──空閑有吾視点──
違和感はすぐに感じた。いかにも素人の隠密。あまりにも気配や目線を誤魔化せていない、どこから見られているのかがすぐわかるような隠密だ。
ほら、今も足音が聞こえてくる。
「遊真、気づいてるか?」
目の前の息子に問いかける。ここまであからさまな隠密には気づいて貰わなければ困るが、どうだろうか。
「もちろん。というか、移動するのが丸見えだし、カバンでっかいから超目立ってる」
「そこまであからさまなのか?」
「隠れてるのかわからないくらいには。誘いにしてももっとマシなハズだよ」
「なるほどな……」
なんとも頭の痛くなる話だ。ド素人が隠れて襲おうとしてるなんて十中八九ろくな理由じゃない。浮浪者や盗賊といった類でもそういった荒事に慣れている者が多く、遊真があそこまで言うほどの下手くそはいない。となると食い物に困った子どもだとか、やむにやまれぬ事情によって最近盗賊になった村人だとか、そういった後がない連中だろう。
そういった連中は後がないが故の思い切りや、全てを投げ出すような攻撃をしてくる。
幸い遊真もいる事だし、トリガーを使って無力化するのが良いだろう。
一人だったら場合によっては無力化を諦めるのも手の内だった。
「遊真、バレないようにトリガーを起動しておけ。相手はおそらく素人だから、攻撃する瞬間を狙って無力化するんだ。だが自分が危なくなったら容赦なく殺れよ。レプリカは動かずにじっとしていてくれ。レプリカが何なのか分かるようなやつじゃないだろうし、今更何かするのも不審に思われるかもしれない」
声を潜めて言う。少しだけマントを浮かせ、すぐにトリガーを起動して換装する。
起動時に着ている服をトリオン体に換装するという性質はトリガーの起動を相手に悟られやすいが、マントといった体を隠すものを着けているとこういった裏技が使える。
「了解」
『承知した』
遊真がマグカップから口を離して軽くそう言ってマグカップを置き、即座にトリガーを起動する。
相変わらずの腕前だ。目の前で換装したのにも関わらず注意しなければ分からない。おそらく服装の色合いが似ているという点も大きいだろう。
そこからは互いに他愛のない話をしながら違和感が出ない程度に気配を探る。
「親父、アイツ子どもだ。俺と同じくらいだと思う」
「……そうか。だが油断は禁物だ。当然自分の命最優先だがな」
子どもか……やはりスクラップ集めをしているような、あまり裕福ではない子どもなのだろう。最初に会った人間がそうだとは。
勘でしかないが、この星はちょっとヤバいかもしれんな……
おや、かなり近くまで来たな。視線が刺さるとはこの事なのだろうな。気付かない方が難しそうだ。
((……来た!))
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出来るだけ足音を消すようにして、素早く近づきく。
そして置き忘れていたカバンを大人に向かって投げつける。干し肉だらけのカバンだ。多少強めにぶつかったとしても死ぬことはないだろう。
投げつけたあとは上に跳び、子どもに飛びかかる。大剣をこれでもかと構えることで威嚇も忘れない。
「親父、こいつトリガー使いだ!」
子どもがそう言って懐から刃が半透明で光る短剣を二本取り出して両手に構えた。
子どもの方もトリガー使い……! マズイマズイマズイ! 多少扱い離れたけど戦闘経験はほぼ皆無……!
不意をついた今の攻撃以外では勝てる見込みがない。つまり、今決めるしかない!
一瞬のうちに脳内会議で威嚇用の大剣は攻撃用に早変わりする。
自身という存在がありながら子どもでもトリガー使いであるという可能性を失念するという自分を迂闊さを叱責してやりたいが、今はそんな場合ではない。
空中にいる現状では出来ることは少ない。だから、短剣を持つ左手は攻撃に備えると共に牽制の意味も込めて相手に翳すように構え、大剣を持つ右手を弓を引き絞るように引き、背中、そして肩、腕を意識して思いっ切り叩きつける!
大剣は子どもがいる場所に勢いよく叩きつけられて砂煙を盛大に撒き散らした。が、肝心の子どもには当たっていない。避けられたのだ。
当たると思っていたのだが、余裕をもって躱されたれた。大剣が振り始めたのとほぼ同時に右斜め上に跳んで、余裕をもって避けられた。
目標を見逃さないように目で追って、追撃を仕掛けようとする。
着地の瞬間を狙って短剣を地面に引っ掛け、短剣を中心に回るように滑る。大剣を引きずるように持ちながらその勢いのまま斬りあげる。
しかしその攻撃ですら短剣を合わせられて受け流される。無防備な空中であるというのにも関わらず落ち着いた雰囲気や、攻撃を難なくいなす様子に、襲ってしまったことへの後悔がよぎる。
しかし今更攻撃する以外の選択肢はないだろう。
地面から短剣を抜いて斬りあげた勢いを踏ん張って大剣を頭の上で切り返して振り下ろそうとする。
スパンッ
しかし子どもを見据えていた視界があらぬ方向に向かい、クルクルと回るのを感じる。
すると、視界の中に首を失った私のトリオン体と、その傍に剣を振りぬいた大人がいた。
ああ、私は斬られたのか。
そう認識してすぐに意識と目線が胴体のあった場所に移動し、その感覚にクラクラしながら尻もちを着いてしまう。
目線を地面に落としていると、目の前に二人の足が見えた。
恐る恐る目を上に向けると二人が剣をこちらに向けている。
「親父、こいつどうする?」
「とりあえずトリガーを回収してから縛って話を聞こう」
「了解」
子どもの方が手元にあったトリガーを持っていき、私をグルグル縛る。腕と足も縛る。手際の良さから手慣れている事がよくわかる。
縛り終わると私と焚き火を挟んで対面に二人が座った。
尋問でも始まるのだろうか。それとも、身ぐるみを剥がされてその辺に放り捨てられるのだろうか。そんなことを考えていると背筋と顔が強ばり、冷や汗が尋常ではないほど流れる。
すると、大人が話しかけてきた。
「ひとまず兵士や傭兵といった類ではない、素人である事はわかってる。その服装からしてもな。だがその服装から見るに、ただの子どもって訳でもないだろう。何者か、教えて貰えるか?」
声をかけられ、顔を正面から見ると、髪はオールバックにしているが子どもの方髪色も同じで似た顔立ちをしている。おそらく親子なのだろう。笑い皺が顔に少し付いており、普段からよく笑う人であることがわかる。
それはともかく、私が何者かという質問はどう答えるべきなのだろうか。基本的にトリオンで活動していたため忘れていたが、言われたとおり、私の今の格好は血で赤黒く染まった貫頭衣だ。一般人とは言えない。しかし私はもう実験体でも無い。強いて言うなら失敗作、と言ったところなのだろうが、廃棄済みともなると何者でもないのでは? いや、廃棄済みでも失敗作は失敗作だろうか。
「……廃棄済みの失敗作です」
少し悩んだが、簡潔に伝える。
情報は小出しが良いが、情報の量は多すぎても少なすぎても相手の機嫌を損ねる場合がある。研究員共から学んだことだ。多く伝えると面倒くさそうな様子で、少なすぎるともっとちゃんと喋れといった具合だ。
逸らした目線を顔に戻すと、先程の真剣な表情とは違って眉間に深い皺を見せている。子どもの方は正しく理解していないのか、少し不思議そうな顔をしている。
「そうか……それは嫌なことを聞いた。だが、なぜ俺たちを襲った?」
「それは、この星から脱出する方法を知っているかと思ったからです。旅人のように見えたので、別の星から来たのかと思いました」
「どこでトリガーを手に入れた? 武器の扱いは慣れた様子だったが、戦闘経験はあるのか?」
「廃棄の際に偶然手に入れました。ずっとトリガーを起動して練習していたので多少慣れていましたが、戦闘自体は初めてでした」
私からの返答を特に疑うこともせず、トントン拍子に進んでいく。
「ではこの星、この国について教えて貰えるか?」
「少し、いいでしょうか」
しかし答えるだけ答えてポイされるのはこちらとしても困る。私を脱出させてくれる、もしくは私に可能な脱出手段を教えてくれるかどうかが重要だ。
大人が頷くのを確認して続ける。
「この国について知っていることを話すので、私をこの星から脱出させて貰えないでしょうか」