とある魔術と科学の東西冷戦(コールドウォー) ーーI'll break your fuck'n fantasy!!ーー   作:名無 太郎

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Chloe's blotter : case 1 Drop a bomb

 一日前――

 

 さる会議室にて行われた風紀委員各校支部の定例会議。各隊の代表はここで意見交換や成果の報告などを行うのだが、今回の議題は連日世間を騒がせている例の爆弾魔のことで持ち切りだ。ついに風紀委員の負傷者が九人も出たということで本来なら中止になっていたところを急遽開くことになったのだ。

 

「ひとまず爆弾魔についてこれまでに分かっている情報をまとめますの」

 

 現在発言しているのはエヴァーグリーン・ハイツ校支部代表のクロエ=ホワイトスプリング(白井黒子)。眼鏡をかけた彼女は用意された移動式黒板に書かれた文言や貼られたポスターを指示棒で指し示しながら述べた。

 

 

「爆発の原理はいまだ不明、とはいえ超能力開発の技術はいまだ発展途上、原理の判明していない能力者も少なからずいるためおそらく彼もしくは彼女もその一人。爆発の威力は恐らくL4相当、それが可能な能力者数名はいずれも最初に爆破が行われた日の前日から原因不明の昏睡状態に陥っており、今でも病院で眠ったまま外に出た形跡は全くないとのことですの。だとすればほかに考えられるのはそもそものデータに不備があるか……」

 

 

「前回の身体検査(システムスキャン)以来急速に力をつけた能力者の犯行か……ですね」

 

 一同は顔を見合わせた。考えていることは皆同じ。それほどの急成長を見せた能力者は現時点ではミカエラ=モハカただ一人のはずだということ。 

 

 

 

「ミス・ホワイトスプリング、ありがとうございました。さて、校内の安全策についてどなたか……」

 

 

「お待ちくださいまし。実は連続爆破事件の犯人の能力についてはおおむね目星がついておりますの」

 

 

 そう言ってクロエは携えていた手提げ鞄からファイルを取り出し、中にまとめてあった紙を円卓の上に広げた。いずれも自説をまとめたメモだ。

 

 

「ホワイトスプリングさん、発言するならまず挙手をして指名されてから…」

 

「以前お話ししたでしょうか、わたくしのテレポートの原理。3次元空間から11次元へ一度変換演算を行いベクトル移動、再び対象を3次元空間に出現させる……11次元も未だ存在が立証されていない事象。まだ科学的に観測されてない未知の事象を観測し、演算して扱うという能力の仕様上、本来なら存在するかどうかすら不明な事物も見えてしまいますの」

 

 

「クロエさん、許可なく勝手な発言は……」

 

 

「そして爆発のあった場所には決まってアルミ製のカトラリーや空き缶のごみ箱や自動車のスクラップ部品などアルミでできたものがあった。これはわたくしの個人的な見解ですが、恐らく犯人はアルミニウムを基点に重力子の速度を一気に加速させ周囲に放出する、いわばアルミを爆弾に変える能力かと……」

 

 

 

 風紀委員の定例会議が終了して数十分後、クロエとクローナ=チョーチュン(初春飾利)の二人は屋台で購入したアイスクリームを舐めながら、アカデミック・シティの空を埋め尽くすかの如く張り巡らされたモノレール路線のとある駅で列車の到着を待っていた。チョーチュンはいつも通りの制服姿で左手首に腕時計をしており、小柄な体に不釣り合いな大きさの背嚢を背負っている。

 

「……それでどうでしたか、ホワイトスプリングさんの持論の反響は?」

 

 

「一笑に付されましたわ。その上会議の進行を乱したとして当分の出席禁止を申し渡されましたの」

 

 

「残念でしたね。それにしても出席禁止はひどい! 曲がりなりにも科学の街に住む人間が自分の理解の及ばないものをこうも拒絶するなんて、まだ見つかっていないものに対して身構えてしまうのは人間の本能として仕方のないことなのかもしれませんが、それでもあんまりです」

 

「いいんですのよチョーチュン。実際に指名もされていないのに勝手に発言して進行を乱してしまったのは事実なのですから。まあ頭が固いのは事実かもしれませんわね」

 

 重力子とは重力の相互作用を担う素粒子。アインシュタインが初めてその存在について提唱したが未だ未発見である。

 

 

「それで、これからどうします」

 

 

「コノルス先輩のもとへいったん会議内容についてご注進に上がり、それから帰って休みますわ。きっとわたくし達の支部もじきに閉鎖になるでしょうし。コノルス先輩には悪うございますが。貴方はどうなさいますの?」

 

 

「私は…どちらにしろ非番ですから勿論帰ります。途中で最近新しくできた中華饅頭屋さんで何か甘いものも買ってね。クロエさんももしよろしければご一緒にどうですか?」

 

 

「いえ、お誘いはうれしいのですが本日は遠慮しておきますの……チョーチュンも食べ過ぎにはご用心なさいまし」

 

 

「とんでもない! 私はただ、頭をよく使うから人一倍糖分を消費するのであって……」

 

 

「それでは最近弛んできたそのお腹の説明にはなりませんの。聞くところによれば貴方、訓練所にもほとんど顔を出していないそうではありませんの」

 

 そう言ってクロエが指さすとチョーチュンは顔を赤らめて腹部をさっと両手で隠した。そして蚊の鳴くような声で、

 

「……もっと訓練と鍛錬に励みます」

 

 

「まあそれは冗談ですの。たとえ非力で体力がなくとも、貴方の理工学に関する知識と技術は右に並ぶものがなく我がチームに欠かせない事実には変わりありませんの。もっと自信を持ってくださいまし」

 

「いえ……その、ありがとうございます」ますます顔が赤くなる。

 

 

「おっと、そんなことを申しているうちにそろそろ列車が来そうですわね。まあ、こんなにアイスが残ってしまっていかがいたしましょう。確か車中への飲食物の持ち込みは厳禁であったはず……」クロエが残ったアイスをコーンもろとも口の中へ放り込もうとした瞬間突然機械音とともにチョーチュンがいつの間にか手に持ち替えていた背嚢が大きく開いた。

中の空間からは強い冷気が流れ出してくる。その中に残ったアイスを無造作に置きながらチョーチュンはいった。

 

 

「移動式冷凍庫。これでいつでもどこでも冷たいままのアイスクリームが食べられるという寸法です。クロエさんのもお預かりしましょうか?」

 

 

「ええ、ぜひともお願いいたしますが……貴方そういうところですわよ」

 

 

「ところで、クロエさんの仮説に当てはまる能力者、昨日何気なく書庫(アルチーボ)のほうにアクセスして情報あさっていたらたまたま一人見つけたのを思い出しました」

 

 

 それなりに乗客のいる車内。二人がクロスシートに腰かけていると、急にチョーチュンがポケットからメモ帳を取り出しながら切り出した。

 

『書庫』。月面開発の宇宙船の膨大なパーツの整理や目録完成のため10年前から開発が始まりI○Mや○Eなど名だたる企業の協力で5年前に完成を見た世界最大のSource file――最近ではData Baseという呼び名のほうが定着しつつある。いわば電子的に再現された文献目録だ――である。各学校生徒の個人情報や成績、超能力開発に使用する薬品や機材、各種研究の成果などこの街に関する情報のほぼ全てが登録されている。

 

 

「なんですと!」クロエの目の色が変わった。

 

 

「それを早く言ってくださいまし!」

 

 

 急に大声を出したため社内の視線が一斉に二人に向けられた。それを受けて焦ってクロエをなだめるチョーチュン。

 

 

「落ち着いてください! 大声を出さないで!」

 

 

 身を乗り出していたのを何とか席に落ち着かせて、先ほどよりも小さな声でメモ帳をめくりながら話す。

 

 

「確かにその男性の能力の特徴は、アルミを起点に爆発を起こすと言うものでクロエさんの仮説と一致していましたが、肝心の能力強度がL2だったんです」

 

 

「L2、ですって?それじゃあ……」

 

 

「前回の身体検査(システムスキャン)以来なんらかの方法で急成長を遂げた可能性が高いと言うことです」

 

 

「しかしまだ犯人と決めつけるのは早計な気がいたしますの……ちなみにその殿方のお名前は……?」

 

 

「こちらです」

 

あるページを開いて示す。そこにはこう記してあった。

 

 

『ヘイス=ヤン=カイツ(介旅初矢)、クリフ大学理学部2年生』

 

顔写真も貼ってある。眼鏡をかけた神経質そうな痩躯の男だ。

 

 

「ふむ……今度尋ねてみましょうか。あるいは支部にお招きして事情聴取をば」

 

 

 

 少しして、サングラスをかけた目立たない服装で、首にカメラを下げメモ帳を手にした黒髪の少女がチョーチュンの隣に座った。

 

 

「ようチョーチュン、今日のパンツは何色だい?」

 

 

「開口一番それですか、あなたは全く……」

 

 

クロエも近づいてきた少女の正体に気付いた。

 

 

「また貴方ですのね、行く先々でどうしてこうも鉢合わせになるのでしょう、ルイーズ=サトゥルノ(佐天涙子)……」

 

 

「えへへ、こういう難事件にはなぜか鼻が効くみたいですから」

 

 

ルイーズ=サトゥルノと呼ばれた少女は悪戯っぽく笑ってみせた。それを見て呆れた様子のクロエ。

 

 

「貴方は大したジャーナリストですわよ。但しおよそ物書きとは思えぬ稚拙な文才、出所不明の根も歯もない噂だろうと構わず飛びつく軽率さに目を瞑れば、ですが。今日貴方のお書きになった記事を拝見いたしましたが呆れて物も言えぬとはこのこと」

 

 

 クロエはルイーズの方に身を乗り出しぐいと顔を近づけた。声はさほど大きくはないがそれでも怒りが募ってゆくごとに語気が強まってゆく。

 

 

「なんですのお姉様のクローンなどとは!そんなものあったらわたくしが一番欲しいゲフンゲフンお姉様をカエルなどと同列に扱う無礼極まる駄文で思わず名誉毀損での告訴も検討するほどでございましたわ、以後二度とこのようなものはお書きにならぬよう」

 

 

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 

 まさか早口で捲し立てられるとは思わず戸惑うルイーズ。とは言え仕事柄このように他人の怒りを買うのには慣れている。

 

 

ここで彼女の経歴についてごく簡単に紹介させていただこう。

 

 

 

 

 ボカラトンの地にイタリアから移住してきた二代前の先祖が入植して以来、半世紀以上にわたってごく普通のオレンジ農家だったサトゥルノ家の生活は、5年前のアカデミック・シティ大拡張によって一変した。

 テロ攻撃による大打撃ではるか西のモハーヴェ砂漠にあった拠点を引き払わざるを得なくなった研究機関や住民が大挙して移ってきたために従来の市域では手狭になってしまったのだ。都市を運営する『公社』によって何ヘクタール何平方キロメートルもの広大なオレンジ畑が接収され学校や研究所や実験圃場に変えられた。代々続いたサトゥルノ家の果樹園もその一つだった。

 住み慣れた先祖代々の家を立ち退く際に支払われる補償金は生活の糧を永久に失ったことへの十分な埋め合わせにはほど遠いものであり、一家がたちどころに困窮することは目に見えていた……。

 

 

「なんだって!?」

 

 

居間と客間とダイニングルームを兼ねた小さな部屋。サトゥルノ氏がテーブルの向こう側に座る相手の発言に声を荒げた。

 

 

「アンタらは俺たちの土地を奪うだけでなく愛する我が子まで奪うってぇのか!?」

 

 

「いえ、ですから都市にお子様が入学されたご家庭へ優先的に都市の得た利潤を還元する形で手当金を給付させていただくと申し上げているだけです」

 

 

 対する都市の役人は淡々と説明するだけだ。物腰こそ丁寧で冷静沈着だったが彼も彼でどこかいら立ちを隠せない様子。小学校にすらまともに通えなかった生粋の農夫に最新の教育制度について分かりやすく伝えることがここまで骨の折れる作業だとは思わなかったのだ。

 

 

「金のために子供を売れと、つまりそう言ってるんだろうが!? 冗談じゃねぇぞこの人攫いの奴隷商人め!」

 

 

「ええそうよ! それに、超能力の開発だか何だか知らないけれど子供の頭の中を切り開いて直接弄るのでしょう? そんな恐ろしいところに誰が行かせるものですか!」

 

 

 主人の隣に心配そうな面持ちで控えていた夫人も同調する。

支給される給付金の額は一家が何不自由なく生活しなおかつ新たな事業を始めるに余りあるものだった。しかもそれほどの大金が、子供が都市にいる限り毎年支給されるのだ。しかも入学した子供にはもれなく高等教育の機会も開かれる。超能力の開花というおまけつきで。まさに至れり尽くせり、土地や仕事を失ったことに対する補填としては十分すぎる申し出だった。

 しかし、だからこそ嫌だった。サトゥルノ夫婦は中等教育や高等教育の何たるかを知らない。そんな未知の世界に子供を放り出すのか。ましてや未知の技術の実験台として。手塩にかけて育てた大事な息子と娘を持つ一人の親としても、一家の安泰のために我が子を一人切り捨てるようなそんな薄情な真似は決してできなかった。

 

「そうですか、誠に残念ですが、それでは……」そう言って役人がおもむろに立ち上がろうとしたその時。

 

「待って!」突如部屋の中に響いた幼い声。

 

 

一同が声の発生源に目を向けると、部屋の入口に幼い少女とさらに幼い男の子が立っていた。

 

「お前ら、聞いとったんか」

 

「アンタたちなぜ起きてるの! 寝なさいって言ったじゃないか! ほらルイーズ、ジョセフが眠たそうじゃない、ベッドに連れて行っておやり!」

 

 寝ぼけまなこをこすりうつらうつらしている幼い男の子とは対照的にルイーズと呼ばれた少女の表情はいわゆる固い決意に満ちた、毅然としたものであった。そのルイーズは部屋の中に一歩歩みだして宣言した。

 

「いいよ、パパ、ママ。あたし、アカデミック・シティに行く」

 

 一同が唖然とする中構わずにルイーズは続ける。

 

「今のままじゃ一家全員生活できないんでしょ? あたしが一人抜ければそれだけ楽になるし、それにお金がたくさんもらえるって……」

 

 破裂音にも似た甲高い音。歩み寄った夫人がルイーズの頬をはたいたのだ。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!子供のくせに、お前に何がわかるっていうんだい! あたしたちが目先の金に目がくらんで平気で子供を間引く人でなしとでも言いたいんかい!」

 

 

「おい!間引くなんて言葉使うなよ!」

 

「似たようなもんでしょうが! アンタは黙ってて頂戴な!」

 

「ゴメンよ」

 

 夫人はルイーズの肩を抱きながら膝をかがめてルイーズと目を合わせる。

 

「それに、あの町が何する場所か知っているの? 人の頭を切り開くんだよ。それだけでも人が死ぬかもしれないのに、それで何をしたいのかといえばイエス様のような奇蹟を誰でも起こせるようにするなんて! あそこは神様をも恐れぬ悪魔の街だわ。きっと表に出ていないだけでとんでもない数の人が殺されているはずよ 」

 

 夫人の声は最初こそ怒気をはらんでいたが次第に震えが混じるようになり、いつしかその目も涙ぐんでいた。

 

「アンタには危険な目に遭わず健やかに育ってほしいのよ。いい大学を出なくてもいいから、一人前の女になっていいお婿さんを見つけて、元気な孫の姿を見せてほしいだけ……」

 

 ルイーズを肩に抱き寄せて静かにすすり泣く夫人。しかし、それでもルイーズの確固たる決意は揺らがないようだ。母の涙を持っていたタオルでぬぐい、優し気ながらも強い決意の光が宿るまなざしを向ける。

「ごめんなさい、ママ。だけど、あたしもう決めたから。もっと広い世界を見に行きたいんだ。あたしは大丈夫だから、もう心配しないで」

 

「お前、本気なのか?」

 

「ねぇね、行っちゃうの?」

 

 父と弟も不安げなまなざしを向ける。にっこりした笑顔で力強く頷くルイーズ。

 

「大丈夫、きっと強く、賢くなって戻ってくるから。女でもパパのお仕事をちゃんと手伝えるようになって戻ってくるから」

 

 

 それ以降は特に家族からの反対もなく都市内部の小学校への転入手続きが完了したのはその一週間後だった。寄宿舎へ入居する際は家族全員が付き添って見送った。

 

「頑張って、ねぇね!」

 

「たまには電話なり手紙なりよこして元気な声を聴かせておくれよ」

 

「うん、ありがとう! パパも体に気を付けて! ジョセフ、パパとママをお願いね」

 

「最後に渡すものがあるわ。これを持っていきなさい」

「なに、ママ?」

 

 そう言って夫人が取り出したのは一家が信仰している教会の銀色のロザリオだ。

 

「だけどそれ、ヒカガクテキじゃないの?」

 

 全ての神秘や奇蹟を真っ向から否定する覚えたての言葉。

 

「非科学的だろうが何だろうが構うもんですか。これを持っていれば主のご加護があるはずよ。どんな苦しいときも、つらいときも」

 

ルイーズの首にやさしくかける。続いて額に軽くキスをして言った。

 

「何かあったらすぐに戻ってきなさいね。アンタの身体が何より一番大事なんだから……」

 

「うん! ありがとう!」

 

「フフッ、いい子だね。愛してるわ」

 

「父さんも愛してるぞ」

 

「ぼくも!」

 

「みんな大好き!」

 

 別れの間際の、家族全員での抱擁。ここまでが、彼女の憶えている限りアカデミック・シティに関する最古の記憶である。

 

 

 果たして能力開発を受けた結果、彼女は残念なことにL0の無能力者(アンカパシテ)であり成長の見込みなしと見なされた。無能力者とは能力がごく微細にしか発現しないか全く発現しない、一般人とほぼ変わらない階級であり都市内の学生の全人口の6割強を占める。つまり彼女はとるに足らない凡人、あるいは出来損ないの烙印を押されてしまったのだ。

 しかし彼女は悲観しない。彼女はいくつもの学区にまたがって運営されている学生新聞『ザラスシュトラ』紙の駆け出し記者として活躍する傍ら、休日は学区内のソフトボールクラブチームで打者を務めている。またその社交的かつ明朗快活天真爛漫な人となりのため少なからぬ友人にも恵まれている。その一人が風紀委員オペレーターのクローナ=チョーチュンである。

 

 

以上がウォール・リバー共学校7年生の、つややかな長い黒髪の美少女であるルイーズ=サトゥルノについての概略である。

 

 

 

 

「ところで、お二人ともお困りだそうですね」

 

 

「あら、全部筒抜けでしたの? 全く油断も隙もありませんわね貴方。どこまで聞いておりましたの?」

 

 

「いや、ちらりと耳に入ってきただけなんだけど何やら容疑者の記録上の強さと事件の規模が噛み合わないとか」

 

 

「殆どではありませんの。そこまでお聞きになったのなら仕方ありませんわね。風紀委員担当記者として、そして友人としてもそれなりの付き合いである貴方だけに特別にお話しいたしますが……」

 

 

 

 

「『幻想御手(ニベル・スペリオール)』の噂って聞いたことありません?」

 

 

 

「いえ……それは初耳です」

 

 

「なんですのそれは?」

 

 

「あたしもちょいと小耳に挟んだだけなんだけどね、あたし達弱い能力者達の能力の強さ(レベル)を簡単に引き上げてくれる道具があるんだってさ。もう少し調べて裏が取れたら記事にするつもり」

 

 

「馬鹿馬鹿しい。なぜ貴方達はこぞってそんな与太話ばかり追いかけるんですの?もう少し地に足をつけた報道をなさいな」

 

 

「そうですよ!くれぐれも騙されたり変なもの掴まされたりしないようにしてくださいね。第一そんな美味しい話が都合良く転がってくるわけないじゃないですか」

 

 

「いやー流石エリート候補生の御二方、なかなか手厳しいなぁ……まあ、そうだよね。そんなのあったら苦労しないもんね」

 

 

 明るい声色とは裏腹に落胆した様子で少しうなだれるルイーズ。

 

 

ここで、超能力発現の仕組みについてごく簡単に述べさせていただく。

あなたは、何の気無しに『もしも手から火が出せたら』『他人の心が読めたら』と考えたことはないだろうか。

 そのような夢想、一見突拍子もない思い込みが超能力の鍵となる。それらの思い込みを現実とは少しズレた法則が支配する世界として観測し、量子力学的にミクロな世界を操る。それが主な超能力の原理である。

 超能力の源泉となるそれらの思い込みの力は今日Personal Reality(自分だけの現実、以下PR)と呼ばれる。

 非常識な現象を現実として理解・把握し、不可能を可能にできると信じ込むためには強い自我と並々ならぬ精神力、そしてPRの蓋然性と能力の精度を高めるための高い演算能力が求められるのだ。

 単なる思い込みをPRにまで高めるためには脳に宿る力を開発し引き出すしかない。薬物や電極などを用いて開発手術を行うのはそのためだ。当然失敗することも少なくない。スプーン一つ曲げられぬ無能力はまだいい方、回復不能の障がいを負うことや命を落とすことすら珍しくはない。能力者になるということはそれだけ困難なことなのだ。

 

 

「とはいえ、能力の強さを引き上げるなんらかの道具……妙ですわね。もし彼が犯人だった場合、そのようなものを用いた可能性も」

 

 

「クロエさん、くだらない与太話です、真に受けてはいけません。というかご自分でおっしゃったじゃないですか」

 

 

「しかし捜査においてはありとあらゆる可能性も考慮しなくてはならないんですの。犯人が重力子を操る能力者であると言う仮説と同様に」

 

 

「おお、私の提言も採用してくれますか! ありがとうございます記者冥利に尽きると言うものです」

 

 

「全面的に、というわけではございませんこと。あくまでも参考として、ですわ。お間違えなく」

 

 

 列車が次の駅に差し掛かった。何気なく車窓に目を移したチョーチュンが何かを見つけた。否、誰かというべきか。

 

 

「あそこ、人が倒れてます」

 

 

「「何ですって?」」

 

 二人も一緒に窓の外を見やる。見るとプラットフォームの端の方で白い服に身を包んだ誰かがぐったりとうつ伏せに伸びている。服装は丈の長いチュニックに頭巾(ウィンプル)といった組み合わせで修道服そのものであった。

 

 

「白装束の修道女(シスター)…?妙ですわね……普通修道服とは黒ではありませんの?」

 

 

「とにかく只事ではなさそうです。行ってみましょう」

 

 

 

停車すると、三人は列車を降り倒れている謎の修道女の元へ駆け寄った。

 

 

駅構内は大人数でごった返しているというわけではなく、まばらではあるもののそこそこ人はいた。ホームの反対側の軌道で点検作業を行なっている作業員、子連れの女性、登下校中の学生たち……。その誰もが彼女に見向きもしていない。気付いていないだけかもしれないが。

 

 

とはいえ、なぜ誰も関わり合おうとしたがらないかは彼女の格好を見れば一目瞭然だ。白い修道服の至る所に金糸の刺繍が施されており、金メッキを施された白磁のティーカップを想起させる。頭巾からは銀色の長い髪が垂れ下がっている。明らかに只者ではない。科学至上主義で宗教アレルギーの強いこの街では誰でもお近づきになりたいとは思わないだろう。

 

クロエが抱えて抱き起す。目を閉じた修道女は良く整った愛らしい顔をしていた。身長も年頃の少女のそれで、年齢は三人とさほど変わらないように見受けられた。

 

 

「しっかりなさいまし! 一体何が起こったんですの!」

 

 修道女はうっすらと緑色の瞳をした目を開き、そしてやや乾いた小さな唇をゆっくりと開いた。

 

 

「……お腹減った」

 

 

 それを聞いて拍子抜けし、思わず全身の力が抜けてしまいそうになる一同。

 

 

 とはいえ困った人を見捨てておくわけにはいかない。少女の身柄は一旦ルイーズに預け、風紀委員の二人はホームの中程にある売店へ向かった。

 

 受付に向かい、男性店員に向かって(ちょうど喉が渇いていたので)缶のコーク4人分とクラブハウスサンド一人前を注文する。

眼鏡をかけたその男性店員の顔を垣間見たとき、クロエの脳裏にちらりとある疑問が浮かんだ。

 

(この店員さん……どこかでお見かけしたような)

 

 しかし店員は何ら怪しげな素振りを見せることなくそのまま店の奥に引っ込んでいった。

 ただの思い過ごし、根詰めて考えすぎだ。そう考え直すことにし、二人で手分けして飲食物を持って行った。

 

 

「おかげさまで命拾いしたんだよ。あなた達には感謝してもしきれないんだよ」

 

 

「いえいえ、お役に立てたのであれば何よりでございますの」

 

 四人は手ごろなベンチに腰かけ、コークを飲んで一息ついている。よほどの飢餓状態だったのか、シスター姿の少女はあっという間にサンドイッチを平らげてしまっていた。

 

 

 「さて、ある程度落ち着いたところで、いったい何があったのかお話していただけませんか?」

 

 チョーチュンが口火を切った。

いつまでもダラダラと休んではいられまい。何しろ聞きたいことが山ほどあるのだ。

 

 

「別に大したことじゃないんだよ。時々善意の施しを受けながら布教活動を行っていて行き倒れになりかけたってだけなんだよ」

 

シスターの少女はニコニコ顔で答える。

 

 

「布教活動?この世俗主義を極めたような街で?」

 

続いてクロエが尋ねる。

 

 

「何かおかしいのかな?」

 

 

「確かに神学専門の学区はございますが、あくまでも学問として、科学としての研究のみが許されており布教活動は固く禁じられていた筈。それに、見たところ貴方この街の方ではなさそうでございますわね」

 

 

先ほどまで屈託のない笑みを浮かべていた少女の表情が変わった。明らかに動揺した様子。

 

 

「そこまで驚かれなくても。貴女の話す言葉がイギリス式のアクセントだったからそう思ったというだけでしてよ。わたくしたちは御覧の通りこの街の治安維持に携わる者たち。困っている人を見捨てることはポリシーに反しますの。あそこで飢餓状態で倒れていたとは並々ならぬ事情があったはず。本当のことをお話していただけませんか?」

 

 

 少女はため息をつくと、苦笑しながら答えた。

 

 

「この街の人たちはとても賢いとは聞いていたけど、話し方で外から来たと見抜くなんてさすがなんだよ。そこまでばれているなら隠し立てしてもしょうがないかも。分かった、白状するんだよ。私は、イギリス清教(English Puritan Church)に属するシスターなんだよ。私の名前は……」

 

 

 

その時、ある声が一同の耳に入った。

 

 

「クソ、なんてこった、また重力計が狂っちまった」

 

 

声のした方に目を向ける。声の主は点検作業中の検査員であった。

 

 

「おいおい、昨日に引き続き今日もかよ。そんなことってあるか?」

 

 

「ここまで来ると何か呪いめいたものを信じたくなるぜ……」

 

 

(重力計、ですって……?)

 

 

 クロエが訝ったその時、少し離れたところに置かれていた彼らの飲みかけと思われるアルミ缶が相次いで小さく爆発した。

 

 

 構内にいた全員の目がそこに向けられる。たちまち駅構内は蜂の巣を突いたような騒乱の巷と化した。

 

 

「何事!?」

 

 

「誰かが爆発物を仕掛けたんだ!」

 

 

「例の爆弾魔の仕業か!?」

 

 

(アルミ缶……アルミを基点に重力子放出……そして見覚えのあるあの店員……)

 

 

 全ての推理をその明晰な頭脳で瞬時に終えたクロエは持っていた缶を出来る限り上空へテレポートさせてから叫ぶ。

 

 

「チョーチュン、サトゥルノさんにシスター様! 今すぐその缶を捨ててくださいまし!」

 

 言われるがまま飲みかけの缶を放り捨てる三人。数秒後相次いで爆発したのを見て慌てて立ち上がり後退りする。

 

 

 混沌の坩堝と化した構内。我先にホームの外へと逃げ出す人々。

女性の悲鳴が聞こえた。

 

「うちの子が!」

 

 

 見ると例の売店のそばで蹲っている幼い少年の姿が。足を擦りむいたか挫いたか、いずれにせよ怪我で痛みのあまり動けないらしい。

 

 

「これらの缶は恐らくいずれもあの店で購入したものの筈!となると……」

 

 

「店諸共ドッカーン、とか!?」

 

 

「大いにありえますの! あの男の子が危険ですの!」

 

 

「任せて欲しいんだよ!」

 

 

「なりませんの!見ず知らずの民間人を危険な目に遭わせるなど……」

 

 

 クロエの静止も虚しく、白いシスターが飛び出していった。彼女はそのまま少年に駆け寄ると抱き抱えてこちらへ向かって走り出す。

 

 

その時、店が大爆発した。

 

 

 

 

「……で、怪我人はなし、ね」

 

 駅の外。たまたま現場に居合わせた風紀委員二人と新聞記者に事情聴取を行っているカーキ色の軍服に身を包んだ長身の女性は、サートン校で武道を教える傍ら警備員(コントラ・カパシダ)にも志願しているアイヴィー=スティクス(黄泉川愛穂) 。隣で一心不乱に調書を取っている眼鏡の女性はアムステルダム大学から教育実習に来た後輩で現在第73支隊で見習いをしているツェツィーリア=テソー(鉄装綴里)だ。

 

 

 犯人は爆発に乗じて駅から逃走したものと思われた。駅側は犯人について単なるアルバイトと考えており素性や経歴の確認などは全く行っていなかったとのこと。

「今後は従業員の把握と管理を徹底いたします」とは駅長の弁。

 

 

「ええ、そのシスター様のおかげですの」

 

 

――――

 

 爆煙がはれた時、一同の目に映ったのは蹲る少年を上から覆い被さるように抱きしめ爆風や飛んでくる瓦礫や破片から守り抜いた白いシスターの姿だった。少年とシスター、幸二人とも無傷のようで皆が危惧していたような事態はついぞ起こらず、白いシスターは何事もなかったかのように悠然と立ち上がったのだった。

一同は唖然とした。服にすら傷一つついていない。

 

「あなた……爆発が至近距離でありながら……無傷ですの?」

 

 

「私の着てるこの服はネ、どんな攻撃も寄せ付けないんだよ。『歩く教会』って言って、『神の子』の聖骸布を元に……おっと材質については企業秘密なんだよ 」

 

 

「チョーチュン、どう思う?」

 

 

「新素材を試験的に運用しているのかもしれませんね」

 

 

「あたしもそう思う。これはなかなか調べがいがありそうだよ」

 

――――

 

 

 

「とはいえ、話が本当なら彼女のおかげで被害を最小限にできたってことじゃん。お礼を言わなくては。ただ、姿が見当たらないようだけど?」

 

 

「それが……」

 

 

 通報を受けた警備員達が到着する頃にはどこにもいなくなっていた。人ごみに紛れてどこかへ去って行ってしまったらしい。証拠の類は何一つ残っていなかったため証明は困難だ。

 

 しかし、警備員の方でも少女たちが嘘をついているとは考えられなかった。当時ホームにいたすべての人が口をそろえて「白いシスターが幼い男の子を救った」と証言していたのだ。

 

 

「分かった。アンタ達三人とも正直だし信じるじゃん。今日はもう疲れただろうし、後は大人に任せて帰ってゆっくり休みなさい。そのシスターさんについてはこっちでも捜索するよ、何か知っているかもしれないし」

 

 

「ええ、ぜひともよろしくお願いいたします」

 

 

それがまさか二日と経たぬうちに意外な所で再会することとなるとは夢にも思わぬクロエであった。

 

 

 

 

 

 

 

現在、風紀委員第1団7隊7班支部・警備員学区支部――

 

 

 

「つまり、貴女のお名前は『禁書目録』ということに?」

 

 

「うん。 Index Librorum Prohibitorum(インデックス・ライブロラム・プロヒビットラム)」

 

 半日前に港のふ頭で行き倒れになっていたところを保護された、金糸の刺繍が施されている白い修道服を纏った銀色の長い髪と緑色の瞳の少女は、差し入れられたライムパイを頬張りながら屈託のない笑顔で言った。

 

 

「へぇーなかなか変わったお名前なんですねぇ」

 

 

「変わってるも何も、16世紀にローマ正教(Roman Orthodox Church)が作成した有害図書リストの名前ではありませんの。名付け親の顔が見てみたいものですわ」

 

 

 

 警備員本部で保護された正体不明の迷子の少女が急遽そちらへ移されることになったので警護任務を引き継いでもらいたい――との指令を本部より受け急遽馳せ参じたクロエ。門限と寮則に大変厳しい鬼の寮監殿からも外泊許可を取り付け自慢のテレポート能力で駆け付けたところで目にした光景に驚きを隠せなかった。

 

 チョーチュンがお茶を少女に出しながら楽し気に談笑していた件の迷子とはいつぞやの修道女に他ならなかったのだ。

 

 

室外では集められたほかの風紀委員達がひそひそと小声で囁き合っている。

 

 

「ちょっと、今来たのだけどどういうこと!? とても私たちの手におえそうな件とは思えないわよ! 第一本来なら風紀委員本部か中央詰所であの娘を預かってもらうべきじゃないの?」

 

 

「仕方ありませんよ、その本部が両方とも二人の正体不明の能力者に襲撃されて危ないからここへ移ってもらったんですから」

 

 

「うち一人は炎系能力者だそうですが、もしや例の爆弾魔と何か関係があるのでは!?」

 

 

 皆想定外の事態と未知のクライアントを前に動揺と恐れを隠さない。それに対して眼鏡の班長、ミリー=コノルス(固法美偉)が手をたたきながら解散するよう促した。 

 

 

「御心配には及びません。先ほど本部へ指示を仰いだところ、彼女には一晩我々の班で過ごしていただくことに相成りました。というわけで、彼女は我々7班が保護いたします。皆さんは安心して、引き続き普段通りの業務に戻るなり帰宅するなりしていただければ」

 

 

全員去ったのを見届けてからミリーは不安げにつぶやく。

 

 

「まあ、誰だって未知の事象は怖いものね……」

 

 

 この少女、都市のIDもパスポートも持っておらず素性もどこから来たのかも全く不明だという。『禁書目録』と名乗っている以外はどうせ言っても信じないからと自分に関する事を話すのを頑なに拒み続けているらしい。話し方のアクセントからイギリス人だと伺えるということ程しか分かっておらず、今のところ確かなのは……

 

「ちょっと、一体いくら食べる気なんですか!もうピザ3枚目ですよ!また注文しないと!」

 

 

「だってお腹が空いて仕方がないんだよ。まともな食事ができるのは久しぶりかも」

 

 

「チョーチュン、諸々の費用は上から出るらしいので気にしなくても大丈夫とのことですの」

 

 

「そうじゃなくて、この人さっきから食べる量が異常なんですよ!」

 

 

 

「……よく食べるだけの元気は有り余ってるってことくらいね」

 

 

 実際、テーブルの上では既に空の皿が何枚も積み重ねられている。不服そうに口を尖らせて抗議する少女。

 

 

「それは私が大食いって言いたいのかな?ご馳走してくれるのはありがたいけど、その言い方はレディに対してあまりにも失礼がすぎるかも!」

 

 

 それを聞いて思わず顔を見合わせて微笑むクロエとミリー。一時は衰弱していることも危惧されたがここまで元気ならまず心配はいらないだろう。

 

 

 

「とはいえ、油断は禁物ね。聞いたでしょう、謎の能力者の襲撃。今の風紀委員において彼女を襲撃者から護衛するだけの力を持っているのは大能力者で実戦経験も少なくないあなたくらいしかいない。だからこそのご指名よ。あなたにしかできない任務」

 

 

「ええ、それは十分に理解しておりますの」

 

 

「よろしい。引き続き責務を全うされたし」

 

 

ミリーは事務机の前に腰掛けながらチョーチュンと謎の少女を見やって呟く。

 

 

「それにしても、いったい誰なのかしら……」

 

 

 

「お花飾りの貴方もその能力者なの?」

 

 

「ええ。但し私はいつも変わらずL1の定温保存(マン・テルミック)です。本来なら触れている物の温度を自由自在に操れる能力なんですが、私はせいぜい手で包める小さなコップの温度を一定に保つので精一杯……」宅配のスパゲティを皿に取り分けながらチョーチュンは答える。

 

 

「だから届いた料理を温かいままにできたんだね。素敵な力なんだよ」

 屈託のない笑みでそう言ったシスターに対しチョーチュンは顔を赤らめ照れと動揺を隠せない。

 

 

「わ、私はそんなつもりで……どうもありがとうございます」

 

 

 

「それにしても、こんな良い子を狙うなんて信じられないわね」

 

 

「同感ですの。どんな悪人でも躊躇いそうなものですが……例の爆弾魔との共犯の可能性もあるとのことですが、あれだけの凶悪事件を何度も悪意を持って引き起こせるような能力者の仲間ならさもありなんですの」

 

 

「能力者、だって……?」突然『禁書目録』と名乗る少女のフォークが止まった。

 

 少女のほうを見やるクロエ。

「何かおかしいことがありまして?」

 

 

「あの人達は『能力者』なんかじゃないんだよ。もっと別の力を使ってるの」

 

 

「一体何をおっしゃいますの?」

 

 

「御馳走してもらっておいていうのもあれだけど、巻き込みたくないからもう行くね。お世話になりました」やにわに立ち上がり部屋の外へ歩き出そうとする『禁書目録』。慌てて制止する三人。

 

 

「いけません! 少なくとも一晩はここで過ごしてください! 外は危険です!」

 

 

「私がここにいた方が危険なんだよ! あなた達を巻き込んでしまうかも! 」

 

 

「一人で抱え込まないでください! そのための私たちじゃないですか!」

 

 

「わたくしが何のために召集を受けたとお思いで? 貴方の護衛のためですのよ!」

 

 

「そうですよ! まだ悪い能力者たちが捕まってないんですから! すぐそこにいるかもしれないんですよ!」

 

 

「だから今言ったようにあの人達は『能力者』じゃないし恐らくあなた達がかなう相手じゃないんだよ。でも、お花の人は少しだけ正解……」

 

 

 

 

「も う す ぐ そ ば ま で 来 て い る」

 

 

 

 

 

 

 

 上階の部屋で白シスターが7班の面々と押し問答している時、ロビーでは来客があった。

 

 受付で応対したのは普段は大学講師をしている男性警備員。彼はやってきた男の風体に思わず目を見張った。

 

 10代の少年そのものな若々しい顔立ちと不釣り合いな7ft(フィート)近い長身の聖職者——恐らく神父だろう。しかし、それは真っ黒な司祭平服(カソック)の上からローブを羽織っている事からかろうじて窺えるだけである。耳にはピアス、両手指には銀の指輪がはめられており、ひどく目立つ。中でも一番目を引くのが毒々しいほどにまで赤く染められた長髪であり、それが肩まで伸びている。右目下まぶたには縦縞の刺青が彫られているし、口には火の着いた紙巻きタバコを咥えている。

 

 

「どなたです?」

 

 

「見ての通りイギリス清教(English Puritan Church)の者ですが、迷子の身柄を保護者として引き取りに参りました。こちらでお世話になっていると伺いまして」

 

 

「なるほど、神父様が修道女を迎えに来たと。そしてあなたが神父様なら私はエルヴィス=プレスリーだ」

 

 

「何ですって?」

 

 

「そんな成りした神父様がいるもんか。アンタどうせ最近十字教にはまったヒッピーだろ? それに、誰であろうと依頼者との面会は謝絶してるところなんだ。悪いが明日にしてくれ」

 

 

「いいや待てない。それに、この格好を侮辱された以上黙って引き下がるわけにはいかない……」

 

 

 

 

火山の噴火にも似た轟音が建物中に鳴り響いた。それはクロエたちの耳にも入った。

 続いて断続的な銃声と爆発音に木材が焼ける臭い。建物全体も小刻みに振動し、きしみ始めた。

 

 

「何事なの!?」辺りを見回しながらミリーが叫ぶ。

 

 

「どうやら一回の方ですね」とチョーチュン。

 

 

「参りましょう。さ、皆さまおつかまりになって」とクロエが手を差し出す。残りの三人が手を持った瞬間にテレポートを発動させた。行先は一階ロビー。

 

 

  一階ロビーに降りてみると、辺りはさながら戦場の様相を呈していた。そこかしこで炎が燃え盛り、消火器やバケツを手に持った風紀委員達が走り回り消火活動に勤しんでいる。机や椅子や戸棚で築かれたバリケードで通路は閉鎖され、その陰から警備員がしきりに銃撃し何者かと応戦している。炎が激しく燃え盛っているためか、それとも壁やバリケードに阻まれているせいか誰と戦っているかまではわからない。

 

「これは、いったい何事ですの!?」熱せられた空気と火災のばい煙を直接吸い込まぬようハンカチで口元を抑えながらクロエが叫ぶ。

 

 

「任せて頂戴」ミリーはそう言いながら眼鏡をはずし目を閉じた。彼女の能力はL3相当の透視能力(クレアボヤンス)であり、障害物や距離にかかわらず、また眼球を使わず物を見通すことができる。

見通したところ、炎の中心にいるのは長髪で黒装束の大男だ。炎は男の手から際限なく生み出されているようだ。それで銃弾をすべてかき消しているらしい。

 

 

「恐らく相手はL4以上の炎系能力者ね。多分『禁書目録』さんが言っていたのはあの人のことね」

 

 

「私が行くんだよ! これ以上迷惑をかけられない!」白いシスターは悲痛な声で叫ぶ。

 

 

「何をおっしゃいますの! 貴方はわたくし達がお守りいたしますの。ですからここで待っていてくださいな」

 

 

「無理はしないでくださいね、クロエさん」

 

 

「心配ご無用。誰であろうとすぐに制圧いたしますわ」笑顔でサムズアップしてみせるや否や虚空に消えた。

 

 

 

 

「お待ちなさいな! どなたか存じませんが、放火は重罪、決して見過ごせませんの」

 

 長髪の大男は凛とした声に呼び止められそちらの方向を振り向いた。恐らくこの街の治安維持組織の一員と思われる少女だ。身長こそこちらの方が勝っているものの年齢はさほど変わらぬように見受けられる。

 

 

「やれやれ、援軍のご到着か。別に事を荒立てる気はないよ。僕はただ彼女を引き渡してほしいだけさ」

 

 

 男は苦笑しながら言った。

 

 

「例の襲撃者とは貴方のことですわね。一体どうしてあの方を執拗に付け回すんですの?」

 

 

「答える義理はないね」

 

 

「理由をお聞かせ願えないのであれば、力ずくで止めるほかございませんの」

 

 

 少女の姿が消えた。次の瞬間、後頭部に強い衝撃を感じ、そのまま前のめりに倒れる。背後を取られそのまま蹴り飛ばされたのだと気づき態勢を整えようとしたときには床にうつ伏せに倒れたまま動けなくなっていた。首を動かして両手の袖を見ると鉄製の小さな矢が貫いているのが見えた。床に縫い付けられたのだ。

 

 再び少女が目の前に現れる。

 

 

「なるほど、これが『能力』とやらか。なかなか興味深いね」

 

 

「貴方もあのシスター様同様変わったことをおっしゃいますのね」

 

 

「そりゃそうさ。どうせ信じないから詳しく答える気はないが、とりあえずこの世には君たちのとは別系統の力もあるということを知っておいた方がいいな」

 

 男が何か唱えると、鉄矢は一瞬で溶けてなくなった。否、『蒸発』した。立ち上がって態勢を整えた男は再び炎の剣を作り出し大きく薙ぐ。少女は再びテレポートし、今度はロビーの隅にあった自動販売機の上に降り立った。

 

 

「やれやれ、本当は怪我をさせたくないんだがね」

 

 

男の手の炎剣が自動販売機を大きく薙ぐと、中の飲み物が瞬時に沸騰したのか水蒸気爆発が起こり、少女の体が跳ね飛ばされた。少女はそのまま床にたたきつけられると気を失ったのか動かなくなった。

 

 

「クロエさん!」いつの間にか物陰から飛び出してきた能力者の仲間と思しき二人の少女が叫ぶ。

 

 

「ふむ、なかなかやるじゃないか。手ごたえがあったよ。で、次は君たちのお相手をすればいいのかな?」

 

 

 その時、少女たちの後ろから白い人影が歩いてくるのが見えた。見覚えのある姿だった。

 

 

「お願い!もうやめて!」

 

 

「ダメです! 貴方は下がっていないと!」

 

 

 

 チョーチュンの制止もむなしく、『禁書目録』は侵入者の前まで歩いていくと立ちはだかるように両手を広げて悲痛な声で叫ぶ。

 

「お願いだから……私ならどこへも行くし何でもするから……だから」

 

 

「この人たちを傷つけないで」

 

 

男はしばらく逡巡している様子だったが、やがて納得したのか手の炎を消し、いつの間にか壁に空いた穴から走り去っていった。何やら、悔しさや悲しさが混じり合ったような複雑な表情をしていたようにチョーチュンは感じた。

 

 

 後を追うように走り去る白いシスター。呼び止めようと思ったが、なぜかできなかった。これ以上は恐らく自分たちの手に負える問題ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしてすみません。次回から本格的に原作一巻の内容に入り、また美琴達と上条当麻とで視点を分けて展開させてまいります。
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