもしれない。
「あ、アリシアさん! これ……」
「あらあら、まぁっ」
灯里の夜光鈴――その夜光石が繋がっていた糸の先端に、それは遺っていた。
雫のかたちをした結晶だ。
「これって、滅多に残らないっていう夜光石の結晶よ。すごいじゃない、灯里ちゃん!」
私も見るのは初めてよ、とアリシアも興奮気味に語ってくれた。
えへえへ、と笑う灯里は嬉しそうだ。
しかし、その頬に一筋、涙がつたう。
「あ、れ?」
次から次へ、とめどなく涙があふれていく。
嗚咽するでもなく、はらはらと涙がながれていく。
淋しさか。嬉しさか。灯里は最後までその理由がわからなかったそうだ。
「はいよ、お待たせ」
アリシアと藍華、それぞれにアイスティーを配る。
「あ、ありがとうございます、衛宮さん。……にしても毎日まいっちゃいますねー」
「ああ、さすがに堪えるな」
「灯里のやつ……、休憩時間だってのに、もう」
「さあな。ちょっと頑張りたくなるときだってあるさ」
昨日の夜、夜光鈴のことがあったからか。
……いや、そういうわけでもないのかもしれないけれど。
誰にだって何かをやりたくなる時はあるもんさ。
「灯里には灯里の考えがあるんだろうさ」
「なんですかそれ。……体を壊しちゃ意味ないじゃないですか」
「はは。ああ、まったく、その通りだ」
ちりん、と。
今はもう光ることのなくなった風鈴を、風がゆらしていった。
08/09/07 Navi:6としてブログ投稿
25/08/03 ハーメルン投稿
FGOフェスも初参戦記念
25/09/14 誤字修正ありがとうございます。