ヨルムンガンド ANOTHER ORDER   作:マサクロ

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15話 NIGHT TIME THE RIGHT TIME 【phase9】

「全隊集結完了、いつでもいけます」

 

神経質そうな顔をした男が、中指を上げて眼鏡の位置を直す。ナイトナインの兵のヘルメットに装着されたウェアラブルカメラが、目の前の光景を写しだしていた。モニターに分割表示された各隊員のカメラ映像の中に、床に倒れたままピクリとも動かないものもあった。男がスゥっと息を吸うと、机に手をつきながら抑揚のない、冷たい水のような声でマイクに向かい言い放った。

 

「ナイトナイン、突入開始」

 

男達は、深い闇を切り裂くように、勢いよく駆け抜けた。

 

 

〜地下制御室

 

「ココ達は向こうの脱出路に退避していて、銃撃戦になっても、そこが1番安全だ」

 

ヨナがSCARのマグを確認しながらココに言った。MASADAを壊されてしまい、自分だけSCARというのが少し気に食わなかったが、予備のマガジンはいくつか死体から奪い取ってきていたので問題はなかった。

 

「お嬢達の事なら任せてくれ。念のため、ハンヴィーはいつでも出せるようにしておく」

 

ハンヴィーのキーをヒラヒラと見せながらウゴが返した。元マフィアである彼は、その屈強な身体とは裏腹に射撃はあまり得意な方ではなかった。だがドライビングテクニックや力押しならば、隊の中で彼の右に出る者はいないだろう。隣にいたココも、頼むよ!と言いながらウゴの肩を叩いた。するとココはそのままミナミの方へと駆け寄って行ってしまった。ヨナは自分の横を通り過ぎるココを視線で追い続けたが、胸の中でさっきとは違う、何かの違和感を感じていた。ココの後ろ姿を見ているヨナを、ルツの呼ぶ声が引き戻した。

 

「ヨナ、何ぼーっとしてんだ、もう時間がないぞ」

 

「ごめんルツ、配置につくよ」

 

胸の中に残った違和感は消えなかったが、今は関係ない事だと自分に言い聞かせ、拭い払った。先に向かったルツのあとを追い、歩を進めようとした瞬間、何かが床の上を転がってくる音を感じとった。その刹那、目の前の光景が崩れた。爆音と共にヨナの身体に何かが衝突し、ヨナは後方に吹き飛ばされた。視界が歪み、衝撃で意識を失いかけたが、バルメの声によって何とか失いかけた意識を引き戻した。

 

「敵襲‼ 各自散開して迎撃! ヨナ君、ヨナ君しっかり!」

 

視界が定まってきたヨナは、ようやく状況を理解した。ナイトナインが通路奥から放ったグレネードが床の上を転がり、制御室入口のバリケード近くで爆発したのだ。不幸中の幸いか、設置した簡易バリケードがグレネードの破片から身を守ってくれた。どうやら自分は爆風で吹き飛んできたバリケードに直撃したようだ。ヨナは事態を認識すると、すぐさま反撃に転じた。

 

「はやくココ達を脱出路に退避させろ!」

 

叫びながらレームがバブーリンの頭を押さえ、姿勢を低くさせながらカレンの元に誘導した。

 

「博士、こちらへ!」

 

カレンはハンドガンを撃ち続けながらバブーリンの手を取り、隣でパニック状態に陥っているラビットフットもろとも脱出路へ通ずるゲート奥へと押し込んだ。ウゴがバトンタッチのように2人を引きこみ、ココとミナミをまとめハンヴィーの方へと向かった。

 

「非戦闘員の退避完了!」

 

カレンはその後ろ姿を見届けると、全員にココ達の退避が完了した事を伝えた。対するナイトナインの兵は全員NVGを外しており、これで視覚的な不利は無くなった。だが人数が多い分、やはり自分達が不利な立場である事は変わらなかった。制御室内は銃声と硝煙の匂いに満たされ、それぞれの銃からは薬莢が際限なく吐き出され続けている。本来カレンは俊敏さを生かした接近戦を得意とするものだが、この状態では遮蔽物から飛び出した瞬間ハチの巣にされるだろう。以前、雪山でバルメが銃弾をかわした事を思い出したが、あれは1対1での場合だ。カレンはこの状況では無謀な上、自分にできる芸当ではないと判断し、中距離戦に徹する事にした。

 

「トージョ!左だ!」

 

マオが叫ぶと、トージョはサイトを左へと向け、こちらを撃とうとしているナイトナインよりも先に引き金を引き、頭を引っ込ませた。が、同時に遮蔽物奥からグレネードが投げ込まれたのが見えた。よくある破片手榴弾には3〜5秒の遅延信管がついている。自分のもとまで飛んでくるのに1秒かかるとすれば、灼熱の鉄片が自分の頭蓋を粉砕し、圧力波で床一面に散らばらせるまでは残り3〜4秒しかない。相手が少し待って投げていれば別の話だが、今の状態で致死範囲から出る時間はない。トージョはグレネードを掴んで飛んできた方向へ返し、すぐさま身を遮蔽物に隠した。3秒後に凄まじい爆音が響き、空気を切り裂いた。ナイトナインの兵2人の身体はグチャグチャにえぐられ、血や臓器の破片が床に飛び散っていた。

 

「エネミーツーダウン!」

 

一部始終を見ていたワイリの口からは、思わず "クレイジーだぜ" という言葉が漏れた。隣にいたレームは、失われた左側の視界カバーする為、身体の右側を遮蔽物から出して撃っていた。それでも腕が鈍る事はなく、的確な射撃でナイトナインを牽制していたが、ナイトナイン側も下がる事はせず、押し返そうと機会を狙っているようだった。

 

「出過ぎですルツ!下がって‼︎」

 

バルメがルツに向かって叫ぶと同時に、ルツの肩から鮮血が飛び散った。衝撃で後ろによろめくと、続けて後を追うように銃弾が太腿を貫いた。ルツは衝撃を身体で流しながらそのまま身をひるがえし、遮蔽物に身を隠した。

 

「ルツが撃たれた!バルメ、カバーしろ!」

 

レームが叫ぶと、バルメはMASADAを片手で構えながら腕を突き出し、ナイトナインに向かって弾をばら撒きながら勢いよく駆け抜け、ルツのいる場所に転がりながら片足で勢いを殺して止まった。

 

「すまねぇアネゴ…」

「全く、手がかかりますね!」

 

悪態をつきながら負傷した肩と太腿の傷を確認した。服は血で濡れ、色が濃くなっていた。バルメの手は血に染まり、ぬるぬると不気味な光を反射していた。

 

「弾は抜けてます、はやくここから下がらないと」

 

そう言いながらルツの無事な方の肩を担ぎ、ヨナが正面の敵を牽制している隙に後退した。脚を撃たれたルツは、かなり動きが鈍くなっている。肩も撃たれ力なく垂れている腕を見るに、今の状態ではまともに撃つ事すらできないだろう。片手で構えて撃つのには限界がある。突然、バルメの頭の上の空気が銃弾で切り裂かれた。反射的に姿勢を低くし、弾が飛んできた方に向かって応射した。何とかルツを脱出路のゲート際まで引き戻したものの、やはりこのままではナイトナインの進軍を抑える事は不可能だった。バルメはベストに装備されたマガジンの数を確認した。残り2つ、戦いが長引けば、自分達に勝ち目はない。そう思った刹那、顔の横にあるゲートのパネルが撃ち抜かれ、飛び散るガラス片に思わず顔をそむけた。

 

「バルメ!」

 

ヨナは瞬時に身体を倒し、伏せた状態で相手の死角から目いっぱい撃ち込んだ。弾は下から兵の頭蓋骨を貫き、反動で一瞬宙を舞いながら床に崩れていった。別の兵がヨナに気づき、照準を上から下に流して連射したが、ヨナは身体を素早く横に転がし、間一髪で弾をかわした。腕を伸ばし、流れるような動作で転がりながら兵の脚を撃ち抜き、体勢が崩れたところを腹部から頭部にかけて、なじるように連射した。兵は霧のような血を吹きながら、反動で身体が後方に飛び、壁にもたれかかった。2人の射殺を確認すると、ヨナはうつ伏せから仰向けになり、目の前の壁を蹴った反動を利用して後転し、姿勢を元に戻した。さっきの連射によってヨナが所持するマガジンは残り2個となった。

 

「ダメだココ、これ以上とても防ぎきれそうにない。ルツが負傷した」

 

SCARの初弾を装填しながら無線でココに言った。しばらくの沈黙の後、ココが口を開いた。

 

「これ以上の戦闘継続は困難だ。総員、撤退せよ」

 

ココの声を聞いた各々が一瞬表情を曇らせたが、すぐに命令に従った。互いをカバーしながらゲート際まで後退するさまを見て、ナイトナイン側の銃撃はさらに過激になった。全員がゲート際まで後退し、ハンヴィーが停めてある地点まで向かおうとした時、マオはある事に気がついた。壁に備え付けられた制御パネルが撃ち抜かれ、使い物にならなくなっていたのだ。

 

「クソ!パネルが壊れてここを隔壁閉鎖できない!このまま撤退すれば奴らに追いつかれる!」

「何とか距離を離すだけの時間を稼がないと」

 

ナイトナインはじりじりとヨナ達との距離を詰めてきていた。このまま撤退しようものならば、ハンヴィーに乗り込む前に追いつかれ、ココもろとも全員が死ぬ事になる。それぞれが応戦しながら策は無いかと脳をフル回転させていると、唐突に、カレンの銃撃が止んだ。空のマガジンを床に落とし、弾薬を再装填すると短い息を吐いてこう言った。

 

「私が向こうのコンソールでこのゲートを閉じる。お前達は援護しろ」

「おい、何に勝手に」

 

トージョの言葉をさえぎるように、カレンは勢いよく飛び出した。

 

「カレンを援護しろ!奴らの頭を押さえるんだ!」

 

すぐさまレームが叫ぶと同時に、カレンは制御室中央にあるコンソールに向かって一直線に駆け抜けた。目の前のデスクに置かれたラップトップのディスプレイが撃ち抜かれ、カレンの腕を掠めたが、臆する事なく踏み込み、壊れたラップトップを薙ぎ払いながらデスクの上を飛び越えた。コンソールまであと5m、眼前に広がるマズルフラッシュの群れの中、1発がカレンの腹部を貫いた。カレンは苦痛に顔を歪めたが、歯をくいしばって前方に転がり込んだ。コンソール真下の壁に身体を打ち付けながら、カレンは上に手を伸ばし、振り下ろすようにゲートの非常閉鎖ボタンを拳で叩いた。サイレンがけたましく鳴り出し、オレンジ色のランプを点滅させながらゲートが動きだした。

 

「カレン!」

 

バルメが叫ぶと、カレンは短く切り落とした髪を揺らしながらこちらを見た。鋭い眼を向けながら、構えていたハンドガンを短く横に倒し、「行け」というジェスチャーを送った。横腹からは血が流れ、武器を構える手はその血で赤く染められている。ゲートが音を立てながら閉じていくなか、バルメは最後までカレンを見つめ続けた。ゲートが視界を遮る直前、彼女がふっと笑みを浮かべたように見えた。そしてゲートが閉じると、ついに何も見えなくなった。銃声は厚い隔壁に遮られ、ほとんど聞こえない。さっきまでの地獄のような轟音が唐突に静けさを取り戻し、まるで別世界にいるかのように感じる程だった。そしてカレンは、この壁を越えた向こうの世界に、1人留まった。冷たさを感じるような空間に無機質な機械音がこだまし、頭の中に響き続けていた。

 

「カレンに敬礼を送れ」

 

レームが沈黙を破り静かに言うと、それぞれが手を添え、カレンに敬礼を送った。敬礼を終えたあとも、誰1人として言葉を発さなかった。様々な感情が混濁し、何も言えなかった。

 

「ココ達と合流してここから撤退する。行くぞ」

 

それぞれが胸に思いを抱きながら、非常ランプによって赤く染め上げられた、ほの暗い通路を駆け抜けた。

 

 

 

 

~地下制御室

 

中央に備え付けられたコンソールの下で、カレンは1人壁にもたれかかっていた。ナイトナインの銃撃は止む事がなく、着実に自分のもとへと迫ってきているのが感じられた。苦痛に耐えるなか、カレンはSIG Sauer GSRに装着されたバヨネットに反射する自分を見ると、思わず笑みがこぼれた。

 

「丸くなってしまったな、私も」

 

そう漏らすと、壁に身を任せながら立ち上がり、深く息を吸って壁から飛び出した。飛び出しざまに身体を反らしながら3発撃ち込み、弾は1人の男の脚を貫いた。カレンはその隙を見逃さず、着地と同時に床を蹴り上げて姿勢が低くなった男の首もとめがけて飛び込み、バヨネットで首から心臓にかけて突き刺した。鋭利な刃が肉を抉り抜く感触を手に感じながら、そのまま後側に回り込んで腕をねじ込み、曲がった腕を肘ごと上に付きあげて肩の関節を外した。鈍い音と共に男が叫び、糸が切れたように前のめりになったところをすかさず羽交い絞めにした。男を盾にしながら続けざまに弾を撃ち込み、目の前のもう1人の兵の頭を撃ち抜いた。

 

「こいつまだ...!」

 

奥にいた別のナイトナインが撃とうとした瞬間、カレンは絞めていた腕を解き、今さっき撃ち殺した男が崩れ落ちる前に低い姿勢で下から潜り込み、そのまま前方に押し上げながら突き進んだ。ナイトナインの撃った弾は男の身体に阻まれ、カレンに届くなく男の背中へと撃ちこまれ続けた。距離を詰めると肩で男を突き放し、回し蹴りを喰らわせて奥の男に叩きつけた。身体がよろめいた瞬間、更に距離を詰めて男の顎を銃で突き上げ、脳幹ごと撃ち抜いた。血が飛び散り、顔にかかった。残りは5人、再び動き出そうとした瞬間、腹部の痛みと失血がカレンを襲った。ナイトナインも、その隙を見逃す事はなかった。ナイトナインの放った弾は、カレンの肩や脚、胸を貫き、カレンは力なく倒れた。指先や身体の感覚が薄れていくのを感じながら、最後の力を振り絞り、倒れざまに1発、ナイトナインに弾を撃ち込んだが、弾はヘルメットを掠めただけだった。床に倒れ込むと、ついに身体に力が入らなくなった。握っていたSIGが手から離れ、音を響かせながら床の上に落ちた。全身から力が抜けていくのが感じられ、カレンはただ1点に、天井の光を見つめていた。永遠のように感じるその時の中で、かつての師である陳国明の姿が目の前に広がった。‘あぁ、これが走馬灯というものなんだな‘と思いながらも、目前まで死が迫っているのに対し、不思議と穏やかな気持ちだった。師を殺され、道を失った自分を照らし導いてくれたミナミを護る事が、彼女への何よりの恩返しであると、心の底から思っていた。吐く息と共に失われていく意識の中、この瞬間、長い年月をかけて研ぎ澄ましてきた狼(ロウ)の牙は、最後には誰かを傷つける為ではなく、誰かを護る為に使えた事が、せめてもの自分への救いだと、カレンは自分にそう言い聞かせた。眼前に広がる光が徐々に薄れ、やがてカレンの瞳は、深い暗闇へと沈んでいった。

 

 

~to be continued


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