それは昨年のこと。ツインターボは有マ記念に初出場し、最初こそ大逃げで快走を見せ、離していていたが、第四コーナーに差し掛かると持病のごとく、貧血が発生。そしてそのまま激しく失速し、結局最後は17着と惨敗に終わった。なお、その後は症状が悪化し、ツインターボは復活までひたすらトレーニングを積んでいた。それが彼女の現状である。
「……………。」
そしてそんなツインターボが今やっていることはトレーニングではない。
勉強である。勉強である。ノート片手に問題集とにらめっこしながら、眉間に皺が寄っている。ちなみに、今の時刻は午前2時を回った頃である。ルームメイトもとっくに寝静まっており、寮全体がむしろシーンと静まり返っている。そんな中に動くのはこのツインターボをおいて他にいない。これは賢さトレーニングの一環ですか?いいえ、自習です。
ツインターボがやっているのは今度の定期試験に向けた自主勉強に他ならない。普通こんな深夜にやるべきことではないのだが、ツインターボは並々ならぬ理由があり、睡眠時間すら削って勉学に勤しんでいる。
「………全問正解、か。」
一度シャーペンを起き、ふぅとため息をつく。時刻は2時35分。ツインターボの目には疲労が明らかに浮かんでいた。8時から3時間、走り込みをし、そこから2時間。入浴を挟みつつも今、彼女は勉学に励んでいた。
「…もう寝よう。」
ここまでやれば流石に今は大丈夫だと確信したツインターボは欠伸を噛み殺して、音も立てずベットへ入った。
(…要領悪いなぁ。)
眠る前の頭でツインターボは己の要領の悪さを嘆いた。ツインターボは元々頭の良いとは言えない。むしろ小学生の頃は頭が悪いと言っても差し支えはなかった。しかしある時の心境の変化が彼女を優等生たらしめていたが、地頭の良さは向上するわけではない。それでも成績上位に食い込んでいるのは全てにおいて努力と回数で補っているからだ。
「…考えても仕方ない。」
起きるのは6時だ。朝のトレーニングを欠かすことをするわけにはいかない、とツインターボは眠りに落ちていった。
目が開いた。時計を見る。…5時53分。3時間と少しほどの睡眠時間で彼女は覚醒に導いた。
そんな生活じゃ確実に寿命を削るだけだが彼女にはそんなことは最早問題ではない。
ジャージに袖を通し、ツインターボは音もなく消えていく…と思われたが。
「……ターボちゃん…?」
しかし、何と言うことだ。ルームメイトを起こしてしまった。彼女を起こさないように目覚ましもかけずに体内時計頼りで起きたというのに何ということだ。
「…ごめん、ホワイト。起こしちゃって。」
「…ん…?」
しかしルームメイトはまだ夢の中から完全には覚めていないようだ。そんなルームメイトを背に、このまままた眠るだろうと確信し、ターボは部屋を後にすることにした。
「ターボちゃぁん?」
「…いってくるよ、ホワイトストーン。」
―――――
朝のランニング。それは普段のトレーニングの一環。そして、何より朝の寝惚けた目を覚ませるために風を浴びるという行為だ。ツインターボは本来、寝起きが良いとは言えない。むしろ寝れるならば寝ていたい。しかし以前の彼女ならばともかく、無垢ではいられなくなったツインターボはそんなことは出来なかった。これも必要なことなのだから。
「フッ…ハッ…ハッ…」
朝イチから全力で走るわけにもいかない。息を整えることが今は必要だろう。生き急いでいるツインターボも流石に朝イチからエネルギー100%では動けない。
「ハッ…フッ…!」
と、そんな折。自身と共に並走する存在が現れたことに気が付いた。その人物は…
「メジロマックイーン…さん。」
「おはようございますわ、ツインターボさん。」
メジロマックイーン。名門のメジロ家のウマ娘。現在、最も注目されているステイヤー。名優と呼ばれる素晴らしき競技者。
「マックイーンさんも、自主練ですか。」
「ええ、その通りですわ。貴方も朝から精が出ますね。ツインターボさん。」
実の所を言うと、ツインターボとメジロマックイーンがこの河川敷で会うのは初めてではない。マックイーンもかなり熱心に練習に取り組んでいるだけあって、朝練にも手を抜かない。故に朝練のランニングで被ることも多い。
「…マックイーンさんは次の大阪賞に出るんでしたっけ。」
「ええ、良くご存じですわね。ツインターボさんは今度が復帰レースでしたわよね?昨年の有マ記念では御愁傷様でした…あのような悲劇があるだなんて言葉もありませんわ。」
「…あれは私自身が招いた結果ですよ。私の方こそ見苦しい場面を見せまして、すいません。」
この二人、一見接点がないように見えるが実は去年の有マ記念を共に走っている。結果は二着と十四着というドベと上位だったが。それも全てはあの発作が起こらなければと惜しまれるものである。
「貴方の前半での加速。私もあれには詰めようと思っても詰めきれませんでした。ステイヤーの名が泣きますわね。まさか、本人のトラブルで先頭を取ろうなど。」
「勝負は時の運…ですから。それを手繰り寄せたメジロマックイーンさんの実力の内…でしょう。」
メジロマックイーンはその大逃げを何処か、チームメイトの先輩、サイレンススズカに重ねている節がある。破滅的な大逃げではあるが、ツインターボと似通った点が多い。
「どうでしょう?ここは並走に付き合って頂けますか?」
「……いいよ…良いですよ、私も貴方とはまた走りたいと思ってたところだから。」
「…敬語、別にしなくても構いませんのよ?」
そしてツインターボにブーストがかかる。一気に加速。朝から全力を出さないという言葉は廃止した。何故ならばこの機会を逃す手こそないからだ。
「…やはり速い、本当に病があることが惜しいですわ…ねっ!!」
そしてマックイーンも全力で駆け出した。必要なのは、走ることなのだから。
―――――
『逃亡者』。それがツインターボの異名だった。あのサイレンススズカのように異次元のと付かないのは彼女が大差か惨敗かしかないからだ。ムラっけが強く、実際に才能もあるのだがツインターボは体力に恵まれてはいなかった。
体育の時間。ウマ娘にとって普通の運動ではただただ簡単なものになりがちだ。故に少しヒトには重いものがウマ娘の適量となる。この日は中距離走だった。
「よーし、今日もこのテイオー様が一位取っちゃうぞー。」
トウカイテイオーと当たった三人のクラスメイトはマジかよー、むりー、とかそんな悲鳴に近い言葉が漏れている。トウカイテイオーの才能は誰しもが知る所であり、あのG1ウマ娘に勝てるか!と匙を投げ出すものもいた。しかし、一人だけそんな弱音も悲鳴も漏らさずただ膝を伸ばしていたウマ娘がいた。
『位置について、用意……ドン!!』
担任の掛け声に合わせて、皆が一斉に走り出した。テイオーは先行するためにスピードを上げて…その横を青い風が通り抜けた。
「嘘っ!?」
テイオーは思わず驚愕の声を上げた。てっきり自分がこのまま独走でかけるものと思っていた彼女は思わぬ伏兵で呆気に取られたが、直ぐに詰めようとする。しかし
(差が…縮まらない…!?)
いや、それどころか引き離されている?とテイオーは無意識の内に恐怖した。テイオーの意地が何としてでも抜かせと叫んだ。しかし、縮まらない。いくら、たった1200mでも離されるのは許したことはなかった筈だ。
だが、その差はあっさりと縮まることとなる。最終版、目の前の青い閃光が一気に減速したからである。
(…え?)
更に困惑するトウカイテイオー。そして困惑の内にゴールインした。
「ゴール、流石のタイムね、トウカイテイオーさん。一着よ。」
(…いや、違う。ボクは―――)
ボクは敗北してる――決定的に。
(…ツインターボ。)
おそらくナイスネイチャの友人で席が近いウマ娘だったか。その少女に初めて帝王は興味を抱いた瞬間だった。
「えー、前回の抜き打ちテストですが満点を取ったのは…トウカイテイオーさん、」
(まっ、当然だよね!)
「と、ツインターボさん。おめでとうございます。」
(…!ツインターボ…!)
「定期試験、一位はトウカイテイオーかぁ…流石の首席というか…何かあそこまで凄いと対抗する気が失せてくるよねぇ」
「それはそう。でも次席も惜しいところまでいったんだっけ?」
「そうそう、二点差。ツインターボだけにね。」
(ツインターボ…!)
「エアクルーヴ、ツインターボを知っているか?」
「確か、昨年の有マ記念に出ていた生徒でしたか。それがどうか致しましたか、会長。」
「いや、似てるのだよ。君のアメリカにいる友人に、良くな。」
「それは、サイレンススズカにですか?」
「嗚呼。」
(ツインターボ!)
「やはり、スタミナこそ劣るものの最大加速時ならばあのスズカさんにも劣らないと思いますわ。」
「スズカさんの方が速いですよ!」
『ありがとう。スペちゃん。そう言ってくれて。でも実際に走ってみないとそこは分からないわ。』
「それにしてもマックちゃん、気にいってんのか?そのダブルターボっての。」
「ツインターボさんですわ、名前を間違えるのはさすがに失礼が過ぎますわよ、ゴールドシップ。」
(ダブルターボ!!…あれ?)
トウカイテイオーは急速にダブルターボもといツインターボという存在を意識し始めた。彼女の周りにはツインターボの話題にはことかかさなかったからだ。
「ねえ、ネイチャ。」
「何?テイオー。」
「ネイチャから見たツインターボってどんな子なの?」
というわけでツインターボの友人にして、テイオーの友人のナイスネイチャに聞くことにした。
「驚いた、どうしたの急に。」
「うーん、理由はともかく。…教えて?」
「むー、そう言われると急に困るなぁ…。まあ、そうだねぇ…アタシから見ればテイオーもターボもキラキラしてるけど…何て言うか、ターボは危ういかな。何時もハードトレーニングだし、糸が切れたように倒れたこともあるし。しっかり者ってのは間違いないんだけど危なっかしくて目を放せない子かなぁ。」
ネイチャはうーんと言葉を振り絞りながら答える。テイオーの耳にもツインターボが保健室の住人であることは聞き及んでいる。
「間違いなく才能もあるし、大成出来ればダービーウマ娘にもなれるとは思うんだけどあの貧血体質さえなければなぁ…」
「…そんなに身体が弱いんだ?」
「弱いなんてもんじゃないよ。本人が我慢しすぎるタイプだから急に倒れるのよ、これが困ったのなんの。」
ま、それを含めてもチームだからねとネイチャは首を振った。
ツインターボは才能あるウマ娘らしい。実際に重賞を取るし、G1を獲れるだけのポテンシャルはあるのだが、身体の弱さだけが恵まれていない。それが結論だった。だから一部のトレーナーの間ではこう呼ばれているらしい。『非業の天才』と。
トウカイテイオーは面白くなかった。自分が一着なのは変わらない。だが、何時もその後ろにツインターボの名前はついてきた。だからこそ。
「ボクがナンバーワンだって、証明したい。」
今までライバルの足りなかった彼女のウマ生に急に大きな炎が灯るのだった。
―――ダブルターボ、何時か雌雄を決しよう。
ツインターボ!!!
Q ツインターボってそんなに才能あるの?
A 本来ならば命のベースラインを超さないウマ娘がいるが、ツインターボは命のラインを度外視しているために限界を超えるのは早い。寿命は度外視してる