「敵1名が負傷、もう1名の武装を破壊!両名撤退していきます!」
嵐と銃声が断末魔のように響き渡るなか、1人の兵がそう叫んだ。
敵の姿が見えなくなると、銃声が止んだ。
「こちらホテルツー、屋上の敵兵2名の撤退を確認、敵1名は負傷、もう1名の武装は破壊しました。」
「損害は?」
「現在C棟に向かったチームとの交信が途絶えています。発電機の破壊は確認したためジャミング装置の影響は考えられません、恐らくは全滅しました。」
「了解、プラン通り行動しろ。健闘を祈る、オーバー」
緑の迷彩に身を包んだ兵達が、交信を終了するとFN SCAR-Lのマガジンを交換し始め、残弾を確認していた。仲間の死に同情する者などは誰一人としていなかった。雨が吹き荒れるなか、黙々と武装のチェックをしていた。
「皆、準備はいいか?」
沈黙が肯定の意味を成す。
「奴らは恐らく何らかの罠を仕掛けているはずだ。これ以上の損害は我々にとっても痛手となる。プラン通り、メインホールには回らずB棟は無視しA棟に向かい、先行したホテルワンの援護に回る。」
沈黙が続き、再び肯定の意味を成す。
ブリーフィング時、彼らの資料の中にはウィリアム・ネルソンの名があった。通称ワイリー・コヨーテ、彼は爆破のプロであり、FBIのブラックリストに入っていた。証拠不十分ではあるが、数々の爆破事件にはワイリの影が見え隠れしているのを皆が承知していた。上層部は襲撃に対し、この爆弾魔が何らかの罠を講じると踏んだのだ。それがこのB棟である。一種の賭けではあったが、それが立案者であるトリー・プレイムの考えだった。C棟は隠密に事を運ぶ為侵入に気づかれにくく、発電所があるため除外、A棟は量子コンピューターの本体があるため除外、となるならば、残るはB棟であった。だからあえてB棟に多くの兵を導入したのだ。
「移動を開始する、敵に悟られる前にホテルワンと合流するぞ、迅速に行動しろ」
14人の兵は、ぞろぞろと移動し始めた。NVGのぼやけた光が軌道を残しながら暗闇の中を高速で移動していた。
~C棟1F
バルメが片手にハンドガン、もう片手にコンバットナイフを握りながら暗闇に包まれた通路の中を駆け抜けていた。ふと、硝煙と錆びた血のような匂いが鼻を刺激した。スピードを緩め、ゆっくりと匂いの元である生産場の扉を開けた。その刹那、目の前に銃剣が高速で迫ってきた。が、バルメがかわす前に銃剣は静止した。
「このまま殺してしまえば良かったな」
「あなたこそ、そんな動きで私を殺せるとでも?」
バルメがそう言いながら構えていた武器を下に降ろした。バルメに続き、カレンも突きつけていた銃剣を降ろす。
「顔や身体が血で汚れていますね、負傷でもしたのですか?」
わかっているが、意地悪くバルメはカレンにそう尋ねた。
「馬鹿が、お前とは違う。」
カレンも意地悪く対抗する。バルメはこれ以上は不毛と判断し、言い返すことはせずに死体の方へと向かった。床は血であふれていて、歩みと共に血の跳ねる音が響き渡った。ベルトコンベアーの前で首から血を流しながらうなだれている、頭に2つの風穴のあいた1人の兵を見た。
「この装備...やはりキューバの時の部隊か」
そう言うとともに足で軽く肩を蹴り、兵を横に倒した。
「発電機を破壊された今、奴らにこのC棟はもう用済みのはずだ。」
「同感です。B棟ももう堕ちました。私も残念ながらあなたが五体満足となると、ここにもう用はありません、私はヨナ君達の援護に回るためA棟に向かいます。」
「勝手にしろ」
カレンがぶっきらぼうにそう言いながら、自分もA棟に向かおうと歩きだした。
「待ちなさい」
突然、バルメがそう言った。いつもとは違う雰囲気である
「何だ」
「あなたに頼みがあります。」
バルメは真剣な表情で言った。
カレンは呼び止めに対し、振り返りはしなかったのでバルメの表情は読み取れなかったが、彼女が真剣である事は声で感じられた。
「あなたはA棟に戻り、ヨナ君達の援護には向かわず、私の代わりにココを守ってください。万が一彼女に傷一つでもついたら、私はあなたを許さない。」
バルメは余計なことは言わず、そう言った。言葉こそ少ないが、彼女の意志は十分伝わっていた。
「......いいだろう。だが頼みを聞くのはこれが最初で最後だ。」
カレンも余計なことは言わず、彼女の望みを受け入れた。
「何としてでも守り抜いてください。頼みます。」
そう言い残すとバルメは走り出し、カレンの横を通り過ぎた。すれ違う瞬間も、彼女達はお互いに目を向けることはなかった。バルメの姿が暗闇に飲みこまれ、カレンの視界から消えていった。駆け抜ける足音が屋内にこだましながらだんだんと音が小さくなっていき、再び静寂が訪れた。カレンは踵を返し、バルメが来た道を無言のまま戻って行った。カレン・ロウ、彼女も1人の兵であり、狼(ロウ)だ。今までその鋭い牙は、誰かを守るためではなく、敵を傷つけるためだけに使われてきた。誰かを守る。かつて師であった陳国明を守り切れなかった苦しみ、その苦しみの元凶である人物に、誰かを守れと頼まれるのは、何とも奇妙な感覚であった。だが、不思議と怒りや憎悪は微塵も沸いてはこなかった。カレンは無言のまま、通路を走り出した。
~to be continued