とある魔術と科学の東西冷戦(コールドウォー) ーーI'll break your fuck'n fantasy!!ーー 作:名無 太郎
エヴァーグリーン・ハイツ校。南北戦争よりも早く解放奴隷やインディアンの子女にも門戸を開いた初の女学校としてトロントに開校してから間もなく130年を迎える、都市にある中で最古の名門女子
意外なことに、アカデミック・シティが出来るまでは大恐慌以来運営体制の硬直化や他校との競争への敗北による入学者の減少など寄る年波に勝てず年々経営状態が悪化し続け、あわや経営破綻という瀬戸際だったらしい。
当時MKウルトラ計画の責任者の一人であったロリタ=セレーノ博士が新たに校長に就任した縁で能力開発を受けた女子生徒の受け入れを世界に先駆けて試験的に開始したことで超能力開発ビジネスへの参入に成功。
それからというものL3の
「今度の生徒会選挙、果たしてどのようなお方が立候補なさるのでしょう」
「生徒会長に選出されることは国際社会へのアピールにも繋がりますものね。前回にはシッキム王女のナムゲル様と旧ベトナム皇女のグエン様がしのぎを削られましたが……」
寮と校舎を繋ぎ中庭を取り囲むように設えられた回廊を歩いていて聞こえてくる会話もこんな浮世離れした内容。そしてこんなのが200人近くも集まっているのだ。そんな場所が私の母校。
生徒数約200人の内訳は都市最強のL5が2人、それに次ぐL4が47人、それ以外は全員L3。その気になればいつでも1814年の英国軍よろしくホワイトハウスを丸焦げにできるだけの総戦力を有するとかいわれていてペンタゴンは戦々恐々しているらしいが宜なるかな。
もしこんな化け物連中が「
※アカデミック・シティにおける超能力は、主に六段階にわたって評価される。
全能力者人口のおよそ6割強を占め、能力が全く発現しないかごくわずかしか出すことのできない
Level1相当の
Level2相当の
Level3相当の
Level4相当の
と段階が上がっていき、ピラミッドの頂点に位置するのが都市に七人しかいないLevel5相当の
エヴァーグリーン・ハイツ女子校マイアミ分教場 ヴァンダービルト記念寮ーー
エヴァーグリーン・ハイツ校は第一都市の『学舎の園』におかれた本校とここ第三都市におかれたマイアミ分教場に二分されている。分教場とは言えその規模はけっして小さいとは言えず、開校にあたりビスケーン湾に新たに造成された人工島を丸々一個占拠している。
島そのものが学校の敷地であり一部の例外を除いて男子禁制。ものすごい要人の娘もいるためか警備体制は厳重そのものだ。まず島全体が物々しい石造りの城壁に囲繞されており、砲台まで据えられている。わざわざセミノール戦争や南北戦争、米西戦争なんかで使われていた要塞を移築・改修して再利用したらしい。島と本土を繋ぐ橋は一か所にしか架かっておらず、両端のゲートには常に銃剣を携えた警備員や風紀委員が誰かしら歩哨に立ち、地図や航空写真すら非公開という徹底ぶりだ。
国境地帯も顔負けの厳戒態勢が功を奏してか今の今まで不純異性交遊や性犯罪の類はゼロだ。そもそも海を泳いでまで夜這いをかけたがる者がいるのかどうか。
そもそもなぜ学校が二都市に分かれているのか。利便性を考慮した区分らしいが、何よりの狙いは……当校に在籍する超能力者(L5)二人を分断し結託してことを起こすことを防ぐことだ。そしてその一人が私。そう、アカデミック・シティ第三位の超能力者にして都市最強の電撃使い、『
島に入ってまず目に入るのが、大理石でできた三階建てのルネサンス様式の館。我が校の学生寮、つまり我々生徒の仮住まいだ。名前の通りコーネリアス=ヴァンダービルトの娘さんがこの学校のOGだった縁でヴァンダービルト家の別荘だったのを寄贈されたのが始まりらしい。
元は18世紀の領主の居館だったり大陸軍の兵舎だったりした年代ものの文化財で、国指定歴史建造物にも指定されていたはず。学校のランドマーク的存在であり、学校がアカデミック・シティに移転する際にわざわざ一緒に移築されるくらいには大事に思われている。
とは言え今や古いのは外観だけ。学校全体の警備体制に合わせ最新式のセキュリティを備えたものに改装されている。まず入館する際には正面玄関のカメラ付きインターホンを介さなければならない。ドアの横のニューメリックキーに部屋番号を入力し呼び出しボタンを押す。すると備え付けのスピーカーから同居人の声。
「お姉様ぁぁぁぁぁん!! お帰りなさいませぇぇぇぇ!! お待ちしておりましたのぉぉぉぉ!!」
うんざりしながら待っているとガチャリと大きな金属音。インターホンと連動しているオートロックの解除された音だ。今のところここにしか導入されていない最新防犯技術。
木製に見えてその実炭素繊維製の頑丈なドアを押し開けるとその先はホテルのロビーにも似ただだっ広い大広間だ。左右にも廊下が長く伸びているが私はそれを無視し、床に敷かれた真っ赤な絨毯を踏みしめ中央奥の階段を目指す。向かう先は208号室、つまり2階だ。途中何人か友人とすれ違った。
「あら、モハカ様ごきげんよう」
疲れていて長話する気になれなかったので軽く挨拶だけしてやり過ごしてから階段を上り、その先の廊下を進むとすぐに自室の入口である木製のドアが見つかった。ノックすると内側から声。
「鍵なら開いておりますの」
金色のドアノブを握り押し開けるや否や何者かが高速で飛びついてきた。
「お姉様ぁぁぁぁぁん!よくぞご無事でお帰りあそばされましたのぉぉぉぉ!」
[newpage]
あの男、いったい何者?
今日も今日とて勝負を挑むも手も足も出ず軽くあしらわれてしまった。5億Vの雷撃も、砂鉄の剣も十八番であり私の代名詞でもある
あの右手。一体何なのか。
飛びかかってきたルームメイトに頬ずりされる瞬間まで頭の中ではそんなことを考えていた。
「この鍛え抜かれた筋肉とつつましいお胸は紛れもなく
急に目の前に現れ、強く抱きつきながら胸元ををまさぐったりうなじの臭いをかいできたために私の電撃をまとったタックルでベッドまで吹っ飛ばされたこの少女の名はクロエ=ホワイトスプリング(白井黒子)。私より一学年下の7年生で、能力は大能力者(L4)相当の
本学内に置かれている風紀委員活動エヴァーグリーン・ハイツ支部第3隊に所属しているが、最近は専ら第1団第7隊第7班のほうに出張して活動を共にすることが多い。本来の任務は校内の治安維持や生活指導であるため、それらの越権行為のために毎日始末書の山に追われている。むしろ書いていない日を見たことがない。
そしてこの娘にはもう一つ困った性癖があるのだ。
「全く……別にそういうのを否定する気はないけど最低限時と場合はわきまえて欲しいわね。私疲れてるの。分かる?」
「た、ただのスキンシップでございましたのに……」電撃による(致死量の電流ではない、ごく軽いものだ)痺れで回らない呂律で弁明する。
「このクロエはただ、ハグをしていただきたかっただけで別にそんなつもりは……」
「無理して取り繕わなくていいわよ、アンタがレズだってもうみんな気付いてるから」
「断じて違いますの! これらの行動はひとえにお姉様を敬愛するがゆえに取ってしまうもの! ほかならぬお姉様にしかいたしませんのよ」
「ハイハイ、わかりましたよ」
実際はどうだか。
彼女の困った欠点、それは私の大ファンだということ。いつからか知らないがなぜか私のことを猛烈に尊敬し始め、いつしか崇拝の域にまで達していた。今じゃ私の露払いを自称しだす始末。
それだけなら私としても悪い気はしないし、むしろ目標をもって生きているのなら健全といえるかもしれない。ただ困ったことに、この娘はあまりにも私に心酔するあまり度を越したスキンシップを要求してくるのだ。屋外でお菓子を購入すれば
「まあいいわ。とにかく今日はもう疲れちゃったから少し早いけどシャワー浴びてくるわ」
「少々お待ちくださいまし。バスタオルやお着替えをご用意いたしますので」
「自分で用意できるから大丈夫よ。というかむしろついて来ないでほしい」部屋にある二つの衣装箪笥のうち自分のからバスタオルや替えの下着や制服などを取り出す。
「ああ、そうだ」
ふと、懐に隠していた物の存在を思い出したので手近な机の上に置く。
手榴弾と拳銃。帰路の途上で伸したチンピラから取り上げたものだ。
「これ、お土産よ。最近世の中物騒になってきてるし、いい加減アンタんとこももう少し武装強化した方がいいんじゃないの?」
机の上の押収物を見た途端、クロエの表情が曇った。
「お姉様、また喧嘩をなさったのですか? あんなことがあった直後なのに」
「怪我はしてないから平気よ。多分相手も平気。ああいう手合いは身体だけは頑丈だから」
「違いますの! この街の路上においてお姉様にかなうものがいないことなど百も承知!」
「じゃあ何だっていうのよ」
クロエは二度ほど深呼吸してから言った。
「お姉様、もういい加減あの殿方ともめ事を起こしたり無暗矢鱈とそこかしこで私闘や乱闘をお起こしになるのをおやめくださいまし」
「何よそれ」
「あまり羽目を外しなさると風紀委員としても庇いきれませんの。それに、何が起こるかわからないのですからあまり危険なことをなさらないでくださいまし」
私はやや憤慨して言った。
「何よ、私が悪いって言いたいわけ? 身の程もわきまえず無謀に突っ込んでくる連中に教育して立場をわきまえさせてやるのがそんなにいけないの?」
「そのようなお考えこそが問題に他ならないんですのよ……それから勝手に事件やトラブルに介入なさるのもおやめくださいまし。お姉様は権限のない一般人なのですから今後は風紀委員と警備員にお任せを」
「権限ですって? 法執行機関が聞いてあきれるわ。あんなボーイスカウトもどきと教師の片手間の自警団で守れる平和がどんなものなのか教えてもらいたいわね」
クロエはやにわに立ち上がり私を指さしながら言った。顔も紅潮しているようだ。
「聞き捨てなりませんの! 日々都市の治安維持のため、人々が枕を高くして眠れるよう粉骨砕身しているわたくし達への侮辱は断じて許せませんわ! そもそも貴女方L5が我が物顔でふるまえるのもひとえに上からのお達しで見て見ぬふりしているからに他なりませんの! それに、この際言わせていただきますが、強さにこだわることははっきり申し上げてお姉様の悪癖ですの!」
「強さにこだわって何が悪いの? アタシが自分の努力で手に入れたこの強さにこだわることの何が悪いのかご教示願えませんか『ミス・ホワイトスプリング』?」
二人とも特段声を張り上げているわけではないからあの寮監の耳に届くことはないだろう。しかしそれでも口喧嘩が白熱しているのは事実。その後10分ほど言い争っていたろうか。
「とにかく!お姉様は都市最強のL5の超能力者ですのよ! それ相応の責任感をお持ちくださいまし! 今回の件にしてもL5だからおとがめなしで済んだようなものなのですのよ!」
「自覚してるわよ! だからアンタらにできないことを代わりにしているんじゃない! 悔しかったらアンタもアタシみたいに強くなることね! もっと努力してさ!」
そう言い放つとバスタオルや着替えを手にした私はバタンと音を立てて部屋のドアを閉めながら外に出た。
そして私は、クロエが私の後ろ姿をどんな思いで見送り、私が去ったドアの方をどんな思いで眺めていたかなんて知る由もなかったのである。
「お姉様……クロエはお姉様を愛するが故に申し上げておりますのに……これ以上ご無理をなさってもし万が一のことがあったら」
言い過ぎた。浴室にたどり着いて湧き上がる猛烈な後悔の念。
最近気が立っているためか、つい強い口調で言い返してしまうのだ。こう苛立っているのもひとえにある男のせいなのだがそんなことはあの娘には関係ないだろう。
申し訳ないやら極まりが悪いやら、どんな顔をして部屋に戻ればいいのかわからない。
くよくよ悩んでいても仕方ない。和解の方法については汗と垢を洗い流しながらゆっくり考えるしかないだろう。
実際クロエの言っていることは正しいのだ。
超能力者。超能力研究による産物の中でも最高傑作と言われ、都市の多くの学生や外の人々から憧れと羨望の眼差しを向けられる花形。しかし実際は多くの人が考えているほど簡単な代物ではないのだ。
階級名と5の数字が示すものは、軍隊とも対等に戦え、その気になれば北米の安全保障をたった七人ですべてまかなえてしまうとされる絶対的な強者。人間の範疇を大きく飛び越えてしまった『兵器』なのだ。
たとえば私の場合、電気の最大出力は10億ボルトにもおよび、それに伴い磁力操作やマイクロ波での料理なんかもお手の物。極めつけが超音速でコインを砲弾にして撃ち出す『
ここで学期末の能力測定での記録をご参考までに。
弾丸初速3379ft3.181164in/sec
連発能力8発/min
着弾分布3/4in
総合評価A
自慢じゃないが海を緩衝材にして思い切り手加減したうえでこれである。本気を出したらどうなるのか自分でもわからない。
ましてや私は、名門の中の名門と称されるエヴァーグリーン・ハイツのエースとしても都市の中でも外でも広く顔と名が知れ渡っている。『〇ォーグ』や『〇ーパース・〇ザー』の表紙に取り上げられたこともあるし、今や能力者たちのオピニオン・リーダーといえば私、みたいな図式が出来上がりつつある。
当然その双肩にかかる責任の重さは力を持たざる人々の比ではない。本来ならばそう簡単に能力を行使してはいけないのだ。超能力者ほどになれば国家権力すらおいそれと手出しはできなくなる。様々なトラブルを起こしてもお目こぼしをもらえていたのもどうにも抑えようがないからやむを得ず黙認されているだけだ。
しかし、一方で、こうも思う。
「あの娘には分からないでしょうね……」
私が強さになぜこだわるのか。そして、目下私の最大の懸案事項であるあの男のことも。
入浴中、私は思索に耽ることが多い。ここぐらいしか気の休まるところがないからだろうか。
シャワーの切替弁で温度を調整してからカランをひねりお湯を出す。頭上から優しく降り注ぐ程よい温かさの雨を浴びながら、私は過去を思い起こししばしの間回想の旅に出た。
私の家はスペイン人移民と黒人解放奴隷の混血、いわゆるムラートの家系だ。
19世紀以来代々キューバ東部のオルギンで製糖工場を営んでいて、ハバナにも事務所を構えるくらいには繁盛していたが、一方で五代前の当主がホセ=マルティの同志だったこともあってこういう階級としては珍しくリベラルな家風だった。社員たちの福利厚生にも気を遣っていて彼らからの人望も厚かったらしい。
秘密裏にモンガダ兵営襲撃者をかくまうなど当初から革命に好意的でカストロ亡命後も惜しみなく資金援助を行っていたが、時の独裁者バティスタにそのことがばれ、資産を差し押さえられ一族まとめて投獄されることになった。せめて一人でも生き残ってほしいと最も幼かった私だけかろうじてアカデミック・シティに入学させる形で逃げ延びさせることに成功した。1958年、革命軍の本格的な攻勢が始まった年だ。
私は後ろ髪を引かれる思いでフロリダにわたり、タンパ(当時はまだ諸々の機関が各地に分散していたのだ)にあった空軍の研究所にて初めて能力開発手術を受けた。当初の能力強度はL1。手の中で小さな火花を出すのがやっとだった。こうしている間にも祖国の情勢は刻一刻と変化している。家族が気がかりでならない。ほかの同年代の女の子たちが遊んでいるのをしり目に必死で勉学と訓練に励んだ。パパとママを、他の家族たちもみんな必ず助け出すんだと必死だった。
その甲斐あってか強度はわずか1年足らずでL3まで上がった。L4に上がるためのカリキュラムに本格的にとりかかろうとしていた時、ハバナ陥落の知らせが届いた。間もなく各地で獄に繋がれていた一族の者たちも(ただし処刑されたり獄中死していないもののみ)次々と解放され始めた。
没収された会社や財産も再び戻ってきた。ただし、一部のみが。仮に帰ったところでもはや以前のような暮らしは望むべくもなかった。極めつけが社会主義化に伴う企業の国営化だ。戻ってきた工場も再び接収されることになった。革命を支援していようが関係なしだった。
数年ぶりにパパとママに再会したとき、ものすごくやつれた様子で目にも生気がなかったのを覚えている。投獄されている間の扱いはそれはひどいもので、私と1つや2つしか違わない二人の姉も収容所の中で衰弱死していた。
一族の間でも新体制に迎合するか祖国を捨てて新天地にわたるかで意見が分かれた末離散することになったらしい。パパとママの場合は家族も仕事も財産も奪われた今、もはやあの国には何の未練もないとそのままアメリカへ亡命することを選んだ。
以来私は、以前にもまして能力開発と勉学に励んだ。一刻も早くレベルを上げ超能力者の域に到達するためだ。私が非力なばかりに肝心な時に家族を守れなかった。弱者の地位に甘んじていては奪われるだけだ。これから私は強者の位置に立つ。二度と奪わせないために。そういう気持ちだった。そしてそれを今でも忘れていない。
おっと、シャワーを長く浴びすぎたようだ。そろそろ身体も洗わなくては。備え付けのスポンジに水を含ませ、これまた備え付けの石鹸を塗りつけてブクブクと泡立たせ、それを皮膚に擦り付ける。
私は努力でL1からL5に這い上がった今のところ唯一の事例らしい。たいてい能力の強さは当人が生まれついて持つ才能に大きく左右されるからだ。実際私は人一倍努力してきたと自負しているし今の地位や強さもその賜物であると理解している。
思えばいろいろなことがあった。黒人の血を引いているからと謂れなき差別を受けたこともある。遊んでいる同世代の女の子の後姿を羨まし気に眺めながらぐっと涙を飲んで堪えたことも一度や二度ではない。
2年ほど前に念願の超能力者になってからは今までのように理不尽な目に遭うことも無くなったし自由な時間も増えた。友達とも遊べるようになった。
しかし、残念ながら友達らしい友達はできなかった。レベルを上げていくにつれて人の見方も変わっていき、自分よりも強さの劣る世の大多数の人間に対していつしか冷めた視線を送るようになってしまっていたからだ。自分の努力不足を棚に上げて不遇を嘆く、そんな人たちと私は違う。彼らとは比べ物にならない努力を自分はしてきた。
当然こんな姿勢では友達など望めそうもないし、あまつさえ街を歩いていると突然勝負をふっかけられるようにもなった。いわゆる有名税ってヤツだろう。私を倒して名を上げようとする野心家達だ。そんなことをしても自分が強くなるわけじゃないのに。もちろん完膚なきまでに叩きのめす。
けれどもそんな日々にも私は満足していた。頂点に君臨するものはいつだって孤独だと相場が決まっているから。
彼と出会った日もちょうどそんな感じだった。
「なあ嬢ちゃん、暇だったらおいら達と遊ばねえか?」
「帰りも送ってあげるよ。ま、いつ帰れるか、そもそも帰れるかわかんねぇけどヨ」
ひと月前、野暮用で『旧市街』のほうへ出ていたら例によっていかにもガラの悪そうなゴロツキ連中にナンパされたことがあった。筋肉隆々とした大男だの明らかに目の焦点が定まっておらずヤク中だと見て取れる男だの。
「こいつァ中々の上玉だナ。おまけにあの制服から察するにエヴァーグリーン・ハイツだぜあのスケ。金もたんまり持ってそうだ」
ひそひそ話のつもりなんでしょうが全部聞こえてんのよ馬鹿。
私を猫なで声誘いながら一方で金属バットだのナックルダスターだの凶器をしきりにちらつかせてくる。逆らったらただじゃ済まさないという意思表示か。まさかこのタイミングで私の大嫌いな人種とかち合うだなんて、運のなさため息が出そうだ。
群れれば己の弱さを誤魔化すことができると信じて疑わない猿ども。
向上心も持たず上へあがろうとする努力もせず、才能のなさを免罪符にし弱者の地位に甘んじている奴。
より弱い奴をたたいて憂さ晴らしすることで己の精神の惰弱さから目をそらし続ける奴。
反吐が出そうだわ。
目下一番不幸である私のことを気に留める通行人はいない。時々憐みの視線を送られるがそれだけだ。そりゃそうだ、ここに割って入ったところで力になれるわけないって彼らが一番理解しているはずだ。誰しも自分の身が大事、それが世の常。見ず知らずの人間のために体を張れるのはよほどの馬鹿者だけ。
うんざりして電撃で全員追い払おうとしたその時、
「おおいたいた、まさかこんなところにいたなんて。ダメじゃないか急に別行動取ってはぐれたりなんてしちゃあ」
白のポロシャツと黒のチノパンを着た、とげとげしい髪型が印象的なそのアジア人の少年は突然愛想笑いを浮かべながら現れ、いきなり私の手を取って去ろうとした。
「いやぁー連れがお世話になりましたー…ささ、通して」
「ち、ちょっと? アンタ誰よ? 急になれなれしく」
「いいから話を合わせて! 君を知り合いのふりをしてここから自然に連れ出すんだよ」
「余計なお世話よ! 私一人でも打開できるわ!」
天下のエヴァーグリーン・ハイツも舐められたものだわ。
「無理だって! いいから俺に任せて……」
「なんだテメェ、人様の楽しみに水差してんじゃねぇよ」
「ああクソ、作戦変更か」
「俺らのやり方になんか文句でもあんのか」
「ああ、大ありだね」
もう彼の顔にはニタニタした笑みは張り付いていなかった。
「恥ずかしくねぇのか? 大の男が大勢でこんな幼い女の子を取り囲んで」
「なんだと?」
いた。ここに。身を挺して人のために戦える馬鹿者が。ヒーローとは彼のことを言うのかもしれない。軽く感動をおぼえ、後でお礼を言おうと考えていると、彼は続けていった。
「大体エヴァーグリーン・ハイツって言ったら全世界の貴顕や重鎮のお嬢様方が通うところなんだ。いわゆる深窓の令嬢ってやつさ。そんな『右も左もわからない箱入り娘』を『寄ってたかっていじめちゃ』ダメじゃないか。それもこんなたおやかな子を。まあ『反抗期で多少ははねっ返りな気質のあるじゃじゃ馬』なのかもしれないけど、気が動転しているだけだよ多分」
右も左もわからない箱入り娘……?(この私が、こんな虫けら共に)寄ってたかっていじめられる……? それに今コイツ私のこと「反抗期で多少ははねっ返りな気質のあるじゃじゃ馬」って言わなかったか? 年下だって見下している?
「レディにはもっと接し方ってもんがあるだろうよ。道に迷ってるかもしれないんだぞ?『うぶ』で『世間知らず』で『物価にも疎い』お嬢様なんだし。そんなにすごんじゃ可哀そうだろうが、どうせなら恭しくお茶にお誘いしてエスコートするとかだな……」
うぶ……?世間知らず……?私が買い物に行かないとでも……?
腹の底からふつふつと何かが沸き上がりだした。それは会話を聞くうちにどんどん熱く激しくなった。
「さっきから言わせておけば……」
私の様子に誰も気づかないみたいだ。空を見上げると黒い雷雲が次々と頭上に集まってきている。
「そう言えばこいつフォックス=ワードじゃね?」
「そういわれてみれば確かに見おぼえある顔だ」
「言い残すことはそれだけか、『偽善者』?」
「まだあるぜ。お前らみたいに徒党組まなきゃこんな『健気で』『か弱い』『可哀想な』お嬢様も相手にできない腰抜けはむかつくんだよ」
ついに臨界点を超えた。私は『か弱く』も『健気』でも『可哀想』でもない……!
「私が一番むかつくのは…」
怒気をはらんだ声に皆一斉に振り向くがもう遅い。
「オマエだああああッ!!」叫ぶと同時に放電した。
やってしまった。いつもの癖でこんな雑魚ども相手にムキになって『雷』を落としてしまった。
眩んだ目が見えてきたとき、まず視界に入ったのがチンピラ共が全員倒れ伏している光景だった。髪も服もチリチリに焦げて、全員気を失っているのかピクリとも動かない。そして壁も路面も煤で真っ黒だ。焦げ臭いにおいも漂っている。
クロエに何時間説教されるんだろうか。
頭を片手で押さえながらゆっくり視線を動かすと信じられない光景が目に入ってきた。
「っぶねー……なんだったんだ今の、ビリってきたけど……雷?」
言うに事欠いて好き放題のたまってくれた例の男だけは傷一つ負わず、何事もなかったかのように立っていたのだ。
「おお、びっくりした。な、言ったろ?何が失礼に当たるかわからないんだから言葉遣いにも気を遣わないといけないんだよ、さもなきゃまた同じ目に遭うぞ。まあそれはさておき……」
私の視線に気づいて振り返ったソイツは開口一番に、
「何者だオマエ!」
「それはこっちのセリフよ! なんであの状況で無傷で居られるわけ?」
私の電撃は都市最強、当然同じL5以外に止められる人間などいない筈だったのに。
「なあ、俺は助けに来たんだぜ?俺まで攻撃するなんてそりゃねぇだろうよ」
「余計なお世話よ。だから言ったじゃない、自分で打開できるって」
試しに二、三発ほど電撃を飛ばしてみたがことごとく右手でかき消されてしまった。
「アンタ、何者?超能力者の攻撃を打ち消せるなんて只者じゃなさそうだけど」
「いや、能力って言って良いのか、な……? 『身体検査』では毎回L0ってことになってるけど……」
「ゼロ……?」
あれで無能力者らしい。そんな馬鹿な話があるか?
気付いたら彼はどこかへ逃げ去っていた。
これが彼との『馴れ初め』だった。私は俄然彼に興味がわいた。彼の強さの秘密を何がなんでも暴いてやろうと気負っていた。
しかし毎回勝負を申し込むたび今日のように適当にあしらわれ続けている。夢中になりすぎて一晩中追い回したこともあったがそれでもまともに取り合ってもらえなかった。
それでも分かってきたことがあった。あの右手だ。あの右手にかかれば能力由来の攻撃は全て打ち消されてしまう。但し能力で動かした慣性だけは打ち消せないみたいだ。
おっと、手が止まってしまっていた。思索に耽り過ぎるのも考えものね。とにかく今言えることは、目下の目標はあの人に勝つこと。こればかりは譲れない。
しかし、クロエの言うのも一理ある。私が強さしか尺度を持ってない単細胞じゃないってことを周囲にわかってもらわなくては。彼もいい加減疲れているかもしれないし、お詫びもしたいわね。
こういう時男性は何を贈れば喜んでくれるのかしら。服が無難?明日にでも買いに行きましょうか。
今回は2回に分けてこの世界における常盤台の内情と美琴の上条さんに関する気持ちについて描いていきたいと思っております。次回でみさきちも登場いたします。