「この国について知っていることを話すので、私をこの星から脱出させて貰えないでしょうか」
そう言った私を真剣な表情で見ながら、男は語りかけてくる。
「これから俺たちに直接的か間接的かを問わず危害を加えないこと、言うことを聞くこと、トリガーを俺たちが取り扱うこと。それと、レプリカ、あー、この丸っこいヤツにトリガーを解析させること。ついてくるとしてもしばらくの間は監視を付けた、少し窮屈な生活になると思ってくれ。それらを受け入れられるならついて来てもいい」
断る理由がなかった。彼らが本当に旅人なら、この地に何があるかがほとんどわかっていない現状での確実な脱出方法だ。この親子がトリガーを持っていこうとしても、安全な場所に着きさえすればいい。自衛手段を失うのは痛いが、私にとってトリガーは拾い物でしかなく、元から無いものな訳だから。
「わかりました。ですが、話すのは船に乗ってからでもいいでしょうか?」
「ああ、構わないさ。遅れたが俺は空閑有吾で、こいつが空閑遊真。俺の息子だ。そんでさっき言ってた黒くて丸っこいのはレプリカだ。これからよろしくな」
「どうぞよろしく」
『よろしく頼む』
「あっ、よろしくお願いします。名前は無いです。先生や研究員の人たちからは一定の基準を満たせば名前を与えられると聞いていたので、私には与えられませんでした」
そう言うと遊真は驚いた顔をし、有吾は予想していたからか驚くことはなく、ニカッと笑って明るい声色でこう返した。
「それなら自由で決められるってことだ。ゆっくり決めればいいさ」
元気づけようとしてくれているのだろうか。あまり受けてこなかった気遣いと優しさに思わず顔がにやけてしまう。
「あ、ありがとうございます……! 名前が決まったら伝えますね」
「おう、よろしく頼む。決まるまでお前、とかアンタ、とかだと不便だからこう呼ばれたい、とかあるか?」
「いえ、名前も考えたことが無いので、呼び方も全く……いえ、34番とかなら馴染みがあります。ほら、この耳にも付いてます」
よくよく考えば私は34番と呼ばれていた。そう言って耳に付いている白い太めのリングとそこに通されているタグを髪を上げて見せる。
「……いや、どうしてもじゃない限りはそれはやめた方がいい。それよりもそのイヤリングを解析させてもらってもいいか? 何かあるとマズイ」
「どうぞ」
「レプリカ、頼む」
『承知した』
レプリカさんが黒い触手のようなものを伸ばして私のイヤリングに触れる。特に何も話さない時間が数秒経つ。遊真くんはこちらの話を聞きつつ、私のトリガーを見ている。
『このイヤリングは着用者のトリオンによって作られており、トリオンの流れの阻害とトリオン量の計測の役割があるようだ。タグはただの板だが、イヤリング同様トリオンによって形作られている。そのため使用者から取り外す、または機能を停止すると自然消滅する。性質からしてトリガーによるものと思われる。機能を停止するか?』
「なるほど。発信機がついていないことは良かったが、トリオンの流れを妨害するとは聞いたことがない。そのトリガーが欲しいところだが、無理はしない方がいいだろう。機能を停止するが、いいか?」
「あ、はい。トリオンが上手く回ってないってことは良くないことですもんね。是非止めてください」
『承知した』
レプリカさんがそう言ってから数秒後、突然頭の中が、思考が急速に明瞭になっていくのを感じた。これまではその状態が普通だったからか気づかなかったが、こうも変わればモヤがかってていた事がよくわかる。それに、とても目が良くなった気がする。
具体的に言うと、遠くのものがよく見え、速く動く小さな砂粒を捉えられ、僅かな動きや変化を把握出来る。
「おお……凄く、変わりました! 頭もスッキリしましたし、目の性能も上がった感じがします! むしろ今までが異常だったんですね! 身体能力は特に変わってない様ですが、思考能力や視力や動体視力などが軒並み強化された感じです! ここまで目に見えて強化されると愉快なものですね! 見るもの全てが面白いです!」
「お、おう。それは良かった」
「ノリノリだな」
『トリオンの流れが正常化されたことによって思考能力は元来のものとなったのだろう。思考能力や目の性能が制限されている状態が常となっていたため、性能の変化が感じ取りやすかったのだろう。トリオンを阻害することでそのような弊害が発生することは初めて知る。サイドエフェクトとも考えられる』
レプリカさんの解説でハッと我に返る。テンションが上がりすぎたようだ。
今まで黙ってた遊真くんも目をキラリとさせながらこっちを見ている。有吾さんは少し驚いた表情を見せた後、面白そうに笑っている。
「な、なんですか! 感覚が急に敏感になったら、テンション上がるじゃないですか!」
「はっはっは、悪い悪い。それで呼び方、だったな。その髪は白髪……というよりはホワイトブロンドってやつか。ユキなんてのはどうだ? 名前が決まるまでの暫定的な呼び方でな」
ユキ……雪か。そのまんまな名前だが、悪くない。いや、凄くいい。初めて人から貰った自分だけのモノ。
想像していたよりも遥かに嬉しく、遥かに特別で格別だ。
「是非、それでお願いします……!」
「おう、じゃあ改めてよろしくな。ユキ」
「よろしく、ユキ」
『よろしく頼む』
つい十分前に斬りあったとは思えないほど温和な空気が漂う。こんなに人と長く話したのは初めてだろうか。
あ、そういえば……
「レプリカさんが言ってたサイドエフェクトが云々っていうのは何ですか? 視力が良くなった事とトリオンの流れの関係は体感してるので分かるのですが、サイドエフェクトとは何でしょう?」
サイドエフェクト。名前は聞いたことがあるが、詳しくは聞いたことがない。まるで神からの恩恵のように言っていたから悪いものではないと思うけど。
「ここはレプリカに任せるか」
「そうだな。そういった事はレプリカが詳しいもんな」
『心得た。サイドエフェクトとは副作用とも呼ばれる、高いトリオン能力を持つ者に発現する特異な能力だ。トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼして通常よりも遥かに高い精度を持つ感覚を身に宿す。そしてその度合いは様々であり、五感が強化される物や特殊な体質や技能、常識では考えられないような超感覚が存在する』
そんなものがあったのか……! 確かにそれは神の恩恵のような、持っているだけでアドバンテージを得るようなものだ。なぜ副作用なんて名前になっているのだろうか。
「そんな凄いものがあるんですね……」
「だが持っていて良いことだらけって訳でもないさ」
「そうなんですか? 聞く限りだと持っていて損は無さそうですけど……」
「いいや、常人と違うってことは能力や悩みを理解されない場合が多い。知りたくないことや聞こえたくないこと、見たくないものを見ることになる。良くも悪くも知りすぎてしまうってことだな」
なるほど……確かにそうかもしれない。知りすぎるのも良いことばかりじゃないか。悪口が聞こえるとか、そういうのもあるだろう。
「じゃあサイドエフェクトかどうか、軽くテストしてみるか。大した物もないから大雑把だがな」
「はい。よろしくお願いします」
その後遊真くんがトリオン体で石を投げたり斬ったり、数を数えたりすることで試された。
そして結果は視力はサイドエフェクト、思考能力はトリオン阻害によってモヤがかってていただけという事がわかった。
『ユキのサイドエフェクトは目の性能を全体的に底上げするものだ。遠くのもの、小さなもの、速く動くものを捉えられる』
とのことだ。だが脳みその回転が常人程度だから、戦闘中で攻撃を見て咄嗟に避けることは出来るが、攻撃を見て避ける間に何かを考えることは出来ない。役には立つが過信するのは良くないそうだ。
そして私が拾ったトリガーはブラックトリガーと呼ばれる、簡単にいうと通常のトリガーとは一線を画す性能を持ったトリガーらしい。ただ、トリオン阻害の影響が凄まじかったようで本来の性能は引き出すことが出来なかったそうだ。また、有吾さんや遊真くんは使えないようだった。
その後みんなと話をして眠り、次の日に船に乗り込んだ。その頃には捕まっているとは思えないほど心を許してしまっていた。初めての人との触れ合いは私のチンケな警戒心を瞬く間に溶かしてしまったようだ。
そして船の中で実験のことを、私の知っている星のことをできるだけ話した。私が棄てられる直前の話から、膨大なトリオン量を持った人を創ることが目的であるという推測も含めて。
それを聞いて有吾さんはその国が乱星国家、グルニエという名前であり、他の国家がトリガーを開発する中でトリガー使いを開発し、戦争ではなくトリガー使いを売ることで必要なものを得るという異端な国家であるということを教えてくれた。
乱星国家という規則性の無い動きをする性質によって星の場所が分かりづらく、その存在は噂話でしか語られないようなものであったそうだ。
しかしある国での母トリガー使いはグルニエから買ったという話や、グルニエからトリガー使いを買ったという軍がいるという話があったそうだ。
彼らがこの星に来たのは拠点としている戦争中の星に近づく星、つまりこの星が突如近づいてきたため偵察に来たという訳だ。
そして国の目星が付いている状態で私を見つけ、確信を得ることが出来たそうだ。
私と合流する前に相手国への牽制が終わっていたようで、戦争には影響しないとのこと。
戦争に私も参加しなくてはならないのかと焦ったが、砦で皆の手伝いをするだけでいいようだ。私のような者を戦場に出せないのは当然といえば当然であるが。
話を終えると有吾さんや遊真くんは再び気さくに話しかけてくれるようになり、仲を深めることが出来た。また、何でも答えてくれるレプリカさんはレプリカ先生と呼ぶことにした。
今回出てきた設定のほぼ全て、私の妄想という恐ろしい事実……!
そして、次話から時間を吹っ飛ばして玄界に行きます。
近界編はこれ以降ダイジェスト版でお送りするんじゃよ。