#0 Twin Turbo
「ふんふーふーんふふふーん♪」
「どうしたのターボちゃん、すごくご機嫌ね?」
「このけんしん…?が終わったらターボの好きなもの食べさせてくれるんでしょ!?おかーさん」
「ええ、そうよ。だから最後までいい子で待ってましょうね」
「はーい」
「でも、ターボちゃんは何が食べたいの?」
「カレー…ラーメン…ハンバーグ…色々食べたい!」
「あらあら、本当に元気ねぇ…。でもそんなにたくさんは駄目よ?」
「はーい…。ターボ、ウマ娘だから全部食べられるのに…」
「ウマ娘でもヒトでも食べすぎが駄目なのよ、ターボちゃん」
「ちぇっ…」
「ツインターボさん」
「あ、先生。ターボちゃんの健診結果はどうでしたか?」
「それについてお話がございます」
「…何でしょうか?」
「結論から申し上げますと…ツインターボさんは長くは生きることが出来ないでしょう。…おそらく20を超えられるかどうか」
「…………え?」
――――
ナイスネイチャには変わった友人がいた。クラスの隣の席に位置し、授業中はいつもその側頭部を視界に入れながら授業を聞き、そして休み時間などにはたまに話す。
彼女は背が低く、クラスの中で数えても下の方で、いかんせんその身長から見た目から来る幼さが際立つ。しかしその人物像は成熟しているという一言では言い表せなかった。ナイスネイチャ自身、幼少期からお年寄りのコミュニティで生まれ育ったため若いながらにも老成した価値観の持ち主だったが彼女のそれはお年寄りに感化されたものや背伸びした身の丈を超えたものではない。
達観しているといえばいいのか、末期の老人のような心理か。それらはすべてその友人のみぞ知ることに他ならない。
そしてまたなんと幸運なことか、現状にナイスネイチャしかいなかったチーム・カノープスにはその友人が加わり皮肉か何か、彼女とはクラスメイトでチームメイトとなった。
「ターボ」
友人の名を呼ぶナイスネイチャ。その瞳には青く幼く、そして誰よりも老いている友人が映った。
彼女の名はツインターボ。後に名を轟せることになるそんなウマ娘だが、今はそんなことを知る人はいない。いないったらいないのだ。
「…ネイチャ、何?」
「これ、トレーナーさんから。『ターボさんの希望するトレーニングメニューを組みました。目を通しておいてください』って渡されたよ」
ナイスネイチャが渡したのは分厚くファイリングされた紙束だった。常人ならばその量から正直目を背けてしまうが、彼女においてそれはなかった。
「…流石南坂トレーナー。相変わらず分かりやすい」
すらすらと要領よく資料を読みほどいていくツインターボ。そこに逡巡の意志はなく快適そうにその蒼い瞳は紙の上を走っていた。
「良くもその分厚いのすらすら読めるよねぇ…最初渡されたときネイチャさん的には『辞書?』って思っちゃったっていうのに」
「速読はコツさえつかめば誰にでも出来ること。それに…私たちは動体視力も優れているからそれを上手く活用できればこの程度は苦じゃない。それに何よりも南坂さんの作る資料がそれを踏まえてるから」
淡々と感情もあまり込めていない言葉で返すツインターボ。その間も口は動いていても目は資料から離れていなかった。ネイチャはやれやれと呆れたように大袈裟なジェスチャーを取った。
「流石学年成績上位常連は言うことが違うねぇ」
「…それは嫌味のつもり?ナイスネイチャ。」
そしてターボの視線がやっとネイチャに向けられた。おどけたようなネイチャはようやくと言った視線をターボに向けた。
「やっと顔上げた。それ読むのも大事だろうけど、今はそれよりほかにやるべきことがあるんじゃない?ターボ」
「…やること?」
はてと首をかしげるターボ。そしてやっぱりかと呆れたネイチャ。
「今日はアタシとウィニングライブの練習する予定でしょーが。トレーナーさんもあれだけ言ってたでしょ?」
「…そういえば」
完全に忘れていたという表情のターボの手を引き、ネイチャは連れ出す。
「ウィニングライブもレースの一部で、勝ちを手に入れた者の特権なんだから蔑ろに出来るもんじゃないっていうのはターボも分かってるんでしょ」
「…それはそう」
仕方なし、ネイチャの言うことは正論だとターボは渡された紙束を鞄にしまうとネイチャに引かれるままに歩き始めた。…と、ネイチャとターボが教室を出る瞬間、一人の女生徒とすれ違う。
「あれ、ネイチャ。今日はもう帰るの?」
「テイオー。いやぁ…帰るは帰る…けど今日はちょっと気色が違うと言いますか…」
ターボとネイチャと同じクラスの少女、才能あふれる若き天才「トウカイテイオー」だった。
「どういうこと?ボク、ネイチャの言わんとしようとしたことが分からないんだけど…」
「えーと…。それは。別にやましいことではないけれど少し気恥ずかしいと言いますか」
そして何故か膠着状態に陥っている二人の間にメスを入れたのは他でもなく、待たされているツインターボであった。
「もう、良い?ネイチャはこれから私とウィニングライブの練習でカラオケに行くから」
その言葉でようやくテイオーはターボの方を向いた。まるで今まで眼中になかったように。
「キミは……ダブルターボだっけ?」
「ツインターボ」
なお名前を間違えられたら物凄く早い速度で訂正するものとする。
「んー、テイオー。そういうことだから今日はこれでごめんね」
「まあ、そうだよね。ウィニングライブも必要な練習だからね。じゃあね、ネイチャ」
手を振りながら別れるテイオー。その姿にターボは何処冷めた目線を送っていた。
「…えっと、ターボ?」
「何?」
「…やっぱ怒ってる?」
「別に。トウカイテイオーは私に興味なんてないことはもう分かり切ってることだから。今さらそんなことで怒ることはしない」
ツンと冷めた物言いでツインターボはトレセン学園中等部の学舎を後にするのだった。
-----
そしてカラオケ。優待チケットを使用し、二人は歌の練習を始めていた。
「あれ、いつの間にかターボ、歌上手くなった?」
「そんなに直ぐに上達するものじゃないから。…この喜天烈な歌詞に慣れてきただけ」
ターボが歌っていたのは『うまぴょい伝説』。ウィニングライブで披露する代表的な曲で、所謂電波ソングである。
「電波ソングなんて初めて触れたけどやっぱりこの歌詞はどうかしている」
「あー、そりゃ同意。アタシも流石にこれはどうかと思う。まあ、歌うけどさ」
やれやれと言った顔のネイチャ。ターボはその次の曲を
入れている。
「次は何の練習する?」
「『Make debut』。ジュニアクラスならこの辺をマスターしておけば大体何とかなるから」
「よし、じゃあアタシも。パート分けは?」
「センターはネイチャで良いよ。量をこなしたいから私は二位と三位やるから」
「了解、せいぜいキラキラしたライブにしましょ。カノープスにもあと一人くらいメンバーがいると楽なんだけどねぇ…」
ま、無い物ねだりしてもしょうがないかとネイチャは嘆息し、そして楽曲が始まった。
「…こんなもので終わり、かな」
「そうだねぇ。二時間半って所だからボチボチ切り上げって行きましょうかね。ターボ、今日は夕食はどうするの?」
「…特に決めてないけど」
「じゃ、ファミレス寄らない?」
「……分かった。」
この時、ターボはフラりと立ち眩みを起こし、嫌な予感を感じていた。
-----
それは二人がカラオケからファミリーレストランへ向かう時の道中。ツインターボは立ち止まり、そして呟いた。
「………あ、やば」
「え?ちょっ、ターボ!?」
視界が歪む。世界が反転する。確定的にしていた事象が不確かな物へ変質する。赤く染まり、そして青く染まる。今まで確かに踏みしめていた地面から感じる重力が何も感じなくなる。無重力の身軽さと同時に空から落ちていく、そんな気分。そしてやがては地面へと叩きつけられてしまう。
意識を手放す直前、青い瞳はネイチャを捉え、そして最後に告げた。
「ごめん、任せた」
「ターボ!?」
そしてバタリ。小さな音だけを立ててツインターボはその小柄な体を地面に落とした。口から赤いモノを溢しながら。
「ど、どうしよう……!?」
ナイスネイチャは動転していた。それも当然だ。友人が急に血を吐き倒れたからそれで平常心に成れるわけがない。困惑を振りきるためにナイスネイチャはとりあえず救急車を呼ぶとスマートフォンを出したが…
「ネイチャさん、彼女の頭を地面より高く保ってください」
そこに現れたのは救いだった。
「ト、トレーナーさん!?」
チームカノープスのトレーナー、南坂がそこにいたのだった。何時もの柔和な顔はなく、厳しく険しい表情だった。
「既に手配はしているので救急車は大丈夫です。離れていてください、回復体位にします」
「わ、分かった!」
南坂はいやに手馴れた様子でその処置を施す。そんな中、ネイチャは疑問をぶつけざるを得なかった。
「トレーナーさん、ターボは…何で急に倒れたの?」
「…ターボさんはネイチャさんに話していなかったようですね。…ターボさんの身体は非常に貧血に陥りやすいんです。このように倒れることもそう珍しいことでもなく…ですが、ネイチャさんの前では初めてだったようですね」
「ターボにそんなことが…ていうか何でトレーナーさんがここにいるの?」
「今回は偶然です、私も今日は夕食は外食にしようと思っていたので」
…そして南坂は険しい視線を倒れているターボに向けられていた。
「…このままでは長くは保ちませんよ、ターボさん」
-----
『ど、どう言うことなんですか、先生、ターボちゃんが長く生きられないって!』
『…ここではツインターボさんに聞こえてしまうのでお母様。どうぞこちらに』
『……ん?』
無垢ではいられなくなった。幼くはいられなくなった。無知なままではいられなくなった。
何も知らないあの頃のままでは彼女は許されない立場になってしまった。
「…あっ」
彼女の視界に映ったのは白い天井。それだけでツインターボは自身に何があったかを察した。
「…またやっちゃったか」
はぁと溜め息をついた。彼女の頭痛の種がまた増えた瞬間であった。
上半身を起こし、周囲を見渡す。ズキズキと頭は痛むがこの偏頭痛とも長い付き合いだ。今更どうこう思うことはない。周囲に他に患者の姿はない。
ターボは己の手をグーパーと開くように動かす、そして足が動くかを確かめる。しっかりとまだ動く事に安堵する。
「まだ、まだ私は…ターボは走れる」
それは心からの安堵。そして焦燥から来る言葉。まるで誰かに、自分に言い聞かせるようにターボは口に出して呟いた。
ナースコールを押し、看護師を待つ。病室には花が挿されており、誰かが見舞いに来ていたらしい。ナイスネイチャか、トレーナーか。どちらでも良いか、とターボは自己完結する。時計を見る、時刻は11時を指している。
「明日は検査。明後日には退院か…トレーニング増やさなくちゃな…」
出来なかった遅れを取り戻すにはトレーニングを更に積むしかない。ノックが聞こえる病室の中でツインターボは明日からの未来を生きていけるのか、そんな想いを馳せるのだった。
----
「ターボ、それなに?」
「座右の銘、かな」
それは書道の授業の時。ツインターボとナイスネイチャは席が近いため話すことも多い。
「うわ、達筆…ターボ、そんな特技あったんだ…」
「字は書くのは得意。でもそれだけ」
「『一日一全』…ありゃ、これ一日一善のこと?誤字?」
「誤字じゃないよ。というかそんなこと間違えないけど。……造語だけど。『1日1日に全てを出しきる』。私は悔いなく生きたいんだ」
「おー、そりゃ良いね。確かにそれが出来れば、素敵なもんだね」
「…出来ればいいね。私にどれだけ出来るか、解らないけど」
---ターボが生きていたという事を刻んでやる、この歴史に。
少女は走る、残り少ない命と共に。
ツインターボ…無垢ではいられなくなった少女。なお容姿はギザ歯、ぐるぐる目は据え置き。成績優秀だが身体が非常に弱い。
ナイスネイチャ…スナック生まれの親しみやすい少女。いいこ。ほんぺんではターボの姉のようだったが今回は対等な立場での親友。
南坂トレーナー…神出鬼没。