初うまぴょいまであと1時間-シーズン2-   作:初瀬川みそら

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ちらちら どきどき お泊まり会--マチカネタンホイザの場合

 季節外れの台風の余波が、11月の夜闇に大粒の雨を降りしきらせていた。

 

「良い風呂だった。ありがとうな、タンホイザ」

「いえいえ。ほかほかできたならよかったです」

 

 ジャパンカップまであと二日と差し迫った金曜夜、ウマ娘、マチカネタンホイザとそのトレーナーは、マチカネタンホイザの実家を訪れていた。

 

「パジャマまで貸してくれて……助かったよ」

「お父さんのパジャマ、トレーナー大きいですから大丈夫でしたかね」

「大丈夫だよ。お礼、直接言いたいところだけれど……」

「あ、さっきお母さんから連絡があって、結局飛行機が欠便して現地でお泊まりみたいです。商工会の離島ツアー、まさかまさかの展開ですね」

「そんなに酷いのか、台風」

「みたいですねぇ……まぁ、でもお母さんはもう少しこっちでゆっくりできるってちょっと嬉しそうでした」

「そうか」

 

 先端が少し黒く艶めく栗毛の耳をひくつかせながら、むむむと、くちびるを結ぶマチカネタンホイザに、トレードマークの帽子とリボンはついていない。

 白い流星にはドライヤーで乾かし切れなかった微かな湿気が潤いとなって乗っているのは、実家へ到着する直前に迫った台風の余波で荒れた豪雨によってずぶぬれとなり、トレーナーに先んじて入浴したからだった。

 装いも、桃色のパジャマとラフなものである。

 

(……なんかすごい新鮮だな、タンホイザの姿)

「レースは明後日ですし、芝がぐちゃぐちゃになったらちょっとイヤだなぁ」

 

 トレーナーの内心の動揺をよそに、レースにストイックな彼女は、明後日のジャパンカップ、その芝状態を憂慮しているようだ。

 昨年、トゥインクルシリーズ三年目のジャパンカップは、惜しくも出ることができなかったマチカネタンホイザにとって、今年のジャパンカップは雪辱を果たす、リベンジマッチ。

 今日、マチカネタンホイザのご両親の元を訪れようとしたのも、ご両親が商工会のツアーで離島のパワースポットからご祈祷の品をもらったので激励に渡してくれる、と急遽連絡があったためだ。

 マチカネタンホイザを応援してくれる、全ての人事を尽くし、天命を待つ。

 充分に気合いの入った二人だったが、マチカネタンホイザの両親が帰ってこれない上にずぶ濡れになるという、なんとも抜けた夜を過ごすことになっていた。

 

「天気は回復するようだし……あとはレース場のスタッフを信じるしかないな」

 

 自分のスマホを取り出して、トレーナーが確認した天気図は、明日には台風は日本の近海を抜けるというもの。

 

(このようすなら、明日の夕方にはご両親に会えるだろう)

 

 おおよそのスケジュールを見越して、かつそのスケジュールによってマチカネタンホイザがリラックスした状態でレースを迎えることが出来るのでは、とトレーナーは抜かりなく脳内でプランを練り上げる。

 

「うーんでは……フクちゃん先輩にならった祈祷を今こそするべき時……うう……ナムナム……!」

 

 マチカネタンホイザもまた、無理に心配もしない。

 マチカネタンホイザの母の様子はむしろ喜ばしいぐらいの様子だったとみて、後できることが、祈ることだけだとむしろ集中は研ぎ澄まされていたといえる。

 少なくとも、二日後のレースに向けては、昨日までのトレーニング含め、やれることは全てやってある状態で不安はないといえた。

 

「ナムナム……!」

 

 トレーナーとマチカネタンホイザは瞳を瞑り、マチカネタンホイザの部屋の中、天に向かって祈りの祝詞代わりに念仏を唱える。

 

(……でも今日、そうしたら……)

(今日、もしか、しなくても……)

 

 しかし、レースよりも今の二人には、直近の問題がある。

 マチカネタンホイザの同室の先輩、マチカネフクキタルから伝授されたというありがたい念仏を唱えつつも、胸中と祈祷の言葉は、必ずしも一致していない。

 --バラバラバラっ! 

 罰当たりだとでも言うように、窓を打ち付ける雨が強まるが、トレーナーとマチカネタンホイザは、うっすらと目を開けながら……かといって、お互いの目線が合うことは(座高により絶妙に)ないままで……昂ぶり始める期待を、想う。

 

(私達……お泊まりってことだし……お父さんとお母さんのお部屋は入れないから)

(俺達……さっき、寝る場所、ここって言われたし……ということは)

 

 トレーナーの目線に、ゆるりとした桃色のパジャマの裾が、ヤケに艶やかに見える。

 マチカネタンホイザの瞳の中、見慣れた父のパジャマが少し小さめに映ることで、トレーナーの存在感が却って強まる。

 

((……もしかして……そういうことに、なっちゃったり、する、かな))

 

 敏感なマチカネタンホイザの耳に、そしてトレーナーの昂ぶり始めた鼓膜に、カチリっ、と壁掛け時計の針の音が、ヤケに大きく響いていた。

 

 ――11月25日 22時35分。 初うまぴょいまであと55分

 

「っと……ひゃあ、本当にすごい」

 

 轟々、と雨が勢いを増すので、マチカネタンホイザが窓の外の雨戸を閉める。

 しっかりとした雨戸によって、部屋に伝わる雨音は随分と収まった。

 大きく居をかまえ、マチカネタンホイザのご両親が営む定食屋を敷地に持つ邸宅は、暴風であろうと風には頑丈だ。

 すなわち部屋には、静寂があった。

 トレーナーは、ベッドに隣接しつつ、ラグマットが敷かれ、テーブルが鎮座する部屋の中心に正座になっていた。

 ほんの少しの間だけだったのに、一陣の風が窓から吹き込んで、部屋の中をかき回す。

 ふわりと香る窓の外の空気に混じって、マチカネタンホイザの部屋の香りが、トレーナーの鼻腔をくすぐっていた。

 

(……っと、ほ、ほんとにここで寝るのか……? た、タンホイザはご両親のお部屋は入れないって言ってたし、ソファで寝るのは、身体に悪いといわれたら、確かにココしかないんだが……)

 

 トレーナーの目線は、タンホイザの部屋をつい舐め回すように見てしまう。

 

(……あ、なんかキョロキョロしてる……へ、変なものはないと思うけれど……ちょっぴり恥ずかち)

 

 雨戸から戻り、トレーナーの隣に腰掛けながらタンホイザは微かに頬が熱くなるのを感じる。

 

(お部屋に男の人を呼ぶのってお父さん以外初めてだ……ネイチャに貸して貰った漫画みたい)

 

 体育座りの要領で膝を立てて、トレーナーの隣に腰掛ける。

 栗色の尻尾が無意識にトレーナーの方向に振るわれるが、毛先はぎりぎり、トレーナーに届かない。

 そんな程度の距離感で、マチカネタンホイザの目線は、部屋の本棚、友人のウマ娘ナイスネイチャから借りた漫画へと注がれる。

 

(どぼめじろう先生のトキメキビート……ネイチャが面白いっていうから借りたけれど……うん、あの貸してくれた時のネイチャの恥ずかしがってたの、今ならわかる。あれは確かに恥ずかちいよね。でもあの時のネイチャ、かわいかったなぁ)

 

 にへへっと友人の恥ずかしがる姿に、マチカネタンホイザの頬が緩む

 

(あ、なんか思い出して笑ってる……かわよ)

 

 トレーナーの目線が、ふとそんなマチカネタンホイザに向かって止まる。

 マチカネタンホイザと3年、トレーナーとしてつく中で、彼女が様々な人との思い出に浸り、今のように頬を緩める姿は目撃していた。

 煌めく鮮烈な光で人を魅せると言うより、ただまばゆく、しかし穏やかに光り続ける一等星の如きマチカネタンホイザの在り方や言葉に、マチカネタンホイザの周りの人は魅せられる。

 トレーナーもその一人である自覚を覚えると共に、それ以上の大切な気持ちをこうしたふとした瞬間に思い出していた。

 

(……かわいくて、前向きで……この気持ち、彼女と共に、大切にしていきたい、そう想う。でもだからこそ)

(ネイチャの漫画だと……でもなんか、もういきなりベッドに行っちゃってたよね……あの間になにがあったのか書いてくれればよかったのに……)

 

 かち、かち、かち。

 

((……どうしよう))

 

 懊悩の間で、時計の針はなおも正確に時を刻む。

 

 --11月25日 22時40分。 初うまぴょいまであと50分

 

(こういう時って、どうしたら、いいんだろうな)

(……こう、間なんてなくて、ガバーってしちゃうのかな。保健体育ぐらいでしかならってないけど、その……こう、がばーってなるよね、多分。でもガバーって、どうするんだっけ、保健体育もっと頑張っておけばよかった。トレーニング学以外、結構うとうとしちゃってたんだもん……わかんないよー)

(タンホイザを俺がリードしなきゃ、いけない、よな? トレーナー……いいや、男としてちゃんとしないと)

 

 

 胸中の言葉は違えど、二人の懊悩は奇しくも同じ。

 いつしかじっと、見つめ合っていたことに、二人がほぼ同時に気がついた。

 

「「えっ……あ、あははっ……」」

 

 乾いた笑いが、二人のそれぞれの口から漏れる。

 

(え、今のトレーナーの反応ってなんだろなんだろ。なんか、ちょっと呆れてた? )

(あはは、じゃないわ! って、いっても、え、なに、どうすりゃいいんだ、俺)

(……まぁ、トレーナー……大人だし、いつも頑張ってくれてるもんね。私は専属ウマ娘、って想われてるだけかも知れない。……うーんでもなぁ……なんか、モヤモヤーってしちゃうし……多分だけど……トレーナーも、一緒な気がする)

 

 タンホイザの目線が再びトレーナーの横顔を見て、すぐに外れた。

 

(……いや、そもそも、この気持ちって……そりゃ、タンホイザは誰にでもこう、ありがとうって態度取るよ? いい子だし、前向きだし。だから、きっと誰にとってもこういう態度取ってる。でも。でもさ、タンホイザが信頼してくれてたりするの、俺、じゃん。それに……タンホイザも、きっと気持ち自体は、同じはず)

 

 トレーナーの目線が再びマチカネタンホイザの方へ向いて、口元をなぞった瞬間、すぐに外れた。

 

((……そういうことしたいよね……好きだし))

 

 マチカネタンホイザの両手が、熱く紅くなる頬を覆った。

 トレーナーはマチカネタンホイザの方の頬を覆い隠すように、顔に手を当てる。

 互いの目線は、交わることなく反らされたまま、部屋には時計の針以外の音は静寂に溶けていた。

 

(というか、えっと服とかどうしよ。最近レースに向けてちょっと太もも太くなっちゃってきたし、見られたら……って、トレーナー普段からみてるじゃん。えー……なんかちょっと普段のこと思い出すだけで恥ずかちぃってはわわってなる)

(そうなったら、タンホイザの……いい仕上がりになってるからな、大腿四頭筋から膕にかけて……って、違う違う、職業病が……い、いやむしろ今はいいのか? ってか、いや、考えるな、いろいろと! )

(え、だって、ひゃー、トレーニングの時なんてお腹あたりの布地で汗拭ったりしちゃうもん、おへそだって見られてるわけでしょ……全然気がつかなかったひえーはずかちはずかち)

(落ち着け……そもそもタンホイザの場合、鼻血を気をつけないと……ってか待て、酷い鼻血になったら、レースにも出せなくなるじゃねえか、え、いやほんとに良いのか、いいのかここにいていいんか俺! )

 

 マチカネタンホイザとトレーナーは顔を覆ったまま、ぐりぐりと顔を振る。

 それぞれ顔を紅くし、蒼くし、カチカチと時が進む。

 

 --ごううううっ

 悶々とした二人の懊悩が、動き出したのは雨戸の向こうの雨音が、一際大きく雨粒を打ち付けたときだった。

 

(……本当にラチが空かない。ここは……俺が言うべきだ。と、とにかく……事実確認、そうだどこで寝て良いのか、改めて確認だ、なんで思いつかなかったんだ)

 

「……その、タンホイザ」

「ひっ、ひゃぅ……な、なんですか、トレーナー」

 

 トレーナーがふと、口を開いた。

 弾かれるように背筋を伸したマチカネタンホイザが、ぱっと紅くなった顔でトレーナーと向き合う。

 

「お、俺、どこで寝れば良いかな」

(あ、そっか、って……ええっと、ここでうまく応えなきゃ、だよね……)

「お客さんですから、どうぞどうぞ、ベッドでご遠慮なく……!」

「で、でもタンホイザは、どうするんだ」

「えっと……寝る場所、ベッドしかないんですよね。だから、お隣、するっと入れば寝られるかなぁ、なんて」

 

 えへへ、と頭を擦るように微笑んでみせるタンホイザに、釣られてトレーナーの頬も苦く緩む。

 見かけ上、穏やかに交された会話、しかし言葉を放ち、微笑みを放ち合った瞬間、両者に電流の如く思考の声がなだれ込む。

 

(っておいいいい!! 状況がすすんだが本当にいいのか俺えええええ!!!! )

(はわあああああ!! ほんとにいっちゃったいっちゃった!!!!! )

 

 片や真っ赤になるマチカネタンホイザと真っ青になるトレーナーは、どこかぎこちなく立ち上がる。

 

(え、いや、ほんとに、ほんとにいいか? タンホイザ、盛大に鼻血だしたら、俺どうする? ティッシュどこ? あ、みっけた、鼻血ってどうやって止めるんだっけ? うわ、頭真っ白じゃねえか)

(ふわあああ……い、いよいよ、だよね。うん、普通にうまくいった、よね、これ、うん! )

 

 互いに高鳴る鼓動でせっつかれるように、ベッドへとその身をするりと沈めることとなった。

 

「……先に、タンホイザが」

「い、いやいや、トレーナーが先にどうぞ」

「……やっぱりタンホイザが先で」

「……トレーナーが先の方が、ポジションが取りやすいでござるから」

 

 なお、一悶着あってようやくのことである。

 

 --11月25日 23時03分。 初うまぴょいまであと27分

 

 ぱちん、と蛍光灯の微かな音さえ、少し大きく二人には聞こえていた。

 真っ暗になった部屋のなか、同じ床を共にした二人は、天井を見つめながら夜の暗さに目を慣れさせていく。

 

「温かいですね……トレーナー」

「……そうだな」

「……ベッドまで半分こ、しちゃいましたねぇ」

「……そういえば、鯛焼きの半分こもしたなぁ」

「ですです。ベッドも半分こ……でもあったかいのでOKですね」

「……そっか」

 

 ふふっ、っと少し楽しげなマチカネタンホイザの声がトレーナーの耳を穏やかに撫でる。

 するっと太もも当たりに柔らかな毛の感触が絡みつくように触れていた。

 かち、かちっ、かち

 っと時計の針の音が、布団の衣擦れの音に混じっている。

 

「「……」」

 

 二人の言葉が再び止んで、じっと天井を見つめていた目線が、どちらともなく、互いに向いた。

 

「「……」」

 

 マチカネタンホイザの透き通った瞳が、トレーナーの視界に映る。

 トレーナーの真剣な眼差しが、マチカネタンホイザの視界を埋める。

 

「「……」」

 

 身体がそろりと互いの方向に倒される。

 お互いの手が触れあうように布団の衣擦れが耳たぶを触って、吐息の欠片が、互いの頬を打っていた。

 

「………………………………………タンホイザ」

「………………………………………あの、トレーナー」

 

同じ布団の中で向き合った二人は、長い沈黙を破るように、どちらともなく互いを呼んだ。

 そしてトレーナーの手が、マチカネタンホイザの手が、それぞれ。

 --ティッシュ箱を掴み、自身の鼻をつまんだ。

 

「ティッシュティッシュ!!」

「ずびません、あ゛りがどう゛ございまず」

 

 かしゅっ、かしゅ、かしゅっとティッシュ箱からティッシュを引き出す音の後、どうしても抑えきれなかった血の雫が、マチカネタンホイザのベッドシーツに2、3適、血のシミをつけてしまう。

 

「うわあ、しゃべらなくていい!」

 

 悲鳴のような声を上げるトレーナーにより、マチカネタンホイザの鼻血は、なんとかティッシュへと吸収され、ずびっとマチカネタンホイザの鼻腔は、ティッシュで一杯に鳴っていた。

 

 ――11月25日 23時17分。 初うまぴょいまであと13分

 

 目にでも入ったかのように、雨戸の向こうの音が、一層に静かになっていた。

 赤い血でそまったティッシュを傍らのくず入れに放り込んだトレーナーが、安堵のため息を漏らす。

 

「……大丈夫か、タンホイザ」

「えへへ……すいません、お手数おかけしました」

 

 向き合ったマチカネタンホイザの頭に、そっとトレーナーの手が触れる。

 優しく撫でる手が、マチカネタンホイザの前髪を梳いていた。

 

「大丈夫なら、いいんだけれど、出そうなら、きちんと止めるんだぞ」

「はい。ちゃんと御報告します」

 

 マチカネタンホイザはトレーナーの手に委ねるように、目をそっと伏せた。

 向かい合う様にした二人の吐息は、互いの頬を、顎先を撫でる距離。

 近い距離が、今の二人には自然なことのように思えていた。

 

「えへへ……あーあ」

「……どうした?」

「……本当は、もっとロマンチックになればよかったんですが……あんまり上手くいきませぬなぁ」

「……そうか」

「……でもやっぱり、そんな風にカッコ良くはいかないなって。おかげで、ちょっと吹っ切れたでござるよ」

「……まぁ、それがタンホイザらしいところだよ」

「えへへ、そうですかねぇ」

 

 少し古風で独特な言い回しで言うマチカネタンホイザに、緊張のない苦笑がトレーナーから零れる。

 マチカネタンホイザは微笑みに、気恥ずかしさを微かに混じらせながら、リラックスした様子のトレーナーに告げる。

 

「ねぇ、トレーナー、腕、ぐーって伸してください」

「……こうか?」

「はい。そのまま、ぐっと広げてください」

「……このぐらい?」

「うーん、良い感じです。それじゃ」

 

 布団の中で、トレーナーの腕が大きく、マチカネタンホイザに向かって八の字に広げられる。

 自分の頭を撫でていた手が広がったその先に、マチカネタンホイザはにこりと笑顔を見せてから、

 

「えーい」

 

 素早く、トレーナーの胸部へと、上半身を擦り寄らせた。

 するりとトレーナーの背中にタンホイザの腕が回り、互いの胸部が、柔らかく触れあっていた。

 

「……へっ……え、あっ」

 

 不意を突かれたトレーナーの喉が反って、声にならない声が漏れる。

 布越しの体温が混じり合って、甘い香りがふわりと漂う。

 

「えへへ、ぎゅーってしちゃいました……ダメ……でしたかね?」

 

 マチカネタンホイザの声は、トレーナーの胸元でもごもごと淡くくぐもっていた。

 マチカネタンホイザの手が、トレーナーの背中をさすって、脚が、脚に絡まっていく。

 

「ダメじゃ、ないけれど……驚く、だろ」

「サプラーイズ、ですよ、トレーナー」

 

 部屋の中で、囁くように紡がれる声がシャンプー色の空気を揺らす。

 どんなに微かでも確実に二人の思考は、言葉となって、互いをくすぐっていた。

 

「……なんだかトレーナー、良い匂いしますね」

「………そ、それはタンホイザと同じ匂い……だよ……お風呂場の、一種類ずつしか、なかったし」

「ほうほう……へへへ、そうしたら、あの………トレーナー」

「なんだ、タンホイ」

 

 ザ、とトレーナーが呼ぶ声だけは、トレーナーのくちびるに強く感じた、ミントの歯磨き粉の味で、塗りつぶされる。

 

「……こっちも同じ味、しましたか?」

「……はぁ……」

 

 こてん、とトレーナーの肩口に、マチカネタンホイザの小首が当たる。

 ふわりと揺れた流星の髪房をそっと拭ってから、トレーナーの腕が、タンホイザの背中に回った。

 

「……もっとしないと、わかんない」

 

 言葉にするには甘く淡い感情は、ボディソープ色の空気を混ぜ合わせるように、くしゃりと布団の衣擦れを増す。

 かちっ、かちっ、かちっ。

 時計の針の音が、二人の耳に触れた。

 時を刻み、進めて、夜が深まることを表す音。

 

「……もっと、しましょうか」

 

 だがそれ以降、夜が更けていくことを、二人はその針の音で知ることはなかった。

 

 ――11月25日 23時30分。 初うまぴょいまであと零分。

 




心の声で語る奴
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