とある魔術と科学の東西冷戦(コールドウォー) ーーI'll break your fuck'n fantasy!!ーー   作:名無 太郎

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The walking dog

7月17日ーー

 

マイアミ都市圏が富裕層向けの行楽地から学生の街へと変化を遂げて久しい。元はハリケーン被害からの復興事業と復員軍人への職や住居の提供とをかねて開始された再開発事業によるものであったらしいが、今やその範囲はマイアミ・デイド郡全体にまで及び総人口が230万を数え内8割を学生が占めるまでに至っていることを考えるとひとまず成功とみてよさそうだ。長机の上の調書の束をまとめながら眼鏡に肩で切り揃えたつややかな黒髪の少女、ミリー=コノルス(固法美偉)はそんなことを考えていた。

 

(尤も、お陰でこっちはせっかくの夏休みだってのに大忙しなんだけどね。最近世間が騒がしいし、手のかかる後輩を二人も抱えてるし…)

 

 そう苦笑しながら、バインダーに書類を綴じる手を止めて長机の反対側のほうへ眼をやる。視線の先では頭に大量の花飾りをつけたアジア系少女がはんだごてを用いてプリント基板にコンデンサを溶接している。服装は自分と同様、赤いネッカチーフに緑色の腕章(ブラッサード)、そして支給品の白いシャンブレーシャツと紺色のスカートとベスト。机の少し奥には計算尺と対数表、そしてその脇には数本のチュロスの入った紙皿とコーヒーの入った紙コップが置かれている。

 

 

 学問の自由を最大限に尊重するため、この街は基本的にアメリカ合衆国の司法からほとんど独立状態にあるとみなされることが多く、実際市内のトラブルに警察が介入してくることはない。尤も十数年前から街そのものが国連機関たるUNESCOの管轄下と見なされ不可侵性が認められているため合衆国憲法が適用されることは決してないのであるが。

この街で警察や保安官や州兵の代わりを務めるのは風紀委員活動(フィシオ)警備員(コントラ・カパシダ)。前者は主に生徒、後者は教職員や研究者など大人からの志願で成り立っている。生徒や教師が自警団的に治安維持を務めるのは第一学園都市が西部の砂漠地帯に開かれて以来の伝統だと聞かされているが誰も真実は知らない。

 そして彼女らが属しているのが風紀委員活動というわけである。

 

「チョーチュンさん? その、きりがいい所でいいからこちらも手伝ってほしいんだけど」

 

「はい只今、すぐ行きます。ああ、先輩もコーヒーお飲みになりますか? ちょくちょく『能力』使ってるからまだ淹れ立ての温かさですよ」

 

「いえ、喉乾いてないから大丈夫よありがとう。外で仕事してるならまだしも」

 

 事実、フロリダの強い日差しにもかかわらず室内は空調設備と照明器具によって常に適切な温度と明るさが保たれており、二人はまったくと言ってよいほど汗をかいていない。

チョーチュンと呼ばれた少女は友人達から『飴玉を転がすような甘ったるさ』と評される高い声で返事をすると、はんだごてを台に置き立ち上がってミリーの方へ小走りで向かい、整理作業に加わった。彼女の名はクローナ=チョーチュン(初春飾利)。ミリーが責任者を務める風紀委員第1団7隊7班の通信士(オペレータ)である。

 

 

「しかしこうも事件や事故が多いと気が休まる時がなくて大変ですね。せっかくの休暇だっていうのに厄介ごとを持ち込むおバカさんが多すぎて、相棒のお手入れにまで手が回りません」

 

 彼女の愛機・通称『ディアブリータ・グラモローサ』。彼女が一からくみ上げたマイクロコンピュータである。これの導入によって一気に業務の能率が上がったと隊内でももっぱらの評判である。

 

「それは困ったわね。あの子のお陰で随分と仕事が楽になったわけだし。でもまあ、たまには自分でも頭や体を働かさないといけないしいつもお世話になってるから少しは休ませてあげてもいいんじゃないかしら……あ、そういえば紙が詰まってたタイプライター直してくれたんだっけ。いつもありがとうね」

 

「いえいえ、割と簡単な構造だから10分と掛かりませんでしたしお安い御用です。それに、私の取柄なんて手先が器用なことしかありませんから」

 

 部屋の片隅にあった重厚な木製のドアがあわただしく開かれ、二つ縛りのおさげ髪の少女が躍り込んできた。

 

「た、只今戻りましたの……」

 

 上品な英語で話す少女の服装は既に部屋にいた二人とは違い腕章を除けば灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス、そしてその上に袖無しのサマーセーターというもの。

 

ミリーとクローナは少女のほうを見やり軽く敬礼をした。

 

「新兵教育お疲れ様、ミス・ホワイトスプリング」

 

「恐れ入りますの……」

 

「お帰りなさいクロエさん、今何か冷たい飲み物入れますね」

 

「お願いしますわ……」

 

 クローナが部屋の隅に置かれた冷蔵庫のほうへ向かったのを横目で見ながらホワイトスプリングと呼ばれた少女は手ごろな椅子を引き寄せ腰かけ、額の汗を手に持っていたハンカチで拭った。幼い容姿に似合わぬしゃがれ声のこの少女の名はクロエ=ホワイトスプリング(白井黒子)。クローナとは同級生である。

 

 

「本当にそそっかしい子ですの、すぐ忘れものをするわ道を間違えるわと……先が思いやられますわ」

 

「あら、隊規違反の常習犯でいつも始末書の山に追われている貴方が言えたことかしら? たまにはこうして自分を顧みる機会があった方がじゃない」

 

「うう、それはそうですが…」

 

 悔しそうに口をとがらせるクロエ。そこへミルクセーキのグラスを盆へ乗せて運んできたクローナ。

 

「でもこの支部で最も経験豊富な隊員の一人で、面倒見がよくて優しいクロエさんが一番適任だと思いますよ。だからこそ白羽の矢が立ったのではないですか」

 

「まさか。学校がたまたま同じで学年も同じだった。それだけの理由だと思いますわよ……ありがとうチョーチュン」

 

 クロエはグラスを受け取って口元へ運びながら、

 

「あ、そういえば彼女カバンを忘れて行っておりませんの?」

 

「ええ。確かに忘れていったようですね。玄関に落ちていて、今警備員のほうで保管してもらっています。財布と身分証も確かに入ってました」

 

 彼女らの属する第1団7隊7班支部はハリケーン被害と世界恐慌のため廃業せざるを得なくなったかつての高級ホテルの一室を間借りする形で置かれている。数年前まで退役軍人用の病院や大学の校舎として使われていたがどちらも近所にできた新たな建物に移ったことで使用可能になった。それ以外では警備員の学区支部もここに置かれている。ちなみに『旧市街』中心部の緑地にある開拓時代の砦最後の現存遺構である石灰岩造りの兵舎が風紀委員の本部である。

 

「やっぱりですのね……所持金や身分証は常に肌身離さず持っておけと常日頃あれほど口を酸っぱくして申しておりますのに…これはもう一回きつく言い聞かせておくべきですわね」

 

「今どちらに?」

 

「近所のパトロールをするということで『セブンス・ミスト』前で別れましたの。何か変わったことがあれば直ぐ連絡するようにとは伝えておりますが、お金がないようでは公衆電話は使えませんし……」

 

 突然ミリーのそばにあった黒いダイヤル式電話機がけたたましく鳴りだした。すかさず受話器を取るミリー。

 

 

 

「はい、こちら風紀委員活動(フィシオ)第1団7隊7班であります!」

 

「もしもし! こちらカーリー=リングレット(牧上小牧)、大変です! 私ひとりじゃどうにも手が負えないというか、今すぐに増援をお願いいたします! もう大変なんです! 誰でもいいからすぐ来てください!」

 

 受話器の向こうで話している少女こそクロエが教育係を務めている新入りに他ならない。

 

「落ち着いて、まず何が起きたのか順に話してちょうだい」

 

「わたくしに代わってくださいまし……カーリー、一体何がありましたの?」

 

「あ、クロエさん……単刀直入に言うとね、駅前の公園でモハカさんが男の人と喧嘩していて…」

 

 『男の人と喧嘩』の下りを聞いた所であきれ顔になりため息をつく。

 

「またですのね……分かりました、すぐそちらへ向かいますの。ところで、貴方一体どこから電話を……?」

 

「公衆電話」

 

「でも貴方財布をここへ忘れてるではありませんの」

 

「あ…」

 

「貴方、まさか公衆電話をタダがけしておりますの…?」

 受話器を持ったままクローナの方をにらむと周りにいたものも全員彼女のほうに視線を向けた。

 

「そんな…私はごく簡単なおもちゃをあげただけですよそんな目で見ないでください」

 

「い、いえ…だってチョーチュンさんがくれた笛は2600ヘルツの音が出せてそれで回線に無料で繋げるんです。アラスカで空軍パイロットをしている文通友達に教えてもらったとかで、初めて聞いたときは目から鱗で「チョォォォォォチュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンンンン!!!!!!」」

 

 受話器を本体へたたきつけ通話を打ち切るとクローナへ飛び付き両頬を力いっぱいつねり上げる。

 

「貴方まだ懲りてませんでしたのね!!」

 

「いひゃいひゃいろめんなひゃいひゅねらなひれ」

 

 クロエが手を離すと赤くなった頬を涙目でさすりながら言った。

 

「緊急時なんだからそれくらい許されてもいいじゃないですか!」

 

「れっきとした犯罪ですわよ! 曲がりなりにも生徒の範たるべき風紀委員が軽犯罪に手を染めるなど……」

 

 烈火のごとく怒るクロエをなだめるミリー。

 

「まあまあ、お説教はこの後の私に任せて貴方達は直ぐ現場へ急行して頂戴な。チョーチュンさんとリングレットさんは後で居残り。それでいいわね?」

 

笑顔でそう告げながら眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせるミリー。それを見てすかさず姿勢を正すクローナ。

 

 

「ひ、ひゃいっ」

 

 舌足らずにそう返事をすると発明狂の少女は自分の席の残りのチュロスをまとめて頬張ると傍らの紙コップを取り上げその中に入っていたエスプレッソで勢いよく流し込んだ。

 

「頭脳労働に糖分補給は必須ですから」

 

 きりっとした表情でそう述べた後席の脇においてあった自分のカバンを持ち呆れ顔のクロエのもとへ駆け寄り彼女の手を取る。

 その瞬間、少女たちの姿が跡形もなく消えた。

 

―――

 

 ピカッとまばゆい光が飛ぶたび耳を聾さんばかりの雷鳴と轟音が鳴り響き天地を震わせ

そして後には信号灯の消えた道路信号機だの明かりの消えたビル街だのショートした街灯だの焼け焦げた木々だのが残される。

 通行人はどこにもいない。恐れをなして地下鉄の駅か建物の中へ逃げ込んだか。

 

「勝負をしろ!アンタも男なら投げた手袋を拾って尋常に勝負なさい!」

 

 怒号と同時に雷雲の如きすさまじい放電。しかしその中心にいるのは齢13か14ほどの快活な少女だ。服装はクロエと同じ。薄茶色の瞳をして少し日焼けをした短髪、身長は5フィートより少し高いようであり、筋肉質で引き締まった体つきをしている。

 

「だから俺はこの後補講があって暇じゃねーんだってば!!」

 

その放電がある地点で雲散霧消する。その場所では、ウニを髣髴とさせるトゲトゲとした短い黒髪をしたアジア系の少年が右手を必死でかざしていた。

 

 

 クロエとクローナが姿を現したのは騒ぎの渦中にある件の公園の入り口であった。

よく晴れた夏の日の午後だというのにこの辺りだけ雷雲で覆われ薄暗い。

 

「あっ、クロエさん! それにチョーチュンさんも! 待ってましたよ」

 

そう言いながらそばの公衆電話ボックスから震えながら出て来たのはクロエと同じ緑色の腕章に灰色のプリーツスカートと半袖のブラウス、そしてその上に袖無しのサマーセーターといった出で立ちの少女。クロエと同じくブルネットの髪をおさげにしているが、三つ編みに見えてしまうほどにカールした癖っ毛だ。

この少女こそ先ほど支部に電話で増援を要請したカーリー=リングレットに他ならない。

 

「少し遅れたことは謝りますの、ちょっとしたトラブルがございまして……貴方のほうは何かお怪我などありませんの?」

 

「私はずっとこの中に隠れてましたから大丈夫です。何しろこの電話ボックス避雷針がありますから」

 

「そうでしたの。無事で何よりでございますけれども、やはり利用者のことも考えますと長い時間閉じこもるというのは……」

 

 また小言に向かいそうな雲行きだったが、突然チョーチュンが叫んだことで中断された。

 

「あっ、電撃が止みましたよ!」

 

「急ぎましょう」

 

 クロエの声を合図に三人は一斉に公園の中へ入り二人が対峙している所へ向かった。

 

 

「相変わらず出鱈目な『能力』ねぇ……」

肩で息をし、前方の少年を睨みつけながら少女は荒い息とともに言葉を吐いた。

 

「どんなに出力上げたって焦げ目の一つもつきやしない」

「ついてたまるかよ。人をバーベキューのロブスターか何かみたいに言いやがって。まあ――」

 

 汗をぬぐいながら白のポロシャツに黒いチノパンを身に着けたその少年は言った。

 

「ウニみたいな髪型とはよく言われるけどさ。だが食われるのはごめんだぜ」

 

 入り口から入って並木道や緑地を抜けた先は公園というよりはむしろ公道とも接続した広場とでも呼ぶべき場所である。

巨匠フランク=ロイド=ライトが設計したという一面ガラス張りのUNESCOマイアミ支部。その玄関先に位置するのがこの半円形のフレンドシップ広場だ。

合衆国(ステイツ)とソビエト・ロシアの友好を記念する広場とされており、両外縁の中央にはトーマス=ジェファーソン(都市においてはむしろ優れた科学者でもあったベンジャミン=フランクリンの方が人気だが)とウラジミール=レーニンの20フィート近い巨大なブロンズ像がそれぞれ向かい合わせに立っている。さらに広場の外周を取り巻くように林立するポールには現在国連に加盟しているすべての国の国旗が掲揚されている。

他には科学における飽くなき探究心やより良い世界を実現するという使命感などアカデミック・シティの精神を象徴するとして巨大なニコラ=テスラの石製胸像、南フロリダ一帯の発展の基礎を築いた鉄道王ヘンリー=フラグラーのブロンズ製胸像が隅に置かれている。

 

 

そのど真ん中でティーンエイジャーの少年少女が対峙しているのだ。

 

 

「それに俺は『能力者』じゃない。残念ながらL0のしがない『無能力者(アンカパシテ)』の一人にすぎんのですよ」

「嘘おっしゃい! 一体どこにL5――『超能力者(シュルナテュレル)』の攻撃をいとも簡単に打ち消すL0がいるっていうのよ!」

 

そういうと少女は冬が終わった後も使いきれず持て余していたのであろう使い捨て懐炉(フットウォーマー)を数枚出しまとめて袋を破いて

 

「アンタも知ってるでしょう、鉄の酸化の熱を利用してるって」

 

中の砂鉄をぶちまけた。

 砂鉄は地面に落ちる―と思われたがそんなことはなくふわふわと空中を漂っている。

「一体何がしたかったんだ……?」

 

 やがて無軌道に漂っているように見えるのが実はそうではなく、実際には少女の右手のほうへ流れ、彼女の手の中で集合しつつあるのだということに気づき、相手の意図を理解した。どうやら今の彼女の体はちょっとした電磁石になっているらしい。

 

「おい汚いぞ! 丸腰の相手に得物なんて…」

 

「何言っているの? 正真正銘私の能力で作ったものだし何の問題もないでしょ? それに…」

 

 果たして彼の危惧した通り、集まった砂鉄は一振りの長剣へと形を変えつつあった。既に成形された柄の部分をしっかりと握り少女は不敵な笑みを浮かべながら言った。

 

「勝負に卑怯なんて概念はない。ルール無用、勝てば官軍、勝敗がすべてよ」

 

 そういうが否や剣を大上段に振りかぶり「キェヤァァァァァ!!!」と鬨の声を上げながら吶喊してきた。少年は右手を突き出して身構える。

 

「砂鉄が振動していて怪我しやすいから気を」

 

 付けてね、というよりも早く砂鉄の剣はかき消された。ちょうど彼の右手の部分に触れた時であった。

風に吹かれて文字通り雲散霧消する砂鉄を呆然と眺める少女に対し、やれやれといった表情でかぶりを振りため息交じりに少年は告げる。

 

「何やっても同じだ。もうあきらめろよ。それに今の攻撃、普通なら死んでもおかしくなかったぞ。これに懲りたらもう……」

 

「いや、まだよ……」

 

「まだやんの?」

 

「まだ試していない技がある!」

 

そう叫ぶや否や目にもとまらぬ速度で後方宙返りで飛び下がり一気に50フィートほど間合いを取る。

 

「私の代名詞にして十八番、これは止められるかしら?」

 

 そういってスカートのポケットから銀貨を取り出したとき、クロエ率いる風紀委員(フィシオ)三人衆が広場に現れた。

 

「風紀委員ですの! お二人とも速やかに交戦をお止めに……」そこまで言って少女の持っていた銀貨を目にとめてクロエの顔からサーっと血の気が引いた。

 

「2ペソ銀貨……お姉様、まさかあれをおやりに…」

 

「クロエさん? あれがどうかしたんですか」

 

「チョーチュン、カーリー! 今すぐあの殿方を退避させてくださいまし! わたくしがお姉様を説得いたしますの!」

 

 遅かった。クロエがそう指示を出すが早いか、銀貨は右手の親指で空中に弾き飛ばされた。太陽に照ってキラキラと輝くのが嫌でも目に付く。三人と少年が呆然と見上げる中、高く放り投げられた銀貨は、クルクル回りながらそれを弾き飛ばした少女の右手の親指の上に再び落ちて来た。彼女の右手は、前方に向かってピンと伸ばされている。

 クロエが叫ぶ。

 

「皆さん伏せてくださいまし!」

 

「もし知らないのなら、教えてあげる……」 銀貨が親指に触れた瞬間、

 

「こ れ が 私 の レ ー ル ガ ン よ!」

 

すさまじい速度で射出された。まるでレールの上をすべるかのようにまっすぐ。

 

 

 伏せながら思わず目を背けるクロエ達。しかし、悲鳴や人体の破砕されるむごい音の代わりに聞こえたのは何か硬い物が砕けるような鋭い音だけである。

恐る恐る視線を挙げると、そこにはジュール熱だか摩擦熱だかで原形をとどめない程に溶けて地面にへばりついている銀貨と火傷した手をかばって悶絶しのたうち回っている少年の姿があった。

 

 

 

「「「まさか…打ち消した…?」」」

 

 

 

 

「先ほどはお姉様が失礼いたしましたの」

 

「全くだ。仮にもお嬢様が行きずりの人間とっ捕まえて殺しにかかるなんて世も末だぜ……ああ、サンキューな」

 

「いえ、これが仕事ですから」

 

右掌に包帯を巻いてもらった少年は先ほどまで手当をしてくれた風紀委員二名に礼を言った。

 

「しかしこの右手、能力ではないんですか?L5の攻撃を打ち消すほどの強さだなんて……」

 

「ああ、これね、未だによくわかってないんだ。分かってることといえば能力とはまるっきり別物ってこと、異能の力で生み出されたものなら水爆並みの炎だって打ち消せるってことくらいかな」

 

「そうなんですか……不思議です」

 

クロエはというと手帳と鉛筆を片手に事情聴取を続けている。

 

「それでお二方、どのような経緯があったのかお教えくださいまし」

 

「簡単さ、俺が自販機のドリンクを飲もうとしたらいきなりビリビリのやつが怒り出したんだよ」

 

「ビリビリって呼ばないでって言ってるでしょうが! 何よ、先手はアンタだったじゃない!」

 

先手(first move)ですって?」

途端、少年に向けるまなざしが険しいものに変わる。彼女の脳裏に浮かんだイメージは…とてもここで申し上げることはできない。

 

「貴方お姉様に何なさいましたの? 場合によっては性犯罪の線で取り調べを……」

 

「ば、莫迦っ! いかがわしい想像するんじゃない! そうじゃなくて、コイツが私の欲しかったもん先に持っていきやがったのよ! 『カエルのリビッティ』のキーホルダー、めったに見つからないレア物なのに!」

 

『カエルのリビッティ』とはサイレント時代からラブリーミトン社のアニメ映画に登場しているキャラクターである。髭を生やしたカエルといった風貌で、乗り物酔いしやすいという設定はデビュー以来一貫している。ちなみにラブリーミトン社はつい最近英国とアカデミック・シティの合弁会社であるトイドリーム社に買収された。

 

「ああこれのこと? なら先に言ってくれればよかったのに」

 

そういうと少年は無事な左手で胸ポケットから瓶のネックにかけるための穴の開いたごく小さな紙袋を取り出して少女のほうへ投げた。少女は両手でキャッチした。

 

「え? これくれるの」

 

「勿論。俺が持ってても仕方ないしさ」

 

「本当に!? どうもありがとう!」 少女は先ほどまでの険しい表情から打って変わり屈託のない満面の笑みを浮かべ紙袋にほおずりした。それを見て呆れ顔で独り言つクロエ。

 

「いつになったら大人になってくださいますの? 子供だましのくだらない景品のために下らないケンカ……」

 

「何 か 言 っ た ?」

残念、聞き逃さなかったようだ。慌てて取り繕うクロエ。

 

「い、いえ、なんでもございませんの。リビッティかわいいですわよね」

 

「え、クロエもやっぱりわかる? まさかルームメイトが同好の士だったなんて!わーい嬉しー! 今度また見つけたらクロエにもあげるね」

 

「いえ生憎間に合っておりますの……とにかく、今回のことは報告させていただきますの。道行く人々にも只今迷惑がかかったことでしょうし、それにごらんなさい」

クロエはそう言ってその場にいた全員に対し手で周囲の惨状を示す。

折れたり焼け焦げた国旗のポール、焦げてえぐれた石畳、周囲の並木も無事に立っているものは一本としてなく、奥の支部の前ではUNESCOの大使と思しき人物が腰を抜かして地面にへたれ込んでいる。かろうじで像は無事のようだが。

「恐らく大使からも統括理事会に対して直接抗議が及ぶことと思われますの。さすがに賠償を要求されないとはいえ反省文程度で済むとは思えませんの」

 

「待ってくれ、俺は一方的に巻き込まれてここまで追い詰められたんだよ」

 

「喧嘩両成敗。どんな事情があったにせよ貴方とお姉様がここでトラブルを起こしたのは覆しようのない事実ですの。とりあえず今から謝罪の練習でも……」

 

「みんな、それにしても本当にお疲れ様!」

 

「お姉様は話を聞いておられないのですね。なら寮に帰ってからでも」

 

「ああそうだ、アンタたちも喉乾いてるんじゃないの。これはお詫びを兼ねた私からのおごり」

そういっていつの間にか手に持っていた手提げカバンからいくつかの飲み物の缶や瓶を取り出し風紀委員三人に配る。

 

「へ? あ、ありがとうございます!」

 

「いただきます!」

 

(まあ、大した罰にはなりませんわね)「ありがたく頂戴いたしますの」

 

「ごめんな、まともなの俺たちがもう飲んじゃってさ、残ってるの色物だけなんだ」

 

「ライム・シチュー? ありがとうございますこれ大好物なんです!」

 

「げぇ、リコリス・ジュースか」

 

「……肝油ルートビアですの」

 

「つかぬことを聞くけど、俺そろそろ解放してくれないかな? この後補講が控えててもうすぐ始まっちまうんだよ!」

 

「ええ構いませんの。ただし相応の罰は覚悟して、そして二度とこのようなことはなさらぬよう。お姉様もですの」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

「それじゃ!」軽く手を挙げて会釈し、そのまま走り去ろうとしたとき。

 

「そう言えば、こんなたくさんのジュース一体どうしたんですか」口を開いたのはチョーチュンだった。

 

「ああ、それね。自販機がアイツの2ドル札を飲み込んだままうんともすんとも言わないって嘆いてたからジュース出してやったのよ。我が校伝統のキックでね」

 

「お姉様はまたそのようなことを」

 

「なによ、こっちはすでに何回も金払ってるんだから盗んだってことにはならないはずよ」

 

「ちょっと待って、それじゃあ私たちが今飲んでるこのジュースも……」と不安げな声色でカーリー。

 

「つまり私たちも同罪……」とクローナが言うと、三人の風紀委員は顔を見合わせた。

 

「あの……みんな?」

 

少女が不安げに問うとクロエはピンと姿勢を正して向き直り敬礼した。

 

「お姉様に殿方、今回の一件は不問にいたし不幸な事故だったとして処理いたしますの。お二人ともご無事で何よりですの。ご協力ありがとうございました。それでは気を付けてお帰りくださいまし」

 

そういうが早いかほかの二人と円陣を組みそのままどこかへ消え去ってしまった。

 

「何だったんだ一体全体……」

 

「でもまあ、今後の進学に差し支えるようなことがなくなってよかったと思わない?」

 

「まあな」

 

「トーマス=カミジョー(上条当麻)!」突然広場の前方の公道へ続く開けた空間から呼ぶ声がした。そちらの方へ視線を向けると細い目をしていて、髪を短く刈り込んで青く染め金色のピアスを耳に通した白いアメリカンフットボールのユニフォームに身を包んだ大男が手を振っている。

 

「探したんやで! どこで油売ってんねん! もう補講始まっててセレーノ先生心配しとったで!」

 

「わりぃわりぃ、ちょっとしたトラブルでさ……じゃ、またなビリビリ」

 

「その名で呼ぶんじゃない! あ、ちょっと待って!」

 

走り去ろうとしたところでそう呼び止められて振り返る。

 

「次会うときは、負けないから。いつか絶対アンタに勝ってみせる」

 

「せめて今週中にだけは会わないことを祈ってるよ」とだけ答えて読んでいる友人のもとへ走って向かう。

 

 

 

「なあトミー、あの女の子ってまさか?」学校へ向かう道すがら、青髪ピアスが問う。

 

「ああ、エヴァーグリーン・ハイツ女子校の電撃姫であらせられるミカエラ=モハカ(御坂美琴)様だよ」

 

「なんでまた一緒におったんや? まさか……『三人』の中で抜け駆けして我が世の春到来なんて抜かさへんよな……?」

 

表情は変わらないのに確かな殺気を感じ背筋にゾワリとした感触が走り身震いしたトーマス。

「俺が付き合ってるとでも? バカいえ! たまたま居合わせただけだよたまたま!」

 

「ですよねー。それ聞いて安心したわ。ボクらは学年末のプロムで毎回あぶれる負け犬同士やもんね。女の子にモテたいのは山々なんやけどね……」

 

「そうだよなー……何か出会いがあればいいのになぁ」

 

ぼんやりと街路樹のホウオウボクを眺めながらそう答えるトーマス。

 

 

 

 所変わって、街の基礎が形作られてまだ日が浅い今世紀初頭に、『金ぴか時代』や第二次産業革命の波に乗って巨財を成した富豪たちによって別荘として建設された豪邸の一つにて。(行楽地や歓楽街として賑わっていた狂騒の20年代ならいざ知らず、とても学生の街に似つかわしいとは思えないこれらブルジョア文化と貴族趣味の混淆物にして残滓は今では専ら国際会議の議場や展覧会場等として用いられている。ハーベスター生産で大成功したある実業家が1910年代に蒐集した骨董品の陳列場と冬の別荘を兼ねて建立させたヴィスカヤ宮殿などその代表例だ)

 

アリス・バンドでまとめたつややかな長い黒髪の少女、セリア=ヴォルケンフルス(雲川芹亜)が年代物の調度品でまとめられた応接間のロココ様式の長椅子でまどろんでいると、大広間へ通じる扉がおもむろに開かれた。

ゆったりとした薄いTシャツにパンタロンといった出で立ちのその少女は蝶番のきしむ音で目を覚まし、けだるげに眼を開いてぼんやりとそちらに目を向けた。

扉から出てきたのは、上品で小綺麗ながらもいかにもアンティーク品が似合いそうで今にもカビの臭いが漂ってきそうな古めかしい礼服姿の老人。身を包んでいる老人自身もいかにも紳士らしい気品と19世紀からタイムスリップしたような古風な奥ゆかしさを身に纏わせている。

 

「お疲れ様、ご老体。日々我々のより良い学びと暮らしのため粉骨砕身されているあなた方統括理事がいてこそのアカデミック・シティ、全く頭が下がる思いですわ」

 

「心にもないお世辞は結構。第一そのようなだらけた姿勢で言われても全く心に響かんよ」

 

 老人はセリアの軽口をいなすと白いハンカチーフで額の汗をぬぐった。まさかこの落ち着いた雰囲気の老紳士がアカデミック・シティを運営する12人の代表からなる統括理事会の一員であるなどとは傍目からは到底思えないだろう。

20年前のトリエステや戦間期のダンツィヒやザール同様、国連管理下の自由地域として完全な中立と治外法権が認められているこの街において、立法と司法と行政のすべてをつかさどる唯一にして最高の意思決定機関。それが統括理事会だ。『市長』にあたる統括理事長をトップに理事長の任命した理事12名。彼らによって都市は運営されている。いわば都市の『内閣』だ。

 

「それで、『オッペラスッチョン』の重役サマは何とおっしゃった?」

 

セリアは上体を起こして背凭れに持たれかけさせながら先ほどまでの会議の成否を問うた。

 

「『オーパロ・エスタシオン』だよ……結論から言うと、取り付く島もなかった。学生への選挙権適用の見送りと理事会傘下の特別委員会設置、連中何が何でもやる気だぞ。たとえ学問の自由を侵害するとしても」老人は手近な古椅子を引き寄せ腰かける。

 

「勘弁してくれ。仮にもこの街の首脳である統括理事の一人であるアンタがそのざまでは示しがつかないのだけど。そんな頼りない理事の顧問を任されてる私の身にもなってほしい」

 

 「環カリブ・メキシコ湾経済開発公社オーパロ・エスタシオン・コーポレーション」。本部はセントオーガスティン。アカデミック・シティの運営主体であり、その事業は港湾整備からインフラの敷設、学校経営、都市開発など多岐にわたる。

前身はスペイン領時代に副王命令で設立された鉱山会社であり、19世紀には鉄道王フラッグラーのフロリダ開発を支援した。現在の姿になったのはニューディール以降。

合衆国連邦政府の出資が5割、米開銀(BID)が3割、残りの2割がメキシコや英国やスペインから。公企業でありながら同時に多国籍企業や国際機関の面をも併せ持つ奇妙な企業である。統括理事もうち三人が彼らの推薦した者である。

 

「残念ながら彼らの言い分にも一定の道理はある。今月だけでも教職員のストライキ10件、学生の反戦デモ20件、労働者の賃上げデモに至っては50件だ。最近は正体不明の爆弾魔による無差別テロを始めスリだの集団暴行だの能力者による犯罪も相次いでいるしな。さらに能力開発施設から流出した薬物を目当てに各地からヒッピーやらギャングが集まりさらに治安は悪化する始末。『赤狩り』の時代には『共産主義者』と認定された人々が大勢ここへ逃げ込んだ事実も連中に正当性を与えてしまっている――『全ての政治的しがらみから自由であるべき前途多望な学生たちの健全な精神が、ボリシェヴィキの有害な思想に毒されるような事態は、何としても避けねばなりますまい』。奴はそう言っていた」

 

「『ボリシェヴィキの有害な思想』ね……」

 

「気に入らんかね。別に毛沢東を支持してるわけでもなかろうに」

 

「この国の自由と民主主義を貴ぶ立場として多少は。そいつらのほざく『政治的しがらみからの自由』とやらは今の今までまともなためしがなかったし、そもそもそういう物言いが既に自由とは程遠いのだけど。似たようなこと抜かした奴らがつい20年ちょっと前に何をしたか……」

 

 セリアはそれまで浮かべていた嘲るような薄い笑みを急にやめて怒りに満ちた表情になった。そして老人の方へ向き直り、そちらへ左肘をぐいと突き出した。老人のほうからは、既にだいぶ薄れていたとはいえしっかりと彼女の腕に刻まれた囚人番号の刺青が見えた。一瞬老人の顔に驚きの表情が浮かんだ、が、一瞬申し訳なさそうな顔になってからまたすぐに元のきりっとしたものに戻った。

 

「そういえば君は生き残りだったな。思い出させてすまなかった」

 

「気にしないでくれ。アンタは何も悪くないのだけど、ドクター・シェルマウンド(貝積)?」

 

 また冷笑的な表情に戻るセリア。

 

「しかし参ったな。今後はより一層非人道的な実験も増えるだろうし、学生が新たにこの街へ来る際の審査も格段に厳しくなるだろう」

 

「全く馬鹿げてるよ。連中が能力の適性がなかった『置き去り』を大勢人体実験やら強制労働で使いつぶしていることや国内外から低賃金労働者をだまして拉致してること、『暗部』の非合法実験向けの人身売買に関与している事実などを指摘してやればよかったんだけど」

 

「確たる証拠がない現状では連中は決して認めようとはせんだろう」

 

「あるいは直接重役の弱みを握って揺さぶりをかけるなんてどうだ?例えば今回の話し相手。私の知り合いの風紀委員にアイツに実の父親殺された奴いるのだけど」

 

「全く……君の考えることは相変わらずろくでもないな」

 

「この世がろくでもないのが悪いんだけど」

 

 会談の相手はイングランド系フランス人のキネシック=エヴァーズ公社理事。元フランス海軍大佐で、参謀本部勤めの身分でありながら秘密軍事組織(OAS)による反乱に加担した罪で軍籍をはく奪されたといわれている。

 

姿勢を直し、改めて長椅子にどっかと腰掛け尊大そうに足を組む。

 

「しかし、一応あそこの経営陣は自称『円卓の騎士(笑)』の末裔サマ方で固められている筈なのに勤続年数と勲章の数くらいしか取り柄のなさそうな能無し制服野郎の入り込む余地がいったいどこにあったのやら」

 

「大方金を積んだかよほど汚いことをしたのだろうよ――しかし、どうしたものかね。連中の独裁政権樹立までの秒読みが始まるのも時間の問題、ヒーローでも出てきてくれん限りお手上げだ」

 

「ヒーローねぇ」何かを思い出したかのようにクスクスと笑い出したセリア。

 

「またろくでもないことを思いついたな」

 

「いいや別に。ヒーローならサートン校の我が後輩の一人に心当たりがあることを思い出しただけだけど。どうかね、彼の力を借りるなんてのは……」

 

 

 

―――

 

 

 

「そして、現在クリフ大学の名誉教授を務めておられるJ=B=ライン博士によって、心理学として『能力』の科学的な研究が始められたのが、今から40年前の1927年。ノースカロライナ州デューク大学でのことです。当時のライン博士は講師(インストラクター)の地位にあり、ウィリアム=マクドゥーガル教授の助手として赴任しました」

 

 何の変哲もない、ごく普通の授業風景である。教壇に立った教師が黒板や配布資料を用いて講義を行い、生徒たちは整然と並べられた席について黙々と―何名かはやる気のなさそうな表情で―それを聞く。夏の強い日差しが南向きの窓から差し込む中、いつもと変わらずに授業は続く。ただし、席の数に反して生徒の数が少なく、まばらである。そして、何よりも驚くべきことは、教壇に立ち、黒板に重要事項を書き込んでいるのが10歳にも満たないように見える幼い少女だということである。

 

「彼は、1934年に発表した著作において『超感覚的知覚(ESP)』という言葉を初めて使用し…」

そこで幼女は不意に言葉を切り、教室を振り返った。後方の席で、授業そっちのけでうたた寝をしている者がいる。机に頬杖をついてうつむいており、一見教科書を眺めながら考え込んでいるようにも見えなくはないが、時折首ががくんと上下に揺れ動いている。

 

「カミジョーちゃーん? 居眠りは先生の授業ではご法度ですよ~?」

 

「ほら、起きろよ。彼女を待たせるもんじゃないぜ?」

 

「うぅーん……」

 

クラスメイト達が耳元で話しかけたり揺さぶったりしてもどこ吹く風とばかりに夢の世界に耽り続けている。全く聞こえていないのだろう。この少年こそつい先ほどの乱闘のもう一人の当事者、トーマス=カミジョーである。

 

そうこうしているうちに、突然頭上に雨が降り注いだ。

 

「わっ!? な、なんだ!?」

 

 慌てて跳ね起きて周囲を見回し、そして頭上に目をやり水が天井の消火用スプリンクラーより注がれているのを発見する。どうやら故障か何かで誤作動したようだ。

 

「やれやれ、スプリンクラーが突然頭上で壊れるなんて、相も変わらずトミーはついてないぜい」

 

「それより見ろよアイツ。水も滴るいい男ってか?」

 

 全身濡れ鼠になったトーマス。自慢のトゲトゲした髪もすっかり濡れて垂れてしまった。そんなみすぼらしい姿にクラス中がドッと大爆笑。

 

 そんな中、教科書やノートの類もびしょぬれだろうなとぼんやり考えながら彼はただこう独り言つのだ。

 

不幸だ……」(ケ・マラ・スエルテ)

 

 

 人類が初めて月に降り立ってからはや7年。依然として熱核戦争の脅威をはらみつつ東西諸国はつかの間の平和と繁栄を享受していた。米ソ両国主導の軍拡や宇宙開発競争の棚上げを背景とする学術・技術交流およびそれに伴う文化交流による相互理解。それらが進んだことによってキューバで対峙していたころよりも格段に第三次世界大戦の危機は遠のいたのだ。両陣営の友好は同時にさらなる技術革新の呼び水となり、より人々の生活水準を底上げすることとなった。その一連の緊張緩和(デタント)の中心を担ったのが米英ソ三国に置かれた諸々の学術機関や企業であり、中でも最も強い影響力を有していたのが北米のある三つの都市である。

 

 一つはモハーヴェ砂漠の広大な人跡未踏の荒野を最先端の灌漑技術を持って切り拓いた第一都市、二つは極北アラスカの原野の真っただ中に建設された経済効果の実験施設である第二都市『ショッピングセンター』、そして第三都市たる『マイアミ・デイド独立合同統一学区』。

この全米一、いや世界一の新興都市(ブームタウン)群にして世界最先端の科学技術を日々次々と生み出し、20世紀の目覚ましい文明の発展を支えている『完全独立教育研究機関(the Completely independent educational research institution)』にはもう一つ特筆すべき特徴がある。三位一体とも称されるこれらの街で開発された多くの革新的技術のうち、最も重要だと見なされているのが、思い込みの力で超常現象を引き起こす『超能力』の安定した開発技術である。そして、その超能力を開発するために世界中から子供を集めているのであり、また集まってくるのだ。これらの街の売りである世界最高水準の教育を受けるために。

ありとあらゆる教育機関・研究組織の集合体であり、学生が人口の8割を占めるこれらの街は、その実態に違わず『アカデミック・シティ』、すなわち学園都市と呼ばれているーー。

 

 

 

 

 

 

 

 




第二話です。
序盤は科学サイドの主な登場人物の紹介回がしばらく続きます。
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