年を超えて、1月5日。ツインターボは復帰後始めての重賞にへと挑むのだった。
「ツインターボ!脚色は衰えない!更なる加速!ツインターボ、8バ身差でゴールイン!逃亡者ツインターボ!復帰後、初の重賞制覇だ!日刊スポーツ賞金杯、制したのは『逃亡者』、ぶっちぎりのゴールインだ!」
「よし!良かったよターボ!!」
「これでまずは重賞一つ制覇ですね。GⅢと言えど重賞の制覇は高い宣伝効果を持つでしょう。」
「ガハッ!!ゴホッ!ゲホッ!!」
「ちょっ、ターボ!!大丈夫!?」
「ターボさん、しっかりしてください!…担架を早く!!」
「くっ……ぐぅ…がっ……」
日刊スポーツ賞金杯、初の重賞制覇を果たしたツインターボはゴール後、ウィニングライブをする前にターフに特大の血を吐き出した。観客はその様子に騒然とする。
ざわざわ―――
「おい、どうしたんだよツインターボは?」
「あれって、血!?あんなに吐いて大丈夫なの?」
「どう見ても大丈夫な量じゃないだろ!めちゃくちゃ苦しんでるし何が起こってるんてんだ!?」
「し…なくちゃ…うぃにん…ぐらいぶ…。」
ガガッ、血液が混じった口の中では上手く言葉が発音できない。しかしツインターボはそれでも立ち上がろうとしていた。
「何言ってんのよ!ターボ、すぐに病院に行くのよ!」
「…ねいちゃ、言ったでしょ。…ウィニングライブは…しょうしゃの…義務だって…」
「言ったけど!それとこれとは話は別!」
「…責任もってほしかったなぁ…ガハッ、ゴホッ!ゲホッ!うっ…」
びちゃびちゃびちゃ。更に口から逆流した血液が漏れ出る。心臓の鼓動が早すぎる。物凄く痛い。どうやら型落ちの心臓は回数を以て何とか処理をしようとしているらしい。身体に負担とか考えず。
「ターボさん!…担架を、早く!」
イクノが叫ぶ。担架はまだ来ない。ツインターボの呼吸は更に荒くなり、そして顔色もどんどん血の気を欠いていく。立ち上がろうと思っても立ち上がることが出来ない。このまま死にそうと言っても説得力がありそうだ。
『た、大会委員会からのお知らせです。今回、一着だったツインターボですが、急病によりこの後のウィニングライブには出場できません。』
そして漸く来た担架によりツインターボは運ばれていった。今日のヒーローのお祝いムードから一転、中山競バ場はお葬式ムードに包まれていた。…この一件はツインターボの異常性を表に顕在化させる始めての出来事と後に語られるようになった。
―――
「…トレーナー、ターボは本当に貧血だけなの?」
ネイチャが問う、チームカノープスが今いるのはターボが担ぎ込まれた病院。その病院の待合室だ。
「…あの症状は貧血だけでは説明が付きません。倒れるだけならばまだしも。…あのように吐血を伴うなど。」
「ターボ、大丈夫かなぁ…?」
イクノとネイチャの疑惑の視線が南坂に向けられる。南坂はいつもの笑みを崩さず、そして冷静に言葉を返す。
「貧血です。…仮に私が何かを知ってても私には知らせる権利を持たないですよ。」
「…ターボが死んじゃうだとしても?」
「…お答えしかねますね。」
南坂は何も喋らない。それだけはチームカノープスの面々は理解した。
「…じゃあ、質問を変えるけど。ターボは大丈夫なの?」
「意識も保っていますし、血液も足りてます。容態は安定していますよ。」
「良かったぁ…」
マチカネタンホイザはホッと胸を撫で下ろした。疑惑の視線を向けていなかった彼女は純粋にターボが心配だったのだ。
「ごめん、話したくない。」
ツインターボから得られた解答はそれだけだった。ネイチャは直接ターボから問いただす方向にシフトしたがそれは無駄に終わりそうだった。
「確かに私は隠してることもある。けどね、だからこそ絶対に答えたくない。」
断固して答えない覇気を感じさせる。実際ツインターボもここだけは譲る気はない。幾ら親しくなってこようとも、ターボはその一線だけは決して越させなかった。
「…これだけは話せないから。」
絶対に言わない。自分が近い未来に死ぬなどと絶対に言わない。それはターボの矜持だった。
「…分かったわ。これ以上は聞かない。」
ネイチャも聞き出さないと諦めたようだ。ただしと言葉を続ける。
「ターボ、アンタ、暫く休養ね。」
「…まあ、ドクターストップもかかってるから。良いけど。」
「あ、勿論、ハードトレーニングなんてもっての他だから。」
「…ダメ。」
「やるのがダメ。」
「ダメじゃない、やらなくちゃいけない。」
「ダメに決まってるでしょ。」
「無理でも押し通すから。」
「無理と無茶の境目も分かってないのを野放しに出来るわけないでしょ。」
「………むぅ…」
「………ぬぅ…」
「二人とも、一旦そこまでにしよ?一応ここ病院だし、他の患者さんに迷惑懸けちゃうんじゃないか?」
「マチカネタンホイザさんの言葉の通りです、お二人とも、ここは仮にも公共の場であることをお忘れなく。…それにターボさんもネイチャさんもらしくないですよ。」
」
ネイチャとターボがにらみあってるとマチタンとイクノの仲裁が入る。
「…らしくないか、確かに少し私は意固地になってた。暫く休養は取るよ。けど二週間、二週間後にはトレーニングを再開するから。」
「はいはい、分かったわよ。こうなったターボはもう走り抜けるだけだから止めてもしょうがないのよね。―――だから、アタシも手伝うわ。」
ネイチャがやれやれと首を竦めた後、真剣な目線をターボに向けた。マチカネタンホイザとイクノもうんと頷く。
「次は3月にG2だもんね!ハイペースにならずにしっかり練習しよう!頑張ろう、えい、えい、むん!」
「ご心配なくターボさんに最適なメニューはこの私が考えます。何よりも怪我などさせません、レースに万全を期して挑めるように私がサポートします。勿論、トレーナーも。」
「…みんな。」
良いチームメイトに恵まれたなとツインターボは己の幸運に感謝した。
「…だからこそ、だからこそ私は走らなくちゃいけないんだよ。」
自身に言い聞かせるように。
ここまで自分の積み上げてきたもの、背負ってきたもの、これから背負って行くもの。全てをツインターボはその小さな背中で背負い込もうと決心した。他者に失望させないように、そして何よりも自分自身に失望しないように。
―――
「良い友を持ったな。」
「…来ていたんですか。……シンボリルドルフ生徒会長。」
「莫逆之友。チーム・カノープス。中々、どうしてか見所がある。―――ところで、ツインターボ君。来た理由は分かるかな?」
「…真意の問いただし―――っていうところですか。」
「高材疾足。ご名答だ。話してくれるか?」
「…良いですよ、貴方にならお話しします。」
チーム・カノープスが帰った後の突然の来訪者。勇猛果敢とした雰囲気を凛然と纏う完璧な生徒会長。シンボリルドルフだ。
シンボリルドルフは手頃な椅子に座るとベッドの住人となっているツインターボから話を聞き始めた。
「…医者からは無茶をし過ぎだと釘を指されました。このままだと、更に寿命を削ることになると。」
「…更に、か?」
「更に、です。元々二十歳までしか生きられない身体でしたけれど、このまま無茶を押し通せば…。」
「…構わない、人払いは済んでいる。言ってくれ。」
「―――長くて3年。或いはもっと短くなるかと、そう言われました。」
「………。」
「………。」
重い沈黙が支配する。空気もどんどん重くなる。このままでは永遠と話が進歩しない。
「…ツインターボ君。もしもという仮定で聞いて欲しい。…もしも君がレースをきっぱりとやめるならば安息のある余生を過ごせるならば―――」
「愚問ですよ、生徒会長。答えはノーだ。私はそんなものいらない。そんなものを望みはしない。」
「…しかし…。君は」
「…私はもうとっくに覚悟してるんですよ。こんな身体に生まれた以上、何時死ぬかなんて予測も出来ない。だから、一秒後に死んでも良いように。覚悟してるんです。」
ツインターボがピシャリと言い切る。そして鞄に仕舞っていたものをシンボリルドルフに突きつけた。
「これを何だと思いますか?…遺書ですよ。私は常に遺書を持ち歩いてます。何を切欠に死ぬかわからないこの身で私は走ってますから、それこそ一つのレースが終わったら死ぬかもしれない。…だから伝え忘れがないように遺書を普段から持ち歩いてます。」
「…そこまでして君が走りたいのは歴史に名を残すため、か?」
「そうですよ、それが私の最期の野望です。だけどそれだけじゃない。」
ツインターボはシンボリルドルフの言葉を肯定した後、更に否定を重ねた。
「…走らなくなったウマ娘なんて、その時点で死んだようなものなんですよ。私は生きる屍になんかになりたくない。…死ぬならば走ってる内に死にたい。それがウマ娘の本質っていうものじゃないんですか。」
「…君の言う通りだ。」
…ならばもう私から言えることはないなとシンボリルドルフは観念した。
「会長が生徒を思ってやってるというのは理解できます。…でも、私はもう価値のないものはいらないんです。」
すいません、とターボは陳謝した。そして、ルドルフは独り言のように話し始めた。
「戯言半分のように聞いてくれるかな。」
「…良いですよ?」
ありがとうと会長は始めた。それは彼女の独り語り。
「百駿多幸。それが私の理想だ。この世の全てのウマ娘が幸福に暮らせる世。それがどれ程困難な道であろうというのも、夢物語なのも分かっているが、やはりこういった目標は掲げずにはいられない。」
「…リーダーって言うのはそういうものなんじゃないですか?」
「ああ、そうだ。思想なき長など意味を成さないから、確かにそう言った意味で理想を掲げるのは正しい。だからこその傲慢があった。私は初めて君のことを知った時、哀れだと思ってしまった。君の境遇は恵まれないものだ。確定した寿命など、残酷だと思った。」
「………。」
「それは私が恵まれていたからの傲慢だった。私は持っている側のウマ娘だった。自負するのは気恥ずかしいが、それも特大の持っている側だった。…その憐憫は見下しとも気が付かずにな。だからこそ聞きたかった。」
「何を、ですか。」
「君は自分の境遇を嘆いたことは、ないのか?」
…シンボリルドルフの質問にツインターボは溜めた。そして眉が悲しそうに下がり、答えた。
「…嘆いてますよ。しょっちゅう…けど、仕方ないんです。幾ら不公平だと思っても、恵まれてないと思っても変わらない―――だから、私は自分が不幸だとは思わないようにしてるんです。こんな体質を引いてしまったのも…元は身から出た錆でしょうし。」
「…それはどういう意味で―――」
「…そのままの意味です。私は生まれた時から他者を害して生きてきたんです。母さんは危うく私を産む時に死にかけました。それが原因でレースに出られなくなり、引退しました。でも、産まれた私はそんなことも知らない無知で蒙昧な子供だった。お世辞にも私は良い子供ではありませんでしたから。」
…声が細くなる。
「ワガママで聞き分けがない。その癖、好き嫌いは多いし、落ち着くことすら出来ない。そんな子供、正直居なかったでしょうね。姉さんが大人しい子供だったから余計に。」
「…しかし、子供とはそういうものだ。」
「…そうなのかもしれませんね。でも私は産まれた時点で一人の夢を奪っている。いや、一人だけじゃなくて、母さんのファン、母さんに関わっていた人たち。…母さんは夢を見せていました。そしてそんなウマ娘の姿に夢を見た人も少なくなかったです。…けれど私が産まれたからそんな人たちの夢を全部奪ったんです。」
はぁ、とため息をついたターボ。最早その瞳に悲嘆の色はない。
「…だから、これは報いだと思っています。私が奪ってきた夢の全ての、罰だと。…しかし我ながら本当に可愛くない子供でしたよ。」
「…君はまだ十分に子供という年齢だが。」
「…そうですね。世間ではまだまだ若造です。…でも、もう私は子供じゃいられないんです。」
―――あの日から、ずっと。
Q.何故そんなに卑屈なの?
A.史実のツインターボは元々臆病。だから大逃げしていた理由だが、後ろ暗い性格と解釈して極端なマイナス思考で、自罰的。