初うまぴょいまであと1時間-シーズン2-   作:初瀬川みそら

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刻まれる永遠--メジロアルダンの場合

――11月23日。

あと1時間ほどで、日付が変わります。

そして私の運命の一戦が、始まるのでしょう。

永世三強を打ち破った天皇賞秋の時のよう。

思うだけで心臓が跳ねたようです。

耳を、シャワーの雫が流れゆく音が打って、柔らかなパジャマごと、体をぎゅっと抱きしめます。

触れた体が熱く、一瞬、きいんと、耳鳴りがするほどの緊張がありました。

 

「……すぅ……ふぅ……」

 

体育座りの格好で抱え込んだ脚は、バクン、バクンとなる心臓に合わせるように、熱く滾っていました。

私……メジロアルダンが歩むべき運命を踏み越えた脚は、今、再びの怪我を乗り越えて、意気軒昂に復調していました。

むしろ……その前に超えるべき戦い(・・・・・・・・・・・)に向けて、熱く溶けてしまいそうでした。

 

(……落ち着かないと。チヨノオーさんに、外泊届も出して貰ったんだから)

 

同室のルームメイト、サクラチヨノオーさんを想い、今日この場が或ることへの感謝を心に言い聞かせると、少しだけ、心臓は落ち着きを取り戻しました。

 

(……まるで、あの日の時のよう)

 

真っ白になりそうな頭が少し冷えていきます。

精神を集中させるように目を瞑り、脚の感覚に思い出すのは、初めて未勝利戦を勝った、あの日のこと。

……駆け抜けたダート1200mの感覚は、”今”でも忘れません。

あの日、高揚感は体の中を燃やして、心臓は張り裂けるように鼓動を打っていました。

去りゆく全盛期を逃すまいと戦った、ダート戦。

最悪のバ場、降りしきる雨の中の一戦。

でも、それでも私は勝ちました。

 

「め、メジロアルダン! すまない、少しいいか」

「私も……っ! 今の走り、素晴らしかったわ。よかったらウチにーー!」

 

灰色の雲の下、勝利した私の前に集まるたくさんの方々の視線、影は、実際の処高揚感で朦朧としていた私にとって、ぼんやりとしたものでしかありませんでした。

賞賛と期待。いっぺんに向けられたものに、私の心はまだ慣れていなかったのです。

 

「……お声がけ下さり、ありがとうございます。大変、光栄です」

 

それでも、向けられた言葉には丁寧に言葉を紡ぎました。

メジロのウマ娘として、偉大なるお姉様の、妹として。

今でも感覚は忘れていません。

答えた言葉の詳細は少し忘れてしまっていました。

 

「……でも(・・)

 

ただ唇から零れた声をかき消して、私の視界を一気に鮮明に染め上げたのは……あの時の彼の声でした。

 

「通して! 通して下さい!!」

 

人だかりを書き分けて、まっすぐに向かってくる彼の姿を見たのです。

明確に、色鮮やかに彼の姿だけは視界に飛び込んできました。

 

「あら? 貴方は……」

 

言葉が、淡く彼を呼ぶ。

名前を知りませんでした。なんて呼んで良いのかすら。

 

「選抜レースの後に、来たよ」

「……ふふ、そうですね」

 

それでも、私の言葉を明確に返して彼は叫んでくれました。

選抜レースを見てから、また声をかけて欲しい。

私の願いに応えて、彼は私に向かって告げたのです。

 

「ぜひ、君をスカウトしたい!」

 

まっすぐ、私だけを写したその瞳は、ガラスを溶かすぐらい熱いもの。

まるで、プロポーズのように熱く、高揚感は私の頬を緩ませ……そして、同時に、彼への問いが、頭の中を響きました。

 

――本当に、私でいいんですか

「ありがとうございます。大変光栄なお話です」

 

刹那、先ほどと同じように、「でも」と続けて言うべき言葉として、響いた言葉。

私とともに歩むということは、どういうことなのか、私自身が一番よく知っていましたから。

けれど私の唇から零れたのは、溶かされたガラスの本心でした。

 

「ぜひとも――お受け致します。これよりの道行き、どうか共に歩んで下さいませ」

 

今にして思えば、祈りのような願いだったのです。

そしてそれは”今”に続く、大切な願い。

 

「……アルダン。まだ、眠れないか」

 

遠く響いていたシャワーの雫の音が止んで、代わりに私を呼ぶ声がありました。

それは共に歩んで下さった貴方(トレーナーさん)の声でした。

しっかりと寝間着に着替えた貴方(トレーナーさん)は、心配そうに私を見つめていました。

その心配は、つい先日、また脚の炎症が発生したためでしょう。

 

「脚……まだ痛むか。もう一回、明日のジャパンカップに向けて、ほぐすのが必要なら」

 

今日のこの空間……トレーナーさんのお宅で過ごせるようになったのは、ぎりぎりまでストレッチやマッサージを施し、なんとか明日のジャパンカップへと調整するためです。

メジロのお屋敷も、寮でも不十分、と私が進言してトレーナーさんのお宅にて明日を迎えるよう調整したのです。

でも、だからこそ心配は、当然なのでしょう。

 

「いいえ、脚は、今はなんとも」

 

貴方(トレーナーさん)の心配には、首を横に振って答えます。

けれど、私は素直に、そしてある種可愛らしくはない言葉を、吐露していました。

 

「でも……どうしても……緊張してしまっていて」

 

偽らざる気持ちなのに、嘘をついているみたいに、後ろめたい。

緊張している、その意味がきっとトレーナーさんと私では、違うのですから。

 

「……ホットココアでも、いれようか」

 

貴方(トレーナーさん)の優しい言葉に、私は甘えたようにお願いをして、さらに、付け加えます。

 

「お願いします。あと……」

「……うん、あと? なんでも言ってくれ」

「……少し、お話に付き合って下さいますか」

 

たわいのない、でも私にとっては運命を変えるための、切なるお願いを。

 

――11月23日 23時00分 

――刻まれる永遠(いま) 初うまぴょいまであと1時間

 

****

 

――11月23日 23時9分

――初うまぴょいまであと51分

 

「どうぞ。少し、熱めだと思う」

「ありがとうございます」

 

柔らかなミルクに溶けたココアの香りが、優しく鼻腔をくすぐりました。

うけとったマグカップは、昨年、トゥインクルシリーズを終えた後に一緒に美術館へ行った際、お土産として二人でおそろいにしたものです。

ちらりと湯気の向こうに視線を投げると、私の座るソファから少し離れたパソコンチェアに座るトレーナーさんの背後には、一枚の絵画が額に飾ってありました。

トゥインクルシリーズを終えて、思い出の丘で二人で互いを描きあった折、私が貴方(トレーナーさん)を書いたものでした。

 

「……ふふっ」

「どうした?」

「いえ、このマグカップも……後ろの絵も。トレーナーさんと描いてきた思い出が、このお部屋にはたくさんあると思いまして」

「そうだな。……アルダンと歩んできた”今”の積み重ねだ」

「……そうですね。出逢った頃の私は、きっとこんな風にトレーナーさんのお部屋にいるだなんて、想いもしなかったでしょうね」

 

くすくすと自然に零れた笑みのまま、ホットココアに口を遊ばせます。

語らいながら、ゆっくりと時が流れることで、熱かったミルクココアは優しく、私の体に染みこんできました。

貴方(トレーナーさん)は、けれど、少し困ったように、私を見つめていました。

 

「……トレーナーさん?」

 

どこか、私の向こうを遠く見つめたトレーナーさんに、私は声をかけました。

すると、貴方(トレーナーさん)はココアを私と同じ柄のカップで一口、飲んでから語り始めました。

 

「君を壊したりしない。俺はそう君に言った。アルダンのトレーナーでいたいって」

「……ええ、はっきりと覚えています。デビュー戦のあと、あの思い出の丘で」

 

デビュー戦の後、私は確かに、貴方(トレーナーさん)に問いました。

”こんなか弱い、ガラスのように壊れやすい私を、壊す覚悟があるか”と。

貴方(トレーナーさん)は、それに”ある”と断言して、私との未来を、描いて下さいました。

 

「君の光を、潰えさせたりしない……今でも、昨日のことのように、思い出せます」

「なのに、また怪我をさせてしまって……情けない、気持ちなんだ」

「……トレーナーさん……」

 

ゆっくりと吐露された言葉に、私は小さく、首を横に振って見せました。

マグカップをソファの傍ら、ミニテーブルへとおいて貴方(トレーナーさん)に見えるよう、怪我をした右脚から踏みしめるように、立ち上がりました。

一歩。

一歩。

一歩。

貴方(トレーナーさん)の目の前まで歩み寄って、私は貴方(トレーナーさん)の頬に、そっと手を伸ばしました。

お風呂に入って、少ししっとりとした貴方(トレーナーさん)の頬。

私だけをいっぱいに写した瞳の中で、私は微笑んで問いかけていました。

 

「……聞こえましたか?」

「……えっ?」

「ガラスが割れる音が、聞こえましたか?」

 

貴方(トレーナーさん)の頬をなぞるようにして、そっと耳たぶをなぞると、トレーナーさんの頬が、参った、というようにくしゃっと緩みました。

目尻に刻まれた深い笑みが、私に向かってゆるく否定の動きを見せてくれます。

 

「……いいや。聞こえなかった。力強い、歩みの音だけだ」

「でしょう? これが……貴方の描いて下さった、"未来"なのです。私の脚は、もう、あの頃のように、割れたりしません」

 

そっと一歩引いて、軽く私はステップを踏んで見せました。

 

「……ね? 大丈夫です、これが、私の”今”なんですから」

 

軽やかに、そしてふわりと飛び上がって降り立った私に、貴方(トレーナーさん)は目を丸くして……そして、どこか目線をそらしていました。

徐々に赤らんでいく貴方(トレーナーさん)の頬に、私は小首をかしげました。

 

「どうかなさいました?」

「……いや、あの……ちらりと、おへそが」

「っ!?」

 

ぎゅっとお腹をさすり、そこでようやく気がつきました。

普段のように体操服でも、勝負服でも、制服でもありません。

今はパジャマで……体に負荷のかからないように、今日はナイトブラもつけていないことに。

 

「……は、はしたなくて申し訳ありません」

「い、いや、そんなことはない……むしろ……いや、むしろ、ありがとう」

「……すけべぇです」

「ち、違う、そうじゃなくて!」

 

貴方(トレーナーさん)は慌てたようにカップをおいて立ち上がり、お腹を押さえていた私の手を取ってきました。

 

「少し、弱気になってごめん。もう君は、強い……今やトップクラスのウマ娘だ。俺に、それを思い出させてくれて、ありがとう」

「……トレーナーさん」

 

まだ少し、頬に赤らみが残っていましたが……それはきっと、今の私も一緒でしょう。

大きくて温かい貴方(トレーナーさん)の手に、私の頬も熱くなるのを感じていましたから。

 

「感謝は、私もしたりないぐらいです。それこそ……言葉で告げれば眠れなくなってしまうほど」

「……俺もだ」

「ですから……貴方が導いて下さった、今のこの脚で、明日も……私は、勝って見せます」

「ああ……また、いつもみたいに、君が一番に戻ってくるのを、待っている」

 

貴方(トレーナーさん)に握られた手を広げ、指を絡めて繋ぎなおしました。

大きな貴方(トレーナーさん)の手の中では、小さく包み込まれてしまう私の手ですが、それでもしっかり、貴方(トレーナーさん)のぬくもりを得て、私達は微笑みました。

……二人で描く、新たな未来を、今にすることを、こうして誓い合う。

私達の積み上げてきた”今”は、こうして出来上がってきたのですから。

 

 

*****

 

――11月23日 23時42分

――初うまぴょいまであと18分

 

「そうしたら、アルダンは、こっちで。俺はリビングに戻るから」

「……えっ」

 

ココアを飲み終えて、改めて歯を磨いた私はトレーナーさんに寝室へと案内されて、そのままリビングに戻ろうとするトレーナーさんの肩を、思わず掴んでいました。

 

「っと……どうした、アルダン」

「えっと、トレーナーさんは……どこでお休みになるんですか?」

「えっ? リビングのソファだけど……」

「えっ?」

「ん?」

 

驚く私に、首をかしげる貴方(トレーナーさん)の声が続きます。

むしろ、貴方(トレーナーさん)の言っていることが理解できなくて、私は想わず聞き返していました。

 

「えっと……ここは、トレーナーさんのお家ですよね?」

「うん、そうだけど」

「ここは、トレーナーさんの寝室ではないですか」

「うん……確かに?」

「ここで眠らないんですか?」

「眠らないよ?!」

「そうなんですか?」

 

びっくりしたように言うトレーナーさんに、私の方こそ驚いてしまって、私は自分の頬を包み込むように手を当ててしまっていました。

 

(……私、むしろとってもはしたないことを思ってしまっていたのでは……?)

 

古来より紡がれてきた古典文学は、いずれも邸宅に子女を招くことを親愛の証のように描いておりました。

睦まじく夜ごと想いを紡ぎあうことで深く親愛を重ねるのは、どのときにも男性が邸宅に招く、あるいは男性が邸宅に赴くことです。

その文脈が現代の少女漫画にも息づいて、同じ屋根の下で過ごすということは、相応に親密に夜を越えるということを意味しているのとばかり。

 

「……あの……本当にですか?」

「……そりゃそうだよ。明日は大切なレースだし」

 

貴方(トレーナーさん)の少し呆れたような……どことなく気恥ずかしそうにも見えなくはありませんが………面立ちに、私は恥ずかしさと自分の思い上がりに、さっと冷たいものを背中に感じ、頭がぼうっとなっていくのを感じました。

 

(なんて……なんて思い込みを、私は………)

 

がくんと膝の力が抜けたようで、私は力の抜けた膝を改めて制御することも出来ず、その場でくらりと、体勢を崩していました。

 

(あっ……な、っ……しまっ……!)

 

予想外の自分の身体に、後悔すらも追いつかない。

視界が流れるように落ちる……そんな刹那の一瞬は、がっと私の体を抱き留めた、貴方(トレーナーさん)の腕の感覚によって止められていました。

 

「っと! だ、大丈夫か、アルダン」

「……トレーナーさん」

 

私の体を抱きしめるように抱え、目と鼻の先にある貴方(トレーナーさん)の顔に、私は声を失っていました。

先ほどあんなに軽妙にステップを踏んで見せた私の脚には力が入らず、私の名を呼ぶ貴方(トレーナーさん)の声に、耳がじんと熱くなっていました。

 

「……やっぱり、君はこっちで眠ってくれ。体調を万全にして臨むために、今日はこっちに泊まることにしたんだから」

「は……はい……」

「力、無理にいれなくていいから。少し体勢を変えて……俺が運ぶ」

 

ただ頷くだけしかできない私を貴方(トレーナーさん)は背中と膝裏に腕を回してぐっと……いわゆるお姫様抱っこで……抱き上げて、ベッドへと連れて行ってくれました。

 

(……ああ、なんてこと……とても、はしたなくて自分が恥ずかしい……!!)

 

抱きかかえられた私は、顔を覆ったまま、貴方(トレーナーさん)の腕の中で自身に悶絶していました。

とんだ耳年増、と言われても、今はなにも返す言葉がありません。

あまつさえ、こんな醜態をさらしてなお、貴方(トレーナーさん)の振る舞いに心が跳ねてしまってしかたないのですから、本当に立つ瀬がありません。

 

「……っと」

「……申し訳ありません」

「大丈夫だよ。やっぱり大きなレース前だ、イレギュラーな調整だったし、緊張はどうしても拭えないことだってある。でも、だからこそ、万全に、睡眠はとらないと」

「……はい」

 

真っ直ぐで正しい言葉に、私は力なく頷きました。

貴方(トレーナーさん)はそっと乱れた前髪を拭って、優しく微笑んでいました。

 

「……それじゃ、また明日」

 

穏やかで大きな、そして覚悟を持った、別れの言葉。

明日という未来を、また一緒に迎えてくれるという、安心感のある一言。

これまでに何度も聞いた、その言葉に、いつものように私は大きく吐息を一つ「ごきげんよう」と返す唇を動かそうとして。

 

「……いや、です」

 

手を伸ばして、貴方(トレーナーさん)の寝間着の裾を、掴んでいました。

 

「……えっ?」

 

驚愕に開いた貴方(トレーナーさん)の瞳が、私を写しました。

無意識にしていた行動が、貴方(トレーナーさん)の瞳に映った私の姿を見ることで認識され、そうして、ようやく、気がついて、それでも、私は手を離しませんでした。

 

「……あの、その……トレーナーさん」

「アルダン? えっと……これは……って、えっ、ちょっとアルダン?!」

 

ぐっと貴方(トレーナーさん)の服を引き、私は貴方(トレーナーさん)の腰を、ベッドにかけさせてその背中に、ぎゅっと、抱きつきます。

 

(えっ……私、いったい、なにを)

 

自分でも、自分が何をしているのか、もう分かっていませんでした。

でも、バクンバクン、と打つ心臓の音だけが、自分のパジャマを震わせていること。

胸を押し当てた貴方(トレーナーさん)の背中にも響いていることだけは、明確に感じ取っていました。

 

*****

 

――11月23日 23時50分

――初うまぴょいまであと10分

 

「……あの……アルダン、その……どう、したんだ、いったい」

 

貴方(トレーナーさん)の戸惑う声が耳を打ちました。

ぎゅっと自分の担当ウマ娘に抱きつかれたのです。貴方(トレーナーさん)の気持ちは、もっともかも知れません。

でも、今日この場にいる……貴方(トレーナーさん)のお家に来た、という私は、確かにここにいて。

私と貴方(トレーナーさん)は同じシャンプーの香りと、同じボティソープの香りを感じていて。

貴方(トレーナーさん)と私は……きっと、その意味を違えるほど、浅い信頼を重ねてはいないはず、という確信がありました。

……それが、私と貴方の、積み上げてきた”今”の結果なのですから。

 

「……トレーナーさん」

「ぃ……っ!」

 

ですから、と私は貴方(トレーナーさん)の耳に、小さく吐息を当てました。

詰まりそうな息を整え、貴方(トレーナーさん)に明確に確認をするための呼気に、抱きついた背中が微かに震えました。

強張る貴方(トレーナーさん)の体と裏腹に、吐息一つ、気持ちが少しずつ落ち着く私は、貴方(トレーナーさん)へと改めて願いました。

 

「……いかないで、くださいますか」

「……それ、は」

「それ……は?」

 

貴方(トレーナーさん)の言葉をなぞるように、しがみついていた手を、そっと前に伸して、貴方(トレーナーさん)の胸を抱きました。

幼い頃、不安に思うマックイーン達を励ますために、大丈夫、と語りかけながらしたように。

背中から背を包み込むように大きく、腕の輪をつくって抱きしめます。

 

「……君の未来は、まだこれからも、続く。ここで、君を……傷つけるわけには」

 

貴方(トレーナーさん)は絞り出すように言葉を紡いで……私のことを想ってくれました。

その言葉に偽りはきっとありません。

じんわりと言ってもらえる言葉の優しさに、暖かいものを感じていました。

でも、私はその言葉を呑み込むように、今日の覚悟を、貴方(トレーナーさん)に伝えました。

 

「未来を、今にしてはダメですか」

「……えっ」

 

強張った貴方(トレーナーさん)の体が、ふわりと弛緩するのを感じました。

ぎゅっと回していた腕が近づき、微かに顔を向けた貴方(トレーナーさん)と、その唇と、目と鼻の先に、近づきました。

目と目が合って、私達は、お互いに視界をお互いで埋めるように近く、見つめ合っていました。

……いつか、覚悟を問うた時。

……いつか、私をスカウトした時。

……いつか、私を勝利の喝采の中で迎えた時。

いつでも、貴方(トレーナーさん)は、私で一杯になるように、私を見つめてくれていました。

貴方(トレーナーさん)の覚悟によって、私のこれまでは紡がれてきました。

だから……と改めて言葉にするのです。

今日、私がここにいる理由。

そして……この今の意味を。

万感の想いを込めて。

 

 

 

 

 

 

「いつか来たる未来を……今、欲しいと思うのは、はしたない、ことですか?」

 

 

 

 

 

*****

 

――11月24日 0:00

 

ガラスの割れる音。

私にとってそれは耳をつくような、何かが壊れるような音。

壊れてしまえば、いつも私は何かが失われると怖くてしかたない音でした。

 

けれど、その日。

その時

その刹那。

聞いた音は、熱く、柔らかく、私の中を満たしては、穏やかに包み込んでくれました。

壊れることで得られたぬくもり。

涙が不安より、愛おしさで流れることを貴方は私に、刻んでくれたのです。

 

――刻まれる永遠(いま)

――初うまぴょいまであと零分。




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