ChuSinGura46+1 武士の再動   作:にゃるまる

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第3話

  

「……むにゃむにゃ」

 

矢頭右衛門七は眠っていた。

幸せそうに、傍にある温もりを抱いて。

自身が産んだ子を、今はもう会えない夫との子を抱えて。

昨日は元気に風車で遊んで疲れ切っているからだろう。夜泣きが多い子なのに熟睡している。

その事に安堵しながら右衛門七は眠り続ける。

この先もずっと離れる事のない我が子の温もりを感じながら。

 

――だが右衛門七は知らない。

この温もりが、愛しい我が子の感触が、今宵を最後に失われる事を、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はぁ!はぁ!!」

 

――島の朝は速い。

田畑の管理から島周辺の警備、そして極まれに訪れる商人との取引の準備等があるからだ。だがそんな朝が早い島で、まだ誰も起きていない時間に彼女は駆けていた。

 

「松之丞!!松之丞!!!」

 

大石主税。

今はもう会えない夫――深見直刃との間に子を育み、松之丞と自身にも授けられていた幼名を授けてその愛を一身に注いで育てていた。そんな愛しい子と共に昨夜眠りにつき、そして夜中にふと目が覚めると――消えていた。

その懐に抱いて眠っていた筈の愛しい赤子が、消えていたのだ。

その温もりもとうに消え去っており、その存在さえもが幻だったかと錯覚させられる程、松之丞は消え去ってしまっていた。

 

「松之丞!!松之丞!!――ッ!何処に居るの松之丞!?」

 

突然の我が子の消失。

それに黙っていられるわけもなく、主税は家を駆けだし、愛しの我が子を求めて島中を探し回っているが、その姿はもう回り尽くそうとしている島の何処にもない。

 

「そんな…だって昨夜は確かに…ッ!」

 

考えうる可能性としてはやはり誘拐だろう。

眠っている間に連れ去られた――そう考えるのが必然ではある。

だが、その必然はこの島においては困難だ。

島周辺の海域には海賊が出現する事もあり、夜警が毎晩立つ事になっている。

それも後の世に名高い赤穂浪士の精鋭によってだ。

その実力は同じ赤穂浪士として主税はとても知っている。其処らの海賊位容易く打倒してしまうだろう。

そんな彼女達の監視から逃れ、赤穂浪士を率いる大石内蔵助が住まう邸宅に忍び込み、松之丞を連れ去って、誰の眼にも付かずに島の外へと連れ去る。

 

――無理だ。どう考えても無理だとしか思えない。

仮にそれが実現出来たとしても、まだ日が差していないこの暗闇の海を赤子を抱えて渡るなんて出来る筈がない。それはつまり、最低でも下手人がまだこの島に居る事だけは間違いないのだと明白化してくれる。

島の何処かに絶対に居る、そう思うと失われようとしていた気力が張り詰めていく。

だが、そこまで考えてふと思った。

下手人の目的が何か、それを考えてしまうと――辿り着いてしまった答えは1つ。

 

「―――ぁ」

 

島から連れ去る必要が無く、島から逃げ出す必要のない下手人の目的。

それは、間違いなく―――松之丞の命だろう。

 

「松之丞ッ!!!!」

 

その答えに辿り着いてしまった主税は駆け出す。

下手人がなぜ松之丞の命を狙うのかは分からない。だが絶対に救わないといけないと必死に探し求めて駆けだす。

愛しい我が子を救う為に、愛しいあの人が私に残してくれた子を守る為に。

 

「―――ッ!!――ッ!!」

 

そんな主税の耳に聴こえたのは誰かの声。

必死に何かを探し求める様に叫ぶその声に、主税は聞き覚えがあった。

 

「安兵衛殿ッ!!」

 

堀部安兵衛。

精鋭ぞろいの赤穂浪士の中でも高い実力を持っており、あの最終決戦の場でも活躍を果たした武士であると同時に――主税の夫である深見直刃を求めて恋の鞘当てを繰り広げた人物だ。

主税の声に向こうも気付いたのだろう。全身を汗まみれにしながら走り寄ってくる。

その姿にきっと母上が私の様子を見て彼女にも協力を求めたのだろうと思い、何か情報を得ていないかと言う希望を抱いて駆け寄る。その口から松之丞の安否を知るために。そして――

 

 

「安兵衛殿!!松之丞は!?」

「主税殿!!私の子を見ていないか!?」

 

 

―――え?と互いに首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どういう事、なんでしゅかこれって…」

 

早朝。大石内蔵助邸宅には赤穂浪士の主だった面々が揃っていた。

赤穂浪士を率いる大石内蔵助。その子大石主税。そして堀部安兵衛に矢頭右衛門七。

更には不破数右衛門、奥田孫太夫、奥野将監を始めとする赤穂浪士達が居並ぶ中、右衛門七が零した言葉に全員が困惑する様に表情を歪める。

 

「…もう一度確認するぞ。主税、安兵衛、そして右衛門七…お前達は直刃と結ばれ子を産んだ。それは間違いないな」

 

はいと答える3人を見て、内蔵助もまた表情を歪める。

無理もないだろう。何故なら内蔵助からすれば直刃と結ばれたのは自分で、子を産んだのも自分で――子が行方不明になったのも自分だけの筈なのだから。

そう、今此処に居る4人はそれぞれが同じ事を思っている。

直刃と結ばれたのは自分だと、そして彼が残してくれた子とつい昨夜まで一緒に居て――そして消えてしまったと言う事を。

 

「本当にどういう事なのだこれは……」

「ええ…私も、そして皆さんも4人がそれぞれ直刃さんと結ばれて子を産んだと言う記憶を持っています。もはやどれが本当だったのか分からないまでに……」

 

そう、4人からそれぞれ自分の赤子が消えたと言う話を聞いて集まった赤穂浪士。

その面々から話を聞いて、気付いたのだ。

深見直刃と結ばれた4人それぞれの記憶を全員が持っている事に。

4人が産んだ子達の顔さえもハッキリわかる程に覚えているのだ。

 

だが、同時にその記憶が違うとも分かる。

何故なら、彼は1人しか選んでいないからだ。

この4人の中の1人を選び、結ばれ、そして愛された者は彼の子を産んだ。

その筈なのに、4人それぞれが結ばれた記憶を島に住む全ての者が持っている。

この事態に誰もが理解が出来ないと首を傾げるしかなかった。

 

「…数右衛門。昨夜の夜警時に異変は無かったのだな?」

「はい。昨夜は海も穏やかの上に月夜のおかげで見張るには適した環境でした。何者かがこの島に入ったのなら一発で分かります」

 

内蔵助が考えたのは先の決戦時に姿を見せた黒幕が使った術。

黒幕こそ倒したが、彼女が使っていた術はまだこの世に存在している筈だ。

そう言った術を用いて我々を混乱させているのでは?と考えたが、島に踏み入れずに術を使うとは想定しづらく、数右衛門の報告通りであるならば違うだろうと判断する。

ではいったい何が起きているのか?赤子達は何処へ消えたのか?そう疑問を抱いていると――

 

「ご城代!」

 

大きな声と共に部屋に入ってきたのは武林唯七。

島の見張りを任せられている筈の彼女の登場に賊の襲来かと一同がざわつくが――

 

「はいはい。悪いけど急いでいるから勝手にお邪魔させてもらうわ」

 

唯七の背後より姿を見せた人物に、誰もが驚愕する。

何故なら、その人物がもうこの島に現れる事は決してない筈だったからだ。

だが、今その人物は自分達の目の前にいる。その事実に驚愕し、戸惑う中でたった1人内蔵助のみはただ真剣な眼差しでその人物を見詰め、そしてその名を口にした。

 

「…どうやらこの事態、お主が関与しているようだな――清水一学、いや甲佐一魅」

「ええ。残念な事に、ね」

 

そう、其処に立っていたのは吉良家家臣の二刀流使い清水一学――いや、正確には清水一学の肉体に宿った甲佐一魅だった。深見直刃同様未来の――現代から訪れ、吉良家の歴史を変えようし、そして赤穂浪士に負け、最終的には共に黒幕と戦った人物だ。

そんな彼女は直刃同様に未来へ帰った筈なのに、それがまた清水一学の身体に宿って姿を見せ、それと同時に島ではこの事態が起きている。

 

――この2つは繋がっている、誰もが分かる事だ。

そして一魅もまた問い掛けに対して否定をせずにそれを認めた。

それ故にその場の全員の彼女を見つめる視線に刺々しい物が混ざる。

 

「…なるほど。では説明をしてもらおうか。この事態について。そして――消えた我が子が何処へ行ったのかをな」

 

その中でも一番感情をこめているのは安兵衛だろう。全身から溢れ出る殺気を隠そうともせずに鍔に手をかけて彼女に問い掛ける。

彼女からすれば愛した男との間に生まれた我が子が消えて、恐らくそれを知るであろう人物が目の前に出てきたのだ。ただでさえ消えた子が心配でたまらない状況での登場に、怒りを抑えるなと言う方が無理な話だ。

実際、安兵衛以外の3人もまた言葉にこそしないが同じ様な目で彼女を見詰めている。

もしも嘘を申せば――そんな殺意さえ込めた眼で。

そんな眼を前に一魅は小さくため息をついた後に――語りだした。

 

 

「――歴史が、改変されているわ」

 

 

――この後に始まる物語の開幕を。

もう一度始まる――義と誠との戦いの始まりを、語り始めた。

 

 

 

 


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