「生存者」ツインターボ   作:しが

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#1 Girl's Incident

走る、駆ける、進む。

 

夜半の坂路を青い風が駆けていく。風を切り裂きながら閃光は物凄いスピードで誰も通らない道を進む。

 

走ってるのは言わずもがな、ツインターボであった。坂路は中々に傾斜が急で、普通の人間ならば走るのはおろか、歩くことさえ辛い道であった。その坂路をツインターボは駆ける。息を切らしながら更に加速し、遂には坂路の上り坂を走り終え、いざ下り坂となった時に青い風はその加速を停止した。幾らかの慣性を残して停止したツインターボは坂路の頂上で脇道の山道に入り、そして木の根に吐き出した。

 

 

「ガハッ!ゲホッ!ゴホッ!!」

 

びちゃびちゃ。そんな生々しい音を立て、吐き出したものは胃液。そして何よりも赤い液体。血液だった。ツインターボは激しく咳き込み、苦悶の顔を浮かべながら、心臓を押さえていた。やがて、少しの沈黙。ツインターボは己の用意していたハンカチで血と胃液の混じった液体を拭くと、寄りかかっていた木に向かって

 

 

「………クソッ!!」

 

拳を打ち付けた。脆い木の幹はそれだけで破壊されてしまう。装甲の剥げた木は揺れるが所詮、それだけだ。ツインターボは木の下に座り込み、息を激しく切らしながら呼吸を整え始めた。

 

 

 

「…どうして」

 

 

それは悲嘆から来る言葉か、それとも虚無から来る言葉か。誰に告げるでもなくツインターボは嘆いた。

 

 

「どうして、私の身体はこんなにも弱いんだろう…」

 

己の小さい拳を見て、血のにじんだ拳を見て、ツインターボは弱く呟いた。

 

 

 

ウマ娘の身体能力。それは遥かに人間を超越したものだった。本気を出せば時速70kmを超えて走ることが出来、コンクリート程度ならば容易く砕くことが出来る膂力を持つ。

 

ツインターボもその例に漏れず、身長146センチと小柄ながらも、本気を出せばかなりの速い速度で駆ける事が出来る。先程のように山道を全力ダッシュというのもウマ娘だからこそ出来た芸当だ。

 

 

それにツインターボの最大加速時の速度は他より抜きん出ていると言っても過言ではない。十全ならばサイレンススズカにも食らいつける程だ。だが、彼女には一つだけ決定的に欠けている物があった。

 

 

 

「…スタミナ、か。」

 

 

それはスタミナ、持久力だった。どれだけ速く駆けても維持する体力が彼女には圧倒的に足りていなかった。そのスタミナを身に付けるためツインターボは熱心に坂路のトレーニングに勤しんでいたが貧血が起こりやすい体質が災いし、このように喀血することなど日常茶飯事だった。

 

 

あくまで普通のウマ娘ならばスタミナが足りないだけならばヘロヘロになるだけで済む。だが、それだけで済まないのがツインターボというウマ娘だった。

 

ツインターボの脳裏に8歳の時に医師から告げられた言葉が反芻する。

 

 

『ツインターボさんの心臓は本格化に追い付けません。』

 

 

ウマ娘には「本格化」と呼ばれる現象がある。ある時期になると急に体躯が伸び、飛躍的に身体能力が向上する。それがおおよそ11から12歳の間に起こり、ウマ娘は競技用の身体能力を完全に手に入れる。それが本格化と呼ばれる現象だった。

 

 

本格化前のウマ娘は勿論、同年代の子供たちに比べれば当然、高い身体能力だが、それはあくまで子供にしたらと付く。ウマ娘の幼少期は言うならば殆ど人間と大差はない。だが、本格化すると身体能力が追い付くために臓器も強靭な物となる。時速70キロを超える速度で走るため当然、心臓の処理速度もそれに耐えれるものではないといけないからだ。勿論、肺も飛躍的に向上し、全体的に強靭な身体に作り変わる。

 

 

しかしツインターボというウマ娘はそうはいかなかった。

 

彼女の状態を表すならば、ウマ娘という規格外のハードに対し、人間の心臓という型落ちのソフトウェアで無理矢理動かしていることになる。当然そんな無茶な運用をすればハードに追い付けず、ソフトウェアに反動(バックファイア)が来る。それが、貧血という症状で現れている。ヒトの心臓ではウマ娘が求め得る血液を回しきれず、結果的に血が足りなくなる。

 

更に彼女にとって悲劇的とも言えるのは彼女はまだ本格化の途中ということだ。型落ちのソフトウェアを常時持っている身体では本格化というアップデートの速度も遅い。だからこそ、まだ貧血で済んでいる。しかし、本格化というアップデートが100%完成してしまった暁にはどうなるか。

 

 

「………死。」

 

人の心臓というソフトウェアにはウマ娘の本格化という最新機能を使いこなすだけの能力はなく、やがてバックファイアで自壊する。

 

更に悲劇的と言うべきなのは、身体が無理矢理規格に合わせて来るということだ。もしもツインターボが走ることを止めたとしても型落ちのソフトウェアに対して規格外のハードウェアは適用を求めてくる。勿論、動かせる筈もなく、死ぬ。

 

 

「…猶予が…」

 

 

20歳。彼女の身体はそれで完全に本格化する。そして心臓は耐えきれず、彼女の身体を破壊するだろう。

 

 

「本当っ…世の中って不平等だよね…」

 

 

ウマ娘という規格に耐えれる心臓を持って生まれなかったことはただの偶然の産物に過ぎない。だからこそこの悲劇が起きているのだろう。

 

 

ターボは立ち上がる。坂路に戻り、構えて、そしてまた坂を駆け出した。文字通り、命を燃やすという行為を伴いながら。

 

----

 

 

最初の兆候は10歳の頃辺りだっただろうか。本格化の兆候が見え始め、ウキウキしていた体育での授業。全力疾走して、気持ち良さに浸っていた時。彼女は貧血で倒れた。

 

そしてそれから貧血という悪夢は月に一回、週に一回と数を増やしていった。10歳の時に、ツインターボは母親から残酷な真実を知らされた。

 

元来、ツインターボとは快活で、元気が溢れ、そしてお馬鹿な少女だった。勉強は苦手で走るのは得意で好きという身体を動かしているのが好きな子だった。いつも笑顔に溢れていた無垢な少女はその日から笑顔を失ってしまった。

 

 

無垢でいられなくなった少女は、その後、中央トレセン学園の門戸を叩き、筆記、実技共に次席という優秀な成績を修め、入学した。首席は本当の天才と称される彼女であったが。

 

滅多に笑わない学年次席を他の娘たちは最初は面白がって見ていたが頻繁に授業に出ていない姿を見て、やがて興味を失くした。サボっていたと思われていたようだが実際は貧血でぶっ倒れて保健室送りになっていたのが真実だが。

 

 

ツインターボは才覚をメイクデビュー…つまりデビュー戦においても発揮した。全員が新人だったというハンデこそ付いていたが、ツインターボは大逃げで他を離し、独走状態で一着に入った。そしてその後、血を吐いて倒れた。

 

 

ツインターボはチームに入ってこそいたが、正直厄介者扱いだった。頻繁に倒れるウマ娘をトレーナーは抱えている余裕はないと突き放されてしまい、次の所属チームを探している折に、シンボリルドルフ生徒会長からチームカノープスと、南坂トレーナーを紹介され、これ幸いと彼女はカノープス入りを果たしたのだった。今まで隣に居ながらも接点の無かったナイスネイチャと奇妙な友人関係を築きつつも、ツインターボは身体作りに励んでいた。

 

 

彼女の命が残り少ないと聞き及んでいるものはそう多くない。

 

カノープスのトレーナーの南坂、生徒会長のシンボリルドルフ、理事長の秋川やよいとその秘書、駿川たづな。そして彼女自身と両親。それ以外の人物には徹底的に秘匿され、そして漏らされていない。それは一重に彼女の意思を尊重してこそだった。

 

 

ツインターボはどう足掻いても死ぬ、それまでに彼女が存在したという歴史をこの世界に刻む。それこそが、今の彼女にとっての全てだった。

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…!」

 

下り坂は上りに比べ加速が激しくなる。だが押さえて走ることが出来るならば上りより格段にスタミナを温存できる。彼女は今、それを実践していた。そして急勾配の下りも中腹。そこに差し掛かった時、急にヒトが現れた。視界は確保が難しく人がいるかも定かではなかった。故に急に現れたヒトに対処は難しく。

 

(ぶつかる…!)

 

そう直感的に察した彼女は急ブレーキをかけた。目の前の人物との距離はどんどん縮まる。

 

 

(間に合わ……)

 

間に合わない、そう確信した瞬間に彼女は数秒先の惨事を想像してそれを回避するために横に跳ぼうとした…が。

 

 

そして、ドンとぶつかり、ツインターボは尻餅をついた。

 

 

「いたたっ……」

 

そして恐る恐る目を開けると、ぶつかった件の人物は随分と向こうに…倒れて

 

「ご無事ですか?」

 

いなかった。仁王立ちしてた。そしてこちらを気遣うように手を差し伸ばしていた。

 

 

「えぇ……」

 

 

ツインターボもこればかりには困惑の声を漏らさずにはいられなかった。なんでさと。

 

 

「おや、貴方は。」

 

改めてその人物を見る。その人物はウマ娘だった。メガネをかけた長身の少女はぶつかったことなど何の揺れではないとメガネを直し。

 

 

「初めまして、ツインターボさん。私は…イクノディクタスと言います。」

 

そしてクールにキメ顔でそう言った。

 

 

----

 

 

夜の公園といったら、街灯と月明かりしか光が無く、実に心が不安にされる場である。そんな不安な場に二人のウマ娘がいた。

 

「どうぞ。」

 

「ど、どうも。」

 

語るまでもなくイクノディクタスとツインターボだ。イクノディクタスはターボにスポーツドリンクのペットボトルを渡していた。ターボは遠慮がちにそれを飲みながら同校のウマ娘を伺った。

 

 

「先程は申し訳ございません。私の不注意でぶつかってしまって。」

 

イクノは頭を下げ、ターボはいやいやと恐縮するように

 

「えっ、いや、そんな、私の方こそ全然止まれなくてどっちかというと私が全面的に悪いというか…」

 

イクノはふむ、と思考し。

 

「ではここは両成敗という形にしましょう。ツインターボさん、申し訳ありませんでした。」

 

「いえ、こちらこそ…すいません…。」

 

とにもかくにもこの問題は解決。だがツインターボの疑問は解消されてなかった。

 

 

「ええと…イクノディクタスさんは何でターb…私のことを知ってたの?私の間違いじゃなければ初対面だったような」

 

「はい。その認識で間違いありません。私が一方的に知っていただけですから。」

 

イクノは肯定する。ターボの疑問に。だがそれが更に加速させる。

 

「…どうして?」

 

「…貴方はあまり、自分の貴重さを理解していないようですね、ツインターボさん。その学年の次席ならば注目を集めて当然ですよ。」

 

「…そっか。」

 

言われてみればそれもそうだという話だった。

 

「…って、同学年?」

 

失礼を承知な印象だがターボはイクノから大人びた雰囲気を感じており、 上級生のように見えたが。

 

 

「はい、同学年です。ワケアリで一年ほど停学していため、本当の年齢はあなた方より一つ高いですが。」

 

間違いではなかったとターボは己の直感が正しかったことに安堵した。

 

 

「そっか。それは大変だった…でしたね。」

 

「同級生ですから砕けた話し方でも私は気にしませんよ。」

 

「そう?なら正直、助かるよ。」

 

 

そう言いつつもイクノは敬語だが、これが素であるようである。

 

「一年停学って…それはチームとか大丈夫なの?」

 

「大丈夫ではないですね。所属していたチームもすでに抜けています。自分の身の丈に合うチームを探していましたが如何せん、時期も微妙なため、中々チームに入れてません。」

 

そう語るイクノは冷静でありつつ、気落ちしているようだった。そんな彼女の様子に、ターボは脳裏にキャプテンの言葉を思い出した。

 

「……ねえ、イクノディクタス。もし、良かったら---」

 

 

少女は出会う、己を磨く、切磋琢磨する仲間を。

 




ツインターボ…文字通り、命を燃やして走る子。

イクノディクタス…鉄の女。頑丈

Q.ターボは勉強が得意になったの?

A.苦手のまま。努力だけで補っている。
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