パクパクですわ!のキャラに転生したんだけど、何か違いますわ…… 作:クレナイハルハ
目の前のスーツを着崩した男性が、牛乳の入った鍋を手に持った状態で固まっている。
何やら視線が耳や尻尾に行っているのが不思議な気がしますが、驚かれるのも無理はありませんわね。私は良くも悪くも、有名人ですし。
「えっとあの、こんな時間にコスプレ?は流石に危険じゃありませんかね?」
コスプレ?確か、アニメやマンガのキャラクターに成りきることだったでしょうか?いつ聞いたのか、覚えていないがそんな感じのものであった。
私の格好の何処か、コスプレなのでしょうか?
「はぁ?コスプレって一体なんの事を……」
そういえば、コミケと呼ばれる場所にはウマ娘の勝負服を作り着ている人がいるとクラスの人達が話していたのを覚えている。
この人は恐らくは私をメジロマックイーンのコスプレをしているウマ娘だと思っているのでしょうか?
「え、コスプレじゃない?まぁ、キャラクターに寄せてるって事かな………」
「えっと、私の事を知らないんですの?」
「ごめん、そんなに人気のキャラ?なのかな、ごめん。おれ、興味がないことにはとことん疎くて」
う、ウマ娘のレースに興味がない!?そ、そんな人がいるだなんて………。
「それにしても、なにをしていますの?」
そう言うと、男性は何処か困ったように笑ながら鍋を持っていない方の手で頬をかきながら口を開いた。
「まぁ、おれの趣味かな。この公園は夜になると星が綺麗に見えるんだよ、それを見ながらホットミルクを飲むのも、なんというか楽しい?から」
不思議な方、ですわね。
趣味で寒い夜の公園にきて、わざわざ持参した牛乳をカセットコンロで加熱してホットミルクを作り、空の星達を眺める。
趣味、そんなのは時間の無駄だ。
その時間で体を休めたりトレーニングを……あぁ、そういえば私はもうトレーニングをしなくても良いんでしたわね。
そんなことを考えていると、カシャンと金属が擦れるような音が聞こえ、聞こえてきた方向を見れば先ほどまで鍋をみていた男性は、彼の近くに置かれたリュックから出したのか彼の座っている折り畳みイスと同じものを組み立てていた。
そして組み立てられたそれを私の方に差し出してくる。
「立ってたら疲れるでしょ?良かったら座って……あ、もしかして予定あるなら断っても」
「………いえ、感謝しますわ」
そう言いながら彼の差し出してきた椅子を受け取り地面に置いて座る。
この後の私の予定なんかない、ただ私はあそこにいてはいけない、そう感じて着ていた服と持ち物だけで飛び出していた。このあとどうしようかなんて、考えていなかった。
ずっと歩いていたから軽く疲れていたのか、軽いため息に似たものが口から漏れた。
ふと、先ほど彼が『この公園は夜になると星が綺麗に見えるんだよ』と話していたのを思い出して上を見上げる。
そこで見えたものに、私は目を見開いた。
暗い空、月が太陽より弱く優しい光で照らすそこには沢山の星が光輝いていた。
太陽と違いずっとみていられるくらい、夜の空は優しくて綺麗だった。私がまだ幼い頃……屋敷の窓から空を見上げて星を見た時のことを思い出した。
懐かしさと、もう戻れない、戻ってはいけないという思いに少し悲しくなる、ふとコップに水を注ぐ音が聞こえて視線を男性へと移す。
男性はもう一つマグカップを取り出しており、そこへ鍋を傾け湯気の立つ牛乳を注いでいた。
「はい」
そう言いながら男性は私へとマグカップを向けてきた。
「?」
思考が停止する、何故この人は私にマグカップを差し出している?それはこの人の買ったこの人の分の物の筈だ。
「マグカップは今持ってるのが壊れたときのための予備だよ。一応洗ってあるから綺麗だし一応新品だから、心配しないで飲んで大丈夫だよ……あ、もしかして牛乳だめだったかな?」
「いえ、そんなことはありませんわ。ありがたく頂きます」
そう言いながら差し出されたマグカップを恐る恐る受け取る、先ほどまで温められていたから当たり前だが、マグカップから伝わる熱が夜風で冷やされた体を暖めてくれる。
「温かい」
口に含めば当たり前だが暖かくなり、冷たいときより僅かに甘く感じる牛乳が喉を伝い落ちていくのを感じる。
本当に、星空を見ながら牛乳を飲むのはなんだか少し楽しい気がする。
この人がそれを趣味にするのも分かるような気がした。
「今日は本当に綺麗に星が見える日なんだ、ほらオリオン座とか……えっとオリオン座は星が三つ並んでる星で、あそこにあるやつ」
そう言いながら男性が空を指差す、その方向を見れば確かに星が三つ並んでいた。星座、生まれた月を表す12星座は良く覚えているがそれ以外の星座は知らない。
この人は、星座について詳しいのだろうか。
「星座について、お詳しいのですか?」
「いやぁ、そんなに詳しくないと思うよ。」
「そうなんですの?」
「小学校の頃に星座が出てくるアニメを見て影響されて、図書室で調べただけの知識だし。よく自由帳に好きな星座を描いて自分の好きな星座ノートとか作ってたから、少し覚えてるってだけ」
小学生、幼い頃にそのようなことを調べて覚えるのは凄いことだと思う。
そういえば、私はこのようにレースやメジロ家のこと以外の事を考えながらゆっくりとするのは、久しぶりだと感じた。
ずっと、時間があればトレーニングし家事をしてレースの獲得賞金と屋敷を買い戻すお金や使用人を雇うお金、お婆様の手術日や学費について考えていた。
布団に入れば、すぐに眠り朝のバイトのために早く起きる。
そんな毎日の繰り返しだった。
男性は私に気を遣ってくれているのか、話しかけてこない。
レースに関わる人には、そのような人はいなかった。記者や他のウマ娘のファンは私に対して憎悪のような、悪意ある目を向けてくる人ばかりだった。ウマ娘達も、少数を除けば怯えや怒りと言った表情を浮かべて私を見てくる。
この人からはそんな事を微塵も感じられない。
純粋に今、この星空を楽しんでいるようにと感じられた。
ふと見ればマグカップに注がれた牛乳の残りが半分以外となり、もうこの時間も終わりだと感じた。
コンロにはマグカップに入らなかった分の温められた牛乳が入っており未だに湯気を立てている。
ずっと、ここにいるわけには……この人の邪魔をするわけには行きませんわよね。
もしこの状況を記者に見られ、写真でも撮られたならばこの人にも迷惑をかけてしまう。
マグカップに入った牛乳を飲み干して帰ろう、そんなことを考えていたその時だった。
男性は鍋の牛乳にリュックから取り出した袋から黒い何かをいれ鍋をスプーンでかき混ぜ始めた。そしてその袋には文字がかかれており『ココア』の文字が見えた。
ま、まさかこの人は………。
思わず鍋を食い入るように見ていたのを見ていた、男性は少し楽しそうな表情を浮かべて優しい声色で口を開いた。
「ふふ、牛乳だけで終わるなんて少し
そう言いながらリュックから小さな保冷ボックスを取り出してホイップクリームとチョコソースの容器を見せる男性の言葉に私は、この人と過ごす時間がもう少し長引く事を自覚し若干暑く感じるのはホットミルクのせいだと思いながら頷くと男性にマグカップを手渡した。
結局、あの人が帰るまで一緒にいた。
あんな風にホットミルクをアレンジするなら、飲みたくなるのは仕方ない。
そう言えば先ほど飲んだココアのような甘いものを口にするのは、すごく久しぶりな気がする。
全てを誓ったあの日から、私は食生活もかなり制限してきた。
間食なんて必要ない、お金の無駄。
体を作る栄養素を備えた料理と筋肉を作る料理を、可能な限り安価で、そんな生活だった。
満足感を感じながら歩いていると、何故か私は屋敷への道を戻っていることに気付いた。
少し甘いものを口にして浮かれていたのだろうか、そう思っていた時だった。
「……え」
見えなかった、この道を歩いているのなら今いる場所からはメジロ家の屋敷が見える筈なのに、形すら見えなかった。
体から血の気が引いていく、急いで屋敷まで戻ろうと道路を見て目を見開いた。
その道には、道路には足りないものがあった。
白い線が引かれ車の走るレーン、自転車の走るレーン、歩行者用のレーンのみ。
無いのだ、
可笑しい、ウマ娘専用レーンが無いのは変だ。今目の前に広がっている景色の全てに違和感がある。あんな場所に家なんて建っていないはず、あんな道路標識はここにはなかったはず。
可笑しい、なにか、何かが変だ。
気がつけば走り出していた、私の感じていたそれが勘違いだと願って。でもその場所にはなかった、私の買い戻したはずのメジロの屋敷の跡すらも。
まるで、元から存在しなかったように。
「そ、んな………」
私はその場から走った、記憶にある場所を探して。でも、私の知る場所は何処にも無かった。
日差しが上りきる頃には、私の宛は全てに回った跡だった。
色々な人に話を聞いた、とにかく情報が欲しくて。
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園?なんですかソレ?そんな学園あるわけないでしょ……』
『うまむすめぇ?なにそれ新手の擬人化?何アンタそのコスプレそれ?』
『メジロって、嬢ちゃんもしかしてそれメジロ牧場か?それなら何年か前に無くなったが──』
トレセン学園なんて存在しない、近くを通っている人達に聞けばトレセン学園の存在を知らなかった。
ウマ娘について知る人もいない、まるで最初からウマ娘なんて存在してなかったみたいに。
とにかく走った、なにか……なにか知っているものがないか必死に探し回った。
レースをしている競バ場へ行けば、何かあるかと思った。でも、そこではウマ娘ではなく四足歩行の見たことのない動物が走っていた。
電話しようとウマホを見れば何処にいても圏外、訳が分からず走り回った。
そして気がつけば私は、あの人と出会った最初の公園にいた。
ベンチに座り込む、レースと同じくらいの疲労感を感じながら思考を止めず考える。
目の前の光景がわからない、ずっと困惑したままだ。メジロ家が、ウマ娘が、トレセン学園が存在しない、そんな可笑しな光景が目の前に広がっている。
怖い、私の身に何が起こっているのかが理解できない。
思考が定まらないまま、気が付けば日が落ち夜になっていた。
走り回ったからか、体の熱さは気が付けば寒さに変わっていた。
両手に息を吐いて温める、寒さには慣れたつもりでいたけど、やっぱり慣れない。
体がブルリと震える、喉が乾いて水が欲しいけどこの公園には水道がない為に喉を潤すことは叶わない。
寒い、のどが渇いた、お腹がすいた。
考えなしに屋敷を出たから財布を持っていなかった。
もしかしたら私は何もわからない場所で、一人でこのまま?
最悪な想像をして体が震えて、目から涙が頬を伝うのを感じた。
嫌だ、そんなの嫌だ。
悲しい、寂しい……誰か、誰か助け───。
「君、大丈夫?」
聞こえてきた聞き覚えのある声、俯いた顔を上げれば夜に公園で話したあの人が心配そうな顔を浮かべて私の目の前に立っていた。
Episode.0『出会った二人』完
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