「君の目指す道は修羅の道だ。トウカイテイオーのように並々ならぬ才能と努力と、そして何より運を持ち合わせていなければ君の望みは達成されない。それでも君はその道を進むと言うのだな?」
「今さら引き返すことは出来ません。才能が無くても、運が無くても、それを覆すほど努力すれば解決しますから―――私、死ぬほど努力してますから。」
病室での最終問答、ツインターボは流麗なる生徒会長の前に啖呵を切った。いくら厳しい道とはいえ、不可能ではないと。
「…その死ぬ程という言葉が誇張ならばどれ程楽だったのだろうかな。」
そう、誇張表現でも何でもなく。ツインターボは努力してるのだ。死ぬ程に。
―――
「ふ"ん"ぬ"ぬ"ぬ"ぬ"ぬ"ぬ"っ"……ぬ"ぉ"っ"!!」
その日、ツインターボはとてもではないが年頃の子女がしていい声と顔をしていなかった。放送事故ものである。
「ほらー、ファイト!」
「あと半周です。」
「ターボ、気張れー!」
一方、チームカノープスは野次を飛ばしていた。
ツインターボが今やっているのはパワートレーニングの一環、『根性の巨大タイヤ引き』である。秋川理事長が乗り回しているアレのタイヤをロープで縛り付け、そして自分自身に巻き付け、引き摺る。シンプルながらにキツいトレーニングだ。
「ターボさんのスピードは誰しもが認めるところです。しかし問題点は一つ、一度差し切られたら、差し返すだけのパワーが残っていないことです。それにスタミナも逃げで消耗するため十全とは言えない。」
「どうしたの急に。」
「故にここ一番での底力は残しておき、差し返せる程のパワーを得てもらいます。ターボさんは先頭にいる分には強いですが先頭から外れると急に弱体化するため、その欠点を遅かれ早かれ克服する必要はあります。次のGⅡ、GⅠほど一流のウマ娘が揃っていると言うべきではないですが、それでも侮れない。ターボさんのスピードならば通用するとは思いますが、不安点は解消するべきでしょう。」
「イクノ、誰に喋ってるの…?」
「それにパワートレーニングでありながらスタミナの点をカバーできるのも都合が良い。」
「まー、要は時間無いから欲張ってトレーニングしよーってことよね。」
「ターボ!あとちょっとだよー!がんばれー!!」
巨大タイヤを巻き付けターフを一周。2400のためかなりの苦行である。しかし、ターボはノーとは言わない。
(今は何でも良い、とにかく最短で―――私は最強のウマ娘にならないといけない!!)
ズリズリズリ。鈍い音を立ててもタイヤは進む。この小柄な身体の何処にそんなパワーがあるんだと疑問視されるのは当然だが、ウマ娘なのでそんな理屈は関係ない。
ゴールは僅か。ロープが巻き付いてるお腹痛いと思いつつもツインターボは本来自分にない筈の末脚を発動させる。―――これはレースに使えるかもしれない。
「ぬ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"っ"!!」
到底女の子が出して良い範疇を超えている野太い声を出しながらツインターボは今、その巨大なタイヤ引きを終えた。そしてロープを外し、垂直に地面に向かって倒れた。びたーんと倒れたツインターボは力無きまま突っ伏した。腕が痙攣するかのようにピクピクと動いてる。
「た、ターボ!!」
「メディック!メディッーク!!」
「大袈裟ですよ。お二人とも。」
「逆にイクノは何でそんなに落ち着いてるの!?」
「…ここが限界ではないことは見極めれているからです。確かに今は疲れていますが、直ぐに復帰しますよ。とはいえ、少し休憩は挟みますが。」
「当たり前だよ!?」
ちなみにターボは血の代わりに泡を吹いて倒れていた。
ー―――
ざわざわがやがや。今日も今日とてトレセン学園付属の食堂は大盛況である。
ウマ娘は基本的に莫大な燃費が求められるためそのためのガソリンとなる食事量も多い。故にトレセン学園食堂の厨房は大忙しなんだろうなぁと何処かの葦毛を思い出しつつ、ツインターボは周囲に人だらけ、もといウマ娘だらけの食堂で食事を摂っていた。
ちなみに今日の昼食は米、並盛より少し少なめ、焼き鮭、味噌汁、漬け物の定食である。米を少なめにしているのはツインターボの要望で食べる人によってはメガ盛りもある。彼女は極度の少食のため、ウマ娘の食べる量を知っている人たちからすれば驚きものだ。
「あ、あの!他の場所が空いてなくて、その…相席しても…良いですか?」
「え?ああ、構いませんよ…貴方は。」
確かに今、食堂はほとんど満員のため相席してでも食べるのは効率的だ。ターボもそれは理解してるためその申し出を受け入れた。その人物は
「貴方は…ライスシャワー先輩。」
「…ふぇっ!?」
黒髪のウマ娘は山盛りの米を揺らして困惑した。
―――
「…改めてまして、ツインターボです。宜しくお願いします、ライスシャワーさん。」
「…え、えっと宜しくね?ライスのことはライスで良いよ…?」
対面してるライスシャワーとツインターボ。ターボは先輩であるライスに対して敬意を払っているが、ライスは逆に萎縮してる。
「…そうですか。ではライスさん。」
「な、何かな。」
「何かを聞きたそうな顔をしていますが。」
「そ、そうかな?」
ターボの指摘通り、ライスは今現在、何かを物申したそうな態度をしていた。それを看破されたライスはとぼけることもせず。
「…言ってみてください。ここで我慢されてもお互いのためにもならない。」
「え、えっとね。じゃあ…何でターボ…さんはライスのことを知ってたのかなって…。」
「…ライスさん。」
「…えっ!?」
ターボはターボで信じられないような物を見る目をしていたが、少し呆れたようにため息を吐いて、説明した。
「あなたが、菊花賞でミホノブルボンの三冠を阻んだ話は有名ですよ?…正直、今最も注目されてるウマ娘の一人と言っても良い。私もクラシックシリーズを走ってるウマ娘ですから、そんな貴方を知っていない方が無理がある。」
ライスは言葉を聞きながらどんどんと耳がしょぼんと縮んでいってしまった。ライスシャワーは元来、自己評価が決して高いとはいえないウマ娘のため、客観的な評価を聞かされると恥ずかしさに苦しむのだ。
「…有力なウマ娘をマークするのは普通にやるべきことです。…ライスさん?」
「は、恥ずかしい…」
そんな意図せず高い評価を聞かされたライスは顔を赤面させているが何処か嬉しさを含んでいたが―――直ぐに。
「…でも、ライスが勝ったからブルボンさんの三冠を邪魔しちゃって…それで皆の夢を…。」
直ぐに暗い表情に戻ってしまった。
「……似てるなぁ。」
「…えっ?」
ツインターボはその視線に近しき者を見る意味を含んでいた。そして改めて
「ライスシャワーさん。」
「ひゃい!?」
「…ライスさん、貴方は勝ちたいんですか?」
「…そ、それは。」
ライスは言葉に詰まった。逡巡もある。気弱だが優しい女の子は…
「…か、勝ちたいよ。勝ちたいけど、勝ったら皆の夢を…」
しょもと落ち込むライス。焼き鮭を崩しながらターボか言う。そしてターボはピシャリと言いきってしまう。
「ならば勝てば良いじゃないですか。」
「で、でも!」
「勝ったら台無しにしてしまう―――確かにウマ娘に夢を見る人は少なくないですが。一度負けてしまったから壊れる夢なんてそんなものは壊れて然るべきだ。」
一度言葉を切り、目を瞑るターボ。なおこの間も箸は止めてない。
「それに。貴方が自分のことを夢を壊す
その意気込みは何処かターボにも重なる部分があった。夢を背負った分だけ夢を見せる。そういう信念が彼女にはあった。
「ライスが
「まあ、私の浅い言葉のアドバイスなんか気にせずに貴方自身が考え、判断し、そして決断することですから。大事なことは他人に任せず、自分で決める。それが大事だと私は思うから。」
「自分で決める…。」
ライスは食べる手を止めて深く考え始めた。ターボはこれで良いと完食し、立ち上がった。
「ともあれ、私はこれで失礼します。いつかレースで当たることもあるでしょうし、その時は本気で来てください。勝ちたいっていう気持ちは私も同じですから。」
「…うん、ありがとね。ターボさん。」
トレイを持ち、片付けようとしたその時。
「あーっ!!やっと見つけた!!ダブルジェット!!」
「ツインターボ!!一文字も合ってない!!」
―――
「…それで、これは一体どういうことですの?ゴールドシップ…と、テイオー。」
トレセン学園、付属レース場。そこにいるのはお馴染みチームスピカの面々である。なお、一人だけ違うウマ娘もいる模様。
「―――!―――!!」
モガーッ!!モガーッ!!とじたばた暴れてるのは拘束され猿轡を噛まされている青いウマ娘である。
「いやな。アタシはテイオーが心配で心配で仕方ないんだ?無敗も三冠も失ったテイオーは新しい目標に向かって歩き出してる。それは喜ばしいけどな?だからこそアタシはジンクスを破ってもらいたい。というわけで適任を拉致してきたっていうのがゴルシちゃんのナイスな作戦というわけよ!」
「…では何故私も呼び戻したのですか?今は療養中のためトレーニングには出ないとお伝えしてある筈じゃないですか。」
「でもよ、マックちゃんも気になるんでしょ?学年首席と次席のレース。」
「そ、それは気にならないと言えば嘘にはなりますが…」
猿轡を自力で脱出したツインターボは体勢を引き起こして不満そうに言った。
「…聞いてれば私が走るような前提で言ってるじゃないですか。それ、私がノーと言ったらそれまでなのでは。」
「そんなノリの悪いことを言わないでくれってよ、ここはアタシたちのチームメイトのためにお願いだ!」
「……ツインターボさん、誠に申し訳ないとは思いますが。私からもお願いしたいのですわ。」
「……良いでしょう。実際私にとっても願ってもない機会です。トウカイテイオーもそれで良いんですか?」
無言で準備体操をしていたテイオーにターボは問いかける。
「ボクもそれで良いよ。芝2400、良バ。これ以上無いくらいのコンディションだしね。」
「…分かった。なら競い合うことにしよう。…その前にこれ、ほどいてくれない?」
「…おっと悪い。」
拘束を解かれたターボはジャージに着替えると指定された場に着いた。
「ツインターボ、キミとは前々から共に走ってみたかったんだ。手加減なしでお願いするよ。」
「…それはこちらの台詞。トウカイテイオー、手加減なんてしたら承知しないから。」
「二人とも準備は良いか!このコインが落ちたらスタートだからな!」
ゴールドシップがコインを持つ。そしてコイントスの要領で宙を舞い、地に落ちた。
両者が駆け出す。
やはり先に躍り出たのは逃げのツインターボだった。
「…やはり速いですわね。ハイペースで掛かりと思われてもおかしくないくらい飛ばしていますわ。」
「いや、でもスズカよりは押さえ気味じゃないか?アタシが見ただけの感想に過ぎないけどよ?」
「スズカさんは逃げウマとして生まれてきたかのような方ですから。最近だと…パーマーに近いのかしら。」
親戚の爆逃げ娘を思い浮かべるマックイーンとそれをニヤニヤした目で見つめるゴールドシップ。
「マックちゃん…今、上手いこと言ったな?ウマだけに。」
「…?」
――トウカイテイオーが勝負を仕掛けてる来るのは恐らく中盤。イクノが言っていたように彼女の足はバネが柔軟だ。加速が化け物的と言っても過言ではない。どれだけハイペースで飛ばしたとしても終盤には絶対に追い付いてくる。ならば―
――逃げウマ娘ならばボクは知ってる。それも特上の。スズカはこのペースで飛ばしても更に加速出来る。そんなスズカの前にボクが躍り出るためならば
第一コーナーを曲がるテイオー。その先に8バ身先にはツインターボ。相変わらず飛ばしている。このまま進めばターボは既に三コーナーへ進む。
(…ここで!)
三コーナーを迎えたターボの背後をテイオーが追走する。そして爆発的に加速する。
「ここで仕掛けますか、テイオー。」
「おおっ、相変わらずやるな、テイオー。どんどん差が埋まってるな」
ターボとテイオーの差が縮まる。5バ身、3バ身、1バ身と詰める。そして追い抜いた。追い抜き4コーナーへと突入する。
「ダブルエンジンの奴のペースが落ちてるな、序盤で飛ばしすぎたか?」
「ツインターボですわ、失礼にも程があるでしょう、ゴールドシップ。…でもまだ余裕があるように見えますわ。」
第四コーナー。残り500メートル。テイオーの3バ身ほど後ろを捉えているターボ。
(…待っていた、この場面。)
そして、ターボが先ほどテイオーが加速したように更に加速した。差を詰める。横に並ぶ、テイオーもそれに気が付く。
(差しだって!?ツインターボは『逃げ』だけじゃないってことかい!?くっ…でも、ここで負けたくは…ないなぁ!!)
それは彼女の意地か、更に加速する。テイオーの底力にターボも心からの称賛を送る。
――この土壇場で更に加速。さすがにトウカイテイオーはやる。でもこの場面で余力を残しているのは…
「ターボの方だ。」
残り100。遂にターボはテイオーを抜かす。残り50。しかしツインターボは急に失速をした。残り25。ツインターボは激しく転んだ。
マックイーンとゴールドシップも慌てて外野から飛んでくる。テイオーもその姿を見ればさすがにゴールどころではないと急停止した。
ターボの周りに三人が慌てて駆け寄ってきた。
「ツインターボさん、大丈夫ですか!?」
幸いターボは咄嗟のところで受け身をとっていたため大事には至ってない。しかし
「お、おい大丈夫か?すげー鼻血出てるけど…」
顔から突っ込んだため鼻血がドバドバと出てる。それ以上に苦しそうに心臓を押さえている。
「…はぁ…はぁ……トウカイテイオー…貴方の勝ちだよ。」
息を切らしながらターボは勝者へ向けて言葉を贈った。
「…そんな状態で勝ちって言われてもボクは納得いかないよ。…それに今日のボクは完全に負けてた。」
「勝ちは勝ち。納得いかない?」
「いかないね。こんなことで諦めなくちゃいけないのはボクは絶対に嫌だ。だから、」
「…分かった。再戦があるなら期待してて。今日はもう…無理だから…。」
「…待ってるから。諦めないことが大事だから、ボクは諦めないよ。」
――諦めないこと、か。
その言葉の意味が大きくなるのはもう少し先の話。