「あの野郎・・・俺の、手を・・ふっ飛ばしやがって・・・」
荒い息遣いと共に苦痛に顔を歪ませながらナイトナインの兵が言う。彼の飛ばされた手はすぐ横に転がっていた。男は苦痛を和らげるため、モルヒネを1本自分の身体に打ちこむと、応急処置を始めた。その間にも銃声が止む事は無く、暗闇の中マズルフラッシュの光が花火のように散っている。
「相手はあの少年兵と元SR班のトージョだ!」
応射しながら別の兵が叫ぶ、特に厄介なのはあの少年兵だ。彼は元山岳兵でもあり、夜目が利く。ゲリラ戦や野戦にも長け、その戦闘スキルはかなり高い。だが我々もナイトナインの兵士、その名に恥じる事のない力と技術を持っている。何よりも、奴はこの世界を狂わせた女の手下だ。紛う方なく、我々の敵だ。男はそう自分に言い聞かせ、闘志を震わせた。
「トージョ、やっぱりあいつら僕達の事も調べ上げているみたいだよ!」
「ハハッ いくらヨルムンガンドがあったって、アナログメディアには敵わないみたいだな」
ヨナに続きトージョも応戦しながら、愚痴を漏らした。アナログメディアだけではない、彼らとは1度キューバのグアンタナモで一戦交えている。数からみて、新しく対敵する兵もいるようだが、そんな事はもはや関係なかった。状況が状況のせいか、「むしろ俺達の武勇伝を伝えて、ナイトナインの新入りが怖気づいてくれれば」なんてポジティブな考えまで湧いてきてしまった。
「まずいよ、だんだんこっちが不利になってきてる。」
続けてヨナがトージョに言った。手数で言えばヨナ達の方が上だが、ナイトナインの方が的確な射撃で圧していた。ヨナには天性の勘があり、夜目が利くとはいえ、ナイトナインはNVGを装備している。ヨナはマズルフラッシュの光で瞬時に相手の位置を把握して引き金を引くが、NVGを装備した彼らはその必要がなく、暗闇の中でも相手の姿がわかる。裏を返せば、ナイトナインが無駄撃ちせず、的確に効果のある射撃を行えばこちらの位置を把握される心配も減るという事だ。これに対しヨナ達は、接近戦に持ち込む以外、牽制射撃をして彼らの足を止めるしか方法がなかった。この先の展開を予測しながら応射をしていると、唐突にヨナに隙が生まれた。MASADAが給弾不良(ジャム)を起こしたのだ。ナイトナインの兵はその一瞬の隙を見逃さなかった。瞬時にMASADAの銃身を撃ち抜き、破壊した。ヨナが短い呻き声を漏らすと同時に、破壊されたMASADAが床に落ちた。火力で負けているうえ、戦況は圧倒的に不利になってしまった。何とか打開策はないかとトージョが辺りを見回すと、ヨナのすぐ横の壁に消火栓が立てかけてあった。
「ヨナ!そいつを寄越せ!」
トージョが消火栓を指差して叫ぶと、ヨナはトージョの考えをすぐに理解した。壁から消火栓を取り外し、トージョに向かって投げた。トージョが消火栓の取っ手を掴むと、そのまま腕を振り遠心力を利用して、流れるような動作で自分の目の前に転がした。横に倒れた消火栓をそのまま足で通路の方に斜めに蹴飛ばした。消火栓はゴロゴロと勢いよく転がりながら壁に当たり、銃撃戦のど真ん中へと送られた。トージョが身体を横に倒し、消火栓に弾を1発撃ちこむと中から消化剤が勢いよく吹き出した。瞬く間に通路は白い煙でいっぱいとなり、ヨナは思わずむせ返りそうになったが、堪えながら腰からハンドガンを抜き、ナイトナインの兵がいるであろう方向に向けて構えた。構えると同時に引き金を引き、立て続けに6発を煙越しに撃ち込んだ。
「ぐぁっ!」
という短い苦痛の声が響いた。再び向こう側から銃弾が飛んでくるのがわかり、とっさに身を隠したが、妙なタイミングで銃撃が止んだ。異様に思いながらもヨナは耳をすませた。身体が壁に叩きつけられる音と、大量の血が床にこぼれ、跳ねている音、詳しい状況が掴めないが、どうやらナイトナインの3人の兵は全滅したららしい。警戒しながらも銃を構えると
「撃たないでくださいヨナくん、私です」
という聞き慣れた声が煙の向こう側から聞こえてきた。煙が"彼女"の動きに流れ、その姿を露わにした。ハンドガンをホルスターにしまい、両手にはナイフが握られていた。ナイフは新鮮な血液にまみれ、生き物のように刃先からぬるぬるとした血を垂らしていた。
「バルメ…!」
「遅くなってすみません、怪我はありませんか?」
バルメが不安そうにヨナに尋ねた。
「大丈夫だよバルメ、ありがとう。でもMASADAを壊されちゃった。」
「ならあそこに転がっている兵の銃を使いましょう。」
そう言いながら後ろの方を指さしてクイクイッと動かして見せた。
「なぁアネゴ、俺には?」
「トージョには何もありません、骨の1本や2本折れていたって動けるでしょう。」
「ったく冗談キツイぜ…」
いつも通りの2人だなぁ、と思いながらヨナはバルメが指さした方向に向かい、3人の兵の死体へと近寄った。自分が右手を吹き飛ばした兵は頭を、もう1人は心臓を、最後の人は腹部と心臓を突き刺され、壁に血の跡を残しながらうなだれていた。兵が手放したFN SCAR-Lを掴み上げると、床にこぼれた血を浴びて銃がぬるぬるしていた。気持ち悪かったので彼の迷彩服を雑巾代わりに拭いた。
「戦況は随分悪いみたいだな」
トージョがMASADAの残り弾数をチェックしながら言った。
「えぇ、既にB棟は捨て、レームとルツはワイリ達と合流して撤退。どうやらB棟に向かっていた部隊は、はなから囮だったようですね。キューバの時とは違い、今回は数が数です。このままではここも時間の問題ですよ。」
「C棟の敵は?」
「あの女が全員排除したようです。彼女にはここの護衛を任せてあります」
バルメの話を聞きながらも、この場にいる全ての者、バルメ本人もが心の片隅に焦りと不安を感じていた。圧倒的に不利な戦況の中、起死回生の策はないかと思考するも、決定的なものが浮かび上がらないのが何とも言えなかった。
「とりあえずみんなでこの棟を、ココ達を守り切ろう。ヨルムンガンドのお陰で、この施設を爆撃される心配もない。奴ら全員を撃滅すれば良い。」
と言いながら、ヨナが奪った銃のスリングを首にかけながら、バルメ達の方へと歩いてきた。
「そうだな、何としてでもお嬢を守り切ろう。さぁ行くぞ!まずはレームのおっさん達と合流する!」
そう言うとトージョが走り出し、ヨナ達もそれに続いた。この忌まわしい嵐は、まだ止みそうにない。
To be continued〜