チーム・カノープスは吹けば飛ぶ弱小チームである。そもそもメンバーがキャプテンとプラス一人しかいないため、吹き飛びやすいというのもあるが。
学園最強のチーム・リギルは徹底した管理方針でウマ娘の持つパラメータを効率良く引き出し、東条ハナの徹底したデータ管理のお陰で数多くの優秀なウマ娘を排出している。しかし締め付けが強いせいか、不満を持つものも少なくはない。
一方で対照的なのはチーム・スピカだった。担当トレーナーの方針は殆どウマ娘たちに投げやり。いざここ一番というところではトレーナー自身が重い腰を上げて、直接指導するが普段はウマ娘たちにやらせたいことをやらせている。自分のペースでやりたいウマ娘たちには相性がいいが、指示待ちだと相性が悪い。かつてはその点が危機を招いたこともあった。しかし、癖が強いウマ娘が集まりつつも中々強豪なウマ娘が所属している。
では、その吹けば飛ぶチーム、カノープスの方針は?と言えば、リギルとスピカの中間とも呼べる体制だった。ウマ娘のやりたい方針に可能な限り配慮し、寄り添いつつも管理すべき所はしっかりと押さえている。だからやりたいことをやりつつも手綱を握ることが出来ている。カノープスのトレーナー、南坂は一見頼りない優男のように見えるがこれが実際、かなりのキレ者で無茶なローテでも難なく組んで見せる。そんな南坂の元に一人のウマ娘が訪れていた。
「我ながら無茶な組み合わせということは理解しています。しかし、一年の遅れを取り戻すためには私はこの量をこなさなければなりません。」
きっぱりと言い切るメガネのウマ娘、イクノディクタス。そんな対面に居るのはカノープスのトレーナー、南坂である。彼は手に分厚い紙束を持っていた。それに目を通しながら。
「イクノディクタスさん。」
「はい。」
「確かにチームカノープスはメンバーを随時募集しています。では、何故ここに入ろうと思ったかの決め手をお教えください。」
「そうですね…直接の原因は彼女…ターボさんに誘われたことです。後は、南坂トレーナーならば私の要望にも答えてくれると言ったことでしょうか。」
南坂は紙束を下ろすと、優しい瞳で見つめた。
「合格です。歓迎しますよ、イクノディクタスさん。」
「それでは、あのトレーニングを了承して頂けるということでしょうか。」
「はい、約束します。私の方から多少なりとも手を加えさせていただきますが、概ねはイクノディクタスさんの要望通りに。」
「…あの、私から言い出したことですが、本当に可能なのですか。あの無茶な量を。」
「ええ、可能です。それに無茶と言いつつもイクノディクタスさんの出した案は理に叶っています。これならば私から修正する箇所もそう多くはありませんよ。それに…」
南坂の視線は部室でトレーニングをしているメンバーに向けられている。
「289…290…291……」
「ほらほら、あと10回、頑張れ頑張れ!」
そこには片手腕立て伏せするツインターボとそれを鼓舞するナイスネイチャの姿があった。ツインターボの顔は今にも死にそうなものだったが決して手は止めない。その様子を見つつ、南坂は優しげな声音で
「それに、無茶なトレーニングをするウマ娘に慣れていますから。」
それが誰かだなんて語るまでもないだろう。
「これからよろしくお願いします、イクノディクタスさん。」
「…!はい、こちらこそ。よろしくお願いします、トレーナー。」
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「ということで、チーム・カノープスに新しい仲間が加わることになりました。イクノディクタスさん、自己紹介をどうぞ。」
「イクノディクタスです。一年、停学をしていたためお二人と同学年です。これから、共に切磋琢磨出来ることを願っています。よろしくお願いします。」
一礼、イクノディクタスはお辞儀をし、ターボとネイチャは拍手を送った。
「よろしく、イクノディクタス。」
「よろしく~。」
「ツインターボさん、その節はどうも。お世話になりました。」
「ああ、全然気にしなくていいよ。…元々こっちも人手が欲しかったていう気持ちもあるから。」
「そうそう。しかしターボったら良くやった。これでうちも少しはまともなチームになりますかねぇ…。」
ネイチャはキャプテンである。故にチームの存続にはそれなりに危機感を覚えている。
「いっそ、今までの貼り紙、全部剥がして新しいのでも作ってみるとか?」
「悪くない案ではあるけどそれを誰がやるのさっていう話なんだよねぇ。」
「確か、これがカノープスの募集ポスターでしたね。これを作ったのはトレーナーでしたか?」
「そうですね。アピールするポイントを書き出していますがやはりあまり私には適正が無いようです。ターボさんやネイチャさんが去年、G1に出てくれたお陰で多少名は知れていますがやはり一着を取れないと宣伝効果もあまり高くないようです。」
「うっ。それは…」
「ゴ、ゴメンナサイ…」
ふと、ナイスネイチャは何かを思い付いたのか、ツインターボを見ながら言った。
「ターボ、ちょっといい?」
「…いいけど、私に何をやらせるつもり?」
「いやいや、そんな、難しいことじゃなくてちょっとね。達筆なターボさんを見込んで。」
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メンバー求む!チームカノープス!輝け 個性
「おぉ~」
「これは…」
「そんなに見られてると流石に居心地が悪いんだけど…」
半刻後、習字道具を持ち出したツインターボはカノープスの部室にて、軽く習字をしていた。勿論、理由はカノープスのメンバー募集用のポスターを作るためである。
「凄いじゃん、これだけならシンプルだけどあのデータの箇条書きよりよっぽど見栄えいいじゃん!」
「意外…と言ったら失礼ですが、ツインターボさんは優秀な特技をお持ちなのですね。」
「無駄におだてられても困るよ。気恥ずかしいし。」
その見事な達筆を披露したツインターボだったが、南坂の方を見て。
「良いの?トレーナー。これを募集用のポスターなんかに使って。」
「はい、私も賛成です。こちらの方が人目を引きやすいのも事実ですから。申請は私がしておきますね。」
「ふむ、それでは…私はこれの印刷をしてきましょう。」
「そうなるとアタシとターボは…」
「今まで貼ってあったポスターの回収じゃない?」
「それだ!」
思い立ったが吉日、チームカノープス、新メンバーを迎えてから新たな仕事は更に勧誘を増やすことだった。
「ではツインターボさん、この紙はお借りします。」
「ああ、全然どうぞ使っちゃって。大したものでもないから…それと。」
イクノディクタスが部室を出る瞬間に、ターボは声をかけた。
「私のこと、ターボでいいよ。長いでしょ。」
「…!」
イクノディクタスは一瞬驚くと、そしてフッと笑った。
「では、私もイクノで良いですよ。長いですからね。」
「え、それならアタシもネイチャがいいんだけど。」
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その時、大きな風が舞い上がった。木々を大きく揺らす風で、不幸なことに一人のウマ娘がその大きな風の被害を受けることになった。
「キャア!……凄い風だったなぁ……ってあれ!?帽子は!?飛んでった!?」
彼女が被っていた帽子がその強風に煽られて、飛んでいってしまったのだ。キッチリと耳を通してあるウマ娘用の帽子である。本当にそうか?
「ちょ、ちょっと待って!!」
少女はウマ娘特有の脚力を使って、風に飛ばされた帽子を追う。見失うことはないが如何せん、高い場所に飛びすぎている。やがて風が勢いを失ってそれに乗っていた帽子も落下していく。
一方、同時刻。
「流石にこれちょっと刷りすぎじゃない?」
「イクノが気合い入れてやりすぎたんだね。まあ、いざという時に足りないってことがないって考えれば良いんじゃない?」
大量のポスターを抱えた少女二人が視界を塞がれながら歩いていた。相当な重量だがウマ娘の膂力ならば楽勝である。それまでは良いのだが…
「あ、危なーい!!」
前から声が聞こえる。そこにいたのは少女。同じくトレセン学園の少女である。歩く少女と声の主からはそれなりに距離が離れている。これならば猶予は幾らでもある…と生徒の方に目を向けていたことが悪手だった。
「げ、ターボ、上!上!」
「上?………へぶぁ!!」
相方の少女の言葉に青い少女は上を向いたが時既に遅し。黒い帽子は少女の顔面に直撃していた。視界が塞がれた反動で抱えていたポスターは散らばり、少女は尻餅をついた。
「だ、大丈夫!?」
「あちゃー…」
少女がムクリと起き上がると件の覆い被さった帽子を手に取った。
「上ってこういうことか…これは、貴方の?」
「う、うん。ごめんなさい…」
「いいよ。状況的にわざとじゃないのは分かるし。はい、これ。」
少女は帽子を持ち主に渡して、立ち上がった。
「ネイチャ、ごめん、拾い集めるの手伝って。」
「はいはい、そういうと分かってましたよ。…っと、これなら直ぐ集められそうだ。ラッキーって言って良いのかな。」
散らばったポスターは奇跡的に片手で集めきれそうなため直ぐに拾い集めることが出来た。
「気を取り直して行こうか。」
「そだね。まずは食堂あたりかなって思うんだけど。」
「目立つところから行こう。それと、貴方。」
「え…?」
置いてけぼりの帽子の持ち主に青い少女は薄く笑いながら声を掛けた。
「その帽子、汚れなくて良かった。貴方にとても似合っているから。…それじゃあ。」
青い少女は小さな体躯だが、力強さを感じすらさせる背中を向けて帽子の少女の元から去っていった。随伴の少女も同様に帽子の彼女に背を向けた。
「似合ってるかぁ……んふふふ…」
嬉しいなぁと帽子の彼女はにやけつつ、本来の道を進み始めた。そして足元で何か踏んだのに直ぐに気が付いたのだった。
「…むん?………『チーム・カノープス』?」
非常に達筆で書かれたそのポスターを拾い上げ、帽子のウマ娘ははて?と首を傾げたのだった。
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「やはりレースの経験はレースでしか積めません。レースに出るべきでしょう。」
「その理屈は分かるけどまずは基礎も作ってないとネイチャさんとしては一着とか入賞どころの話じゃないかな?」
「レースに多く出るのは賛成。下手な弾だろうと数が多ければ多いほど良い。当たりさえすれば少なくとも名前は売れそうだけど…」
むぅと考え込むツインターボ。
「でも、一着は一日にして成らず。基礎を固めなければレースでも力は発揮できない。私たちはそれぞれに課題抱えてるから…」
ターボはネイチャを見つつ。
「ネイチャは全体的に安定した走りだけどここ一番というところで追い込みをかけれる決定力の足りなさ。」
「うっ…気にしてることを。」
「私は決定的に欠けてるのはスタミナ。イクノは…言わなくても自己分析してるか。」
「…一応していますが。参考までに教えてください、ターボさん。」
「…じゃあ、これは主観だけど。基本的に先行してるから差しも問題なくいってる。けど、イクノは一度抜かれてからの追い込みには正直弱い。前半にパワーを持っていかれてるからかな。」
「…その通りです。まだ身体は万全ではないのもありますが、それが私の克服するべき課題です。だからこそ実戦に勝る鍛練はないと私はレースに出るべきと主張します。」
「いやいや、そこは恥かかないように克服してからするべきでしょ。」
「…正直私はもう少しで良いからスタミナをつけたい。大逃げも上手くいかないし。」
「あのー…皆さん、とりあえずトレーニングしませんか…?」
帽子のウマ娘…一体誰なんだ…
ツインターボ…無自覚たらし。
イクノディクタス…知性派にして脳筋。鉄(分)の女。
ナイスネイチャ…慎重派。それはそれとしてキラキラは欲しい。