とある魔術と科学の東西冷戦(コールドウォー) ーーI'll break your fuck'n fantasy!!ーー   作:名無 太郎

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The diarchy

 浴室から出てまた制服に着替えた後、私は自室に向かって歩みを進めた。入浴中に思いついたアイデアをクロエに伝えて、さっきの口喧嘩についても謝ろう。

 

 

 ドアの前に立ちノックをする。返事はない。まだ怒ってるのだろうか。

 

 

「戻ったわよクロエ、さっきはごめんなさーー」

 

 

 

 部屋には誰もいなかった。部屋の中の様子も出た時のままだ。

 とはいえ別に珍しいことではない。大方風紀委員の方で緊急に召集をかけられたとかそんなところだろう。特に近頃は治安もだいぶ悪くなっているし。

 

 

さて、帰りを待つ間私も何かして時間を潰しますか。そろそろ夕食も近いし、外に出かけるのはやめておこう。となると……

 

 

 図書室にでも行こうか。ここの図書室は100年以上の歴史を持つためか蔵書の数も圧倒的だ。稀覯本も少なくないし暇つぶしの材料には事欠かない。何より本が傷まないよう適切な温度と湿度の管理がなされていて快適そのものだ。

 

 

 

 

 豪奢な図書室に着くと、私はまず今話題になっている『百年の孤独』の原語版を探したが、もう既に誰かに借りられていたようなので諦めてジョイスの『ユリシーズ』を読むことにし棚から手に取った。

 続いて最新の各新聞をまとめたファイルが揃えられている棚へ向かい、『ザラスシュトラ』紙の最新版を手に取り、手ごろな閲覧席を見つけて座った。

 これは複数の学区にまたがって刊行されている都市を代表する日刊の学生新聞であり、スポーツや最近の出来事に関する報道だけでなく都市伝説やゴシップなどの根も葉もないうわさや与太話にも定評がある。前途有望な若者がこんなイエロージャーナリズムに肩までどっぷりつかった売文の徒に成り下がっているなんて先が思いやられるなんて言う人もいるが私は結構面白いのでよく読ませてもらっている。さすがに購読とまではいかないが。

 話によると記者に念写能力の持ち主がいるらしい。射程内のあらゆるレンズに転用可能な物体をカメラレンズにして写真を撮ることができ、その能力を活用してネタを集めて回っているとか。そのためか他の新聞よりも情報が早く集まるらしい。それによる迅速な報道も売りの一つだ。

 

 

 第一面はやはり数日前から巷を騒がせている例の爆弾魔に関する記事だった。

いわゆる連続爆破事件ってやつ。犯人も不明、動機も不明。そもそも何を爆発させているのかも不明。現場周辺からは火薬の類は全く見つかっていないし化学反応も検知されてないからだ。犯行現場もランダムで全く法則性がない。これで政治的な理由の可能性は消えたが、裏を返せばいつどこが爆破されるか分かったものじゃないということだ。何から何まで謎だらけの怪事件。

 

「ソ連の開発した新型爆弾がキューバ経由で共産ゲリラに流れたのが原因」などという風聞まで流布するようになり、これを受けてにわかにロシア及び東側諸国からの留学生たちへも疑いの目が向けられることとなって生徒間に軋轢が広がっている。

都市内の各国の領事たちの中にはベルリンのように壁を作って隔離すべきなんて主張を始める人も出てくる始末。記事の内容はざっとこんな感じ。

 冗談じゃない。この街にいる以上みんな同じアカデミック・シティ市民だ。外の面倒な政治を中に持ち込まないでほしい。

それにしても、犯人は一体何が目的なのか。クロエ曰く何らかの能力を用いている可能性が高いらしいが……。

 幸い死者はいないものの既に風紀委員から9人以上も負傷者を出しており、これ以上子供を危険にさらせないということで風紀委員活動は休止、正義感の強い一部の生徒のみが自主的に支部に居残って活動を継続しているという状況。クロエたちのチームもその選択をして通常営業だ。立派だと思う。そして私は先ほど彼女たちに少しひどいことを言ってしまった。埋め合わせにはならないかもしれないが、できれば私が早急に犯人をとっ捕まえたいところ。でもあんなに怒られ釘を刺されてしまってはね。

 

 

 ざっと目を通したところでページをめくり、最も楽しみにしている最終面の記事まで飛ばした。

 

 最近の都市伝説について取り上げたコラム『Auribus oculi fideliores sunt』。ラテン語で「見ることは聴くことより信じるに値する」と言ったところか。これがなかなか興味深くて面白い。おかげで話の種には事欠かない。

 

記事の執筆者の名は……ルイーズ=サトゥルノ、ねぇ。最近入った子かしら。

 

タイトルに目を通す。えっと何々、『虚数学区の謎に迫る』ですって? ふむ、面白そうね。

 

より詳しく読もうとしたところで声をかけられた。

 

 

「あらぁーん、モハカさんもやっぱりそういう子供騙しに胸を躍らせちゃうお年頃なのねぇ。おっとごめんなさぁい、躍らせるだけの胸はなかったわね」

 

 

 このねっとりとした、人のコンプレックスを的確にあげつらってくる癪な話し方には確かに聞き覚えがあった。目線を上げると、目の前にはヴィクトリア朝のお嬢様みたいなソーセージ・カールの髪型をしたプラチナブロンドの女生徒が、モニター付きの無線式の電話機を抱え受話器を娘ちれへ差し出しながら立っていた。彼女は確か、私より一学年上のアンカ=ザグルフカ(帆風潤子)さんだったはず。彼女自身は(モニター付きテレビ電話を抱えていることを除けば)別段特に変わった格好をしているわけでなく、他の女生徒と同じ雰囲気と姿かたちだ。

 

 

 しかし明らかに周りの生徒達とは違う特徴を一つだけ備えている。瞳に不自然な十字形の光を宿したその眼だ。こんな眼をしているのは私の知る限りたった一人しかいない。そしてテレビ電話のモニターに映っている人物こそが他ならぬそのたった一人の……

 

 

「げぇ、マイファンウィ=モドゥリダフ(食蜂操祈)……」

 

 

「出会ってそうそう『げぇ』とはご挨拶ねぇ」

 

 画面内に映っているのは長髪のブロンドで金色の目をした女。そしてその目も同じく十字形の光を放っている。彼女がマイファンウィ=モドゥリダフ、都市最強の精神系能力者であり、当校に在籍するもう一人の超能力者とは彼女に他ならない。

 ウェールズ語で『女王蜂』を意味する奇妙な姓を持つこの女との因縁は浅からぬものではない。初めて顔を合わせた時、いきなりコイツは無礼にも私の顔など見たくないから視界に入るななどと抜かしてきた。その後私達二人は様々な面で相容れないことが次第に明らかになり、今の今まで犬猿の仲というわけだ。

 

 

「何の用?図書室は私語厳禁よ。本を読む場所、分かる?アンタの他愛もない駄弁を聞かされる身にもなりなさいよ」

 

 

「知ってるわよぉ。手っ取り早くお話して切り上げたいのは私も同じなのよぉ」

 

 

 周囲がざわつき始めた。図書室内に電話機持ち込んでいる奴がいるうえ二人しかいないL5がにらみ合っているとなれば当然だ。

 

「いちいち外に出るのも面倒力高いしぃ、ここで済ませちゃいましょう。ちょっと他のコ達には全部見なかったことにしてほしいのよねぇ」

 

 

 そう言いながら画面の向こうの彼女が出したのはレバーや押しボタンのついた小型の機械。まだ外の世界ではなじみが薄いがこの街では既に見慣れたものになった遠隔操作盤、リモコンだった。

そのリモコンをこちらへ向けてスイッチを押した途端。ざわめきが一瞬にして止んだ。

 

 

 自他ともに認める最強の精神系能力者だけあり、彼女のできることは記憶操作・読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植・人物の誤認など多岐にわたる。そして今は私たちを認識できなくしたらしい。周囲を見回しても誰一人として私たちを気にかける者はいない。

 

 

心理掌握(アウス・メンタル)。MKウルトラ計画に関係して生まれたとも考えられているこの能力の万能性をある研究者はスイスアーミーナイフに譬えたという。原理はミクロレベルの水分操作らしく、相手の脳内物質の分泌や血流なんかに干渉して操るらしい。その過程で生体電流にも干渉せざるを得ないため、常時電磁バリアを張り巡らせている私には通用しない。それも彼女は気に食わないのだろう。

 

 

そして、洗脳されている者の特徴として目にあの光が宿るというものがある。周りの人の目を見回しても全員この女と同じ目だ。

 

 

 しかしここで一つの疑問がわく。複雑かつ精密な演算能力が求められるためか指示を出すだけなら三桁の人数、完全に動きを制御して操るなら14人が限界だったはず。なのに、この遠距離から正確にこの室内だけの人間を洗脳することができるのだろうか。

ひょっとして……

 

「まさか、この街に来ているの? 今は極力表に出ず、奥にすっこんで洗脳した腰巾着たちを侍らせお山の大将気取って女帝ごっこしてるって聞いたけど」

 

「そーいうことよぉ。夏休み中でなきゃこの街で遊ぶこともこうしてお話しすることもできないわけだしね。それに、洗脳とは失礼ねぇ。あの娘たちはみんな自発的に私に忠誠誓ってるわけだしぃ」

 

等と訳の分からないことを供述しております。戯言は聞き流すことにした。

 

 外の学校同様、この街でも同じ学校の生徒のうち同志や同好の者が同じ目的のため自主的に集まって形成する組織がある。活動内容は同系統の能力の研究会なり人脈作りのサロンなり多岐にわたる。ソロリティとかフラタニティとかもっと相応しい名前があるんだろうがこの街では専ら「派閥」と呼ばれる。

 

中でも最大の規模と戦力を誇るのが目の前の女が率いるものだ。『女帝』などと呼ばれて傅かれているらしい。親睦会? ノンノン、そんな生易しい代物じゃない。もはや家臣団といった方が実情に近い。そしてこの『派閥』の規模は本校にとどまらずこちらの分校にまで及んでいるらしく、実はもうこの町全体にまで根深く浸透しているのかもしれない。

 

「何さ、文句があるなら直接言いに来ればいいじゃない。わざわざこんな使い走りよこすなんて回りくどいことするんじゃなくて」

 

 

「そんな言い方ってないわぁ。ちょっとしたアドバイスを上げに来たのに」

 

 

そう言って、トップモデル顔負けの豊満なボディをくねらせ(悔しいが見事なプロポーションだと認めざるを得ない)しなを作ってみせた。

 

 

「その前にいったんそのコには下がってもらうわぁ」

 

 

 再びリモコンのボタンを押すとザグルフカさんは電話機を私の前の机の上において歩き去っていった。つくづく器用な能力だと思う。

 

 

「まあいいわ。直接アンタのツラ見た瞬間にレールガン叩き込んじゃうかもしれないから。で……アドバイスって何?聞かせてもらおうじゃないの」

 

 

「最近あの露払いのコは元気ぃ?」

 

 

「クロエがどうしたのよ。ええ元気にしてるわ」

 

 

「本当にぃ? 聞く話だと最近トンとかまってあげなくなったそうじゃない。あんまり邪険に扱ってたら可哀そうだから洗脳力で寝取っちゃうゾ☆」

 

 

 さすがにこれは腹に据えかねた。私は机にダンッとこぶしを振り下ろして見せた。

 

 

「アンタのつまらないジョークの中でもとりわけ笑えないわね。言っとくけど私の友達に手出ししたら本当にただじゃ置かないからね」

 

 

「だったらなおさらもっと大事に接してあげなさいよぉ。今あのコが風紀委員の仕事で緊急出動したのは知ってるぅ?」

 

「知らないけど大体見当はついていたわ。でもなんでアンタが知ってるのよ」

 

 

「寮監から出動要請の電報を受け取りつつ外泊許可をもらっているところを何人もの子が目撃してるんだゾ」

 

 

 ああ、そういえばコイツは人の記憶など自由自在だったな。

 

「それで緊急出動の理由は何かって言うと、なんでも正体不明の迷子を保護した矢先に何者かが施設を襲撃したみたいなのよねぇ」

 

「そこまでわかるの?」

 

「私の派閥の子たちのシギント力を甘く見ちゃいけないんだゾ☆」

 

 

 ああそうだ、コイツなら何人も息がかかったものを風紀委員なり警備員の中に潜り込ませていても不思議じゃない。既にこの街そのものが手に落ちたも同然かもしれない。

 

「それに今巷を騒がせている連続爆破テロ。詳しいことは今調べている最中なんだけれども、あれもどうやら裏があるみたいなのよねぇ」

 

 何考えているのか全く分からないような笑みを浮かべてマイファンウィは続けた。

 

「ここ最近の街は以前にもまして危険力が増しているように見えるわぁ。何やらとんでもない陰謀の臭いがプンプンするの。私がこの街に来ているのもそれが心配だっていうのもあるわぁ。ま、何が言いたいかって言うと……」

 

そう言いながら彼女は顔をぐいと画面に近づけていった。

 

「大事力の高い友達なら、常に目を離しちゃダメなんだゾ☆またどこかで会いましょ、チャオ☆」

 

 

 映像が切れるや否やボンという爆発音とともに黒煙を上げながら電話機はバラバラになった。機密保持のため爆破装置を仕掛けたってところだろう。煙に天井の火災報知器が反応したのかけたたましいベルの音が鳴り響き、あちこちで消火用スプリンクラーが水をまき散らし始めた。

 

 

「友達から目を離すな、か……」それにしても、なぜあんなアドバイスを? 真意を図りかねていると、隣に座っていた女子生徒の洗脳が解け気を取り戻した。

 

「はっわたくしは一体何を……あら、モハカさん…」そして私の方を向き、続いて私の前の電話機の残骸に目が向けられた。

 

 彼女だけじゃない。みんな次々と自我を取り戻していく。

 

「キャアアア! なにこれ火事!?」

 

「本が、本が水浸しに!」

 

 そして今、おそらく室内の視線が私に向けられているだろう。騒ぎの元凶として。きっと電話も私が持ち込んで爆発させたことになっているだろう。

 

 

私はこの後に待ち受けることについて考え暗澹たる気持ちになりながら独り言ちた。

 

 

「相変わらず狡いのよ、やり方が。これだから嫌いなのよ」

 

 




 科学サイドの(序盤の)主な登場人物についての紹介はあと2、3話ほど続きます。お待たせして申し訳ございませんが、もうしばらくお付き合いください。
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