その日、トウカイテイオーはとある病室にへと来ていた。
「………。」
病室の中には青いウマ娘が一人、スプーンを右手に掴もうとしていた。そして崩れ落ちていた。
「…まだ。」
左手で落ちたスプーンを拾うと右手でまた掴もうとしている。
「…やぁ、少しいいかな。」
「…トウカイテイオー。」
来客に気が付いたツインターボはそのスプーンを使う動作を止めた。
「あなたが見舞い?私なんかには興味がないと思ってたよ。」
「キミの言葉は時々ボクに痛烈に刺さるなぁ。」
確かに興味はなかったがそれは既に過去の話だ。テイオーは座った。
「…右手が動かないんだって?」
「…そう。あの秋天で私は転んだ時、一時的に心停止していた。その影響が脳に影響が出て、右上半身の神経が麻痺をしてる。…それが重なって動かない。」
ツインターボは語る。それは皮肉にも2か月前とは対照的な光景だった。あのオールカマーの前、夕焼けのベンチの日の対比だった。だが、その時とは決定的に異なることが一つだけあった。
「…でも諦めてないみたいだね。」
「…そうだよ、あんな啖呵を切った以上私は絶対に諦めない。腕が使えなくても戻って見せるから。」
その意志を感じさせる言葉。だからこそツインターボはツインターボというウマ娘の所以だった。
「快復は?」
「それこそ奇跡でも起こらない限りだってさ。」
そっかとテイオーは言った。そして言葉を少し切り、独り言のように漏らし始めた。
「…ボクさ、尊敬する人が三人いるんだ。」
「…何の話?」
「まぁ聞いてよ。一人はボクの原初の意味の人。走りたいと初めて思わせてくれたヒト、二人目はボクの意味を作ってくれたヒト、ボクが意味を失った時に先導してくれたんだ。…そして三人目はボクに信念を刻んでくれたヒト。想いは最強だって言うことを教えてくれた。…最近さ、ボクの周りで故障が絶えないんだ。それもかなり深刻な意味での故障が。」
…それはメジロマックイーンのことを言っているのかとターボは言葉を飲み込んだ。
「それこそ奇跡でも起きない限りって言われるくらい。だからね、ボク…決めたんだ。奇跡を起こすって。」
「……。」
「それじゃ、これお見舞いの花だから。…じゃあね、ターボ師匠。」
「…貴方ならできるだろうね、テイオー。………ん?師匠⁇」
「ニシシ…意味はそうだね、また今度ね。」
――――
ツインターボ入院から一月、世間はトウカイテイオーの有マ記念出走で話題が持ち切りだった。その情報が出る前の秋天でのツインターボの故障は直ぐにその話題に流されてしまった。…そんなツインターボの前にイクノディクタスは現れた。
「ターボさん。この人に出来なかったのならばもうあなたの腕を治す方法はないと言っても過言ではありません。…しかし確実にできるという保証はできません。…それでもやりますか?」
「…やるよ。何だってやる。死ななければなんだってもうやってやるさ。」
イクノディクタスが連れてきた人物は白髪が混じったウマ娘…娘というような歳でもない…だった。眉間にしわを寄せたその人物は如何にも気難しそうと言わんばかりの顔である。
「以前ターボさんにはお話していましたね。私は一年間停学していたと。」
イクノが語るは彼女の身の上。
「私はデビューを控えている身でした。しかし不調を感じいざ医者に掛かってみれば…私は『屈腱炎』と診断されました。」
「…それって。」
「ええ、デビューすら危ぶまれていました。…しかし私は当時、死に物狂いでとある人物を探していました。…奇跡の装蹄師と呼ばれる人物を。」
「その人が…。」
「はい、この方です。」
そしてようやくイクノはその人物へと言及した。
「私は先生の元で治療へ専念しました。その結果、一年遅れですがすっかりと頑丈な体となっています。…だからこそ、ターボさんへ紹介したのです。」
「…オィ、イクノよォ…。」
低い声がその先生から漏れ出る。
「儂は治せるのはあくまで足だ。骨折と腱断裂以外ならどんな足だって治してやるけれどよォ、流石に手は専門外だぞ。」
「………。」
「…やはり先生でも不可能でしょうか。」
「…イクノ、無理ならばわざわざ時間をかける必要もない。このお方も時間が有限だろうし、私なんかに時間をかけなくてもいい。」
「…ターボ、しかし…。」
「…すいません、『先生』。とんだ無駄足を運ばせてしまって。」
ターボは陳謝する。とんだ無駄足をさせたと。
「待てや、小娘。」
「…先生?」
イクノは疑問符を浮かべながら先生へと疑問をもたらした。
「そう早計になるんじゃねェ。出来るか出来ないかって聞かれりゃ――――そりゃァ、出来るに決まってんじゃねェか。」
「…!!」
「足も、手も。元は同じようなもんだ。ほかの生物は何で足が四本あって、人間やウマ娘は二本だと思う?…もとは手は足だったからだろ。なら儂に治せねェ道理はねェ。」
先生は断言をした。…それは暗雲に差し込んでいる一筋の希望とも呼べる光。
「だが、だ。如何せん儂も初めてだからな、絶対にとは言い切れねェ。それでも小娘――――やるかい?」
先生はツインターボのその色の異なる瞳を射抜いた。
「…やります。絶対に治して見せます。」
「…よし来た。ならツインターボ、退院したら儂の所に来い。留年は覚悟しとけよ。」
「………善処します。」
――――
「トウカイテイオー奇跡の復活ね…ハッ、ほんとうらやましい限りだよ。羨ましすぎて恨めしいね。」
…サウスベイはテレビの電源を切った。ニュースでは連日放送している内容はトウカイテイオーが一年ぶりの有マ記念を制したという速報ばかりだ。あまりにも神々しい世界すぎて彼女には嫌気が差してきた。
気分を変えるために彼女は外に出た。意味などない大した意味も持たないただの散歩である。
「ツインターボ、故障…復帰は絶望的かねぇ…本当にあのお嬢ちゃんらしい末路だ。」
ハッと嘲るような独り言をするサウス。端から見れば不審者である。
姉であるサウスベイは妹のツインターボを憎んでいた。その憎悪は元を辿れば全て、レースへの嫉妬である。
サウスベイには産まれた時から頑丈な体を持っていた。その身体は大きくなり、身長はツインターボより20cmほど高くなってる。しかし恵まれていたのはあくまで身体のみだった。
「サウスちゃんは―――トレセン学園は無理だね。」
小学生の時、告げられたその言葉に彼女は絶望した。一体どれだけ自分が期待を込めていたのかをその担任の一言で全てが打ち砕かれた。――トレセン学園への門戸を閉ざされたサウスベイはそのまま普通の中学校へ通うこととなった。最初はまだ気楽なものだった。この頃はターボとの関係もまだそこまで険悪なものではなかった。
「ターボちゃん!スゴいわ!これだけ速いならきっとトレセン学園だって夢じゃないわ!」
その一言で姉妹の道は決定的に別たれた。誰よりも走ることを渇望していた彼女は他ならぬ理想を一番近い妹に魅せられ、あとは当然のように彼女は腐り落ちた。
引きこもりとなったのだ。高校への進学もしなくなった姉を母は心配した。だが、姉は母を邪険に扱い始めた。妹はそんな姉の姿を見て遂に決別した。―――そうして最悪の姉妹関係は出来上がった。
故に彼女はツインターボを憎んでいた。それと同時に―――
「やっぱりすごいよねトウカイテイオーは!」
「いーや、メジロマックイーンの方が!!」
そんな彼女は今、公園のベンチに居た。気分転換のためである。そしてそんな彼女の前では何人かの幼いウマ娘が遊び、そして言い争っていた。
「イズミちゃんはどう思う!?」
「メジロマックイーンの方が凄いよね!?」
「…えっと私は…。」
気弱な少女が強気な少女二人に詰め寄られていた。どうやらファンであるウマ娘のことを語り合っているらしい。
「私はその…ツインターボさんが…凄いかな…。」
「…ツインターボ!?パッとしないじゃん!」
「それにもう死んでるんじゃないかって話じゃん?」
サウスベイは驚いた。ツインターボにファンがいたのは知っているがそれはコアなファンが多そうだった。だがこんな幼いウマ娘の心を掴んでいるのは予想外だった。
「死んでないよ!ツインターボさんは死んでなんかないんだから!」
気弱だった少女は強気な少女たちへこれまた強気な態度で言葉を投げ掛けていた。
「…ツインターボさんはまたターフに立つんだから!」
「…ごめん。でもイズミちゃん、何でそんな微妙なウマ娘なんか!」
「…微妙じゃないよ!ターボさんはヒーローなんだから!」
「えー、でもGⅠかってないじゃん!」
そんな言い争いが彼女の前で今は繰り広げられていた。
「…分かってねえな。」
G1に勝てるウマ娘など、そんなものはとんでもなく一握りのウマ娘だ。才能と努力とそして運が求められる。重賞を獲れるだけでそれはウマ娘として一流だ。1勝すら出来ずに去るウマ娘すら、いる。そして何より…ターフに上がることすら許されないウマ娘すらいる。
「違うもん!確かにトウカイテイオーさんとかメジロマックイーンさんとかよりも目立ないけど!それでも!あの人は強いんだから!」
「…もういいよ!イズミちゃんそれしか言わないんだもん!いこう!」
「うん!」
「…あっ。」
強情な少女に二人の友達は去っていってしまった。
「…ターボさんの逃げは絶対あのサイレンススズカさんと同じくらいだって言えるのに…」
少女は一人でいじけてしまった。
「…全然違うぜ、お嬢さん。」
「…え?」
「あの異次元の逃亡者と比べりゃあいつの逃げなんて大したもんじゃねえ。あいつはもっと必死に逃げてんだ。」
「…お姉ちゃん、誰?」
「アタシが誰かなんて誰でもいいだろ。ツインターボの走りはサイレンススズカと同じみたいなもんじゃねえ。格が違うんだよ。」
「…む、そんなことないよ!ツインターボさんは凄いよ!」
「惨敗が多いのにか?」
「でも圧勝もしてるよ!」
「負け越してる方が多いけどね。」
「でも!」
「いいや!」
あーだこーだ、サウスベイは少女と大人気なく言い争っている。やがて息が切れ…
「…ぜぇ…ぜぇ…お姉ちゃん、私よりターボさんに詳しくない…?」
「当たり前だ…アタシほどアイツの走りを知ってる奴をいるかってんだ…けど、アンタも中々の知識だね…」
少女はにへらと破顔し、サウスも苦笑した。
「アタシはサウスベイ。アンタは?」
「…私はイズミストロング!」
妙な友情がここに生まれた瞬間である。
―――
激動の一年は過ぎる。いつの間にか年もあと2ヶ月を残すところとなる。
「…ネイチャさん、それにタンホイザさんも有マ記念への切符、おめでとうございます。」
イクノが二人のチームメイトへ称賛を贈っていた。
「…ありがと、イクノ。まあアタシもいい加減有マになれてきたし、今回こそ行きたいねぇ。」
「そうだね、私も今年こそは頑張りたいねぇ…えいえい、むん!」
年末の祭典、有マ記念。その切符がマチカネタンホイザとナイスネイチャへと来ていた。ナイスネイチャは四年連続、タンホイザも二年連続の快挙である。
「とりあえず今日はパーティだね!…ターボもいれば良いんだけど。」
「ま、そりゃあ仕方ないんじゃない?今さらどうこう出来る問題じゃないんでしょ?」
「…はい、ターボさんはまだ先生のもとに居ます。定期的に連絡こそ来てますが、それでもまだですね。」
「…そっかぁ…まあ、仕方ないよねぇ…。」
タンホイザは意気消沈した。ネイチャはそんなタンホイザを励ましていた―――彼女に悪意が降りかかるとは知らずに。
「…何でカノープスが有マなんか……この毒蜘蛛を―――。」
―――
マチカネタンホイザ、入院。その報がやはり直ぐに世にへと知れ渡った。
「マチタン!!」
彼女はその報を聞き、飛んできた。約半年振りのチームメイトとの再会であった。
「ターボ!?」
「…タンホイザ…。」
青いウマ娘は鼻を赤く晴らした彼女と対面した。
「…毒で蕁麻疹に?」
「…うん、飲んでたジュースに何でか蜘蛛の毒が混じってて…その毒が。」
「…じゃあ、有マは?」
「…辞退するしか…。」
タンホイザは意気消沈したように語る。その声音に悔しさを混ぜ合わせていた。
「…私、悔しいよ…走りたかったよ。有マ…!」
涙をポロポロと流すマチカネタンホイザ。毒は誰かに盛られたのは最早明確なこと。誰かの悪意によってタンホイザの夢は断たれた。その事実に彼女は泣いてしまった。
「…ねえ、トレーナー。」
「…はい?」
同席していた南坂にターボは問う。
「…その有マへの切符は学園の裁量で変えられるの?」
「はい、URAから一任されています。勿論、生徒会長や理事長の許可は必要ですが。」
「―――なら、私に頂戴。その切符を。」
「ターボ………?」
「しかし…」
「…無理だよターボ…だって、ターボは…もう一年はレースに出てないじゃん…あのナリタブライアンがいるんだよ…?勝てるわけが…」
「…既に奇跡は一度起きてる。なら私に出来ない道理はないよ。」
「でも、ターボの腕は!」
「出来る出来ないじゃない!―――やるんだよ。」
ターボは少し語尾を荒らげて、直ぐに落ち着いた。タンホイザの目を見ながらターボは静かに囁く。
「…出来るかとかの問題じゃないよ。やるんだ、この命に代えてでも。」
―――有マ記念まであと2月。
少女は賭ける、その命の総てを。
Q.ご都合主義?
A.ホントにいたご都合主義みたいな伝説の人物。詳しくは福永守という人物を検索してみてくだせぇ。
Q.曇らせないやん!
A.すまぬ…思った以上に覚悟がガンギマリ過ぎて曇らねえんだ…