「ねえサウスお姉ちゃん。」
「何さ、イズミ。」
「わたしね、ツインターボさんの有マ記念見に行くの。」
「そうかい、大負けする所を見に行きたいのか。良い趣味だな。」
「そんなんじゃないよ!ツインターボさんは勝つよ!だから―――お姉ちゃんも一緒に行こ?」
「…はぁ!?」
―――
「ねえ、ターボ。アタシたち、最初は二人だったよね。」
「トレーナー入れて三人だったけど。まあ、ウマ娘と言えば私たちだけだったね。」
「それでさ、最初の頃に約束したじゃん。ここぞという大舞台でアタシたちが当たったらお互い手加減なしで相手を撃ち落とすって。」
「…うん、したね。」
「それで、アタシたち、明日ここぞという大舞台で当たるわけだけど。」
「悪いね、ネイチャ。私が勝つことになって。」
「…勝手に決めないでよね。アタシは今度こそテッペンを獲る。―――喩え、ターボが相手でも。」
「…なら、私も譲る気はないよ。ネイチャが相手でもね。」
「じゃあ、勝負だ。」
「そうだね、勝負だ。」
少女たちは拳を交わした。お互いを撃ち落とすと。
―――
『今年もやって参りました。年を締め括る有マ記念。その栄光を手にするために13名のウマ娘がターフに続々と姿を現しています。』
有マ記念。それはウマ娘たちにとっての祭典。年の瀬に行われる自分達の力を示す最高峰の舞台。練り上げられた至高のウマ娘たちが己の力を示すためにぶつかり合う。
「うぅ…皆、強そう…それにやる気が十分だ。」
「…流石は有マ、熱気が凄いですね。」
南坂とマチカネタンホイザとイクノディクタスは客席の最前列を取っていた。
「ターボ、大丈夫かな…。」
「…右腕は動くとはいえ十全とは言えない現状です。やはり逃げが最盛期ほど戻ったとは言えない。しかし…」
「しかし、彼女はそれでも逃げるでしょう。ターボさんはそういうウマ娘です。」
「それにネイチャも本当にやる気が十分って感じだったよね…」
チームカノープスから出ている二人、ネイチャとターボにタンホイザは気持ちを注いでいた。
『ターフに姿を現したのは5番!ツインターボ、一年振りにターフに逃亡者が現れました!』
『怪我による復帰は絶望的と思われていましたが好走を期待したいです。』
『やる気十分、過去にないほどの仕上がりを見せていますのは6番、ナイスネイチャ。』
『四年目の有馬でナイスネイチャはブロンズコレクターの異名を返上するのでしょうか。』
『こちらも同じく仕上がりは十全。10番、ライスシャワー。』
『ステイヤーとしての走りに期待したいですね。』
『そしてこのウマ娘は外せません!1番人気、11番―――ナリタブライアン!!』
『最早貫禄すら感じさせます。』
「………。」
三冠ウマ娘、ナリタブライアン。シャドーロールの怪物。その威圧感は肌でも感じるほどだった。
―――つまらん。どれもこれも私を満たす相手には足り得ない。
その内面は驚くほど乾ききっているがそれは彼女のみ知ることだ。
「…ターボさん。」
「…やあ、ライスさん。今年も有マにいるのはやっぱり凄いね。」
「ライスね、待ってたんだ。天皇賞ではあんなことになってたけど。―――こうやってターボさんと戦えること。」
「…そう。期待させてごめんね。でもお待たせ。」
「…うん、おかえりなさい。―――勝負しよう。」
「―――そうだね、勝負だ。」
ライスシャワーとツインターボは短くだけ言葉を交わした。そしてツインターボは客席のマチカネタンホイザと視線が交差した。
「……。」
マチカネタンホイザはこくりと頷き、そしてツインターボも答えるように頷いた。それ以上の言葉は要らないと言わんばかりに。そしてツインターボはナイスネイチャに対して目を向けず己のゲート、4番へと入っていった。7番ゲートからは激しいプレッシャーが突き刺す。
「うぅ、本当に皆強そう―――。」
「当たり前だろ。何せ最高峰のウマ娘が集まるG1――更にその中でも飛びっきりのが集まるのがこの有マだ。生半可なもんじゃ無理に決まってんだよ。」
「…それでも私はツインターボさんを信じるよ。」
「大負けしても、泣くんじゃねえぞ。イズミ。」
鳴り響くファンファーレ。これこそが全ての終わりを告げる音だと錯覚する程遠い音。ツインターボは緊張も無く、そのファンファーレを聞いていた。
―――アタシが
―――ライスが
―――問題ない。全てねじ伏せる。
―――ブライアン、アンタとのタイマンはこのヒシアマ姐さんが貰う。
それぞれの思念が交差する。ターボは右手を握り締めた。まだ完全に振りきれない腕。だがそれで良い。
「…動くだけ、儲けものだ。」
そしてツインターボは構えた。
『各ウマ娘、一斉に今、スタートしました!』
―――最初から総てを!出す!!
最初から全力全開。結局それしかツインターボにはない。
『ナリタブライアン、好スタートを見せました!先行争いが始まります――――やはり内から抜け出してきたのはツインターボ!どんどんと飛ばしていきます!一年ぶりのターフでもターボエンジン全開です!!』
青く小さなウマ娘はバ群から一人で抜け出す。そしてその身を風にするかのように速度を上げる。誰にも追いつかせないようにただ只管に飛ばす。
「…ターボ、すごくハイペース…。」
「オールカマーの時と同じ…いえ。それ以上に飛ばしていますね。…しかし今のターボさんの体力では尽きるのは明白では…。」
「…アイツ、後先考えず飛ばしやがってんな…」
「が、頑張って、ターボさん!!」
『さぁ先頭を取っているのはツインターボ。そのリードは7バ身。ナリタブライアンが先頭集団の前に位置づきました。ライスシャワー、ナリタブライアンの背後につく。ヒシアマゾンもその裏から来る。ナイスネイチャ、内側から先行集団に加わる!!』
――――足りない。まだだまだ足りない。もっとスピードを!!
『ツインターボ、更に飛ばすぞ!ツインターボ!その差は10バ身!』
心臓への負荷など心配は無用。腕が十全に動かないことも心配無用。必要なのはこの足がどれだけ早く動くかだ。速く、疾く――――
まだレースは第二コーナーを迎えたばかりだ。大逃げをぶちかますツインターボの姿に、一年ぶりのその姿に、観衆は大いに沸く。
――――このレースにおいて私は道化。そもそもURAが私を承認した理由など都合のいい客寄せでしかないからだ。…ああ、まったくふざけやがって。
漆黒のステイヤーでもない、怪物でもない、女傑でもない…!私を見ろ!!
『第三コーナーを迎え、依然リードはツインターボ。しかし後続との距離が少しずつ詰まっているぞ!』
…心臓の痛みなどとうに限界を迎えている。鼓動数が早すぎる。自分でももう心臓が動いているかは分からない。だが足は動く。それならばそれで良い。もはや生きているか死んでいるかなんてどうでもいいんだ。
――――やはり誰も私の敵に成りえないか。
一方、怪物ナリタブライアンは退屈していた。…どれも自分に対して張り合いのないウマ娘ばかりで拍子抜けしていたと言ってもいい。だからこそナリタブライアンは動いた。
――――もう喰らってしまうか。
『ああっと!ナリタブライアン!ここで動き出した!!スパートをかける!前方のツインターボとの距離がどんどんと縮む!!ライスシャワー!追いすがる!!』
…黒い怪物は動き出した、今まで溜めていた足であっという間にその先を行く青い飛ばし屋を食らってしまった。
『ツインターボの先頭はここで終わり!!後続も食らいすがる!!』
―――青い少女は直ぐにバ群に呑まれた。…呑まれた瞬間に赤いウマ娘とすれ違う。
「…ネイチャ。」
―――アタシは自分が勝てないと思ってた。アタシは自分が彼らとは違うと思っていた。主人公には絶対に成れないと思っていた。…そう、それは思い込みだった。100の努力で70の天才を打ち砕くやつがいるのをアタシは知った。それを知ってアタシは――――出来ないことはないと悟った。想いは実力を超えることを―――知った。だから――
「アタシが―――アタシが勝つ!!」
――瞬間、その場にいたウマ娘は幻視した。その赤い少女から燃え上がる、赤いオーラを。深紅に染まる少女の周囲を。
『……おおっと!?ここで来たのはナイスネイチャ!?ライスシャワー、ヒシアマゾンを抜き去り!!ナリタブライアンに追いつく!!なんと…ここでナイスネイチャが来た!!』
「…ネイチャ!!」
「…あれは…一体…。」
「…なるほど、あれが。」
「知っているのですか、トレーナー。」
「私も人伝で聞いたことがあるだけの現象でした。
「すごいよ!!ネイチャ!!」
「ああっ!ターボさんっ!!」
イズミストロングの悲痛な声が漏れる。一方サウスベイは苛立ちを浮かべた表情をしていた。
「おいイズミ。」
「な、なに!?」
「少し耳塞いどけ。」
サウスベイは最前列で大きく息を吸い込むのだった。
――ああ、もうだめだ。一度抜かれた以上、今のターボに巻き返す力はない…それに何よりももう心臓が動くのを止めそうだ。鼓動が自分でもわかるくらい減っている。このままじゃ意識をもたない。
ツインターボはバ群に呑まれながらも懸命に走っていた。だがその視界は薄れ、もう倒れそうな状況だった。そしてこのまま倒れればその命はないだろうという確信もあった。
――ここまでか――。
万事休すか、ツインターボはそう思った時、薄れる意識の片隅に、その言葉は届いた。
「走る意味すら忘れてんじゃねぇ!!ツインターボッ!!」
…その懐かしい声が聞こえた瞬間…ツインターボは意識を失う直前、全ての力を今まで十全に動かなかった右腕に込めて。
そして
思い切り右の拳で自分の心臓を目掛けて殴ったのだった。
――――
「お姉ちゃんおっそいー!!」
「アンタが…すばしっこい…だけでしょ…。」
それは遠い過去に思える日々。まだ彼女と仲が良かった時。
「ったく…ターボ、アンタは無駄に早いね。」
「むだってなにさ!ターボははやくてとうぜんだもん!だってターボだから!!」
「いや理由になってないから…ったく、追いつくこっちの身にもなりなさいっての。」
「お姉ちゃんが追いついてくればいいんだもん!」
「それが出来てたら苦労しないっての…。」
ったくと姉はため息をつく。
「ね、ターボ。アンタさ、走るのは楽しい?」
「…そんなの当たり前じゃん!走るのは楽しいよ!」
「…そうだね、走るのは楽しいんだ。…忘れないでね、アンタは。」
…そして少女は現実に戻る。
――――
今まで色彩を欠いていた視界が急に絵の具で塗りたくられたように復帰する。心臓に強い衝撃が走った。胸がものすごく痛い。多分骨にひびも入っただろう。
だが、もうそんなものどうでもいい。
(そうだ―――ずっと忘れていた。いつからか、どうやって勝つかだけを考えていた。ウマ娘としてでもなく、競技者としてでもなく、本当に根底にあったのは)
バ群に呑まれた彼女が俄かに輝きを放つ。その口元には今まで絶対に見せなかった笑みが浮かんでいた。
「そうだ――走るのは――――楽しい!!」
瞬間、彼女の周りを走っていたウマ娘は彼女から目を逸らせなくなった。…その小さな身体に青い焔が宿ったからだ。
『ナイスネイチャ!!ナリタブライアンに必死に食らいつく!さぁ第三コーナーは終わり第四コーナーに―――え!?』
実況すらその時には困惑の声を漏らした。―――バ群から追い上げてくるものがいるからだ。
『ツインターボ…ツインターボが追い上げてきた!?』
「やっと思い出したか、バーカ。」
「サウスお姉ちゃん…凄い声だったね…どういうこと?」
「内緒だよ。教えてやるもんか。」
青き焔は、深蒼はその小柄な体躯を駆使し前へ出る。どんどんと抜き去る。もはや他など眼中にないように。
―――やっぱり来た!!
黒いステイヤーはその身に再び鬼が宿る。…その蒼い逃亡者と競い合うために…しかし
「速い…!!」
青の逃亡者は黒いステイヤーをあっという間に抜かしてしまった。そしてそのまま最前列へと合流する。
――ライスシャワーもヒシアマゾンも――ナリタブライアンですらもう敵じゃない!
―――ターボの本当の敵は…ターボ自身だ!!
『ナイスネイチャ!!ナリタブライアンを抜いた!その奥からツインターボが追い上げる!!ツインターボも今、ナリタブライアンを抜いた!!誰がこうなると予想できたでしょうか!!』
青い風は赤い風と並び立つ。視線を交わしている余裕はない。見据えるのはこのコーナーの先だけだ。
『ナイスネイチャとツインターボ!!大番狂わせが今、起きています!!ナリタブライアン!!二人に食らいつけません!!』
「いっけえ!!」
「ど、どっちが!?」
「どっちも!!」
イクノは叫ぶ。普段の冷静さはかなぐり捨てる。タンホイザも困惑しつつ叫ぶ。
「そうだね―――ネイチャ!!ターボ!!行けェッ!!」
(ナイスネイチャ――ごめん、一番あなたを甘く見ていたのは他ならない私だった。この学園で一番最初に出来た私の友達。…どこまでもあなたの走りに詳しかったからこそ一番あなたを甘く見ていた。けれど私は幸運だ。)
こんなにも最高のライバルが隣にいたのに全然気が付かなかった!!
最後の直線に入る。ツインターボとナイスネイチャは並び立ち、そして競い合う。ツインターボのその顔にはもはや狂気的とも映る笑顔があった。
――ああ、本当に
「楽しい!!」
いつまでも続けていたい!!この場で終わらせるのが惜しい、惜しくてたまらない!!
――アンタの走りは誰よりも一番知ってる。
――ネイチャの走りはターボが誰よりも見てきた。
――だから!
――だからこそ!!
「負けない!!」 「負けたくない!!」
『さぁ残り200!!ナリタブライアン食らいつく、しかし差が縮まらない!!ナイスネイチャ!ツインターボ!一歩もリードを譲らない!逃亡者か!名脇役か!!どちらが前へ出る!!』
「勝つのは――」
「勝つのは!!」
「アタシだァァァァァァァァァァッ!!」
「ターボッだァァァァァァァ!!!」
『ゴール!!ツインターボ!ナイスネイチャ!ゴールインしました!!写真判定に移ります!!』
中山が静寂に包まれた。誰しもがその瞬間を望んでいた。…テッペンが決まるその瞬間を。
『一着 ツインターボ 確定』
その文字が出た瞬間…中山は盛大に湧いた。爆発的な歓声が場を包んだ。
『僅かに勝り!一着を取ったのはツインターボ!!一年ぶりに姿を現したツインターボ!!初のGⅠ優勝で奇跡の復活だ!!』
わぁぁぁぁぁと大歓声に包まれる中山レース場。そんな場から立ち去ろうとしている一人の少女がいた。
「サウスお姉ちゃん?ウィニングライブ見なくていいの!?」
「…ああ、いらねえよ、そんなもん。」
「待ってよ――!!」
二人のウマ娘が立ち去ったことを気に留める人はいなかった。
「…ターボ。」
「…ネイチャ。」
赤と青のウマ娘は向かい合った。
「ナイスラン。」
「そっちこそ。」
二人のウマ娘はそれぞれ手を高く掲げると―――その手のひらをお互いパシーンと大きな音を立ててタッチをした。
「…行こうか、勝者の責務へ。」
「…そうだね、アタシたちの晴れ舞台へ。」
―――
「すごかったねターボさん!!」
「ま、ちょっとは認めてやってもいいかもね。」
「いやいやもう見直すなんてレベルじゃない!!」
「ったく…浮かれすぎだよ。イズミ、そこは飛び出し注意なんだ気をつけなよ。」
「はーい。」
その日のウィニングライブは伝説となった。なんとあのツインターボがナリタブライアンを下し、ナイスネイチャもツインターボと激戦を繰り広げた。堂々の一番人気だったナリタブライアンを三着に落としての驚きの一着二着だった。
――その日のうまぴょい伝説は間違いなく伝説だった。
『今日は優勝ができて嬉しかった。…私なんかに期待してなかった人も、期待してくれていた人も。応援してくれてありがとう。…最後に、私のライバルへ言葉を贈りたいと思います。』
ウィニングライブ後のコメントでツインターボはナイスネイチャに微笑んだ。
『ありがとう―――ネイチャ。…そしてごめん―――これで最期で。』
ブチブチブチ。そんな音をマイクが拾った。…そしてそれが最後だった。
「…ったくよ、だから気をつけろって言ったろ。」
「ああ、そうだイズミ。アタシの願いを聞いてくれよ。」
次回 最終回
# LAST Survivor